「ん……?」
 私が眼を醒ますと――そこは、やけに高級感溢れる部屋だった。
 ベッドから起き、正面の鏡を見てみる。
「……っ!?」
 そこに映った、私の格好は――渡辺家で着ていたような、メイド服。
 首には、相変わらずあの首輪が嵌まっていた。
「これは……」
「――あら、ようやくお目覚めですの?」
「……っ!!!?」
 いつの間にか、部屋にはヘレンの姿。
「最初に言っておきますけど、逃げようとしても無駄ですわよ。『逃げるな』と命令しておきましたから」
「な――」
「そのグレイプニル・レプリカが首に在る限り、貴方は私に逆らえないのですわ」
 楽しそうに、ヘレンは笑う。
「闘いで負った貴方の傷は、私の『力』で治しておきました。すぐに死なれても面白くありませんからね」
「……何のつもりなの?」
「これまでの借りを、まとめて返そうと思いまして。生きたまま、解体バラして殺してやりますわ」
 ヘレンが、私に近付いて来る。思わず下がる私。
「さぁ、ベッドに寝なさい。動いてはいけませんわよ」
「……ッ!!?」
 身体が、命じられた通りに動く。
 ……ヘレンはトランプを取り出し、ベッドの横に立つ。
「さて、どこから解体バラしましょうか。まずは眼がいいかしら」
 私の眼球に、トランプの角が近付いて来る。
「い、嫌ぁ――」
 でもそれは、刺さる寸前で止まった。
「……でも眼を潰したら、自分の身体が解体バラされるのを見れなくなりますわね。それは可哀想ですわ」
 トランプが、私の眼から離れる。
「あら、泣いちゃって。そんなに恐かったんですの?」
「う……っ!!」
 ヘレンは、私を見下すように笑う。
「やっぱり、最初は指を落とすのがセオリィかしら? それとも耳? 迦具夜、貴方はどこがいいと思います?」
「や、止めてぇ……」
「はぁ、指も耳もダメですの? じゃあ――そうですわね、まずは腹を開きましょうか」
「……ッッ!!!?」
「ふふ、自分の内臓が見れる機会なんてそうはありませんわよ? 貴方は幸運てすわ」
 そ、そんな幸運なんて、いらないよぉ……っ!!!
「腹を開いただけでは命に別状はありませんから、その次は手足の指と耳を落としましょう。さらにその次は――手足を落とそうかしら? いや、内臓を1つ1つ切り取ってゆくのも面白そうですわね」
 トランプが、私のお腹に向けられる。
 嫌、い、嫌、嫌ぁぁ……っっ!!
「あ……」
「……?」
 ダメ、気付かないで、気付かないで――!
「ふふふ……あははははははははッッ!!!!」
 ヘレンが、私のスカートを捲り上げた。
 そこには――
「よほど恐かったんですわね……こんなに、失禁してしまって」
「……っっ!!!!」
 びしょびしょに濡れた、私の下着。
「う、ぅ……っ」
 ……屈辱で、私の眼から涙が零れる。
 ヘレンは、その涙を――舌で舐め取った。
「……ふふ、迦具夜。この部屋にはカメラが設置してありますの。貴方が、苦しみながら死んでゆく様子を収めようと思っていたのですけど――」
 にやりと、嫌らしく顔を歪めるヘレン。
「こういう路線も、悪くありませんわね」
 ……こういう路線、って……。
「さ、綺麗にしなさい」
「え……?」
「分かりませんの? 貴方が汚したベッドのシーツを、綺麗にしろと言っているのです」
「ど、どうやって……?」
「そんな事まで、教えなければ分かりませんか? 舐めて綺麗にするんですわよ」
「……っっ!!!?」
 そ、そんな――事!
「う……」
 でも、身体は勝手に動いてしまう。
 ……目の前には、シーツに広がった染み。
「うぅ……」
 私は涙を流し、震えながら――それに舌を這わした。


