「…………」
 とある休日。
 月見家に、1つの影が近付く。


貧家外伝・メイド戦記6
〜アウトレンジ〜

大根メロン


「ああ、平和だ……」
 今日は学校もなく、バイトもない。
 その上、マナとしぃもいない。マナはカナの元に遊びに出かけ、しぃは散歩に行っているのだ。
 ああ、平和だ。今この家は、俺だけのエデン。
「…………」
 しかし――ここでふと、嫌な予感が過ぎる。
 こういう場合、突然の事件が起こるのがお約束だ。この平和、その伏線ではあるまいか。
「いや、考え過ぎかー」
 まるまる1話、俺がゴロゴロするだけでもたまにはいいよねー。
 が。

 ――ズドンッッ!!!!

「……へ?」
 突如屋根を突き破って、見覚えのある矢が射ち込まれた。
 その矢は、派手に床を粉砕する。
「……何しに来たんだ」
 やっぱり、エデンの平和は蛇によって壊されるのか。
 俺はカチューシャを付け、魔法冥土マジカル・メイドに変身する。最近、女装これに慣れてきてる自分が恐い。
 掌を向けると、天羽々斬と草薙剣が飛んで来て、俺の手に収まる。
「……じゃ、行くか」



 俺は家から跳び出すと同時に、射撃の犯人――予想通り花音――に斬りかかった。
「――なっ、月見!!?」
 花音は驚いた顔で、後ろにジャンプして避ける。
 辺りに、人の姿はない。お得意の人払いだろう。
「何故、其方が出て来るのだッ!!?」
「……テメェ。他人の家に矢ぁ射ち込んどいて、まず言う事がそれかい。家、誰が直すと思ってんだ!」
「業者にでも頼め!!」
「頼めるかぁぁぁぁッッ!!!!」
 俺は怒りを込め、二剣を構える。
「チッ、舞緒め。初めから分かっていたな……!」
 花音は、苦々しそうに舌打ちをした。
「……おい、月見。其方、如意宝珠を持っているな? 釈迦の遺骨ともされる、アレを」
「持ってるが……それが何だよ?」
 つうか、何故こいつがそれを知っている?
「……ッ」
「…………」
「……仕方ない。殺せという命令だからな」
 花音が、俺に生弓矢を向ける。
 そして――あのマシンガンみたいな連射を射ってきた。
「く……っ!!!?」
 俺は反射的に、剣で弾き捲くる。
 ……京都の時と同じパターンか。だが、同じようにはいかないだろう。
 今回の花音は、前みたいに油断はしないだろうし……それにこのまま続けていたら、時間制限で俺の変身が解ける。
 クソッ、不利だ。
「…………」
 ……しかし、よく分からないのだが。あいつの目的は、如意宝珠であって俺ではないらしい。俺の家だと知らなかったくらいだし。
 さっきの発言から考えるに、如意宝珠を手に入れ、その持ち主は殺すよう命じられているようだ。
 基本的にはヴードゥーのサンフォールに、何で仏教の秘宝が必要なんだ? いやまぁ、シスターとか巫女とか元サッカー選手とかスナイパーとかがいる集団だから、密教僧とか修験者とか陰陽師とかがいても不思議じゃないけど。
「それはともかく、どうするこの状況……ッ!?」
 と、その時。
「あれ? 何か楽しそうな事やってるね、匠哉」
 マナが、家に帰って来た。
「これが楽しそうに見えるなら眼科行け。いや、問題は脳の方か?」
「……まぁ、何でもいいや。じゃあね」
 普通に家に入ろうとする、貧乏神。
「――待てコラ! 家主を助けようという思考は働かんのかっ!!?」
「むしろ病院に行かなきゃならないのは、男のくせにメイド服を着ている匠哉の方だと思う」
「頼むから俺の話を聞け! とにかく助けろ!!」
「……えー。でも私、これからテレヴィ見なきゃならないんだけど。『古代日本の謎! 〜ヤマタノオロチとオオナムチ〜』ってヤツ」
「――録画予約しとけよッ!!」
「うちのヴィデオデッキ、壊れてて3分以上は録画出来ないでしょ」
 ああもう、何でこの場面でこいつと漫才せにゃあかんのだっ!
「……何だ、其方は?」
 矢の連射が止み、花音の注意がマナに向く。
「――ん?」
「何故、この結界の中に入って来れる?」
「……結界? あー、そう言われれば人払いっぽいのが張ってあるね。薄っぺら過ぎて気付かなかったよ」
「何だと……っ!!?」
 花音が、マナに弓矢を向ける。
 ……そんな挑発に乗るなよ。俺は楽だからいいけどさ。
「ふーん、生弓矢か。でも、使い手が黄泉軍よもついくさじゃあ宝の持ち腐れだよね」
「――ッッ!!」
 無数の矢が、放たれる。
「ちなみに、結界っていうのは――」
 マナは自らに向かうソレを、
「――これくらいじゃないとねッ!!」
 バリアーで、残らず弾いた。
「な……っ!!?」
 ……その結界は、地上と黄泉を隔てる千引の石。ならば、死者の花音にとっては絶対的な壁に違いない。
「開け黄泉比良坂、来たれ八雷神――」
 そして。
「――『貧乏サンダー』ッッ!!!!」
 マナは、必殺の雷を放つ。
「きゃあああっっ!!!?」
 花音は、悲鳴と共に吹き飛ばされ――意識を失った。
「ふう、大した事なかったねぇ。……あ、急がなきゃ始まる」
 マナが、家の中に消える。
「……まぁ、何だ」
 俺はとりあえず、
「帰って来たのが、マナでよかったな。もう一方だったら、どうなってたか分からんぞ」
 気を失ってる花音に、慰めの言葉をかけてやった。



