――東京。 だがその東京は、世界と時間の果ての荒廃した場所でしかなかった。 「――エリン! 貴方、どこまで皆を苛立たせれば気が済みますの!?」 とある建物の一室で、ゴシックロリータ姿の少女が吼える。 「いつかの月人殲滅失敗、そして11番の回収失敗……無能にもほどがありますわ!! もう、減俸や降格で済む問題ではありませんわよっ!!」 「う、面目ないです……」 エリンは、申し訳なさそうに笑う。 「まったく、どうして貴方のような人に、試作の18番が与えられたのか……」 「そうですよねぇ。自分で言うのもなんですけど、宝の持ち腐れですよ」 「……っ! いいですわ、もう貴方だけには任せておけません」 「任せておけませんって……どうするんですか、ヘレンさん?」 「決まってますわ。私が出撃ます」 ヘレンはそう言い、背を向けて去って行く。 笑顔のまま、それを見送るエリン。 その、背後に―― 「相変わらず、貴方はよく分かんないわねぇ」 1人の、女性がいた。 「……おや、美香さん。いつの間に?」 「何が『いつの間に?』よ。とっくに気付いてたくせに」 「……はぁ。どうして皆さん、私を過大評価するんですか……」 エリンが、溜息をつく。 「それで、そっちはどうなんですか? 仕事をサボって、さらに治安の悪い世界に左遷されたって聞きましたけど」 「そうなのよー。でもまぁ、その世界で入り込んだ百々凪家って所で、義理の妹が出来てね。これがもう、可愛いったら」 「なら今は、百々凪美香さんと呼んだ方がいいですか?」 「うん、そうね。ま、そこそこ楽しくやってる」 「相変わらず逞しいですね……」 美香はフフフと微笑。 「唯一心配なのは、あの世界でバイトとして雇ってた匠哉君よ」 「ああ、突然『私は広い世界を見るのよ……!』とかいう意味不明の遺言を残して、失踪したんですよね」 「ウソではないわよ、別の世界に行くんだから。でも、今も彼がノルンで健気に私の帰りを待ってるかと思うと……!」 「待ってませんよ」 「――にゃ、にゃぬっ!!!?」 驚愕する美香。エリンはニコニコと、死刑宣告をする。 「すぐに、別のバイト先を見付けたらしいです。そこはバイト代も高く、ましてやケチられる事なんて在り得ないみたいですね」 「そ、そんな……ちょっと、うちのバイトを誑かしたのはどこの誰よっ!!?」 「誑かしたって……完全に貴方の自業自得じゃないですか」 「…………」 美香はしばらく凹んでいたが、 「……で。左遷された私を、こうして呼び戻したのは何でよ?」 本題を、思い出した。 「例の迦具夜さんに、11番が奪われた件です」 「……つまり、ヘレンと一緒に11番を取り返せ、って事? 私、あの子とはあんまり闘いたくないかなぁ。身内の身内だし」 「いえ、そこまでは求めません。もし万が一の事があったら、ヘレンさんを助けてほしいだけですよ」 エリンは優しい顔で、 「――あんな捨て駒でも、いないよりはマシでしょうから」 そう呟いた。 「……貴方、その悪役っぷりをどうにかした方がいいわよ。ホントは、そんなに悪い子じゃないんだから」 「また、そういう根拠のない事を」 美香は、1つ溜息。 「まったく、そんな事だから失敗するのよ。月人滅亡だって……血色の満月を使うだなんて面倒な事しないで、アザゼルの核装備でさっさと一掃すればよかったのに。結局はそうした訳だし」 「でもそれじゃあ、私の知性が満足しないんですよ」 「……はぁ」 美香は、再度溜息。 「ま、いいわ。とにかく行って来る」 「はい、頑張ってくださいねー」 「……ああ、1つ言い忘れたけど――」 退室しようとしていた美香は、エリンの方に振り返って、 「――うちの匠哉君を傷付けたら、いくら貴方でも殺すわよ?」 と、冷たい眼で語った。 「……ですから」 エリンは呆れたように、 「彼は、もう貴方のバイトではないんですよ。『うちの匠哉君』というのは間違ってます」 「うう、それはきっと仮の姿! 私が戻ったら、またノルンのバイトをしてくれるに決まってるわッ!!」 「我等ノルニルでも、そんな世界を見付け出すのは不可能だと思いますが。まぁ、夢を持つのはいい事ですね」 「うわーん、エリンがいじめるーっ!!!!」 ダダダーっと子供みたいに走り出す、2X歳女性。 エリンはそれを見送ると、 「さて。こんな人達ですけど、なかなか手強いですよ?」 誰かに向かって、呟いた。