貧家外典・アポロイレヴン6
〜迦具夜救出作戦〜

大根メロン


「くそ、迦具夜がいなくなってからもう3日か……」
 星丘高校。
 匠哉は、机に突っ伏して呟く。
「そうね……でも、何か手がかりがないと探しようもないわ」
「……最悪、既にこの世界から連れ出されてる可能性もありますしね……」
 要芽と美空も、表情は明るくない。
「なぁ、マナ。お前何とか出来ないか? 神っぽいパワーで」
「出来ない事はないけど……半神復活させないと無理」
「さ、さすがにそれはダメだな……」
 深く、溜息をつく匠哉。
「迦具夜……お前、どこにいるんだよ……?」



 ――放課後。
 バイトのない匠哉が、家に向かっていると。
「や、匠哉君」
「――ッ!!?」
 いきなり、背後から声がかけられた。
 匠哉が、慌てて背後を振り返ると――そこには。
「久し振り、元気だった?」
「……美香、さん」
 前のバイト先である――ノルンの店長。
「今はちょっと色々あって、苗字が百々凪になったわ。覚え直しておいてね」
「……はぁ。で、何の用です?」
「う、どことなく警戒されてる?」
 匠哉は、頭をかく。
「当然です。美香さん、ノルニルの一員でしょう?」
「なっ、どうして知ってるのっ!?」
 わざとらしく驚く美香。
 匠哉は、脱力したように肩を下げる。呆れているらしい。
「エリンと初めて遭った時から疑ってました。あいつは、この街にノルニルの窓口があると言った。なら、ノルニルの単数形であるノルンが1番怪しいでしょう?」
「うんうん」
「確信したのは、この前の学校での戦闘です。あのデカいプロトイドルから、ハッキリと美香さんの声が聞こえましたから」
「……あちゃー、失敗したわねー」
 美香は、パチンと額を叩いた。
「で、ホントに何の用ですか。もうバイトじゃありませんから、貴方のボケには付き合いませんよ?」
「う、付き合ってよ。場の空気を温めようとしたボケくらいはさ。……ま、それはともかく――」
 ふざけた調子が、美香の顔から消える。
「今日匠哉君に会いに来たのは、迦具夜ちゃんの事よ」
「……ッ!!?」
「はい、これ」
 匠哉に、美香はメモを渡す。
 開いてみると――簡単な地図が描かれていた。
 ……その地図の1点に、印が付けられている。
「これは……」
「イースト・エリアのその場所に、迦具夜ちゃんは閉じ込められてるわ」
「な……ッ!?」
「……出来る事なら、もう少し早く突き止めたかったんだけどね」
 美香は、溜息を1つ。
「きっと、ヘレンはそこをエルノ譲りの術で異界にし、要塞化してるでしょう。集められる限りの戦力を集めて、行く事ね」
 美香はやる事は終わったと言わんばかりに、匠哉に背を向ける。
「ま、待ってください!」
「――ん?」
 顔だけで、振り返る美香。
「美香さんは、ノルニルの一員でしょう? なのに、どうして――」
「…………」
 美香はフッと笑うと、
「……我は貴方の涙を拭う一切れの布、貴方の敵を討つ血で鍛え上げられし刃――」
 歌うように、語りだした。
「我が背には貴方が在り、故に我は弱者なれど無敵を騙る。弱者なれど、この刹那だけは天地を揺るがす無敵の豪傑」
 両腕を広げ、踊るようにくるりと一回転。
 夢のような、絵画の中に迷い込んだような、不思議な美しさだった。
「ならば刹那に全てを賭し、貴方の笑顔のためだけに――世界の敵すら滅ぼさん」
 足を止め、再び匠哉と向き合う。
「クラナトレスっていうの。私の故郷に伝わる、詩と言うか歌と言うか呪文と言うか……ともかく、そういうものの1つよ」
「…………」
「我々はクラナトレスに相応しい生き方をせねばならぬ――って、よく長が言ってたわ。私自身も、そう思ってる」
 美香は匠哉と見詰め合い、微笑む。
「迦具夜ちゃんを助けてあげて。出来る事なら……あの子も」