『つまりオオナムチはスサノオの子孫ではなく、ヤマタノオロチの子孫だったんだよ!』
「おー……」
 胡散臭いテレヴィ番組を、普通に見ているマナ。と言うか、家が壊れている事を少しは気にしろ。
 俺は花音を家に運び込むと、変身を解く。
「あ、匠哉がまた女の子を連れ込んだ」
「黙れゴクツブシ。あのまま放置しとく訳にもいかんだろうが」
「ま、何かおかしな殺気もかすかに感じる事だしねー」
 ……殺気?
「いやそれより、こいつをどうしよう」
 さすがに、そのまま寝かせておく訳にもいくまい。
「とりあえず、柱にでも縛っとくか……」
「巫女さん緊縛ー」
 マナの戯言は、完璧に無視する。
 んで、しばらくの後。
「んっ……?」
 花音が、眼を醒ました。
 で、すぐに自分の状況を認識する。
「よ、気が付いたか」
「……某は、敗けたのか」
「うん、まぁ」
 アレとは、そもそも闘う事が間違いだが。
「巫女さん、貴方これからどうするの? この家から出たら、絶対に消されるよ?」
 マナが、花音に言う。
 ……って、消される?
「花音、どういう事だ?」
「……棺の輸送失敗。茨木童子の懐柔失敗。そして、今回もこのザマだ。サンフォールが某を見限るのも、当然であろうな」
「…………」
 なるほど。マナが言ってた殺気とやらは、その刺客のモノか。
「まったく……月見さえいなければ、こんな事にはならなかったのだが」
「……う」
 確かに、花音の失敗には全て俺が関わっている。
 でも、俺は悪くないぞ! わ、悪くないぞッ! ……悪くないよな?
「ところで、其方は何者だ? 人間ではあるまい」
 花音が、マナを見る。
「私はマナ。この家の貧乏神だよ、谷川花音」
「……? 何故、某の名を知っている?」
「呪徒だから有名だし。それに、貴方って大霊おろち神社の巫女でしょ? 私は――」
 ――まずい!!?
「シャアアアアアアッ!!!」
「――のわぁっ!!?」
 俺はマナに蹴りを叩き込み、語りを止める。
「い、いきなり何するの!!?」
「……マナ、その話はNGだ。花音の精神によくない」
「うわぁ、酷く侮辱された気分ー……」
 花音は、何が何だか分かっていないようだ。
 だが、『知らぬが仏』。世の中、知らない方が幸せな事だってあるのだよ。
「……で、匠哉。真面目な話、この巫女さんはどうするの?」
「そうだなぁ……家に匿っとく訳にもいかないし」
 経済的な事もそうだが、もう家のスペース的に無理なのである。3人も住んでるし。
「となると、やっぱり渡辺家に保護してもらうのが1番か」
「移動中、絶対に攻撃があるよ?」
「……念のために尋ねるが。お前、手伝うつもりは?」
「ない。何で私がそんな事しなきゃならないの」
「だろうな。……やっぱり、強行突破しかないか」
 キツいなぁ。
「という訳だ、花音。今から渡辺家に行くぞ」
「……何故、其方がそこまでする? 某の事など放っておけばよいだろうに」
「趣味みたいなもんでね。迷惑かも知れんが、捕まった責任で付き合ってもらうぞ」
「……まぁ、某とて好き好んで消えたいとは思わん。渡辺の連中に頼るのは気に喰わんが……仕方あるまいな」
「よし、決まりだ。じゃあ着替えなきゃな……」
 で、しばらくの後。
「じゃ、行って来る。それと、これ借りてくぞ」
「ちゃんと返してねー。……と言うか、女装してバイトしてるって話、ホントだったんだねぇ」
「けっ」
 女装した俺は天羽々斬を持ち、花音を連れて家を出た。
 ちなみに、変身はしない。時間制限がある以上、敵の攻撃が始まってから変身した方がよい。唯一不安なのは、すぐさま攻撃に反応して変身出来るか、という事なのだが。
「……ふん。あの渡辺の娘が、某を受け入れるとは思えんが」
 と、不機嫌気味の花音。
「いや、大丈夫だろ。何しろ、渡辺綱の宿敵だった茨木を普通に受け入れてるくらいだし」
「…………」
 それを言われると、反論出来ないらしい。
 少しの間は、そんな風に何事もなかったのだが――
「……おい」
「ああ、おかしいな」
 俺達は、周りを見る。
 ……街に、まったく人の姿がない。
 人払いの結界にも似てるが……これは、ただ人を遠ざけてる訳ではなさそうだ。何故なら、完璧なまでに生命の気配がしない。
 あのドッペルゲンガーの夜に、マスケラはこの街を異界に変え、無人にした。多分、この状況はソレに近い。
「この術は……チッ、奴か!」
 花音は、俺の手を引いて走り出す。
 ……その、途端。
 開戦を告げる弾丸が――俺達に襲いかかった。