「……ほにゃ?」 授業中――居眠りをしていた私は、突然眼を醒ました。 今、誰かに話しかけられたような……? 「……迦具夜」 ほら、やっぱり聞こえる。 上を見上げると――そこには、恐い顔で立っている先生。 「授業中に居眠りとは、いい身分だな?」 ……あ。 「うぅ……」 居眠りの罰として、たっぷり課題を与えられた私。もう唸るしかない。 「災難だったな……」 「でも、結局は貴方が悪いんだけどね」 要芽ちゃんと、最近少しだけ距離が縮まった匠哉君が、声をかけて来る。 「こんなの、期限までに終わりっこないよ……」 「じゃあ、最初っからやらなきゃいいさ。先生に気に入られても、成績がよくなっても、いい学校を出ても、別に生きるのが楽になる訳じゃないしな」 「貴方が言うと妙にリアルね。とは言え、それもいい訳でしかないけど」 「ぐ……っ!!?」 要芽ちゃんに急所を貫かれ、言葉を詰まらせる匠哉君。 「まぁ、とにかくやってみる」 私、ふぁいと。 放課後。 家に帰っても課題をやらなきゃならないと思うと、帰宅の足取りも重い。 「はぁ……」 「あれ、何やら元気がありませんね?」 「うん。授業中に居眠りしたら、課題をたくさん出されちゃって」 「ありゃー……それは大変ですねぇ」 「…………」 ……ちょっと待って。この、声は。 「エリン……!?」 「――チャオ♪」 片手を挙げ、笑顔で挨拶してくるエリン。 「……何の用?」 「う、相変わらず警戒し捲くられてますね私。まぁ立ち話もなんですし、どこかのお店に入りませんか?」 「…………」 「あの喫茶店なんてどうでしょう? 少し前に潰れたノルンという駄店と比べると、まるで極楽浄土のようですよ」 私はエリンに連れられて、その店に入る。 「玉兎との契約を……解除しろ?」 「はい」 それぞれが注文したケーキをつつきながら、私達は話し合う。 「ノルニルの目的の1つが、全てのプロトイドルを回収する事であるのは話しましたよね。11番――玉兎、でしたか。アレを私達が回収するには、貴方との契約が破棄されなければなりませんから」 「…………」 言ってる事が滅茶苦茶だ。玉兎と契約したのは私自身の意思だけど、そのお膳立てをしたのは他ならぬエリンなのに。 「解いてもらえないのなら……本当に心苦しいですが、貴方を殺して契約を強制破棄という事になりますけど」 「……っ!」 ううん、脅しに屈しちゃいけない。ここで玉兎との契約を解いたとしても、どうせエリンは何か理由を付けて私を殺すに決まってる。なら、身を護る術がなきゃダメだ。 「お断りだよ」 「そうですか……まぁ、そうだろうとは思ってましたけど。なら、気を付けてくださいね。血気の多い人が動き出してますから」 「…………」 これ以上の会話は無意味だ。 私は、無言で席を立つ。 「あ、もう行っちゃうんですか――って、ちょっと待ってください? あれ? ここの支払い、もしかして私1人ですか!?」 「う〜ん……」 私は1人、ベッドの中で頭を悩ませる。 どうやら私は、ノルニルによって命を狙われる立場になったらしい。 そうなると……いつ襲われるか、まったく分からない。こうして夜になってベッドに入っても、素直に眠る事が出来ないのだ。 まぁ、私は独りじゃないのが唯一の救いか。私が眠っている時に夜襲されても、玉兎が即座に契約を通じて私を叩き起こしてくれるはずだ。プロトイドルは眠らないみたいだし。 