「……とまぁ、そういう事らしい」
 匠哉は学校に戻り――ボラクラの部室で、メンバーと美空に話を伝えた。
「なら、すぐにでも助けに行くべきだわ」
 と、要芽。
「落ち着いてください、古宮さん。安易な突入は危険ですよ」
「黙りなさい緋姫。こうしてる間にも時間は過ぎるのよ?」
「……そもそも、その情報は信用に足るものなんですか?」
 緋姫が、匠哉を見る。
「うーん。信用出来るかと聞かれれば、美香さんは信用出来る人だと答えるが……俺が知ってる彼女はただのダメ店長だからなぁ。その点、お前から見るとどうなんだ?」
 全員の視線が、美空に集まった。
「……ミカル・アルヴァレンナ。現在は百々凪美香と自称。ノルニルでさえ足を踏み入れない修羅世界――『スコルネーレ』からやって来た魔人。ノルニル三女神の一柱にして、あたしの師匠」
 美空は、一通り美香のプロフィールを語った後、
「――信用出来るかと聞かれれば、あたしは絶対に信用出来ないと答えます」
 と、断言した。
 ……教室が、静かになる。
「じゃ、簡単な事だね」
 そんな中、マナが口を開く。
「匠哉の事を信じるか、美空の事を信じるか。ま、このメンバーじゃ分かり切ってる気もするけど」
 誰かが、息をついた。その通りだと言うように。
「――じゃ、行こうか」
 座っていた皆が、席を立つ。仕方ないですね、と美空も。
「私は、その迦具夜と面識すらないんだが……」
「諦めなよ瀬利花。部長命令だよ、部長命令」
「まったく……」
 瀬利花も、椅子から立ち上がった。
「にしても、少し意外だな。お前が、迦具夜を助けに動くなんて」
「んー……」
 マナは、匠哉の顔に眼を向ける。
「まぁ、まったく縁がない訳でもないからねぇ。1つ違えば、匠哉じゃなくて迦具夜だったのかも知れないし」
「……は?」
「こっちの話。ほら、行くよ」



 イースト・エリア――某所。
 そこに、一軒の廃墟があった。
 スラムでは珍しくない、どこにでもあるような廃墟。
 ……少なくとも、外見上は。
「それじゃあ、隊を分けるよ。まずは、私、緋姫、瀬利花」
 マナはいかにも部長らしく、指示を出す。
「もう1つは、匠哉、級長、美空。真とパックは外に残って、通信兼非常時対応。分かった?」
「ぐー……」
「了解なのさ」
 ピッと手を上げる、ふたり。
「よろしい。じゃ、進もう」
 マナ達は、中に踏み込む。
 廃墟の、中は――
「……っっ!!?」
 まるで城の中のように、煌びやかだった。
 しかし――漂う邪悪な雰囲気は、御伽噺のお城よりRPGの魔王の城に近い。
「……外から見た時とは、明らかに広さが違うな……」
 瀬利花が呟く。
 大江山でもこんな事があったよなぁ、と回想する匠哉。
「――目的は迦具夜の救出。それを達成したら、パックの転移魔法テレポートで速やかに脱出するよ」
 マナはその場の全員を見て、言う。
「ヘレン・サイクスとの交戦は出来る限り避ける事。なかなかの使い手らしいし、プロトイドルを喚ばれたら手に負えないよ。クィーン・オヴ・ハートは聖遺物を使用するから、私のバリアーも役に立たない。美空のステュンファロスは、まだ再生が完全じゃないって話だし」
「でも、もし遭遇したら? 隙を見て撤退するか? それとも、キッチリ斃しておくか?」
 匠哉の問い。
 マナはそれに、
「――無論、完膚なきまでに叩き潰してよ」
 不敵に微笑んだ。
「さ、話はここまで。雑魚も湧いて来た事だし」
 城の床に魔方陣が描かれ、その中から――トランプの兵士が、次々と現れる。
「――往くよッ!」
 マナ達は2手に分かれ、走り出した。