「…………」
 レインは黒いヘリの中から、逃げる花音と月見マナを眺めていた。
 ヘリはまるで彼女の手足のように、ふたりを追う。
 それもそのはず。ヘリを操縦しているのは、レインが操っている1体のゾンビである。
 レインは最初のニ撃で花音と月見マナを仕留めるつもりだったが、ギリギリで悟られてしまった。
 だが、それでも彼女の優位は変わらない。どんな場所に逃げ込もうと、この異界はレインが創り出したモノ。ふたりの位置など手に取るように分かる。
 そもそもあのふたりに、遠距離から攻撃するレインに対抗する術などあるはずがない。
 しばらくすると、路地を走るふたりを見付けた。
 狭い場所に逃げ込めば大丈夫だと思っているようだが、路地への狙撃などクラウン時代に数え切れないほどやっている。
「――……」
 レインは、狙撃システムのスコープを覗き込む。
 彼女のライフルは、バレットM82A1をカスタマイズしたもの。
 本来、この銃の銃口には反動を抑えるためのマズルブレーキが取り付けられている。弾が発射される時のガスを逆噴射して、反動を軽減するのだ。
 だがガスが逆噴射されれば、煙が射手を覆い、次弾の発射が困難になる。それでは、セミ・オートマティックの意味がない。
 故にレインの銃は、マズルブレーキが取り外されている。反動が強くなればその分、弾に加えられる力が弱くなるのだが……生ける死体リヴィング・デッドである彼女ならば、自力で反動を殺す事が出来る。
 弾は、教皇庁ヴァチカンが密売している12.7x99mm宗教兵装弾。サタンを祓うこの弾を受ければ、花音とて無事では済まない。
 スコープの中に、花音と月見マナの姿が捕らわれる。
 ……ヘリは無音。ふたりは未だ、忍び寄る魔弾の射手に気付かない。