「…………」 ……頭ではそう分かっていても、なかなか眠る事は出来そうにない。 「うぅ……ね、眠い……」 そして結局、一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった私。 私は机に倒れる。少しでも気を抜いたら、意識が飛んでしまいそうだ。 ……うぅ。やっぱり、授業中に居眠りするしかないかなぁ。さすがに、学校では襲って来ないだろうし。 「眠そうだな」 声に顔を上げると、そこには匠哉君。 「昨夜、寝てなくて……」 「そっか。徹夜でやったのか、あの課題」 ……え? 「でも、あんま無理すんなよ」 「う、うん……」 匠哉君の言葉に答えながらも、血の気が引いていく私。 ……そうだ。どうせ寝ないんだったら、課題やっとけばよかった。と言うか、スッカリ忘れてた。 「…………」 うぅ、私ってどこまでも愚か者……。 そして、授業中。 (うぅ……ぁ……) 私は、睡魔と激戦を繰り広げていた。 さっきは居眠りするしかないだなんて考えてたけど、これ以上課題が増えるのはとても困る。ノルニルに殺される前に、私が過労死するかも知れない。 (な、何か考え事……) 私は必死で、何か考える事がないか思いを巡らせる。 授業を聞く、なんて選択肢はない。さっきから、先生の語りが子守唄にしか聞こえないのだ。うぅ、窓から差し込んで来る温かい光が憎い。 (……そう言えば) エリンは、プロトイドルはカッパドキアで発掘されたと言っていた。 カッパドキアは、謎多き土地である。有名なのは、地下都市とか、数多くの奇石だろう。 地下都市は、3世紀頃に迫害から逃れたキリスト教徒が住んでいたという話だけど……それ以前から、存在はしていたらしい。実は核シェルターじゃないか、というトンデモ説もある。 でも本当に核シェルターだとしたら、ソレが必要になるような戦いがあったという事だ。その戦いのために造られたのが、あの機人なのだろうか? (それに――) 今から約2000年前、イエス・キリストがローマによって、ゴルゴタの丘で処刑された。 その際にキリストの死を確かめるため、その脇腹に槍を突き刺したのが、ローマの百卒長――ガイウス・カシウス。後世の槍を持つ者という名前の方が有名だろうか。 彼は処刑の時にキリストの血が眼に入り、失っていた視力が回復したという。その奇跡を体験したロンギヌスはキリスト教に改宗し、後に聖人とされるようになるのだ。 改宗後のロンギヌスは、カッパドキアで異教の偶像を破壊する事に力を注いだらしい。それが原因で処刑され、殉教する事になるんだけど。 もしかしたら……彼が破壊した偶像というのは、原初の偶像だったりするのだろうか? いくら何でも、生身の人間が巨大ロボをどうにか出来るとは思えない。けれど――キリストの身体を貫き、その血を得た聖槍を、彼が変わらず持っていたのだとしたら。 「……きゅう」 そこまでだった。 睡魔との死闘に敗れた私は、深い眠りの沼へと沈んでゆく。 人影が、学校に近付いていた。 それは日傘を差し、ゴシックロリータ・ファッションに身を包んだ少女――ヘレン。 「ちょっと、そこの君――」 警備員の1人が、ヘレンを止めようとする。 ヘレンは薄く笑うと、どこからかトランプを取り出した。 そしてそのカードで、警備員の首を撫でる。 「……ッッ!!!?」 首から、噴水のように血が噴き出す。 トランプは警備員の首を、深く切り裂いていた。 ヘレンが浴びた返り血は――黒い服に溶け、見えなくなる。 すぐに、他の警備員達がヘレンに発砲。 ――だが。 「ふふふ……」 ヘレンは日傘を盾にし、全ての銃撃を防いでいた。 彼女は無数のトランプを投げ、警備員達を切り刻んでゆく。 「さぁ、兎狩りの始まりですわ――」 「――ッッ!!!?」 眠っていた私は、突然凄まじい寒気を感じて飛び起きた。 「ど、どうした、迦具夜?」 きっと、とんでもない勢いだったのだろう。