スペシャル御奉仕!Special service! 『メイド・ハンマー』ッ!!!"MAID HAMMER"!!!
「――『舞爪・廻花』ッ!!」
 トランプ兵を蹴散らし、廊下を疾走するカナメと美空。
 その後ろを走りつつ、
「おー、頑張れーっ!!!」
 声を張り上げて応援する、匠哉。
「――貴方も何かしなさいッッ!!!!」
「――貴方も何かしてくださいッッ!!!!」
 少女2人は勢いよく振り返り、背後の役立たずに一喝。
 役立たずは足を止め、困ったような顔をする。
「いや、そう言われても。俺、闘う能力とかないし」
「パックと契約したんでしょう? 変身は?」
 カナメが問う。
 しかし、匠哉は首を横に振った。
魔法冥土マジカル・メイドとしての適正がない俺は、級長と違って色々面倒なんだ。変身に時間制限があったりとか、1日に1回しか変身出来ないとか」
「つまり、今は戦力外なんですね」
 美空の単刀直入な言葉に、
「そういう事。俺の変身は、ヘレンが出た時に備えて温存しておく」
 匠哉は、肩を竦めて答える。
「そう……なら仕方ないわね。まぁ、匠哉だし」
「変身しても、戦力になるとは限りませんしね」
 カナメと美空は、再び前を向いて走り出す。
「……何か酷い事言われてないか、俺」
 匠哉は納得出来ず首を傾げながらも、2人を追う。
 怒涛の勢いで襲って来る、トランプ兵。彼女達はそれを軽く葬りながら、先へ進む。
「さすがに、前座の相手も飽きて来たわ」
「ですね。そろそろ、姿を現しなさいッ!」
 美空が、見えない相手に叫ぶ。
 すると――
「――では、余興は終わりにしましょうか」
 カナメと美空に、トランプが襲って来た。
 2人は、得物でそれを弾く。弾かれたトランプが、壁に突き刺さった。
 廊下の先から、現れたのは――ヘレン・サイクス。
「迦具夜はどこっ!!?」
「あの子なら、この先の部屋にいますわ。まぁ、通しませんけどね」
「――通るッッ!!!!」
 カナメは呪文を唱え、神代の神器を再現する。
 ハンマーが雷を纏い、雷撃となってヘレンを襲う。
スペシャル御奉仕!!!Special service!!! 『メイド・ミョルニル』ッッ!!!!"MAID MJOLNIR"!!!!
 美空が、2つの割円剣を合わせた。
 刃の円盤が、ヘレンを首を刎ねるべく投じられる。
「――『舞爪・獄落廻花』ッッ!!!!」
 ヘレンは、自身に迫る2つの滅技を――
「ふふ……」
 日傘を盾にし、完全防御。
「く……ッ」
 跳ね返された割円剣を、キャッチする美空。
「……何です? どうやって、割円剣を見切ったんですか……?」
「前に『ホーリィ・ブラッド』を使ったせいで、私の中の『欠片』が活性化したようですわ。そのお陰で、少々力が上がったみたいですわね」
 ヘレンは笑い、トランプを取り出す。
「……力が上がったとしても、2対1で勝てると思う?」
 カナメは油断なく、ハンマーを構える。
「ええ。カナメ、貴方のデータは前回闘った時に収集済みですし。勿論、美空のデータもね」
「――戯言をッ!」
 一瞬で間合いを詰め、ハンマーを振り下ろすカナメ。
「無駄、ですわ」
 ヘレンはそれを簡単に躱し、逆に蹴り飛ばす。
「ぐ……ッ!?」
「この異界は、前に学校で張った結界とはレヴェルが違いますわよ。貴方達の戦闘データは、異界創造の術式に入力してあります。カナメ、美空――貴方達が、この中で私に勝つのは不可能ですわ」
 くつくつと、笑うヘレン。
 勝利を確信し、ふたりを見たところで――
「――なら、俺はどうだ?」
 変身した匠哉――魔法冥土マジカル・メイドツキミが、向かって来ていた。