「――くそッ!! 狙撃って事は、レインか!!!」
 変身した俺と花音は、狭い路地を逃げ回る。
 少しでも止まったら、その途端に撃たれると思った方がいい。動体すら狙ってくるような相手だ。止まったら、確実に仕留めるだろう。
「――!!? 月見、避けろ!!」
「のわっ!!?」
 花音が、俺を抱えるようにして跳ぶ。
 その途端、俺達が立っていた地面に2つの大穴が開いた。
「……っ」
 思わず、呼吸を忘れる。
 この威力から考えて、恐らくは対物ライフルの類だ。
 ……対人狙撃すんなよ。綺麗事だけど。
 走りながら、頭上を見上げる。そこにはあの黒いヘリ。距離のせいで、ほとんど見えないが。
 ……花音の矢みたいに相手が近ければ、動きを見て攻撃を防ぐ事も出来る。
 だが、狙撃にそれは通用しない。相手の動きなんて見えるはずもないし……それに、遠過ぎて反撃も無理だ。
「く……ッ!!」
 花音が、ヘリに向かって矢を射る。だが、当たる様子はない。
 ……代わりに、雨のように弾丸が降り注ぐ。
「う、うわぁぁぁぁっ!!!?」
 ……俺達が動いている事。レインの足場が、ヘリという不安定な物である事。そして、狙撃の距離。
 この3つによって彼女の狙いは微妙に狂い、俺達は何とか命を繋いでいる。……と言うか、なんでそんな悪条件で微妙に狂うだけなんだ!
「花音、どうする!!? どこかの死角に逃げ込むかッ!!!?」
「いや、ここはレインが創り出した世界だ! 安全地帯など、あるとは思えん!」
「くっ、最悪だな……!」
 その時。
 あちこちで、地面が割れ――
「な……っ!!?」
 数え切れないほどのゾンビが、這い出して来た。
 俺達はなるべく足を止めないようにしながら、進路を塞ぐゾンビどもを斃してゆく。
 ああくそ、本当に邪魔だ……ッ!!
「――ッ!!?」
 狙撃により、隣のゾンビの頭が吹き飛ぶ。
 ……弾があと数十cmずれていたら、俺の頭が吹っ飛んでいただろう。
「く……!」
 俺達はゾンビが少ない道を選びながら、異界を駆ける。
 ……それは、レインに誘導されている、という事だろうが。
 その末に、辿り着いた場所は。
「で、やっぱりこうなる訳か……!」
 明らかに狙撃に適している、開けた十字路だった。
 十字路に入った途端、ゾンビどもが残らず塵と化した。狙撃の邪魔になるからだろう。
 同時に、周りにマナのバリアーみたいな壁が現れ、俺達は閉じ込められてしまう。
「十字路……ゲーデの『永遠の交差点』かよ」
「それを模した結界だな。奴は、ここで某等を必殺するつもりなのであろう」
「……なぁ、さっきから思ってるんだけど。こんな異界を創り出したり、狙撃をしながらもあんな数のゾンビを操ったり、さらにはこんな結界まで張ったり……もしかして、レインってかなり強いのか?」
「少なくとも、某よりはな。そうでなければ、某を討つための刺客として使われるはずなかろう」
「まぁ、確かに」
「――来るぞ。避けろ」
 俺達が跳び退くと、地面に弾痕が穿たれる。
 こっちは外に出れないのに、向こうの攻撃は届くのかよ。分かってた事だけど。
「ヘリまでの距離は、六百間といった所か。生弓矢なら、この結界を貫く事も出来ると思うが……この距離では」
 どうやら、生弓矢はこの結界を貫けるようだ。
 ……本人の言葉通り、ヘリまで届かなければ意味はないが。
「おい花音、このままじゃワンサイド・ゲームだぞ……ッ!!」
 そう、叫んだ時。
「――がッッ!!!?」
 俺の背中を、とんでもない衝撃が襲った。
「……っ、あ」
 ……どうやら、背中を撃たれたらしい。俺は力なく倒れる。
 魔法冥土服マジカル・エプロンドレスが、弾を止めてくれたようだが……それでも、身体が動かないほどのダメージだ。
「……くっ」
 とにかく、これはまずい。動かなければ絶好の的だ。護られていない頭を撃たれたら、今度こそ俺は即死。
「――月見ッ!」
 花音が駆け寄って来て、俺とヘリを結ぶラインに立ち塞がる。
「バカ、俺の事なんて気にすんな……!」
「……そういう訳にもいかん。いい機会だ、ここで決着を付ける」
「お、おい?」
 花音はヘリに向け、弓矢を構える。
「何やってんだ、この距離で当たるはずないだろ……!」
 花音の目測では、ヘリまでの距離はおよそ六百間。という事は、約1100m。
 神器とはいえ、生弓矢は所詮弓矢だ。とても、当てられるとは思えない。
 レインにとっても、厳しい距離だとは思うが……対物ライフルの中には、2000m先の装甲車を撃ち抜いた物もあるらしい。ならば、届く距離なのだろう。
「――当てる。信じろ」
「…………」
 ……くそっ、卑怯だ。そう言われたら、信じるしかないじゃないか。
 レインの追撃はない。あいつも、次の一撃がラストになると感じているのか。
 矢も弾丸も、かなり風の影響を受ける。勝負は、大気が鎮まったその瞬間だ。
「月見、色々済まなかったな」
 花音が、似合わない事を言う。
 ……花音とレインは、確実に相討ちになる。お互い、相手の攻撃を躱す手段などないのだから。
 故に。そんな、最後の一言みたいな事を言っておかなければならなかったのだろう。
「…………」
 世界が凍るかと思うほどの、張り詰めた空気。
 そして――少しだけ、風が穏やかになった瞬間。
「――墜ちろ……ッッ!!!!」
 花音が、矢を放った。
 ……瞬きの、後。ヘリは墜ち、花音は弾丸に撃ち抜かれる。
「…………」
 ……ダメだ。
 そんな事に、なってしまうのなら。俺は一体、何のためにここにいるんだ。
 ……きっと、火事場の何とやらだろう。動かない身体が、動いてくれた。
「――月見!!?」
 対物ライフルから撃ち出される弾丸の速度は、音速の2倍を上回る。
 だが――相手までは、約1100mも離れているのだ。いくら音速の2倍以上だろうと、着弾までは1秒も時間がある。
 それだけあれば、いくらでも出来る事があるはず……!
「……ッ!」
 花音の前に、立ち塞がる。
 ――矢と交差し、迫る弾丸。
 俺は、正中線を護るように天羽々斬を構える。
「く……っ!」
「――きゃ!?」
 天羽々斬に、着弾の衝撃。
 俺は背後の花音を巻き込んで、一緒に弾き飛ばされる。
「……其方。思っていた以上に、無茶苦茶だな」
「ほっとけ」
 地面に倒れた俺と花音は、空を見上げる。
 ……黒いヘリが火を噴きながら、地上へと墜ちてゆく。








「――……」
 ヘリを破壊され、レインは空に投げ出された。

 ……やっぱり、強い。

 彼女は地上に向かって、真っ逆さまに墜ちて行く。

 緋姫を……護ってあげてね。

 1つだけ、彼に願いを捧げ。
 レインは、静かに眼を閉じた。








 異界が消え、世界が元に戻る。
「……で、いつまでこうしているつもりだ?」
 花音の冷たい声が、俺に飛ぶ。
 彼女と一緒に吹っ飛ばされた俺は、何と言うかこう、密着している状態な訳だ。
「……まだ、身体が上手く動かん。それに、離れたいのならお前から離れればいいだろ」
「其方が抱き締めてるから動けんのだ! と言うか、身体が上手く動かないのではないのかっ!?」
「うー、柔らかい。むにむに」
「こ、こら! どこを触っているっっ!!? くっ……まさか、知り合いの女子おなご全員にこんな真似をするのか、其方はっ!!?」
「いや、お前だけ」
「……っっ!!!? そ、それはどういう意――」
「まぁ、冗談だがな」
 俺は花音から離れ、ひょいと立ち上がる。
 ……よし。ぎこちないが、とりあえず動けるくらいには回復したようだ。
 妨害も排除した事だし、渡辺家に急ぐか。
「行くぞ、花音――……花音、さん? え? 何故そんなに恐い顔で殺気を放っているんでしょーか? ま、待て、話せば分か――へぐぅぁぁあああッッ!!!?」



「なるほど、話は分かりましたわ」
 麗衣は俺と花音を見ながら、頷く。
「……でも御嬢様、花音さんが私達を騙しているという可能性も……」
「その心配はないですわよ。花音はともかく、月見さんの言う事は信用出来ますし」
 茨木の言葉に、そう返す麗衣。
「それに、月見さんのその格好。敵との闘いの凄まじさを物語っていますわ。それで、全て嘘という事はないでしょう」
 麗衣の言う通り、俺の服はボロボロだ。
 ……これはレインとの闘いでボロボロになったのであって、その後に花音にボコられた事が原因ではない。ホントだよ?
「では、御嬢様……」
「ええ、まぁいいでしょう。花音はこの屋敷で保護しますわ」
「ありがとうございます」
「別に、月見さんが礼を言うべき事ではありませんわよ」
 麗衣の視線が動く。
 その先には――
「…………」
 礼を言うべき巫女さんが、不機嫌そうにしている。
「まぁ、一応感謝してやろう」
「……相変わらず、態度が無駄に大きいですわね。それと、分かっているとは思いますけど……ただでは保護しませんわよ」
「ふん。サンフォールの情報なら、いくらでもくれてやろう。未練もないしな」
「それは勿論ですが――」
 麗衣はニヤリと笑い、
「この家に住む以上、メイドをやってもらいますわ」
 と、面白い事を口にした。
「……待て、渡辺の娘」
「私の事は御嬢様と呼びなさいッ!」
「…………」
 うわぁ、ノリノリですね御嬢様。
「……某も他の連中と同じく、あのメイド服を着て働くのか?」
「常に巫女服の貴方に、メイド服を拒む権利はありませんわよ」
「どんな理屈だ」
「……でも――」
 麗衣は何やら考え込み、
「今更、この女に普通のメイド服を着せるのも無粋な話ですわね……」
 そう言って、パチンと指を弾いた。
 ――すると。
「お呼びしましたか、御嬢様」
 部屋の中に、ぞろぞろとメイド達が入って来た。
「…………」
 何か、眼が点になってる花音。展開に付いて来れてないっぽい。俺も付いて行けないっぽい。
「彼女にピッタリの服を用意しなさい」
「畏まりました、御嬢様」
「ちょ、ちょっと待て――!?」
 無数のメイド達に捕まり、ずるずると引き摺られていく花音。異様としか言いようのない光景だ。
 ……で、数分後。
「…………」
 部屋には真っ赤な顔で麗衣を睨み付ける、花音の姿があった。
 彼女は――巫女服の上に、エプロンを付けていた。勿論、頭にはカチューシャ。そして首には首輪。
 何と言うか、巫女メイド服。
「ふふ、よく似合っていますわよッ!」
 麗衣はとてもとても楽しそうに、ぐわっはっはっと悪役笑い。
 ……出会った頃と比べて、何だかキャラが変わってませんかマイ・マスター。茨木と清水さんが微妙に引いてるぞ。
「く……ッ!」
 花音が、フルフルと震える。
 だが、その程度が何だ。俺なんか、男なのにメイドの格好させられてるんだぞ。
「で、花音。話してもらいますわよ――サンフォールの事を」
「ふん……いいだろう。さて、どこから話したものかな」
 花音は、少しずつ話し始めた。まずは俺達の知っている事の確認。
 そして次は、俺達の知らない事について。
「花音、あの黒いヘリは何なんですの? アレは、米軍の機体だと思うのですけど……何故、サンフォールがそんなヘリを?」
「別に不思議な事ではない。何しろ、米国の大統領はサンフォールの信徒だ。ヘリの1機くらい、どうにでもなるだろうさ」
「な……っ!!!?」
 麗衣の問いに、信じられない答えを返す花音。
「教祖の名は、倉橋舞緒。其方なら知っていると思うが」
「倉橋……舞緒」
 麗衣は、名前をもう1度呟く。
「御嬢様、倉橋舞緒と言うと……」
「……ええ、あの倉橋舞緒でしょうね」
 言葉を交わす、麗衣と清水さん。
「御嬢様、ご存知なのですか?」
 俺には聞き覚えのない名だったので、尋ねてみる。
「土御門家と並ぶ、安倍晴明の末裔の家――倉橋家の出身である女ですわ。陰陽術の扱いに関しては、天才的だったらしいですわよ。もう、破門されていますけどね」
「破門……ですか?」
「ええ。月見さん、安倍晴明の両親について知っています?」
「……母親は、信太の森に棲む葛葉くずのはという白狐だと言われていますね。父親は、安倍保名あべのやすなだったかと」
「まぁ、それが一般的ですわね」
 ……一般的。と、なると。
「父親の、異説ですか」
「そう。安倍晴明は、あの平将門たいらのまさかどの子だという話があります。つまり、平将国たいらのまさくにと同一人物だとする説ですわ」
「…………」
 ……平将門。平安の世に関東を支配し、新皇を名乗り朝廷と争った魔人。
 身体は鋼鉄のように硬かったとか、7人の影武者がいたとか、色々伝説が残る人物だ。
 ……ああ、左眼に瞳が2つある、なんてのもあったな。
 で、その不死身の将門だが。こめかみだけは、普通の身体だったようだ。不死身の超人に、1ヶ所だけ弱点があるのは……お約束だな。
 最後は、そこを射られて死んでしまう。桔梗という妾が将門を裏切り、敵に弱点の事を教えたのだ。……教科書的には、流れ矢が当たって死んだ事になってるけど。
 討ち取られた将門の首は、都に運ばれて晒し首にされた。しかし将門の首は、何ヶ月経っても生きている様だったらしい。最後には、己の身体を求めて関東に向けて飛んで行ったくらいだし。
 ……とは言え、途中で力尽きて落っこちるのだが。その落ちた場所というのが、東京にある将門の首塚。
 この首塚、何かある度に祟りが起こっている。大蔵省が塚を壊した時には14人も死んでるし、GHQが撤去しようとした時も2人死んでいる。
 とまぁ、そういう恐い人なのだ。ここ、テストに出るのでちゃんと覚えておくように。
「その説が真実かどうかは分かりません。しかし倉橋舞緒はそれを信じ、平将門を甦らせようとしたのですわ」
「…………」
「倉橋家内に『新皇室』という組織を作り、首塚から首を回収し……組織の術者を総動員して、冥府の神である泰山府君たいざんふくんと交渉する咒術を行った」
「結果は……」
「大失敗ですわよ。新皇室の術者は、倉橋舞緒を除いて全員死亡。それによって彼女は破門され、倉橋家から去ったのです。将門の首と共に」
「どうして、倉橋舞緒だけが助かったんです?」
「…………」
 麗衣が、1度口を閉じる。
「……根も葉もない噂話ですが。失敗の代償として術者達の命を奪いに来た泰山府君を……自力で、退けたらしいですわ」
「――……」
 何だ、それは。
「まぁ、これで読めましたわね。平将門の復活を諦めていない彼女は、サンフォールを作り上げてさらなる死者蘇生の研究をしていた」
「となると……酒呑童子の蘇生は、平将門を蘇生させる実験でもあったのでしょうか」
「ええ、そうだと思いますわ」
 俺と麗衣の会話を聞いて、茨木が眼を細めた。
「……将門の首に釣り合う身体を造るために、如意宝珠が必要だった。それを奪うために某は月見の元に差し向けられ、結果としてこうなったという訳だ」
 花音が、補足をする。
「ちなみに、其方等が旅行の際に泊まったユズリハ旅館。あそこの女将が、舞緒だ」
「……何ですって?」
 花音の言葉に、眼を丸くする麗衣。
 でも……何でだろう。俺はあまり驚かなかった。ああそうだったのか、ってくらいにしか思えない。
「…………」
 場を、沈黙が包む。
 敵は予想以上に強大だ。教祖は神すら退ける咒術師であり、アメリカ大統領すら取り込んでいる。
「……ああ、最後に訊きますけれど」
 麗衣が、花音を睨む。
「私の両親を殺したのは――貴方ですの?」
 と、問うた。
 花音は――
「……いや、残念ながら某ではない」
 静かに、首を振る。
「そうですか」
「……おい。もしここで某が『そうだ』と答えていたら、一体どうなったのだ?」
「ふふふ……さぁ?」
 麗衣、笑顔が恐いぞ。
「ちなみに、心当たりはありますの?」
「それもないな。まぁ、其方の両親を斃せるような実力の持ち主など、サンフォールにもそうはいまい」
「ええ、御父様と御母様は強かったですわ」
「その娘は出来が悪いがな」
「……ふふふふふふ。もう、我慢の限界ですわ……ッ!!」
 ヤバい、何か麗衣の闘気が膨れ上がった!
 ああ、止める間もなく得物を構える両者ッ!
「清水さん、館内のメイド達の非難を!」
「――はいッ!」
 清水さんが、迅速に部屋から出て行く。
「茨木さん、私達は御嬢様達を止めますよッ!!」
「了解ですぅ!!」
 俺は天羽々斬を構え、茨木は拳を構える。
 だがそんな周りの様子など気にも留めず、対峙を続けるふたり。近付くのさえ恐ろしい。
「ふん、相変わらずその太刀か」
「以前と同じだとは思わない事ですわね。名工によって鍛え直された髭切の斬れ味、貴方の身体に教えてあげますわ……!」
 そう、カナによって直された今の髭切は、紛れもなく神器。生弓矢にだって劣らないはずだ。
 つーか、マジ勘弁! マジ勘弁ッ!
「月見さん! 貴方なら、あのふたりを止められるはずですぅ!!」
「根拠もなくそういう事を言うな! 女のケンカに男が首を突っ込むと、ロクな事にならないんだよ!!」
 思わず素が出る俺。まぁ、麗衣はもはや俺の声など聞こえてはいないだろうが。
 くそぅ、部屋の調度品が壊れる! いくらすると思ってんだ! 壊すくらいなら俺にくれっ!
「はぁぁぁぁぁッッ!!!!」
 ふたりの、裂帛の気合いが重なる。
 花音が矢を放ち、同時に麗衣が太刀を振り下ろし――






 ――後日。
 1人寂しく部屋を修理する、メイド(俺)の姿が在った。
 ……何で俺?






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