先生が心配そうにしていた。 「……っ」 何か――恐ろしいモノが、近付いて来ている。 それを証明するかのように、学校中にベルが鳴り響く。 ……学校では襲って来ないだろうだなんて楽観していた、自分が憎たらしい。 ベルの音で、一斉に先生やクラスメイト達が逃げ出す。残ったのは、私と要芽ちゃんと匠哉君と、あとは匠哉君の友達の田村真君。 「……出られないわね、これ。学校自体を、1つの異界として封鎖したのかしら」 要芽ちゃんが窓を開けようとしながら、言う。窓が開かないのなら、ドアも開かないに違いない。完全に閉じ込められたのだ。 「しかし、何で……?」 匠哉君が呟く。真君は、相変わらず寝てるだけだけど。 ――その時。廊下から、悲鳴が聞こえた。 私が廊下に顔を出すと、逃げたはずのクラスメイト達が死に物狂いで戻って来ていた。 ……あれ? 何だか、逃げてった時より人数が少ないような? 皆は教室を通り過ぎ、反対側に逃げて行く。 「…………」 ……鉄の、臭いがした。 吐き気を必死で堪える。眼を逸らしちゃ、いけない気がした。 匠哉君達もその光景を見、顔を顰める。 ……私が、玉兎との契約を大人しく解除していたら。こんな事には、ならなかったのだろうか? いや――そんな、弱い考えじゃダメだ。 何故、クラスメイトが減っていたのか。その答えは簡単だった。 減った人数分は――廊下に血を撒き散らかして、バラバラになっている。 「お初にお目にかかりますわ、迦具夜さん」 血の海の中には、顔と日傘を血で染めたゴスロリ服の女。 「私の名前は、ヘレン・サイクス。ノルニルの社員ですわ」 「狙いは……私の、命?」 「ええ、勿論」 ……ッッ!!!! 「なら! どうして、私以外の人まで殺してるのっ!?」 「だって、その方が手っ取り早いんですもの」 ヘレンが微笑む。 血に塗れたその笑顔は――あまりにも凄惨だった。 「では、貴方も逝かせて差し上げましょう」 ヘレンの手に、数枚のトランプが現れる。 彼女は、それを私に向かって投げた。 トランプはノコギリのように回転しながら、私に迫る。 「……ッ!?」 突然の事で、回避に考えが回らない。 「――させるかッ!!」 そんな私を匠哉君が、トランプの軌道から退けてくれた。 そしてそのまま、私を抱えて走り出す。 背後から、トランプが迫るが―― 「俺が何度、893に背後から拳銃で撃たれたと思ってる!」 匠哉君はそれを、ヒラリヒラリと躱してゆく。 「それに、迅徒の手裏剣や花音の矢と比べれば、まだまだ温いな……ッ!!」 再びトランプが飛んで来るが、今度は匠哉君が避けるまでもなく、要芽ちゃんがハンマーで残らず弾き飛ばす。 「チィ――ッ!?」 ヘレンの舌打ち。 それを聞きながら、私達は廊下から逃げて行った。 「とりあえず、ここで一区切りだな……」 適当な教室に逃げ込んだ、私と匠哉君と要芽ちゃん。あと、いつの間にか真君。 「まず確認するけど、あの女の狙いは貴方なのね?」 「うん……」 要芽ちゃんの言葉に、頷く私。 ……この惨劇は、私が悪い訳じゃない。でも、まったく責任がない訳でもないから……暗い気持ちになってしまう。 「狙う理由は……まぁ、それは後にしましょう。問題は、これからどうするか」 「そうだな……」 「緋姫や瀬利花さんも、この校内で闘おうとするはずよ。何とか2人と……せめて片方だけとでも、合流するべきだわ」 「……そうは言ってもなぁ。無線を使えば、連絡は取れるが……下手に動いて敵と鉢合わせ、ってのも面白くないぞ。ったく、マナの奴はこんな時に限ってサボりだし」 「パックの奴も……何でこんな時に限って、熱出して寝込むのよ……!」 「ほら真、お前も何か知恵出せ」 「ぐー……」 「……こりゃダメだな」 匠哉君と要芽ちゃんが、頭を悩ませている。 「…………」 私に、責任がない訳じゃない。だから、私が何とかしなくてはならないのだ。