 一方。
「先輩、大丈夫ですかね……?」
 トランプ兵を斬り倒しながら、緋姫が呟く。
「あー、心配ないない。普段の匠哉はともかく、変身した匠哉は強いから」
 マナは敵を蹴り飛ばしつつ、緋姫と瀬利花に語る。
「どういう事だ?」
「級長も同じく魔法冥土マジカル・メイドだけど……匠哉と大きく違う点は、何だと思う?」
「何だと訊かれても……1番の違いは性別だが」
 深く考えず、瀬利花は何となく口にした。
 しかし。
「正解。そしてそれが、大きなポイントなんだよ」
「……?」
「匠哉は男、つまり陽だね。でも変身すると、女――陰の格好になる」
「……っ!」
 何かに気付いた様子を見せる、瀬利花。
「まさか、変身後の匠哉は陰陽を表していると?」
「ただの女装ならまだしも、魔術的な女装だからね。当然そういう意味も出て来る。それに――匠哉は言霊が月なのに、太陽の剣である草薙を使う」
「……それも陰陽だな」
「そう。月と太陽なんていう、星クラスの陰陽だよ。スケールが大きいよねぇ」
 マナは、呆れたように苦笑する。
「陽性と陰性を両方持つという事は、万物が陰陽に分かれる前の段階――太極に最も近いという事。変身した匠哉は太極の具現、対消滅人間みたいなもんだよ。無敵とは言わないけど、かなり強力には違いない」
「…………」
「それに、須佐之男命、日本武尊、トール、ヘラクレス、アキレウス……英雄と呼ばれるような神や人間には、女装する逸話があったりする。あんまり関係ないけど、アキレウスは足が速かったらしいね」
 マナは振り返り、後ろを走る2人を見た。
「ま、要するに――ヘレン・サイクスが匠哉を斃すのは、絶対に無理って事だよ」



「――はぁッ!!」
 ツキミは高速で向かって来るトランプを、草薙で斬り払う。
微温ぬるいッ! 飛び道具で俺を斃したいなら、神器でも持って来いッ!!」
「……ッ!!?」
 ――肉薄。
 退いたヘレンを、草薙の切っ先が掠める。
「く――この服、高いんですわよッ!!!」
 ヘレンが、無数のトランプを天井に向けて放った。
「――ッッ!!?」
 天井が円形に切り抜かれ、ツキミに向け落下。
「この、程度で――!」
 匠哉は草薙で、それを真っ二つにする。
 しかし――その隙に。
「――捉えましたわ」
 ヘレンはツキミとの間合いを詰め、その首にトランプを振るう。
 常人ならば、躱せないタイミング。
 そう、常人ならば。
「――ッ!!?」
 瞬間。
 ヘレンの視界から、ツキミの姿が消えた。
「――二速セカンド
 背後から、ツキミの声。
 そして――
「ぐ、かぁぁあああ……ッッ!!!?」
 背中から突き刺された草薙が、ヘレンの心臓を貫通し――胸から飛び出した。
「終わりだ。言いたい事があるなら、今の内に言っておけ」
「はぁ、ぐ、ふ……ッ!!」
 首を捻り、後ろの匠哉を見るヘレン。
「ぎ……また、服、を、傷付け、まし、たわね……っぐぁ!」
「……最後までそれか。そのユーモアには感服するよ」
 ツキミは、思い切り跳び退いた。
 ……草薙が、勢いよく引き抜かれる。
「ぐぅああああああああああああああ……ッッ!!!!」
 ヘレンは、傷口から血を噴き――その場に、倒れ伏した。



「……死んだんですか?」
「心臓が2つあったりしなければ、死んでるな」
 ツキミは、美空の言葉に答えつつ――変身を解いた。
 カナメも、要芽に戻る。
「……それだけの力があるのに、どうして学校でヘレンと闘った時は変身しなかったの? あと、その前のオートワーカーに襲われた時も」
「俺は級長みたいに、戦いが使命って訳じゃないからなぁ。学校に行く時は、変身カチューシャを持って行ってなかったんだ。でも……今後は考えとこう」
 匠哉は、カチューシャを仕舞う。
 その時――城が、崩れ落ちるように元の廃墟へと変化した。
「ヘレンの術が解けたか……行くぞ、2人とも」








