「うぅ……」 私は、じーっと匠哉君を睨む。 「……もしもし、要芽さん。あの日以来、迦具夜さんがずっと不機嫌なのですが」 「そりゃあ、月見マナが貴方である事を黙ってたのが悪いんでしょう」 「そう言われてもな、女装してメイドやってる事をクラスメイトに知られたいはずないだろ」 そこで、 「……要芽ちゃんは知ってた」 と、口を挟む。 「……知ってたと言うか、知られてしまったと言うか」 「私が知ったのはただの成り行きよ。大した事じゃないわ」 ……成り行きだろうが何だろうが、要芽ちゃんが私の知らない匠哉君を知っていたのは事実な訳で。 「うぅ……」 私はモヤモヤを抱えながら、唸り続けるばかり。
星丘高校、廊下。 「…………」 このままじゃダメだ。 匠哉君の周りには、女の子がいっぱいいる。その中で1番になるには、さらなる努力が必要だ。 ……と、いう事で。 古人曰く、『己を知り敵を知れば百戦危うからず』。恋敵となる女の子達の事を調べておかないと。 私の1番近くにいる恋敵は要芽ちゃんだけど、彼女は下手に突くと絶対に蛇が出る。古人曰く、『君子危うきに近寄らず』。 「とは言っても、どうすればいいんだろう……?」 古典的に、尾行でもやってみようか。でもそれをやったら、私の命が危うくなるような人も何人かいるし。 「むむ、乙女電波を感じるのさ……!」 突然、おかしな声が聞こえた。 驚いて後ろを見ると――黒服サングラスの、妖精さん。 「……え、え……?」 妖精。となると―― 「もしかして貴方が、要芽ちゃんと一緒に闘ってるっていうパックさん?」 しかし。 「違うのさ。オイラはパックなどという、ダンディズム溢れる妖精とは何の関係もないのさ」 ……ダンディズム溢れる妖精って、私の想像力を超越してるんだけど。 「オイラはミスターP。深い森の秘境から現世へとやって来た、素敵な恋愛プロデューサーなのさッ!」 びしっとポーズを決める、妖精さん。 「え、えっと……ミスターPさん」 「それじゃあ『ミスター』と『さん』が被ってるのさ」 「じゃあPさん」 「……まぁ、それでいいのさ。とにかく迦具夜。恋の悩みなら、オイラに任せるのさ」 「ど、どうして私の名前を?」 「要芽から聞いたのさ」 ……やっぱり、要芽ちゃんとこの妖精なんじゃ? 「で、迦具夜はこれから恋敵の調査なのさ?」 「――え!? な、何で知ってるのっ!!?」 「オイラが一体何年恋愛プロデューサーやってると思うのさ。オーラで分かるのさ、オーラで」 「…………」 そういうものなんだろうか。 「オイラに任せるのさ。連中の事なんぞ、あっと言う間に調べ尽くしてやるのさ」 「え? あ?」 私は何が何だか分からないまま、Pさんに連れられて行く。 そして。 私は廊下の角から、1人の女の子を監視していた。 「あれが倉元緋姫。匠哉ラヴラヴ隊の筆頭なのさ」 「…………」 物陰から、下級生の子を見ている私。傍から見たら、かなり怪しいだろうなぁ。 「あのリュックには、大量の武器弾薬が詰まってるのさ。歩く火薬庫なのさ。まともに闘って、生き残れる者はほとんどいないと思われるのさ」 キュピーンと、眼を輝かせるPさん。 「しかし――ツルペタなのさ」 「…………」 「迦具夜もかなりのものだけど、緋姫はそれ以上のツルペタなのさ」 「余計なお世話だよ」 「アレはもう断崖絶壁なのさ。最近、胸部装甲の導入を企んでいるらしいのさ」 「……で、それが一体?」 「分からないのさ? その点において、迦具夜は緋姫より少しだけ進んでいるのさ。五十歩百歩くらいは違うのさ」 大して違わないね。 「にしても、面白いようにツルペタなのさ。ツルツルペッタン、ツルペッタンー♪」 Pさんが、楽しそうに歌っていると。 「……愉快な歌ですね。私にも教えてもらえませんか?」 冷え切った声が、聞こえた。 「あ、あわわわわ……」 一瞬のうちに、Pさんはボコボコ。今は、教室の扉に挟まれて締め上げられている。 ……何と言うか、生命の息吹を感じられないような有様だ。 「…………」 Pさんを処刑した緋姫ちゃんが、くるーりとこちらに向く。 「貴方、ずっと私を見てましたね?」 「は、はぃぃぃ……!」 緋姫ちゃんは、あのクラウンのリーダーだった人だ。常人とは目付きが違う。 「理由によっては、上級生と言えどもただでは済みませんよ――?」 「……ッ!!?」 こ、ここ殺されるぅ……! 「……うぅ」 あまりの殺気に、気を失う私。 「んぅ……」 私は、少しずつ眼を開いた。 ……どうやら、保健室で寝ていたらしい。 「眼が醒めましたか?」 ベッドの傍らには――緋姫ちゃんの姿。 「え、あ、あぅっっ!!!?」 「えっと、すいませんでした。普通の人は私に睨まれると、失神するくらい恐いんですよね。最近、普通じゃない人達とばかり付き合ってたので忘れてました」 「……へ?」 何か、しょんぼりとしてる緋姫ちゃん。 「あ、えっと……謝らなくてもいいよ。元はと言えば、私達が付け回してたのが悪いんだから」 「で、何で付け回してたんですか?」 あれ? 墓穴? 私が何も言えず、うぅうぅ唸っていると。 「……まぁ、どうせパックさんから何か吹き込まれたんでしょう」 と、溜息をつきながら言った。 パックさん……やっぱり、要芽ちゃんとこの妖精さんだったのか。 「さ、帰りますよ。もうとっくに下校時間なんですから」 「……え?」 どうやら私は、随分長く眠っていたらしい。 緋姫ちゃんは外を見ながら、 「……先輩は、今日もバイト先に直行ですか」 と、少し寂しそうに呟いた。 「先輩がバイトに行くのは、お金のためだって分かってます」 「うん……」 「でも、やっぱり思うんですよ。あの屋敷の、麗衣さん達に会いに行ってるんじゃないか――とね」 「そうだね」 痛いほどよく分かる話だ。 あの後。何故だか、私と緋姫ちゃんは一緒に帰る事になった。 そうやって匠哉君話に花を咲かせながら、私達は進んで行く。 「それにしても……本当に際限がありませんね、先輩を好きになる人の数は」 「……う」 「まぁ、別にいいんですけどね。それだけ先輩が魅力的な人だという事ですから。それに、最後に勝つのは私ですし」 「……最後に勝つのは私だよ」 精一杯の抵抗をしておく。 「でも……際限がないほど女の子がいるのに、匠哉君が誰の気持ちにも気付いてないのは何でなんだろう?」 ラヴコメの主人公っぽく、超鈍感とか? 「…………」 緋姫ちゃんは少しだけ俯いて、 「……中学校の頃、先輩のクラスメイトに犬塚さんという人がいたんですよ」 そんな、話を始めた。 「多分、先輩は犬塚さんの事が好きでした。犬塚さんも、先輩の事が……」 「……ッッ!!!?」 その台詞が私にどれほどの衝撃を与えたのかは、言葉では表現出来ない。 「ある日、犬塚さんが行方不明になってしまったんです。先輩は、今でも犬塚さんを想っているんですよ」 「……匠哉君はその犬塚さんの事を想っているから、他の女の子が眼に入らない?」 「そうなのかも知れません。でも、少し違う気もします。上手く言葉に出来ませんが、あの日以来、先輩の何か大切な部分が変わった気がして――」 緋姫ちゃんの顔が、僅かに曇る。私には、今にも涙が零れそうに見えた。 「迦具夜さん……私、時々不安になるんですよ」 「…………」 「先輩には、私なんかじゃ永遠に手が届かないんじゃないかって」 分かる。分かってしまう。 私達は、心底から匠哉君を必要としている。 ……でも。 匠哉君が、同じように私達を必要としているとは――限らないのだ。 勿論匠哉君も、私達の事を大事な人だと思っていてくれるかも知れない。私達が死んだら、悲しんでくれるだろう。 ……けれど、やっぱり違う。 「…………」 匠哉君は、たった1人でも生きて行けるくらい強い。だから、他人と手を握り合う必要なんてこれっぽっちもないのだ。 ……月に、手は届かない。そして、月がこちらに手を伸ばす事も在り得ない。 彼は何よりも高く、夜空で独りぼっち。 「……はぁ」 思わず、溜息が出た。 「何か、暗い話になってしまいましたね……」 緋姫ちゃんも、同じように溜息。 ……でもまぁ、悪くないかも知れない。こうして、要芽ちゃん以外の人と匠哉君についてお喋りするのも。 と、私が考えていると―― 「……え?」 目の前の建物の壁に背中を預けて、誰かが立っていた。 「……美空、ちゃん?」 そう。渡辺家で一緒にバイトをした友達――美空ちゃんである。 ……でも、自信がなかった。何故か、別人のように見えて。 「中村……美空ッ!!?」 隣の緋姫ちゃんが、叫ぶ。 「え? 美空ちゃんを知ってるの?」 「知ってるも何も……クラウンと敵対していたグループ、オベリスクの副リーダーだった女です」 「――!!?」 「あいつに、私の仲間は何人も殺されたんですよ!」 殺されたって……美空ちゃんに? 「仲間を殺された……ですか。しかしそう言う貴方も、あたしの仲間を山ほど殺したでしょう?」 美空ちゃんが、口を開く。 「それに、その仲間を見捨ててイースト・エリアを出た貴方が――今更何を」 「……ッ……そうですね。私に、そんな事を言う資格はありませんか」 緋姫ちゃんは、ギロリと美空ちゃんを睨む。 「――でも! レインさんを殺した事だけは、絶対に許しませんッ!!」 緋姫ちゃんが跳ぶ。背中のリュックから、銃――多分、P90とかいうヤツ――を抜いて、美空ちゃんへと向ける。 放たれる銃弾。それを躱す、美空ちゃん。 いきなり始まった戦闘に、周りの人々が蟻の子を散らすように逃げて行く。 「…………」 私は何が起こっているのか理解出来ず、その場に立ち尽くしている。 「今は、貴方に用はありません――」 美空ちゃんの右手に、虚空から剣が現れた。 剣と言っても、形状は余りに特殊。その剣は、大きな半円の形をしているのだ。巨大な分度器を想像すると、分かり易いかも知れない。 半円には当然、曲線と直線がある。美空ちゃんの剣は曲線の部分が刃になっており、彼女は直線の部分を掴む。 そして、左手にも同じ剣が。 「割円剣――」 美空ちゃんが、緋姫ちゃんに剣を振った。 「――『舞爪・廻花』!」 高速の剣が、緋姫ちゃんを襲う。 緋姫ちゃんは跳び退くが―― 「く……っ!!?」 武器が真っ二つになって、地面に落ちた。 緋姫ちゃんは新たな武器を抜こうとするけど、美空ちゃんはその前に、彼女の身体を蹴り飛ばす。 ……壁に叩き付けられ、動かなくなる緋姫ちゃん。 「美空、ちゃん……?」 私は呆然としたまま、ただ声を発する。目の前の光景が、何かの間違いだと信じて。 「迦具夜さん――」 でも美空ちゃんの言葉は、私の甘い希望を粉々に打ち砕いた。 「――11番を、渡しなさい」 「……何で」 私は、涙が流れそうになるのを堪える。 「全部、嘘だったの?」 「何が嘘だったのかと尋ねているのか知りませんが……ああ、そうですね。あたしは貴方の事を友達だと言いましたが、あれは嘘ですよ。少し一緒に働いただけの者を友達扱いするほど、軽い人間ではありませんから。何より、貴方は敵ですし」 「……ッ!!」 耐える。必死で、耐える。 美空ちゃんは、本心で喋っている。眼を見れば、それが分かるのだ。 「……まったく。どうせあたしが出撃する事になるのなら、休暇中だからと言って手を抜かずに――渡辺家で殺してしまえばよかった」 刃が、私に向けられる。 「で、答えは? ダンマリを続けるのなら、手っ取り早く殺してしまいますよ?」 「…………」 「じゃあ、死んでください」 美空ちゃんが、向かって来る。 私はそれに反応出来ず―― 「相変わらずクズですね……貴方はッッ!!!」 緋姫ちゃんによって、助けられた。 ……ナイフの刃が、割円剣の刃を受け止める。 「お互い様でしょう? 1度でもあのゴミ溜めで暮らした人間は、皆クズですよ。あたしも貴方も――月見匠哉もね」 「――黙れッッ!!!!」 ナイフが、割円剣を押し返す。 2人は街中を駆け、刃をぶつけ合う。 「…………」 ……しっかりしろ、私。 これは、私の問題なんだ。こんな風に、何もしないでいいはずがない。 でも――美空ちゃんの言葉を思い返すと、倒れてしまいそうで。 「だから、貴方に用はないと言っているでしょう――」 美空ちゃんが、言う。 次の瞬間、凄まじい圧迫感が私と緋姫ちゃんを押さえ付けた。 ……身体が、これから現れようとしている何かに怯えて、震える。 「来たれ我が偶像、湖畔を舞う怪鳥よ」 美空ちゃんの頭上に、渡辺家で見た――青銅の鳥が顕現した。 「――『ステュンファロス』」 急降下したステュンファロスの余波を向け、緋姫ちゃんの身体が吹き飛ばされる。 「か、は……ッッ!!!?」 彼女は血を流しながら美空ちゃんを睨むが、それ以上の事はしない。いや、出来ないのだ。身体が動いてくれないのだろう。 美空ちゃんの身体が、鳥の羽となって散り――ステュンファロスの中に吸い込まれる。 『さて、纏めて殺してしまいましょうか』 機体から、美空ちゃんの声。 「……来たれ我が偶像、月にて秘薬を搗く者よ――」 美空ちゃんと闘う。それは、とても痛い。 でも――やるしかないのだ。 「――玉兎」 現れる、月の兎。私は乗り込み、天の鳥と対峙する。 『あたしと闘うつもりですか。しかし――地を跳ねるしかない兎が、どうやって飛ぶ鳥を墜とすんです?』 ステュンファロスが急降下し、玉兎を押し潰す。 「ぐ――ッッ!!!?」 私は反撃しようとしたけど、ステュンファロスはすぐに空へと舞い上がり、玉兎から逃れた。 さらに、もう1度襲って来る。やはり、私には反撃の手段がない。 ……完全な、ヒット・アンド・アウェイだ。このままじゃ、何も出来ないままやられてしまう。 『ほら、どうしました? もう少し足掻いてみてください』 ステュンファロスは上空で旋回すると、また向かって来た。 「封印解除――ッ!」 私は、玉兎の剣を抜こうとする。 『間に合う訳ないでしょうッッ!!!』 美空ちゃんの言葉通り――剣を抜け切れず、玉兎はステュンファロスの攻撃を受けた。 「う、っく……ッッ!!!」 『苦肉の策にも程がありますね』 上空のステュンファロスが笑う。 ……苦肉の策、か。まったくだ。 「でも、これでどう?」 『――ッッ!!!?』 玉兎の手には、剣が握られている。 そう、剣を抜くのは間に合わなかった。あれだけ大きな隙を見せれば、攻撃されて当然だし。 でもまぁ、それに耐えて剣を抜き続ければいいだけの事。ステュンファロスの攻撃は、ヘズのように致命的ではないのだから。 「3度目は受けた。でも次はないよ。降下して来たら、真っ二つにする」 『……そうですか。なら、こちらも本気で行きましょう』 ステュンファロスに、変化が現れた。 パーツが動き、全体の形が変わってゆく。 「へ、変形……っ!?」 少しの後には――ステュンファロスは鳥型ではなく、翼を持つ人型となっていた。 ……ステュンファロスの両手に、プロトイドルサイズの割円剣が出現する。 『覚悟しなさい』 急降下したステュンファロスが、玉兎に割円剣を振るう。 「く……ッ!?」 私は、掠っただけだと思った。 なのに――玉兎の装甲に、かなり深い傷跡。信じられない速さだ。 ステュンファロスは上昇し、割円剣でのヒット・アンド・アウェイを仕掛けて来る。 この……! 「舐めるな――ッ!!」 降下して来たら、真っ二つにすると言ったはずだ。 「空間制限開始――『断解水月』ッッ!!!!」 『――ッッ!!!?』 素早く退く、ステュンファロス。お陰で、装甲に浅い傷を刻んだだけで逃げられた。 『くっ……真青銅の装甲に傷を付けるとは。どうやらその剣、通常の「斬る」という概念からは逸脱しているようですね』 「…………」 ステュンファロスは、2つの剣を合わせ――1つの円にする。 『――「舞爪・獄落廻花」ッッ!!!!』 フリスビィのように、円剣が放り投げられた。 玉兎の眼でも視えぬほどのスピードで飛来する、割円剣。 でも―― 「――甘い」 玉兎の剣は、空間を2つに分ける事によってその間にある物を断裂させる。 そう、空間を2つに分けるのだ。あらかじめ、玉兎とステュンファロスの間を斬っておけば――2機は、別の空間にいる事になる。 『何……ッッ!!!?』 いくら今の技が速かろうと強かろうと、別世界にいるも同然の玉兎を攻撃出来るはずもない。割円剣は『世界の果て』にぶつかり、弾き返される。 空間制限終了。空間を1つに戻し、ステュンファロスに接近。 一撃で、ステュンファロスの腕を斬り落とした。 『チ……ッ!?』 ステュンファロスは腕を再生させながら、空に飛び上がろうとする。 でも私は、翼を斬ってそれを防いだ。 「…………」 地面に倒れたステュンファロスを、思い切り踏み付ける。 『あぁ……ッッ!!?』 美空ちゃんの、悲鳴。 それを聞いて、心が折れそうになったけど―― 「……『断解水月』」 私は歯を食い縛って、剣を振り下ろした。 ステュンファロスが、鳥の羽になって消え去る。 「……あーあ」 結局、コックピットは斬れなかった。躊躇ったせいでまともに斬れなかったから――ステュンファロスのダメージも、十分再生可能な範囲だろう。 ……ま、仕方ないか。 私が、玉兎の召喚を解除しようとした時―― 「あははははははッッ!!!! 美空の奴、やっぱり敗けやがったか!!!!」 そんな声が、聞こえた。 見ると、ビルの屋上に立っている女の子が――こちらを見て笑っている。 ……それにしても、何て大きな声。人体のどこをどう使えば、あんな声が出せるんだろう。 「となると、あたいの出番だねえ――」 「…………」 「あたいの名はミフェリア。あんたを殺して、11番を頂くッッ!!!!」 彼女の立っているビルが、炎に包まれた。炎は火柱となり、天地を繋ぐ。 「来たれ我が偶像、神の贋作よ――ッッ!!!!」 その炎の中から生まれるのは、金色の偶像。まるで雄牛のように猛々しく、それを表すように頭には2本の角。 『――「ゴールド・ブル」ッ!!! ブッ潰してやれッッ!!!!』 金の巨像が、玉兎に向かって来る。 玉兎の腕よりも一回りも二回りも太い腕が、玉兎を殴り飛ばす。腕だけが巨大なせいでバランスが悪いはずだけど、それを感じさせないスムーズな動きだ。 「く……っ」 ……こいつ、ウザい。私は今、友達――だと思ってた人――と闘ったせいで、機嫌が悪いのだ。 でも。まぁ、いいか。 ノルニルの目的は、プロトイドルの回収。 玉兎の回収を止めさせるには、そのリスクの大きさを連中に教えてやればいいのだ。 つまり、私が敵の機体を撃破すれば――玉兎1機を手に入れるために、ノルニルはプロトイドルを1機失う事になる。それじゃあ本末転倒だろう。 ノルニルは企業だ。そうなれば、さっさと退いてくれるはず。 『オラァ――ッ!!!』 だから、ちょうどよい。 美空ちゃんは殺せなかったけど――こいつなら殺せる。 無論、眼前の敵は強い。ゴールド・ブルとかいうあのプロトイドル、凄まじいパワーを持っている。何しろパンチ1発で玉兎のコックピットを潰したくらいだ。ヘズの射撃だって、ここまで強力ではなかった。 「ぐ……」 潰れたコックピットに身体を挟まれ、口から血を零す私。 けれど―― 『――死ねッッ!!!!』 接近戦で玉兎に勝てるとでも思っているのか、このミフェリアとやらは。 しかも、こちらはすでに抜剣しているのだ。これ以上隙を見せる事はない。 剣を、一振り。 『……は?』 ゴールド・ブルの腕が斬り落とされ、地面に落ちる。 「…………」 『テ、メェ――ッッ!!!!』 もう一方の腕が、変形し――ブースターが現れた。 『――「ソニック・ナックル」ッッ!!!!』 ブースターが火を噴き、拳を加速。ゴールド・ブルのパンチは音速を超え、玉兎に迫る。 私は――向かって来る黄金の拳に、玉兎の拳を叩き込んだ。 『……ッ!?』 玉兎の腕が崩壊。でも衝突によって、ゴールド・ブルの腕も壊れる。 『ぐ……人型を真似ただけの生き物が、調子に乗るなぁぁぁぁッッ!!!!』 金の雄牛が、吠えた。 両腕を潰された敵は、今度は機体そのものを砲弾にして――突っ込んで来る。 ……そんな単純な攻撃が、通用するものか。 「空間制限、開始――」 思い知れ、時の女神達。私だって、いつまでもやられるばかりじゃない。 「――『断解水月』ッッ!!!!」 『な、がぁ、へぐ……ッ!!?』 剣は、コックピットがある部分を綺麗に通り抜けた。 『……あれ? あたいの身体が、ま、真っ二つに……血が、血が零れて……ぁぁああッ!?』 ゴールド・ブルが、二つに分断され―― 『ぎゃああああああああッッ!!!?』 ――爆発し、炎に包まれた。 「…………」 炎によって、赤く照らされる世界。 ……遂に、私は敵を1人斃した。殺したのだ。 「疲れ、たな……」 玉兎の召喚を解除し、地上に降り立つ。 私は、前回の闘いの時に受けた呼吸の感覚を必死に思い出し――何とか、傷だらけの身体を治そうとする。 美空はビルの外壁に背を預けたまま、ゴールド・ブルが消滅するのを見届けた。 「……ミフェリアさんが、死にましたか」 当然ですね、と美空は思う。自分が勝てなかった相手に、ミフェリアのような小物が勝てるはずもない。 「でも、まぁ……すぐに後を追う事になりそうですね」 美空は、目の前を見る。 「何か、言い残す事はありますか?」 愛用の拳銃――Five-seveNを構えた緋姫が、そこには立っていた。 抵抗は出来ない。迦具夜との闘いで手負いの美空に、緋姫を打倒する術はない。 「…………」 少し、考えて。 「何もありませんね、言い残す事なんて」 美空は溜息をつく。自分の人生には、後世に残したい言葉などなかったのだ。 「まぁ、そうだろうとは思っていましたけど」 緋姫は引き金にかけた指に、力を込める。 「…………」 美空は覚悟を決めて、眼を閉じた。 「……?」 しかし――いつまで経っても、自分の頭が撃ち抜かれる事はない。 「……何を、しているんです?」 緋姫ちゃんが、私に問う。 何をしているか。そんなのは、一目瞭然だろうに。 「美空ちゃんを、護っているんだよ」 私は美空ちゃんを庇い、銃口と向かい合う。 「な……正気ですか!!?」 背中の美空ちゃんが、叫ぶ。 「言ったでしょう、友達だというのは嘘だと! 馬鹿ですか、貴方はっ!!?」 「……その女の言う通りです。彼女は、貴方を裏切ったんですよ?」 銃口と冷たい眼を向けたまま、緋姫ちゃんも言う。 「…………」 分かってる。美空ちゃんは、私を裏切った。 こうして美空ちゃんに背中を見せているのはとても危険な事だと思うし、緋姫ちゃんと対峙するのも凄く恐い。 でも―― 「……美空ちゃんが私を裏切ったからって、私が美空ちゃんを裏切っていい事にはならないよ」 恐いのを我慢して、言い放つ。 「……はぁ」 緋姫ちゃんが、溜息をついた。そして、アホの子を見る眼で私を見る。 ……さっきまでの恐い雰囲気は、もうない。 「この拳銃に使われているSS190という弾はですね、Five-seveNとP90でしか使用出来ないんですよ」 「……へ?」 「SS190は、需要が少ない訳です。ならば、供給も減るのが道理。1発たりとも無駄に出来ません」 銃口が、下げられる。 「そんな奴を殺すのに使うなんて、完全に弾の無駄使いですね」 「……!」 緋姫ちゃんが、私達に背を向ける。 「いい友達を持ちましたね、美空」 皮肉なんだかそうじゃないんだかよく分からない事を言い残して、緋姫ちゃんが去って行く。 「ふ、ふぃ〜……」 緊張の糸が切れて、私はその場に膝を付いた。 「……何を、考えているんですか」 後ろから、美空ちゃんの声。 振り返る私。 「……緋姫さんが昔の緋姫さんだったら、確実に貴方も撃ち殺されてましたよ」 美空ちゃんは、何だか怒っているような顔。 「そうなの? でも、昔の事なんて知らないし」 知らなかったものはしょうがないのだ、うん。 「…………」 美空ちゃんの顔が、怒りの顔から――泣きそうな顔に変わる。 「……ごめんなさい。あたし――」 閉じた瞼から、雫が1つ落ちた。 「イースト・エリアで何度も仲間から裏切られて、人が信じられなくなって……ノルニルに入っても、ずっと誰も信じられなくて……」 「大丈夫、大丈夫だから。私は美空ちゃんを裏切らないよ。友達だもん」 「……っ」 私は、美空ちゃんを抱き締める。 ――翌日、星丘高校。 「…………」 私の脳、現在フリーズ中。 担任の先生によって、うちのクラスに入った転校生が紹介されたんだけど。 「中村美空です。よろしくお願いしますね」 美空ちゃんは輝くような笑顔で、皆に挨拶する。色めき立つ男子達。 ……えっと、どういう事? 武装風紀委員でも撃破したの? で、HRが終わった後。転校生お約束の質問攻めからするりと逃げて、美空ちゃんは私の元にやって来た。 「こんにちは、迦具夜さん。一緒のクラスになれて嬉しいですよ」 「え、あ、うん、こんにちは。私も嬉しいよ」 まだよく状況が理解出来ていない、マイ・ブレイン。 「何だ、知り合いか?」 匠哉君が、私に尋ねて来る。要芽ちゃんも、こちらを見ていた。 「え、えーっと……」 話すと長くなりそうだなぁ。 「実は、かくかくしかじかなんだよ」 「なるほど……そういう事か」 通じた。便利だね、小説って。 と、その時。 「みぃぃそぉぉらぁぁぁぁッッ!!!!」 緋姫ちゃんがドアを破って、教室の中に飛び込んで来る。 「おや。1日振りですね、緋姫さん」 「何を企んでいるんですか一体っ!!?」 「挨拶もなしですか……別に、何も企んでないですよ。あたしは貴方と同じく、愛のために生きる事にしたんです」 ……愛? 「と言うか、どうやってこのクラスに!? 絶対何かやらかしたでしょうッ!!」 緋姫ちゃんの言葉に美空ちゃんはニコリと微笑み、 「世の中、カネがあれば何だって出来るんですよ♪」 と、言った。 「――ぐはッッ!!!?」 それを聞いた匠哉君が、派手に吐血。机に倒れる。 「せ、先輩!!? 大丈夫ですかッッ!!!?」 緋姫ちゃんに引っ張られ、保健室へと連れて行かれる匠哉君。 2人の姿が、視界から消えた所で。 「……で。ノルニルの貴方が、ここに何をしに来たの?」 要芽ちゃんが、美空ちゃんに訊く。 「辞表出して来ましたから、私はもうノルニルじゃありませんよ」 ステュンファロスは退職金代わりに勝手に貰って来ましたけど、と美空ちゃん。高い退職金だ。 「ここに来た理由は言ったじゃないですか。愛のためですよ」 美空ちゃんが、私を抱き締める。 ……え? 「迦具夜さんと一緒に学園生活を送り、お互いの愛情を育むんです」 ……え!? え!!? 「そう……貴方達、そういう関係だったの。心から祝福するわ、迦具夜。匠哉の面倒は私が末永く見るから、貴方はその子と幸せになりなさい」 「か、要芽ちゃぁぁぁぁぁぁんッッ!!!?」 優しい笑顔で私達を見守る要芽ちゃんに、必死で助けを求める私。 「あ、あのね美空ちゃん。私は確かに美空ちゃんの事が好きだけど、それは友情であって愛情じゃ……」 「――そんな!? 昨日の熱い抱擁は嘘だったんですか!!? あたしを裏切るんですかっ!!!?」 「そ、そういう訳じゃないけど……っ!!」 要芽ちゃんは『馬鹿には付き合えないわ……』と言い残し、自分の席へと去って行く。助けてよ、お願いだから。 「わ、私には匠哉君という心に決めた人がッ!!!」 衆人環視の中で何を言っているんだ、私は。 「知っています。でもあたし、諦めませんよ!」 ……美空ちゃん。貴方も、衆人環視の中でそんな事叫ばなくても。 ――ウルザンブルン。 「美空さんが、離反してしまいましたね」 エリンは、ひらがなで『ぢひょー』と書かれた何のやる気も感じない辞表を、部屋にいる美香とエルノに見せる。 「複雑ですか? 美香さんの心境は」 「……まぁねー。イースト・エリアであの子を拾って、色々と技を教えたのは私だし。最後まで、心を開いてはくれなかったけどね」 「1人立ちする子を見送る、母親みたいな感じですか」 「そうかもね。