拝啓。
 天国のお父さんお母さん(育ての)。
 ――私は今、大豪邸でメイドをやっています。


貧家外典・アポロイレヴン3
〜二重恋〜

大根メロン


 ヘレンの学校襲撃から、数日後。
「はぁ……」
 私は、暇を持て余していた。
 多数の死者が出た事により、学校は閉鎖。よって私も、自宅待機を余儀なくされたのだ。
「うぅ、匠哉君に会えないよぅ……」
 でも……こうしていても、仕方ない。
「よし、バイトでもしようかな」
 学生の身には色々と厳しい1人暮らし。時間がある時に、貯め込んでおかねば。



 しばらく街中を歩き回った後、私はその張り紙を見付けた。
 紙が張られているのは、大きなお屋敷。そこには『メイドのバイト募集! 時給2500円から』という文句。
「……に、にせんごひゃくえん?」
 しかも『から』って事は、さらに上がるのか。
「…………」
 うぅむ、何だか色々と気になるけど。
 とりあえず、チャイムを押してみた。
 ……これが、波乱の幕開けになるとも知らずに。



「では、貴方は今日からうちのメイドですわ」
 通された部屋で、私はいきなりこう言われた。
 机に座ってこっちを見ているのは、私と同じくらいの歳に見える女の人。
「……え?」
 面接とか、そーいうのはないんだろうか。
「……御嬢様。いきなり決めてしまうのはどうかと思うのですが」
 女の人――どうやら御嬢様らしい――の横に立っているメイドさんが、溜息と共に言う。
 ……あれ? このメイドさん、何となく私に似てる。
 いや、私に似ているのも確かだけど、それ以上に――
「何を言っていますの。このような可愛らしい人が私のメイドになって絶対服従したいと言っているんですわよ? これを逃すのは愚か極まりないですわ」
 ……えっと。絶対服従?
 メイドさんは、また溜息。もう何を言っても無駄か、という諦めの境地に達しているようだ。
「さて、貴方にぴったりのメイド服エプロン・ドレスを用意しなくては」
 御嬢様が、パチンと指を鳴らす。
 すると、たくさんのメイドさんが部屋の中に入って来て――
「え? えっ!?」
 私を捕まえて、引っ張るようにどこかへと連れて行く。
「……前にも見ましたね、こういう光景」
 部屋の中のメイドさんが、そんな事を呟いた。



「うぅ……」
 しばらくして、私は部屋へと戻って来ていた。
 正面には、変わらず御嬢様とあの溜息が似合うメイドさん。
 私の格好は、メイド服。メイドをやるのだから、それは構わないのだけれど。
「こ、このウサ耳とウサ尻尾は、一体……?」
 私のメイド服は他のメイドさん達と違って、その2つが装備されていた。ちなみに足も、ソックスじゃなくて網タイツだし。
「ふふ。毎度の事ながら、うちのメイド服選定部隊は素晴らしいですわ……ッ!」
 御嬢様は、1人で感動している。メイドさんは、もう何も言う気が起きないようだ。
 彼女は机から離れて、私に近付く。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたわね。私がこの渡辺家の当主、渡辺麗衣ですわ。御嬢様、と呼びなさい」
「は、はぁ……分かりました、御嬢様」
「そして、そこでぼけっと突っ立ってるメイドが月見マナさん」
「……え? 月見マナ、さん……?」
 人の名前に、文句を言いたくはないけれど……私にとっては、ちょっと問題のある名前だ。
「どうかしましたの?」
「あ……いえ、大した事じゃないんですけど。私のクラスに、同じ名字の人と同じ名前の人が……」
「へぇ……」
 御嬢様は何故か楽しそうな眼で、月見マナさんを見る。
 それに嫌そうな視線で返す、月見マナさん。
「それにしても貴方、本当に可愛らしいですわね……まるで小動物のようですわ」
「え、あの、御嬢様……!?」
 御嬢様は私の腰に手を回すと、ゆっくりと床に寝かせる。そして、覆い被さる御嬢様。
「え、あ、う……?」
「そんなに恐がらなくても大丈夫ですわよ……」
 ……血走った眼でそんな事言われても。
 御嬢様は私の胸元のボタンを外し、メイド服のスカートを捲り上げる。
「お、御嬢様。着たばかりの服を脱がすのは、合理的ではないと思うんですけど……」
「あら、そうでもありませんわ。元々、脱がすために着せたんですもの」
 な、何を言ってるのぉ……っ!!?
「ふふ……貴方のように純真な子は、汚し甲斐がありますわね……」
 御嬢様は露出した私の太ももに指を這わせ、網タイツを下げるガーターベルトをなぞる。
「ひゃ……!?」
「素敵ですわ……! その怯えた瞳も最高ですッ!!」
 ……大丈夫なんだろうか、この人。
「その可愛さはもはや神の領域。時給は3000円に上げて差し上げますわよ……!」
「え、あ、はい……」
 えっと、ここは喜ぶべき場面?
「では早速――」
「その辺りにしておいてください」
 月見マナさんが、部屋に飾ってあった像――多分、歴史上の有名人か何か――で、御嬢様の頭を殴り付けた。
 意識を失い、バタリと倒れる御嬢様。
「すみません。最近、大きな厄介事が1つ解決しまして……そのせいで、頭のネジが2,3本ユルんでいるようです」
「は、はぁ……あの、月見マナさん――」
「月見で結構です、迦具夜さん。下の名はあまり好いていないので」
「じゃ、じゃあ月見さん。あの、御嬢様は……?」
「大丈夫ですよ、気絶させただけですから。下手に殺しかけると、さらに面倒ですし」
「そうですか……ありがとうございます」
 後半の言葉を聞かなかった事にして、お礼を言う私。
「いえ、大した事ではありません」
 月見さんは、部屋の棚に像を戻す。
 ……あれ? でも、もっと早く助けてくれてもよかったんじゃ……?




「うぅ〜……」
 何か、さっきから唸ってばっかりの私。いきなりあんなトラウマになりそうな体験をしたんだから、当然なのかも知れないけど。
 ……やっぱり、時給2500円はハードルが高い。あ、3000円に上がったんだっけ。
 で。私は今、月見さんの案内で屋敷の中を歩いている。
「まったく、御嬢様にも困ったものです」
「……来る人来る人に、あんな事をしてるんですか?」
「いえ、全員という訳では」
 まぁ、それはそうか。
「10人中、7人ほどですね」
 割合高……っ!
「え、えーっと……まさか、月見さんも?」
 恐る恐る、尋ねてみる。
「何度か。思い切り反撃したので、最近はありませんが」
「は、反撃って……何をしたんですか?」
 月見さんが、振り返って私を見る。
 その見返り美人っぷりに、思わずドキリとする私。
 月見さんは……何と言うか、異性的な雰囲気がある。女性ばかりのこの屋敷では、さぞや人気があるに違いない。
 ……と言うか私、何考えてるんだろう。どこか、おかしい。
「知りたいですか?」
 ふっと微笑み――月見さんが、私の耳元で囁く。
「……いえ。やっぱり、いいです」
 私は、そう答えるのが精一杯だった。
「そうですか」
 月見さんは再び前を向き、歩き始める。
「…………」
 私は真っ赤になった顔を隠すように俯きながら、その後に続く。



 月見さんに連れられ、私は一通り屋敷の中を見て回った。
 館内では、たくさんのメイドさんがせっせと働いていた。もう漫画の世界である。
 ……まぁ要所要所で、アサルト・ライフルを持ったメイドさんがどーんと不動明王像みたいに立っていたりもしたけど。
「そうですね……」
 月見さんはキョロキョロと周りを見て、
「すみません、エルノさん」
 ひとりのメイドに、声をかけた。
「ん? 何だ?」
 答えたメイドさんは背が高く、髪の毛も色が薄い。名前の通り、日本人ではないのだろう。
「新しく入ったこの方に、仕事を教えて欲しいのですが」
「ふむ……いいだろう」
 ……日本語の使い方も、ちょっと外れてるなぁ。
「では」
 月見さんは、この場から去って行く。
「柏山迦具夜です。よろしくお願いします」
 私は、エルノさんにペコリと頭を下げる。
(……え?)
 そう言えば……私、月見さんには名乗っていないはずなのに。

『月見で結構です、迦具夜さん。下の名はあまり好いていないので』

 ……何でだろう? 実は、私の事を知っていたとか?
 私が考えていると、エルノさんは飄々とした笑みを浮かべ、
「私はエルノ。ファミリィ・ネームはない。そういう世界で、生まれた者なのでな」
 おかしな自己紹介を、口にした。






 バイト開始から、数日。
「――はぅっ!!?」
 廊下で足を滑らせて、運んでいたお茶をひっくり返す私。何てベタな。
「……あら、いけないメイドですわね……」
 廊下の向こうから歩いて来た御嬢様が、私を見て一言。
 ……いけないメイドだとか言ってる割に、嬉しそうなのはどうして。
「ふふ、これは御仕置きが必要――」
「毎度毎度、よく飽きませんね」
 月見さんのロウキックが、御嬢様の膝の裏側に入る。膝カックンの要領だ。
「――きゃっ!!?」
 バランスを崩して、倒れる御嬢様。
 月見さんはそんな御嬢様を無視して、
「大丈夫ですか?」
 私に、手を差し出してくれた。
「あ……は、はい……」
 私は、その手を握り――立つのを手伝って貰う。
「…………」
 うわぁ、月見さんの手の感触が……。
 ――と、その時。
 御嬢様が月見さんを抱き寄せ、私から引き剥がす。
「……月見さんは、私のメイドですわ」
 拗ねている子供ような眼で私を見ながら、呟く御嬢様。
「……あの。私が御嬢様のメイドである事など、皆分かっていますが――」
「貴方は黙っていてくださいッッ!!!!」
 一喝され、静かになる月見さん。
 御嬢様はさらに強く月見さんを抱き締め、連れ去って行く。
「……むぅ」
 面白くない。何が面白くないのかは、よく分からないけど。
 ……と言うかあの2人、こんな所で何をしていたんだろう?



「ははぁ、それは大変でしたね」
 私は休憩時間に、中村美空なかむらみそらちゃんと話をしていた。私と同じく、エルノさんに仕事を教わっている見習いメイドである。
 ……笑顔が眩しい。エリンみたいな作り物の笑顔じゃない、真の笑顔だ。『いい人』という言葉が人の形になったら、きっと美空ちゃんになるに違いない。
「うん……で、その時分かったの。御嬢様は、月見さんの事が好きなんだなぁって」
 ……この胸のモヤモヤは、何だろう。
「御嬢様だけではありませんよ。今は前の事件の事後処理のためにこの屋敷にはいませんが……茨木さんという方と花音さんという方も、月見さんが好きみたいです」
「…………」
 やっぱり人気なんだ、月見さん。
「それに、迦具夜さんも月見さんの事が好きなんでしょう?」
「え――?」
 その言葉は、私にとって青天の霹靂だった。
「またまた、隠してもあたしには分かってますよ? と言うか、見れば誰にだって分かります」
「で、でも、私と月見さんは女の子同士だし――」
「御嬢様と月見さんだって、女の子同士じゃないですが。この屋敷には清水さんを除けば女の子しかいないんですから、当然の事です」
 でも、でも――
「私には――」
 ……他に、好きな人がいる。匠哉君への想いが、私の1番なはず――

『けれど。その恋に、大きな間違いがあるとしたら――どうします?』

「――ッッ!!!」
「か、迦具夜さん? どうかしました?」
「……ううん。何でも、ない……」
 美空ちゃんに心配をかけまいと、私は平気を装う。
「お前達、仕事の時間だぞー」
 その時、エルノさんの呼び声が聞こえた。



 私と美空ちゃんは、エルノさんの指示で廊下の窓を拭く。
「…………」
 エルノさんを見る。自己紹介で、彼女はこの世界の人間ではないと言った。
 他の人達は、それをエルノさんの冗談だと思ってるみたいだけど――私はそれを、笑い飛ばせない立場にいる。
 まぁエルノさんが本当に別世界の人だとしても、私の敵ノルニルと関わりがあるとは限らないけれど。
 でももし、ノルニルのメンバーだったら――まずい。この屋敷の皆を、学校の時みたく巻き込んでしまう。
 と、考え事をしていたのが災いしたのか、
「……え?」
 いきなり鍵が壊れ、窓が開いてしまった。
 屋敷の窓は、内から外に開く物。観音開きの反対、という事だ。
 つまり――窓を拭こうとして前の方に力を向けていた私は、当然窓の外に飛び出してしまう訳で。
「にゃああああああああっっ!!!?」
 落下5秒前。ちなみに、ここ4階。
「か、迦具夜さぁぁんっ!!!?」
 美空ちゃんの声が聞こえたが、彼女は私の位置から離れていた。もう間に合うまい。エルノさんも同様だ。
 ――でも。
「大丈夫ですかっ!!?」
 誰かが、私を廊下に引っ張り戻してくれた。
 それは――
「……月見、さん」
「無事ですか? 何か怪我は?」
 月見さんは私の身体を抱き抱えて、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、ですから――」
 ……そんなに、優しくしないでください。貴方が私に語りかける度に、私は狂っていくんです。
 私は逃げるように、月見さんから離れる。
「……そうですか。ならよいのですが――」
 月見さんが、廊下の先を見る。そこには、御嬢様の姿。
「では」
 月見さんは、御嬢様の元に向かう。
「…………」
 ……無様だ。自分で、月見さんを振り払ったくせに――私は、彼女と一緒にいる御嬢様に嫉妬している。
 もう、何が何だか分からないよ。
「……あの、迦具夜さん。もの凄く具合悪そうですよ? 休んだ方が……」
「そうだな。身体に怪我はなくとも、精神へのショックがあるかも知れん。給料は減らんから、少し休んで来るといい」
 美空ちゃんと、エルノさんの声。
 私はそれに従って、フラフラと歩いて行く。



 私が、与えられた部屋で休んでいると。
「迦具夜さん、調子はどうですか?」
 美空ちゃんが、来てくれた。
「……仕事は? 抜け出して来ていいの?」
「はは……ホントは、よくないんですけどね」
 美空ちゃんは、笑いながら頬をかく。
「……ごめん」
「何を言ってるんですか。それより……どうしたんです? さっきの休憩時間からですよね、迦具夜さんが沈んでいるのは」
 鋭い。完全に見抜かれてる。
「やっぱり、月見さんに関する事ですか?」
「……うん」
 小さく頷く、私。
「よかったら、私に話してみたらどうです? 勿論、迦具夜さんがよければ、ですけど」
「…………」
 私はしばらくの後に、口を開いた。
 確かに、私は月見さんが好きな事。でも――他に、好きな人がいる事を。
「……なるほど。それは困りましたね」
 腕を組む、美空ちゃん。
「両方とも好き、というのは?」
 私は、首を横に振る。
 ……ダメなのだ。それだと、想いが2分の1になる気がして納得出来ない。
 美空ちゃんは、うぅむと唸る。
「……私にもっと人生経験があれば、いいアドヴァイスが出来るんでしょうけど……ごめんなさいね」
「え……そんな、美空ちゃんが謝る事じゃないよ」
 私は慌てて、美空ちゃんに言う。
「……ありがとう。私の話を聞いてくれて」
「感謝されるほどの事じゃないですよ。私達、友達ですから」
 ……友達。そうか、そうなんだ。
「っと、そろそろ行かないとエルノさんにバレそうですね。それでは」
「うん。私もすぐに復活するから」
 部屋から去って行く、美空ちゃん。
 ……よし、少しは元気出た。くよくよしてても仕方ない。
 私が、仕事に戻ろうとした時――
「――何だ、もう元気そうではないか」
 ノックと共に、ドアが開いた。
「あ、エルノさん。はい、そろそろ仕事に戻――」
「――迦具夜」
 エルノさんが、私の言葉を遮った。
「ようやく、2人きりになれたな」
「――え?」
 2人きり、って……?
「一応訊いておこう。11番との契約を解除し、こちらに引き渡す気はあるか?」
 ……ッ!!?
「エルノさん。やっぱり、貴方……」
 ノルニルのメンバー……!
「く……っ」
 ……どうする? ドアの方向にはエルノさん――いや、もうさん付けする必要はないか。エルノが立ち塞がっているから、逃げる事は出来ない。
 闘うのは論外だ。勝てるはずがない。
「その沈黙は、渡す気はないという事だな」
 エルノの手の中に、小さな光の球が作られる。
「――死ね」
 そして、私の眉間に向けて放たれた。
 私には、躱す術もなくて――
「――甘い!」
 突然部屋に跳び込んで来た月見さんによって、助けられた。
「え……?」
 月見さんの手には、一振りの剣。それで、光弾を弾いたらしい。
「――ようやく尻尾を出しましたわね、エルノ」
 部屋に入って来る、御嬢様。
 それと共にたくさんの武装メイドが、エルノにライフルの銃口を向けた。
「……どういう事だ、御嬢様?」
「月見さんから聞きましたの。迦具夜さんはノルニルという企業に狙われているから、怪しい者はマークするべきだ、とね」
 つ、月見さんが……!?
「どうして、私がノルニルに狙われている事を……!?」
 月見さんは、
「……貴方の事は、それなりに知っていますから」
 と、微笑みながら答えた。
 ……ど、どういう意味なんだろう。
「……っ」
 不謹慎にも高鳴る、私の心臓。
「私から、離れないでくださいね」
 そう言う月見さんは、とても頼もしくて――
「……はい」
 私は、頷いてしまった。
 ……月見さんへの想いが深くなれば、きっとさらに苦しくなる。
 でも――今だけは、何も考えずに恋がしたい。
「……なるほど。何かある度にお前と月見が迦具夜の所に現れたのは、迦具夜を監視していたのか」
「迦具夜さんを貴方の元に付けたのは、ちょっとした賭けでしたけど。こうして、貴方は見事にかかってくれましたわ」
「……やれやれ、これは参ったな」
 肩を下げて息を吐く、エルノ。
「……月見さん、気を付けてください。あいつ、何かまだ余裕がある」
「ええ……」
 私の言葉に、同意する月見さん。
 そして――
「――一言だけ言っておく。死にたくない者は、この場から去れ」
 と、エルノは口にした。
 ……去る者は、当然誰もいない。
「なら、殺されても文句はないな」
 エルノの両脇の空間に、光で魔方陣が描かれる。
 ……何か、まずい。
「改めて自己紹介をしよう。私の名はエルノ。リリセースという世界の、フォルセリット国出身だ。北方三大陸最強と讃えられ、王都にて国王に仕えた術師だよ」
 2つの魔方陣が、一際強く輝いた。
「この世界の大気には術素ミーネが少ない故に、大きな術式は使えんが……それでも、お前達のような雑兵に遅れを取りはせんぞ?」
 魔方陣から、機関銃のように光弾が放たれる。
 ……結果は、簡単なものだった。
 逃げる事を選択した、御嬢様と月見さん。そして、月見さんに抱き抱えられて一緒に逃げた私。
 闘う事を選択した、武装メイド達は――1人残らず、光弾の掃射によってその命を散らした。
「……っ」
 また、人が死んだ。彼女等は自分で闘う事を選んだんだから、謝罪なんて必要ないだろうけど。
 でも――私が巻き込んでしまった事は、どうしても変わらない。
「……達人級マスター・クラスの者が御嬢様しかいないのは、些か厳しいですね」
「くっ……せめて、清水か茨木のどちらかだけでも屋敷に残しておくべきでしたわね……!」
「……花音さんは?」
「あんな奴要りませんわッ!」
 廊下を駆け抜けながら、言葉を交わすふたり。
「……御嬢様、月見さん。エルノを、庭に叩き出す事は出来ますか?」
 私は、その間に口を挟む。
「そうしたら――私が、彼女を仕留めます」



 私は御嬢様達と別れ、1人で上の階に向かって走り出す。
 背後では、ふたりとエルノが闘っている音。無事を、祈るしかない。
「――え?」
 しかし、私は一瞬だけ足を止めてしまった。
 ……後ろから、匠哉君の声が聞こえた気がしたのだ。
 いや、その言い方は正しくない。正確には、月見さんが匠哉君のように喋っているように聞こえたのだ。
 でも、そんな事あるはずがない。あの月見さんが、匠哉君みたいな男言葉で話すはずないし。
 ……あるいは、それが月見さんの素なのだろうか? 御嬢様と2人っきりの時だけ、素の自分を出す事が出来るとか?
「――っ」
 聞き間違いだ。ただの、聞き間違い。
 私は足を速め、駆けて行く。



 そして、私は目的の場所まで辿り着いた。
 そこはちょうど、御嬢様達が闘っている廊下の――真上である。
「…………」
 私はしばらく、意識を集中して下の気配を探る。
「はぁぁぁぁッッ!!!!」
 御嬢様の、裂帛の気合い。
 それと同時に――
「く……っ!?」
 エルノの呻き声と、窓が割れる音が聞こえた。
 私は傍の窓を開け、下を見る。
 眼下には、窓から下に落とされた――エルノの姿。
 ……エルノを討つには、今しかない。
 私は、窓から飛び降りる。
 落下しながら――
「――玉兎!」
 プロトイドルを、具現化させた。地上のエルノ目がけて着地させる。
「……ッ」
 着地の衝撃で、地が震えた。
 この下敷きになったのなら、いくらエルノが強くても生きているはずは――
「ほう、姿が見えないと思っていたら……このような奇襲を企んでいたのか」
「――ッ!!!?」
 声の方に、眼を向ける。
「いやはや、それにしても。生身の人間相手に、プロトイドルを使うとは。見かけに寄らず、勝つためには手段を選ばんのだな」
 何時の間に逃れたのか――エルノが、何もない空中に立っていた。
「く……っ!」
 仕留め損なったか……!
「そちらがその気なら、こちらもそれ相応のモノを出さねばな」
 ――冷たい気配が、奔った。
「来たれ我が偶像、光を射殺す者よ」
 この感覚は知っている。もの凄い力がエルノの元に集まり、形を成してゆく。
「――『ヘズ』」
 巨大な質量が顕現し、押し出された空気が暴風となる。
 ……その只中に、異様な機体が立っていた。
 下半身には足が4脚あり、四方に伸びて胴を支えている。その1本1本が、まるで神殿の柱のように太い。
 上半身も、軽量化とか機動力とか、そういう事を無視してるとしか思えないほど重厚だ。
 そして、1番目に付くのは――その左腕。肘から下が、ライフルのような砲となっている。
『やれ、ヘズ。何も知らぬまま、我が意の通りにあの娘を殺すがいい』
 ライフルが、玉兎に向けられた。
 放たれる、巨大な光弾。あの重厚さは、射撃の反動を軽減するためなのだろう。
 まともに受けたら、1発でも致命傷になりそうな攻撃。
 しかし――
「――遅いッ!」
 私に、当たりはしない。
 玉兎は兎なだけあって、スピードがある。あの鈍重そうな機体で、捉えられるはずもない。
 剣を抜き、ヘズに向かって駆ける。放たれた2発目も回避。
 素早く、ヘズの背後に回り込む。鈍重な上に足が4本もあるんだから、振り返って玉兎を撃ち抜くのは無理だ。
「貰った――!」
 私は、剣を振り下ろそうとして――
「――ッッ!!!?」
 凄まじい、衝撃を受けた。
「あ、ぐぁ……ッッ!!!?」
 頭の中に、次々とエラーメッセージが現れる。
 事態が理解出来ぬまま、ヘズとの距離を取る私。
「……く……っ」
 玉兎の装甲が貫かれ、機関に大きなダメージを受けている。私自身も、決して浅くない傷を負った。
 ……あの光弾を受けたのだろう。でも、一体どうして――?
『甘いな。ノロマな亀だからといって、兎に勝てぬ道理はあるまい?』
「……ッッ!!!?」
 ヘズの正面が、こちらを向いていた。
 そんな。だって、確実に背後に回ったはずなのに――
「まさか、その機体……」
 ……在り得る。ヘズの4脚は均等に四方へと伸びているのだから、下半身には正面も背後もない。
 だとしたら――
「上半身が、180度回転したの……!?」
『左様。この下半身は、移動のための足ではなく――射撃のための土台なのだよ』
「……!」
 やっぱり、そういう事か。
『この駆動によって、ヘズは上下左右前後のあらゆる方向に攻撃出来る。ならばもう、機体を移動させる意味はない。スピードを捨て、その分だけ他を強化するのは合理的だ』
 ……必要なのは、射撃の質のみ。それ以外の部分を出来る限り削ぎ落とした、極の機体。
 それが、あのヘズなのだ。
「く……っ!」
 光弾が、玉兎を襲う。躱す私。
 だが――ダメージのせいで、思うように動いてくれない。それに、屋敷の方に光弾が飛んでいかないように避けなければならないのだ。
 傷を自己再生させるにしても、再生を急ぎ過ぎれば処理能力を食われてスピードが落ちる。そうなれば、光弾の直撃を受けてしまう。
 私はそんな、綱渡りじみた回避を続けなければならない――。
『――砕けろ!』
 ライフルに力――エルノが術素ミーネとか言っていたものだろうか――が、集まるのが感じられる。
 そして、一際大きな光弾が放たれた。
「――……」
 当たる。
 今までギリギリで避けていたのに、いきなり光弾の速さが上がれば、当然当たる。
 受ければ、玉兎は耐えられても――私は死ぬ。
(……これで、終わり?)
 いや――まだだ。
 何かを望むのならば、まずは1歩を踏み出さないと。
「――『断解水月』ッッ!!!!」
 迫る光弾を、剣で一刀両断。
『何――!?』
 私の動きが、よっぽど予想外だったのだろう。ヘズの動きが止まる。
 自己再生を放棄し、処理能力はスピードを上げる事のみにつぎ込む――!
『莫迦な、あれだけ加速した弾を斬り払っただと!!?』
 ……何を驚いているんだか。適当に剣を振ったら、偶然当たっただけなのに。
 私は、ゼロ距離まで肉薄する。これで、あの長物ライフルは使えないだろう。
 とは言え、こっちの長物大剣も使えない。剣は、鞘に収める。
 私は――
「やぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
 拳に全力を込め、ヘズの身体を殴り付けた。
『ぐ……っ!?』
 こちらの武器は、4本の手足。それに対して、相手は右腕しか使えない。左腕にはライフルがあるし、足は土台。蹴りなんて出来ないだろう。
 この距離では、圧倒的にこっちが有利――!
『く、そ……!!』
 玉兎の拳を受け止めようと、唯一使える右腕でガードするヘズ。
 でも――
「はぁぁぁぁッ!!」
 玉兎の拳はその腕を打ち貫き、そのままヘズの顔面に突き刺さる。
 ……顔面が潰れ、炎と紫電が散った。
『チィィィッッ!!!!』
 ヘズは足を振り上げ、苦し紛れの蹴りを放つ。
「……っっ!!!」
 意外にも正確に、蹴りは光弾で傷付いた部分を打った。
 だけど――
「はぁ――」
 私は、その足をしっかりと掴み――
「――ぁぁああああッッ!!!!」
 ヘズの胴体から、引き千切った。
『な――』
 足を1本失い、バランスを崩すヘズ。
 4本も足を付けなければ、重量を支えられないような機体なのだ。1本でも失えば、乱れるのは当然。
 ふらついたヘズに、容赦なく拳を叩き込み――転倒させる。
『がぁぁ……』
「これで、決まりだよ――ッッ!!!」
 再び抜剣しようとして、剣の柄に手をかけた。
 でも、その時――
「――ッッ!!!?」
 上空から猛スピードで降下して来た何かが、玉兎を叩き潰した。
「うぁ――ッ!!?」
 まったく予期していなかった攻撃に、悲鳴を上げる私。
「一体、何……?」
 空を見上げる。
 そこには――
「……え?」
 1機のプロトイドルが、滞空していた。
 特徴的なのは、その形状。今までに見たプロトイドルは大体人型だったけど、あれは完全に鳥型なのだ。
 ボディは、まるで青銅のように――鈍く光っている。
『…………』
 青銅の巨鳥は何も語る事なく、私を見下ろしていた。
『ふん……助けられたか』
 エルノの声。
 慌ててそちらに眼を向けると、ヘズが消え始めていた。
「……逃げる気なの?」
『ああ、盛り上がって来た所で悪いがな。この機体だけは、絶対に失う訳にはいかんのだ』
「……?」
『いずれ教えてやる。何故、こいつにヘズという名が付けられたのか――その理由をな』
 ……エルノは、ヘズと共に消え去った。
 私は、空のプロトイドルに視線を移して――
「……ッッ!!!?」
 その機体から放たれた、静かな鬼気に――震え上がった。
「……あ」
 理解する。
 あの鳥型の機体とそのパイロットは――ヘレンやエルノよりも、ずっと強いという事を。
『…………』
 エルノを追うように、その機体も消える。