「……あれ?」
 部屋の有様が、城から廃墟に変わった。
「…………」
 試しに――てくてくと、部屋の扉から出てみた。
「これは……」
 ヘレンの命令の効果が、切れてる。彼女の身に何かあったんだろうか。
「でも、そうと分かれば……!」
 私は、首からグレイプニル・レプリカを外す。
 ……まったく。これのせいで、酷い目にあったよ。
「――迦具夜!!」
「迦具夜さんッ!!」
 廊下の先から、要芽ちゃんと美空ちゃんの声が聞こえた。
 そして――匠哉君の姿も。
「え……皆?」
「無事!?」
「え、あ、うん。無事だよ、要芽ちゃん」
 詰め寄って来た要芽ちゃんに、そう答える。
「そう……よかったわ」
 要芽ちゃんは安心した声で、呟いた。
 …………。
「心配かけてごめんね。それと、皆……助けに来てくれて、ありがとう」
 私は、匠哉君を見る。
「はぁ……よかった、何もなくて……」
 匠哉君も要芽ちゃんと同じように、安心した顔。
 ……そうか。そうだよね。

『理由は簡単ですよ。貴方は彼を想っていましたが、彼は貴方を想っていなかった。それだけの事です』

 うん。そんなはずはない。
 だって、匠哉君の前世――タクヤ君は、私のためにあの恐るべき月の魔王を倒したんだから。
 そもそも……前世は前世、今世は今世。前世がどうだろうと関係ない。
 匠哉君が、私に振り向かないのは……ただ単に、まだまだ私の修行が足りないだけだ。
 よし。やっぱり、私の恋に間違いなんてない。エリンの言葉になんて、惑わされちゃダメだ。
「か、迦具夜さんが……」
 ……変な声が、聞こえた。
 見ると、美空ちゃんが小刻みに震えている。
「み、美空ちゃん? どうしたの?」
「迦具夜さんが……メイド服……ッッ!!!!」
 じりじりと、間合いを詰める美空ちゃん。思わず下がる私。
「……えっと、私のメイド服がどうかしたの? こんなの、渡辺家でも見たよね?」
「ええ、見ました。しかしあの時のあたしは、真実の愛を知らない愚か者でした。でも今は……ハァハァ」
 何だか、物凄ーく危険な雰囲気が。
「も、もう我慢出来ませんッッ!!!」
 私に、美空ちゃんが跳びかかって来る。
 ちょ……っ!!?
「――級長ッ!」
「分かってるわッ!」
 その美空ちゃんに、要芽ちゃんが跳び蹴り。
「――ぐぶほぁッッ!!!?」
 人体的に危険な速度で壁に叩き付けられ、潰れる美空ちゃん。
「えっと……美空ちゃん、生きてる?」
「ええ、何とか……鍛えてますから」
 生きているらしい。
「さて。適度にギャグもやったし、とっとと脱出するぞ」








 廃墟の中。
「……兎、め。逃がしま、せんわよ……ッ!」
 死したはずのヘレンが、声を発した。
 手が動く。掴んだカードは、まさしく切り札トランプだった。
 ハートの12Q。ヘレンはそのカードに込めた召喚術法を、発動させる。
「クィィィン・オヴ・ハァァトォォォォ……『Off with her head』ッッ!!!!」