母親になった事ないから、分かんないけど。って、貴方はあるの?」 エリンを見る、美香。 「へ? 私ですか? 私は――」 と、その時。 「聞きましたわよ、ミフェリアが死んだんですってね!」 笑顔で、ヘレンが飛び込んで来た。 「はははは、いい気味ですわ! あれだけ大きな事を言っておいて、返り討ちとは笑いが止まりませんわねッ!!!」 高笑いを続けるヘレン。 エルノは、そんなヘレンに眼を向けて――言った。 「……無理をするな」 「は、はは――……」 ヘレンの笑いが、止まる。 しばらくの後。ヘレンは己の拳を、壁に叩き付けた。 「あの小娘ェ……よくも、よくも私の仲間を殺しましたわね……!」 歯を食い縛り、憎悪に燃えた瞳で呟く。 「美空の奴も……ッ!! 少なくとも私は、貴方の事を仲間だと信じていたのに――ッッ!!!!」 美香は怒り狂うヘレンを横目で見ながら、エリンに語りかける。 「で、これからどうするの? この一戦で、ステュンファロスとゴールド・ブル――2機もプロトイドルを失った。仮に迦具夜ちゃんの玉兎を回収したとしても、こちらは1機の損よ。なら、これ以上やられる前に手を引くべきなんじゃない?」 「迦具夜さんも、それを狙ってるんでしょうねぇ」 エリンが、相変わらずの笑顔で言う。 「そうですね。美香さんの言う通り、11番――玉兎の回収は諦めましょう。何事も、退き際が肝心ですからね」 「エリン……」 美香は安心し、表情を和らげる。 「――ただ」 エリンは、そんな美香を嘲笑うように。 「私達に牙を剥いた迦具夜さんを、放って置く事は出来ません。迦具夜さんに付いた、美空さんも」 「……っ!?」 「回収は諦めます。ですが、反ノルニルの迦具夜さんの手にプロトイドルがあっては、後々どんな不利益を被るか分かりません。よって、私達は11番を破壊します。無論――パイロット諸共にね」 「エリン、貴方……ッ!!」 詰め寄る美香を、エリンは涼しい顔で無視。 「エルノさん。遂に――貴方のヘズが、真価を発揮する時が来ましたよ」 「…………」 エルノは、微笑を返す。 「エリン、私も連れて行きなさいッ! 迦具夜にこの世の地獄を見せなければ、気が治まりませんわ……ッ!!」 「勿論ですよ、ヘレンさん。皆で行きましょう」 ニッコリと、ヘレンに笑顔を向けるエリン。 「はは……貴方も、たまにはまともな判断が出来るんですわね。いいですわ、たっぷり暴れてやりましょう……!」 エリンは、ヘレンから美香へと視線を移す。 「……私はパス。そんなかったるい事、いちいちやってられないわ」 美香は、ひらひらと手を振る。 「まったく、ワガママな人ですねぇ……」 エリンは、軽く溜息をついた。 「まぁ、いいでしょう。皆さん、行きますよ」 ヘレンとエルノが、部屋から出て行く。 エリンが、その後に続こうとした時―― 「楽しそうね」 美香の声が、エリンを呼び止めた。 「……そう見えますか?」 「ええ。遠慮なく迦具夜ちゃんと闘えるこの状況を作り出すために、ミフェリアを捨て駒にしたんじゃないかと邪推してしまうほど――楽しそうだわ」 今までの目的は、玉兎の回収だった。つまり、玉兎を完全に破壊しないように手加減しなければならなかったのだ。 だが――もう、その必要はない。全身全霊で、エリンは迦具夜を叩き潰す事が出来る。 「ははは、そんな訳ないじゃないですか。捨て駒なんて、ヘレンさんだけで十分ですよぅ」 エリンは仮面の笑顔を美香に向けた後、部屋から立ち去った。 「……っ」 美香は、がしがしと頭をかく。 「……エリン。これでも私、貴方の事を友達だと思ってるんだけど」 なのに。エリンの真意が、美香には分からない。彼女は、何も話してくれない。 「…………」 美香は、苛立ちを誤魔化すかのように――煙草を咥え、火を点ける。
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