そのためには、どんな手段でも。 ……あのヘレンだって、一応は人間。今、私が考えているのは……間違いなく人殺しだ。 だが、それでも。私は、戦って大切なものを護ると決めた。なら、その罪を背負う覚悟がなければ話にならない。 「…………」 私は、教室から出る。 「お、おい!?」 「ちょっと、迦具夜!?」 しばらく廊下を歩き、1つの死体を見付けた。ヘレンにズタズタにされた、武装風紀委員の死体だ。 吐き気を堪えながら、その懐から――手榴弾を取り出す。 「要芽ちゃん、匠哉君」 私は、付いて来た2人に言う。 「――私に、考えがある。手を貸して欲しいの」 「…………」 ヘレンはそれを見た時、呆れて何も言えなくなった。 彼女の目の前に、何本ものワイヤーが張られている。 そしてその端には、手榴弾が取り付けられていた。 ワイヤーに引っかかるとピンが引っ張られて外れ、相手を爆殺するトラップであろう。 「しかし、粗末にもほどがありますわね……」 走って突っ込んでいるならともかく、歩いて進んでいるヘレンが、こんなモノに気付かないはずがない。 それに――ここに罠が張られているという事は、この先にターゲットがいるという事も示している。 「所詮、凡人の浅知恵ですわ」 ヘレンはワイヤーを切断しようと、トランプを投げた。 ――だが。 それこそが、迦具夜の狙い。 これは、そんなに単純なトラップではない。 ……手榴弾は、ダミィ。 ワイヤーの1本1本には、微弱な電流が流れていて――それを、電圧計が計っている。 そして、迦具夜が死体から手に入れた爆発物は手榴弾だけでなく、爆薬もあった。 ソレは曲がり角の死角に隠されており、その起爆装置は、電圧計と繋げられている。 ……ヘレンがワイヤーを切断すると、電流が断たれ、電圧が消える。 それを、電圧計と連動した起爆装置が感知すると――爆薬を起爆させるように、仕掛けられていたのだ。 ――つまり、ワイヤーを切断するのは。 映画等の爆発物解体のシーンにおいて、切ってはならない配線を切ってしまうのと、同じ事。 頭の上から、爆音が聞こえた。 ……どうやら、ヘレンがトラップに引っかかったようだ。 「しかし、見事な手際ね」 「え? 何が?」 「どんな状況でも、逆転策を見付けるその力。まるで、誰かさんみたいだわ」 問い返した私に、要芽ちゃんは匠哉君を見ながら、そう答えた。 ……匠哉君は、首を傾げている。何故自分が要芽ちゃんに見られたのか、分かっていない模様。 「でも、結局は皆が手伝ってくれたからこそだよ」 匠哉君や要芽ちゃん、真君が手伝ってくれたからこそ、短時間で仕掛ける事が出来たんだし。 まぁとにかく、私達は勝ったのだ。 私が、ふぅと息をつこうとした時―― 「やって、くれましたわね……」 「――ッ!!!?」 前の階段から――ヘレンが、下りて来た。 その格好はボロボロで、今にも倒れそうな感じだけど、確かにまだ生きている。 至近距離から爆発に巻き込まれて、どうして無事なの……!? 「……まぁ、いいわ」 魔法冥土に変身した要芽ちゃんが、前に出る。 ……そうだ。今のヘレンは、どう見ても瀕死。要芽ちゃんの敵じゃない。 要芽ちゃんは間合いを詰め――ヘレンに、ハンマーで打撃を加える。 「く……っ!?」 ヘレンはそれを、日傘を盾にして防いだ。爆発も、それで防いだのだろうか? しかしやはり、今の彼女では無理がある。衝撃を受け止めきれず吹き飛ばされ、窓に叩き付けられた。 学校を封鎖していた事が、逆に災いした。結界がなかったら、ヘレンは窓を破って逃げる事も出来たはず。 すぐに、要芽ちゃんが2撃目を打ち込む。今度は、日傘の防御も間に合わない。 ついに――ヘレンは結界を突き破り、悲鳴を上げながら下に落ちて行った。 ……今度こそ、勝った? 「きゃはははははははははッッ!!!!」 たが下から聞こえて来たのは、狂ったようなヘレンの笑い声。 