 パックさんの転移魔法テレポートで、廃墟から脱出。
 そこには――ボランティア・クラブの皆さんが、揃っていた。
「どうやら、助かったみたいだね」
 マナさんが、私に微笑む。
 後ろの緋姫ちゃんと霧神さんも、安心した表情をしていた。
 私が、お礼の言葉を口にしようとした時――
「――ッッ!!!?」
 背後の廃墟が、いきなり倒壊した。
 そして、その中から現れたのは――
『迦具夜ぁぁぁぁ……ッッ!!!!』
 プロトイドル――クィーン・オヴ・ハート。
「あいつ、まだ生きてたのかッ!?」
 匠哉君が叫ぶ。
 まずい……私の玉兎は闘えないし……!
『死、ねェェェェェ――ッッ!!!!』
 杖が、私達に振り下ろされる。
 あんなの、生身で受けたら……ッ!
『はぁ――ッ!』
 ステュンファロスの割円剣が、杖を弾く。
「――美空ちゃん!?」
 クィーン・オヴ・ハートと対峙する、ステュンファロス。
 でも――やっぱり、エリンにやられたダメージが残ってる。装甲は剥がれ落ちてるし、飛び方も危うい。
 ……美空ちゃん、大丈夫なの……?
『そんなポンコツで、この私に挑むつもりですの? 舐められたモノですわね……ッ!』
『……こっちはポンコツ、そっちは死にぞこない。ほら、ちょうどよいでしょう?』
 ステュンファロスが、相手に突っ込む。
『――ぐッ!?』
『くぅ……ッ!!?』
 割円剣が、クィーン・オヴ・ハートを斬り裂く。
 しかし同時に、杖がステュンファロスを打つ。
『……ッ』
 美空ちゃんはステュンファロスを鳥型に変形させ、ヘレンの頭上で急上昇してゆく。
 何をしようとしているの……?
『マナさん、結界をッ!』
「――っ!」
 美空ちゃんの叫び。
 それを聞いたマナさんは――
「――チカッ!」
 隣に、女の子を出現させた。
「チカ、分かってるね!」
「合点承知でおじゃるっ!」
 ふたりは、瞳を閉じる。
 そして――
「――『災塞祭』ッッ!!!!」
 1つの結界を、創り上げた。
 ……自分達を護るためでも、ステュンファロスを護るためでもない結界。
『何、ですの……?』
 結界は地のクィーン・オヴ・ハートを包み、そのまま塔のように伸び――天のステュンファロスまで包み込んでいる。
 これは――2機の闘いが周囲に被害を及ぼさないための、リングなのか。
『この一撃、ヘラクレスでも落とせまい――』
 ステュンファロスが、もの凄い速度で急降下。
 クィーン・オヴ・ハートに向かい、空気を焼いて特攻する――!
『く――ッ!!?』
 結界に閉じ込められ、動けないクィーン・オヴ・ハート。
 逃げる事は、不可能だ。
『――美空ぁぁああああああッッ!!!!』
『「フルメタル・バード・ストライク」――ッッ!!!!』
 超音速で、ステュンファロスがクィーン・オヴ・ハートに激突。
 ……結界の中で、爆発が起きた。



「美空ちゃん、美空ちゃん!」
 結界が解けた後には、見るも無残な2機のプロトイドル。
 2機が、光の粒子となって消滅する。
 ……これじゃあ、中のパイロットは……。
「美空ちゃん! どこにいるのっ!?」
 私は嫌な想像を振り払うように、美空ちゃんを呼び続ける。
 と、その時。
「あ……」
 上空から、パラシュートの付いた座席が降って来た。
 そこに座っているのは――美空ちゃん。
 ……機体から、脱出してたんだ……。
「ふぅ……肝を冷やしましたよ……」
 着陸した美空ちゃんが、座席から離れる。
「――美空ちゃんっ!」
 私は彼女に、思いっ切り抱き付いた。
「――おぅわっ!? な、何ですかっ!?」
「美空ちゃん、美空ちゃん……無事でよかったよぅ」
「迦具夜さん……」
 美空ちゃんが、私の頭を撫でる。



「迦具夜救出作戦は成功だね。じゃ、解散」
 マナさんの一言で、皆が散らばって行く。
 残ったのは――私、要芽ちゃん、美空ちゃん、マナさん、匠哉君。
「さて……残る問題は、こちらの戦力ですけど」
 美空ちゃんが切り出す。
 玉兎は再起不能だし、ステュンファロスもさすがにもうダメだろう。
 ……私達には、ノルニルと戦う力がないのだ。
「なぁ、マナ。巨大ロボも、分類上は鉄物だよな?」
 匠哉君が、ふと思い付いたように言う。
「そうだけど……って、匠哉。まさか……」
「何とかなるんじゃないか? あいつも一応、お前と同じで神族なんだし。こう、神の所業っぽく玉兎を直せるんじゃ?」
 ――っ!? 玉兎を直せる!!?
「うーん……どうかなぁ……」
「出来ると思わないか?」
 話し合う、匠哉君とマナさん。
 何が何だか分からない私。でも様子を見る限り、要芽ちゃんと美空ちゃんは話の内容を理解しているみたいだ。
 うぅ……私だけ仲間外れ?
「ま、いっか。ちょうどイースト・エリアにいるんだし、ダメ元で行ってみよう」
 マナさんが頷く。
「さ、皆付いて来て」