「…………」
 血塗れの私は、1人で庭に倒れていた。
 ……前回と同じパターンだ。追い詰めるも邪魔が入って、逃げられる。
 ただ、1つ違うのは――私の傷が、前回よりも深いという事。ヘズの射撃によって受けたダメージは、思っていたよりもずっと大きかったらしい。
 ……草の上に、私の血が広がってゆく。
「迦具夜さんっ!」
 御嬢様が地を蹴って、私の元に駆け寄って来る。その後ろには、月見さんも。
「御嬢様……すみません、逃がしてしまいました……」
「それより、今は貴方の治療をっ!」
 御嬢様が叫ぶ。
 でも――
「……無理です、御嬢様。出血が多過ぎます」
 と、月見さんは呟いた。
「花音さんなら、治癒する事が出来るかも知れませんが――」
「くっ……あの女、肝心な時にいませんわね……!」
 御嬢様は、苦々しげな顔で吐き捨てる。
「……仕方ありませんわ。アレをやりましょう」
「アレ、とは?」
 尋ねる、月見さん。
「覚えています? 始めて花音と闘った後、私は言ったはずですが」
「……呼吸を整えて安静にしていれば、傷が治るとか。実際、数時間で瀕死の状態から回復していましたね」
「そう。呼吸によって外の気を取り込み、身体を治癒するのです。飛娘は地の気脈から気を吸い上げて身体を治す事が出来るそうですが……それと似たようなものですわ」
「その呼吸法を、迦具夜さんに教えると?」
「いえ。まともな呼吸すら困難な今の迦具夜さんに教えても、効果は薄いでしょう。ですから――私が、人工呼吸で行いますわ」
 人工呼吸? 唇と唇を、接触させる?
「……御嬢様。迦具夜さんが、もの凄い勢いで首を横に振っていますが」
「ええい、これは救命活動ですわよ! ノーカンですわ、ノーカンッ!!」
 ふるふる。
「くっ……なら、最終手段ですわね。月見さん、貴方がやりなさい」
 ……は?
「……は? 突然何を仰るのですか。私はそもそも、その呼吸法とやらを知りません」
「今から教えますわ。変身時限定とはいえ、魔力の練り方を知っている貴方なら簡単に理解出来ます」
「しかし……迦具夜さんが、それを了承するはずが……」
 …………。
「……御嬢様は拒絶するのに、私ならよいのですか? その判断基準は一体?」
「ほら、さっさとするのですわっ!」
「はぁ……」
 御嬢様と月見さんは、何やら難しい会話をしている。きっと、その呼吸法の教授だろう。
 それが終わった後、月見さんが私の顔を覗き込む。
「失礼します」
 月見さんの指が、私の顎を持ち上げる。いや、これは気道確保であって、それ以上の意味はないのだろうけど。
 ……月見さんの顔が、私の顔に近付いて来る。眼を閉じる私。
 そして――唇が、重なった。








 いつでもない、時間の果ての東京。ノルニルが、『ウルザンブルン』と呼ぶ世界。
 その世界の廃ビルに、ノルニルの11番回収部隊が集まっていた。
「う〜ん……まさか、エルノさんまでやられてしまうとは……」
 エリンは困った様子で、眉を寄せる。
「面目ない。あの娘、思ってたより強力だったのでな」
「しかし、偽名でも名乗ればよかったのでは? あんな風に本名を名乗っていたら、バレるに決まっていますよ」
「私の名は、神託によって授けられた神聖なものだ。偽る事など許されん」
「……異文化コミュニケーションって、難しいですねぇ……」
 はぁ……と、溜息をつくエリン。
「だから、エルノなどに任せるのは反対だったんですわ! もう1度、この私が行けばよいだけの事でしょうがッ!!」
 ヘレンが、吼える。
「まぁまぁ、落ち着きなよヘレン。あんたが行ったって、どうせ返り討ちに遭うだけだろ?」
 椅子に身を預けていた、短髪のボーイッシュな少女が――ヘレンを嘲笑う。
「……ミフェリア。もう1度、言って御覧なさい」
「おー、何度でも言ってやるよ。あんたじゃムリ」
 ミフェリアに向かって、トランプが飛ぶ。
 それを――
「はいはい、喧嘩は止めなさい」
 ミフェリアに届く前に、美香が叩き落した。
「……まったく、疲れますよ」
 再び、エリンは溜息。
「しかし……もう少し、早く助力してくれてもよかったのではないか?」
 エルノは、壁際に立っている少女――鳥型のプロトイドルのパイロット――に声をかける。
「あたしは、プライヴェートなアルバイトのためにあそこにいたんです。休暇中だったあたしが、貴方に助力しなきゃならない理由は何もありません。本当は、最後に助ける必要もなかったんです。もっと感謝して欲しいものですね」
 少女はつまらなそうに、そう答えた。
「でも、貴方の休暇はもう終わりですよね」
 エリンは少女とは対称的な表情で、彼女を見る。
「……次は、あたしに行けと?」
「貴方なら、迦具夜さんに敗れる事なんて在り得ないでしょう? ねぇ――美空さん」
「…………」
 少女――中村美空は、無言でエリンに背を向ける。
「いいでしょう。迦具夜さんを斃し、11番を回収します」
「まぁ、もしもの時の事も考えて――」
 エリンは目配せし、
「ミフェリアさん、付いて行ってあげてください」
「……あたい? ったく、仕方ないなぁ」
 美空とミフェリアが、部屋から出て行く。
 2人が、出て行った後。
「……エリン。貴方、実際の所はどう考えてるのよ?」
 美香が、言う。
「何がですか?」
「この戦いの目的」
「そんなの、11番を回収する事に決まってるじゃないですかぁ」
 美香の質問を笑う、エリン。
「違うわね。貴方は、私怨で動いてる」
「…………」
「月人滅亡の妨げとなった、あの少年の生まれ変わりである匠哉君を怨んでいるんでしょう? だから、彼と縁の深い迦具夜ちゃんを眼の敵にしているんじゃない?」
 エリンが、笑う。
 だが、今までの笑みとはまったく違う。まるで、奈落へと続く裂け目のような笑み。
「……ッッ!!!?」
 その、言葉にし難い威圧感を受けて――ヘレンとエルノは、思わず逃げるように退く。
「言ってる事が破綻してますね、美香さん。私が匠哉さんを怨んでいるなら、匠哉さんを眼の敵にすればいいだけの事です。そりゃあ迦具夜さんの前世――カグヤさんには、冤罪を被せて下界に追放したりとか、色々と嫌がらせをしましたけどね」
「…………」
「偶然ですよ。本当に、ただの偶然なんです。迦具夜さんが11番と契約し、私達と戦っているのは」
「――でも……」
 引き下がらない美香に、エリンは微笑みを向け、
「皆さんは、『斑竹姑娘パヌチウクーニャン』という物語を知っていますか?」
 突然、そんな話を始めた。
「チベットに伝わる民話で、日本の『竹取物語』と関連があるとされています。大筋もほとんど同じですよ。竹から生まれた女の子が美しく成長し、求婚者たちを難題によって退けるのです」
「…………」
「ですが、ラストは大きく違うのですよ。『竹取物語』のかぐや姫は月に帰ってしまいますが、『斑竹姑娘パヌチウクーニャン』の竹娘は地上に残り――竹取の、貧しくも真面目な青年と結ばれるのです」
「貧しくも真面目な青年と結ばれる、って……」
 匠哉の姿が頭に浮かび、頬をかく美香。
 エリンは――
「……迦具夜さんには、月に帰って来て貰わなければ。あの滅び去った世界こそが、彼女には相応しいのですから」
 得体の知れない凄みと共に、呟いた。
 ……そして、その部屋から立ち去って行く。
「エリン……」
 美香はエリンが出て行ったドアを、ただ眺め続けていた。
「……貴方は一体、月で何を見たの?」








 闘いから、数日後。
「色々、御迷惑をおかけしました」
 私は普通の格好で、渡辺家の玄関に立っていた。
 学校が再開される事になり、私は暇を出して貰ったのだ。
「残念ですわね……折角、可愛い人が入ったと思ったのに」
 本気で残念そうな御嬢様。
「お元気で。また、どこかで御会いしましょう」
 月見さんが微笑んで、私を見る。
「……はい」
 私は色々な想いを込めて、そう答えた。
 ……月見さんは好き。でも――やっぱり私は、匠哉君が1番なのだ。
「では、御世話になりました」
 ……さよなら、月見さん。
 御嬢様と月見さんに見送られ、私は家に向かって歩き出す。



 ……ここで終われば、この話は綺麗に終わったと思う。
 私は一時の恋を振り切り、匠哉君への想いを再確認した。めでたしめでたし。
 でも――事件は、学校に登校し、要芽ちゃんと世間話をした時に起こった。
 もう、読者の皆さんはこの先の展開が読めているのかも知れないけど。
 多分、その読み通りである。ここからは、私がアタフタするだけの後日談だ。
 ……個人的には、読まないで欲しい。無理を承知で、お願いしておく。






「迦具夜。貴方の切ない悩みを解決する、魔法の言葉をかけてあげるわ」
 久し振りの、星丘高校。
 屋上で、私が体験した事を要芽ちゃん聞かせると。
「か、要芽、ちゃん……?」
 何だろう、その苛められっ子を見付けた苛めっ子みたいな笑顔は。要芽ちゃんのこんな顔、初めて見たよ。
 ……もの凄ぉぉぉく、嫌な予感がするんだけど。気のせいかなぁ?
「よく聞きなさい」
 そして要芽ちゃんは、その言葉を言い放った。
「――月見マナと月見匠哉は、同一人物よ」
 …………。
 …………。
 …………(゚ロ゚)?
「えっと、要芽ちゃん? どういう意味、かな?」
 頭の中、グルグルの私。
「面倒だしよく知ってる訳でもないから、詳しい説明はしないけど……月見マナの正体は、匠哉があそこでバイトをするために女装した姿よ」
「……っっ!!!?」
「月見マナという名前も、自分の名字である『月見』と、咄嗟に思い付いた女性の名前――『マナ』を合わせて作った名前らしいわね」
 ……そんな、江戸川コ○ンじゃあるまいし。
 あと、マナさんの名前を咄嗟に思い付いた、という点にもツッコミを入れたい。何でマナさん? 一緒に住んでるから? それ以上の意味はないよね?
「…………」
 ……でも確かに、そう考えると納得出来る事も多い。
 月見さんと匠哉君が同一人物なら……御嬢様は、匠哉君が好きって事? 結局会わなかった、茨木さんとか花音さんとかいう人達も。
「――……」
 それに――私は匠哉君と、キ、キキ、キスをしたって事だよね?
 い、いや、あれは救命活動だからノーカンだ。うん。
 ……でも、唇が触れ合ったのは動かし様のない事実な訳で――
「はぅ……」
 オーヴァーヒート。
 ふらりと、その場に倒れる私。
「ちょ、迦具夜? 迦具夜――っ!?」
 響く、要芽ちゃんの悲鳴。
 うぅ……あんなに悩んだのは、一体何だったんだろう……?






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