私は窓を開いて身を乗り出し、下を見る。 「もう、許しませんわ……!」 ヘレンの手に、散らばったトランプが集まって行く。 ……少しずつ。不気味な気配が、大きくなってゆくのが分かる。 でもその気配は、ヘレンから放たれてるモノじゃない。彼女に、そんな力は残っていないはずだ。 ……なら。この、心臓を潰されそうな圧迫感は、一体何なのだろう? 「来たれ我が偶像、不思議の国の女王よ――」 ……そうか。ノルニルの目的が、プロトイドルの回収なら。 すでに何機かをその手に収めていても、おかしくない。 ――ヘレンは集まったトランプから、1枚のカードを引く。それは、ハートの12。 そして……己の機体の名を、叫んだ。 「――『クィーン・オヴ・ハート』ッッ!!!!」 カードが、巨大化した。 その中から女王の絵柄が、機械的な質感を持って這い出して来る。 ヘレンのプロトイドル――クィーン・オヴ・ハート。 「きゃははは――」 ヘレンの身体が無数のトランプに分解され、機体の中に吸い込まれた。 『はははは――遅刻をするような兎は、首を叩き落さなくてはなりませんわね……ッ!』 パイロットを取り込み、クィーン・オヴ・ハートが起動する。 「またロボか……」 「……でもこの前のヤツとは、威圧感が段違いね」 と、匠哉君に要芽ちゃん。 「ぐー……」 真君だけはいつも通りの様子で、その光景を眺めていた。 「……ちょっと、行って来る。ご指名みたいだから」 「え? 迦具夜、貴方――」 要芽ちゃんの言葉が続く前に、私は窓から飛び降りる。 「来たれ我が偶像、月にて秘薬を搗く者よ……玉兎ッ!」 そして――物質化した玉兎の頭に、着地した。 私はそのまま沈み込むように、コックピットへと入る。 「やるよ、玉兎! 殺された皆の仇を取るッ!!」 『その威勢だけは、褒めてあげますわよ……!!!』 クィーン・オヴ・ハートの手に、トランプが現れた。 さっきと同じように、それが飛んで来る。 「く……っ!?」 玉兎とリンクしている私には、そう簡単に当たったりはしない。 でも……分かる。あのトランプは、玉兎の装甲を簡単に切り裂ける。 「――ッ!?」 避けたはずのトランプがブーメランのように、再度玉兎へと襲いかかる……! 私は、何とかそれを躱したけど―― 『はは、粉々にしてやりますわッ!!』 「ぐぅ――ッ!!!?」 その隙にクィーン・オヴ・ハートが、手に持った杖で玉兎を殴り付けた。 すぐに間合いを取る、私。 ……今のは、効いた。玉兎が殴られれば、そのダメージはリンクしている私にもある程度伝わって来る。 「……はぁ……ぐ……!」 結局の所、戦車でも戦闘機でも――弱点となる1番脆い部品は、パイロットの人間なのだ。 その点において、私は大きなハンディを背負ってる。何しろ、ついこの前までは普通の女子高校生だったんだから。ケンカのやり方も、ろくに分からない。 でも、パイロットが足を引っ張っているのは向こうだって同じはず。いくらプロトイドルに乗っても、ヘレンが瀕死である事実は変わらない。 ――故に。ヘレンを斃すチャンスは、今この時しかない。 「…………」 殴られたダメージは大きく、装甲に亀裂が走っている。たった1発で大したものだ。 だけど――私はそれに構わず、相手に突っ込む。 『莫迦め……!!』 容赦なく、クィーン・オヴ・ハートが杖の打撃を叩き込んで来る。 私は、歯を食い縛ってその衝撃に耐え―― 『――がッ!!?』 クィーン・オヴ・ハートの胸部――コックピットを、殴り付けた。 「この国には、『肉を切らせて骨を断つ』って諺があるんだよ……!」 剣は抜けない。そんな隙は見せられない。 そして私に、ケンカの経験はない。 でも――授業で習った空手と柔道は、そこそこ上手かったのだ。 もう1発、正拳突きを叩き込む。 『が、ぁ――!!?』 コックピットに攻撃すれば、クィーン・オヴ・ハートが受けたダメージに加え、パイロットのヘレンに直接ダメージを与える事が出来る。満身創痍の身には辛いはずだ。 『こ、の……調子に、乗らないでくださいな!』 クィーン・オヴ・ハートは、玉兎との間合いを取る。 くっ、まだ斃れないの……!? トランプが、散らばる。でもさっきとは違って、それぞれがまるで生き物のように動き出し―― 『――首を切りなさいッッ!!!!』 たくさんのトランプ兵となって、向かって来た。 「くぅ……!?」 まずい。こっちの装甲はかなり削られてるのに、これだけの多勢に襲われたら……ッ! トランプ兵達が、一斉に首切り斧を振り上げる。 私は―― 「これで、どうだ……!」 背中の鞘を盾にして、受け止めた。 ……やっぱりだ。あんな剣を収めてるんだから、この鞘だって普通じゃない。 そして、斧を止められた事により相手に隙が生じた。 その間に―― 「封印解除ッ!!」 私は、剣を抜いた。 抜剣の余波だけで、それこそ紙のようにトランプ兵達が吹き飛ぶ。 『な――!?』 余裕はない。一撃で、仕留めるッ!! 「空間制限、開始――『断解水月』ッッ!!!!」 奔る、必殺の斬撃。 『き、ぃぃぃぃ……ッッ!!!?』 「く――っっ!!?」 ……避けられた。剣が斬り裂いたのは、クィーン・オヴ・ハートの脇腹。しかも、それほど深くない。 けれど――今のヘレンには、傷が浅くてもきついはずだ。事実、まともに反撃も出来ていない。 「今度こそ、トドメ――!」 2撃目を、叩き込もうとして―― 『――はい、そこまで』 突如現れた『何か』のプレッシャーで、完全に動きを硬直させてしまった。 「……え?」 いつの間にかもう1機、プロトイドルが出現していた。 ……私の身体が、カタカタと震える。 「何、これ……?」 異常だった。私はプロトイドルに乗っているのに、声は上から聞こえて来た。 だが、アザゼルのように飛行している訳ではない。 ただただ――巨大な機体なのだ。サイズは、玉兎やクィーン・オヴ・ハートの3倍以上はある。 まるで、天を支える山脈の如く。『戦闘』という選択肢を全否定するかのような威圧感が、私を締め上げる。 『な……!? 貴方、いつ私が助けを請いましたかッ!?』 『はいはい。お決まりのセリフはいいから、さっさと尻尾巻いて逃げなさい。言う事聞けないのなら、この機体で何発か殴るわよ。勿論本気で』 『く……ッ!!?』 『……で、そっちの兎ちゃんはどうする? 闘るなら、私が相手になるけど?』 「――ッッ!!!?」 冗談じゃない、あんなのと闘えるはずがない……!!! 『うんうん、身の程を知ってる子は好きよ』 私に動きがないのを見ると、巨大な機体のパイロットは嬉しそうに言う。 『じゃあね。ま、いずれまた遭う事になるかも知れないけど』 その言葉を最後に――2機のプロトイドルは、消え去って行った。 「…………」 敵が去り、玉兎も消えた後。 私は、校庭に倒れ込んでいた。 ……全身が、痛い。頭に触れたら、赤いモノがべっとりと手に付いた。 「勝てなかった、かぁ……」 敗けた訳じゃない。けど、勝ったとはどう間違えても言えない。 ……仇を、取れなかった。 ヘレンを斃すチャンスは、さっきしかなかったのに。私はつくづく、チャンスを逃すのが得意なようだ。 「――迦具夜ッ!!」 匠哉君達が、走って来る。 ……そう言えば私、寝てないんだっけ。居眠りも出来なかったし。 「…………」 私は、ゆっくりと眼を閉じた。 「ぐぅ……ぁ……!」 ついに立っていられなくなったヘレンは、仰向けに倒れる。 「あーあ、やられちゃいましたねぇ」 それを眺めるのは、エリン。 「――がっ!!?」 ヘレンの喉笛に、エリンは靴底を押し当てる。 「エリン、貴方……!!」 「まったく。美香さんが助けに入らなかったら、どうなってた事か。別に貴方が死ぬのは構いませんが……貴方の代わりはいくらでもいても、機体の代わりは1機だってないんですよ?」 エリンは少しずつ、足に力を込めてゆく。 「……ぐぁっ……!!!?」 そして、ヘレンの喉を踏み砕こうとした時―― 「その辺にしときなさい、エリン」 美香が、止めに入った。 「……はぁ。仕方ないですね」 エリンはヘレンの首から、足を退かす。 「にしても、迦具夜ちゃんがあこまでやるとはねぇ。でも……今後は、こういう場合の事も考えなきゃならないと思うわよ?」 「プロトイドルと契約した者がノルニルの敵に回った場合、ですか」 「ええ。やっぱり、『ロンギヌスの槍』が必要になるかもね」 「回収すべき機体を、破壊してしまっては元も子もないんですが……敵に回しておくよりはいいですかねぇ」 2人は言葉を交わしながら、歩き始める。 「ほら、行きますよヘレンさん。早く立ってください」 「あ、貴方、私のこの傷を見てそんな事を……」 「――立ちなさい」 「く……ッッ!!!?」 ヘレンを見下ろし、エリンが笑う。 「うにゅ……」 私は、病院のベッドで眼を醒ました。 「お、気が付いたな」 「……匠哉君?」 ベッドの傍には、匠哉君と要芽ちゃんと真君。 「とりあえず、それほど大きな怪我はないみたいね」 と、要芽ちゃん。 「……そう、よかった」 「じゃ、話してもらうわよ。一体、何故貴方が狙われたのか。そして、あのロボットは何なのか」 私はこれまでにあった事を、出来るだけ簡単に話す。 「じゃあやっぱり、あの時の白い機体のパイロットは貴方だったの……」 「連邦の白い奴。ぐー……」 「……ルナチタニウム合金で出来てるのかしらね。月の兎だし」 何か、好き勝手言ってる真君と要芽ちゃん。 「…………」 そんな中、匠哉君だけは腕を組んで考え事をしていた。 「……どうしたの? 匠哉君」 「俺、そのエリンに会った事があるんだ」 「え……!?」 思わず、耳を疑った。 匠哉君は、エリンに会って聞いた話を、私達に伝えてくれる。 「……もの凄く厄介ね、それは」 要芽ちゃんが、溜息混じりに一言。 「しかも、あのバカでかい機体のパイロットは……いや、それはいいか。でもあいつ等が自由に時間を移動出来るんなら、何で今この瞬間にでも攻めて来ないんだ? 自分達の傷が癒えたら、相手の傷がまだ癒えてない時間に移動し、攻撃する。それが1番だと思うんだが」 「そんなに精密な移動は出来ないんじゃない?」 「……そもそも。平行世界に移動出来るなら、わざわざ迦具夜と契約した玉兎を狙う必要はない。平行世界の数だけ、11番は存在するはず。ぐー……」 「お前時々ちゃんとした事言うよな。で、それは……ノルニルの社員が『ただ1人』であるのと同じく、プロトイドルも『ただ1機』なんじゃないか? 何か、人知を超えてる感じがするし」 交わされる、様々な意見。 ……うぅ、何か皆が頭よさげ。取り残された気分。 「ま、考えてもしょうがないわね」 要芽ちゃんは話をそう締め括り、 「それより、はい」 私に向かって、1枚の皿を差し出した。 皿の上には、兎さんカットのリンゴ。入院の定番アイテムだ。 でも―― 「……動けない。食べさせて〜……」 私は、情けない声を出すしかなかった。 「…………」 要芽ちゃんは何やら考えた後、 「ちょっと用事を思い出したわ。貴方に任せるから」 匠哉君に皿を渡し、真君を連れて病室から出て行った。 「……何故?」 匠哉君は、ドアを見ながら言う。 ……この状況って、まさか。 「まぁ、別にいいけど」 匠哉君はリンゴを1つ、楊枝で刺して取り―― 「はい。あーん」 私の口元に、持って来てくれた。 ……あまりの事に、脳のブレーカーが落ちかける私。 「…………」 私は小動物のようにリンゴをかじり、モグモグと食べる。 「……おいし」 味は、普通のリンゴと変わらないのだけど。 私はしばらくの間、そうして幸せをかみ締めていたのでした――。
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