 ――タルタロスの工房。
 イースト・エリアのある場所に、その店はあった。どうやら、鍛冶屋さんらしい。
 店主は、驚いた事に女の子。でも、匠哉君の話によると……それは外見上の事で、中身はマナさんと同じく超越者なんだそうだ。
「プロトイドルの修理……ですか」
 カナさんは感情の読めない無表情で、
「……馬鹿ですか、貴方達は? 巨大ロボの修理など、出来るはずないでしょう」
 と、突っ撥ねるように言い放った。
 うぅ……やっぱりダメなのかなぁ?
「そうか、無理か……」
 匠哉君が、溜息をつく。
「さすがのカナといえども、それは無理だよな。いや、無理言って悪かった」
『無理』を連呼する匠哉君。
「…………」
 ピクリと、カナさんの表情が動く。
「そうだね。いくら高天原にその名を轟かせた製鉄の神でも、無理なものは無理だよ」
「カナじゃ無理。仕方ないよな」
「うん、仕方ないね。カナの腕じゃ、無理みたいだから」
 ピクピクピクピクっと、顔の皮膚を動かすカナさん。
「……まずはその玉兎とやらを見せてください。話はそれからです」
 よっしゃーっ、と匠哉君とマナさんがガッツ・ポーズ。
 その手際に、呆れて何も言えない要芽ちゃんと美空ちゃん。
 ……玉兎が、直るかも知れない。それは嬉しいんだけど――
「…………」
 今の息の合ったコンビ・プレイは、極めて気に入らない私。



 奥の倉庫で、私は玉兎を召喚。
 その姿は、相変わらず酷い。あの聖槍弾頭ミストルテインとかいう代物のせいで、再生が出来ないのだ。
 カナさんが、玉兎を調べる。
 そして――出した結論は。
「無理ですね」
 と、いうものだった。
「うぅ……」
 思いっ切り凹む私。
「何だ、やっぱり無理なのか?」
「私の腕の問題ではありません。聖槍弾頭ミストルテインによって汚染された部分が多過ぎるのです」
 カナさんは諦めろと言うように、
「新しく造り直せば済む部品も、いくらかありますが……精密な部分はどうにも出来ません。別のプロトイドルから部品を移植するなら、話は別ですが」
 冷えた声で、そう告げた。
「…………」
 今度こそダメか――と、私が諦めかけたその時。
「……別のプロトイドルがあれば、話は別なんですね?」
 美空ちゃんが、前に出た。
「なら、あたしのステュンファロスを提供します。それで、玉兎を直してください」
「美空ちゃん!?」
「貴方……いいの?」
 私と要芽ちゃんの問いに、
「いいんですよ。ステュンファロスも、連戦で限界でしたし」
 美空ちゃんは、柔らかい微笑みを返した。
「美空ちゃん……ありがとう」
「いえいえ、友達ですから」
 美空ちゃんが、ステュンファロスを召喚。
「こちらも酷いですね……」
 ステュンファロスを、チェックするカナさん。
「まぁ、汚染されてないだけマシでしょう。分かりました、この機体を使って玉兎を修理します」
 ……っっ!!!?
「勿論、タダという訳にはいきません。余った部品は、全て私が報酬として頂きます。それでいいですね?」
「……はいっ!」
 私は、力強く頷いた。








「いやー、何とかなったー」
 匠哉は迦具夜達と別れ、家に向かっていた。マナは、カナの店に残るらしい。
「……もう、すっかり夜だな……」
 空では、月が輝いている。
 匠哉はその明かりを頼りに、道を進む。
「……ん?」
 家の近くまで来た時――玄関の前で、人が倒れているのが見えた。
「お、おい、大丈夫か!?」
 走り寄る、匠哉。
 その、人物は――
「……マジかよ」
 間違いなく、ヘレン・サイクスだった。






 Newvelさんにてビンボール・ハウスを登録しています。御投票頂ければ幸いです(※一作品につき月一回有効。複数作品投票可能)。
 ネット小説ランキングさん(恋愛ファンタジーコミカル部門)にて「ビンボール・ハウス」を登録しています。御投票頂ければ幸いです(※一作品につき月一回有効。複数作品投票可能)。

ネット小説ランキング:「ビンボール・ハウス」に投票


サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク