――ヴードゥー教は、白人によって奴隷としてハイチへと連れて来られた、黒人達によって生み出された。 彼等が本来持っていたアフリカ時代の信仰に、白人のキリスト教などが組み込まれた結果である。 厳しい環境で生きた民が、自分達を戒めるために――導き手にして裁き手である唯一の神を求め、一神教を生み出したように。 奴隷として生きなければならなかった彼等にも、心の支えとなる教えが必要だった。それが、ヴードゥー教である。 繰り返される弾圧。人々は教えを1つの支えとして、それを耐え抜いた。 そして――ハイチは国家として独立し、後にヴードゥー教は宗教として認められた。 ……しかし、光があれば影も出来る。 いつからか、ハイチには――旧き支配者を祀る、影の宗派が誕生していた。 彼等は儀式によって白人を呪殺し、元来は刑罰として行われる人のゾンビ化を、手足となる奴隷を得るためだけに行った。 無論、そのようなモノをいつまでも見逃してはおけない。 ハイチのヴードゥー結社――ビザンゴによる、影への攻撃。 それにより、彼等は少しずつ力を失ってゆく。 ――だが。ハイチに1人の女性が現れた事によって、状況は一変してしまう。 彼女は崩壊寸前だった影を、再び1つに纏め上げた。 権力や戦闘力がある者を次々と不死の祭司として取り込み、影を巨大な勢力へと成長させてゆく。 その女性を教祖とし、国際カルト教団となった影の宗派。 彼等は――世に闇をもたらす者として、サンフォールと名乗るようになる。
平和な、ある日。 「――温泉旅行ですわ」 麗衣はテレヴィに映っている大統領演説を見ながら、そう言った。 「温泉旅行……ですか?」 茶を運んで来た俺は、思わず聞き返す。 「ええ。最近、色々とありましたもの。ここは屋敷の皆で温泉にでも出かけて、疲れを癒すべきですわ」 「はぁ……」 それはいいのだが、アメリカ大統領の演説からどうやって温泉旅行を連想したのか。興味は尽きない。 「皆と仰いますと、メイドも含めた全員でしょうか?」 「勿論、そうですわよ」 それは大変そうだ。この館のメイドって、一体何人いるんだっけか? 「そうと決まれば、『善は急げ』ですわ――」 麗衣は、電話機の受話器を上げた。 で、次の休日。 バスを1台貸し切り、俺達は温泉旅館に向かっていた。麗衣は愛車だが。 数時間のバス移動の末、旅館に到着したのは午後。 「……って、ここかい」 旅館の名はユズリハ旅館。かつて俺が福引で当て、来た事のある温泉旅館なのだった。 「まぁ鈴蘭はもういない訳だし、何にも起こらないよな……」 とりあえず、自分に言い聞かせておく。 「月見さーん、どうしたんですかぁ?」 旅館に向かうメイド達の中から、茨木が呼びかけてくる。 「あ、な、何でもありません」 俺は慌てて、その後を追った。 「いらっしゃいませ」 女将さん達が、もはや芸術的とも言えるお辞儀をする。 メイドの大群が現れても、少しも動じぬその精神力。さすがだ。 「おや……お久し振りでございます」 女将さんが、俺を見てニコリ。 ……へ? 「月見さん、ここに来た事が?」 清水さんが、俺に問う。 「え、ええ……まぁ」 確かに来た事はあるのだが、今とはほとんど別人のはずだ。 一目で正体を見抜くとは……これがプロというものなのか。 「皆さん、自分の部屋番号は分かっていますわね?」 麗衣が言う。 「では解散。仕事を忘れて、楽しんでください」 メイド達はゾロゾロと、それぞれの部屋へと向かって行く。勿論俺も。 「んーと……ここか」 どうやら、今回も1人1部屋らしい。 前回と同じく、畳の上でゴロゴロ転がってみる。 ……前回と同じく、すぐに飽きた。 「…………」 「…………」 月見マナの部屋の前で、ふたりの少女が対峙していた。 ――渡辺麗衣と、茨木である。 ふたりは動かない。まるで、先に動いた方が敗けだとでも言うかのように。 両者の心境を簡単に表現すると、『何でテメェがここにいる?』といった所であろう。 「……茨木」 先にしかけたのは、麗衣。 「私、月見さんに用があるのですが」 「……奇遇ですね。私も用があるんですぅ」 麗衣はその手に握られていた太刀袋から柄だけを出し、右手で触れる。 抜刀準備OK。 だが、その程度で怯む茨木ではない。 「こんな所で太刀を抜いてもいいんですかぁ? 周りの方々に迷惑がかかりますよぉ?」 「知った事ではありませんわ」 言い切った。 「1度だけ言いますわよ、茨木。私は月見さんと一緒にこの旅館を回ります。だから、ここから立ち去りなさい」 「残念ですぅ。私と御嬢様の願いは、両立出来ません。月見さんは1人しかいませんから」 「……私は、貴方の主人なのですけど」 「仕事を忘れて楽しんでくださいと、御嬢様自身が言ったじゃないですかぁ」 「…………」 「…………」 もはや、言葉は不要。 ふたりは、太刀と拳を構える。 ……すでに、月見マナは部屋にいないとも知らずに。 「……ん?」 何か、部屋の方からもの凄い音が聞こえたような。 「ま、気のせいという事にしておこう」 何か、『関わったら死ぬぞ』という警鐘が脳内に響いてるし。 さーて、どうしようかな。 温泉に行くのも悪くないが……女湯に行く訳にもいかないから、色々と偽装工作をしなきゃならないし。 街に出るにしても、このメイド服じゃなぁ。 「とりあえず、ブラブラしながら考えるか――」 が、その時。 「……へ?」 前方に、見覚えがあり過ぎるふたり組。 「……つ、月見?」 「花音様……?」 ふたり組のひとり――花音が、俺の名を呼ぶ。 「月見ってーと……ああ、例の厄介なメイドか?」 もうひとりは、ハロルド・カーライル。 間違いなく、サンフォールの面々なのであった。 「……初めまして、ハロルド様」 でも一応、メイドとして挨拶はしておく。 「ん? ああ……初めまして、って訳でもない気がするけどな。星丘大橋で、お互いの姿を見てるし」 「……で、月見。其方、このような所で何をしている?」 花音が問う。 「渡辺家の皆で、温泉旅行に来ているのですが――そちら様は?」 「……某等も、温泉旅行だ」 待て、そこのカルト教団。 「って、オイ? 渡辺家の皆って事は、あのお嬢ちゃんとかも来てるって事だよな?」 「ええ、そうですが」 ハロルドは嫌そうに、額に手を当てる。 「バッタリ会っちまったらどうするんだよ……」 だが、 「別に問題はあるまい。連中も、このような所でしかけて来るほど愚かではなかろう。月見が某等の事を黙っていてくれれば、不必要に会う事もなくなるであろうしな?」 花音はそう言って、ニヤリと笑った。 「……仕方ありませんね。御嬢様への報告は、控えておきましょう」 俺はふぅと息をついて、答える。 「そういう事なら、まぁいいか。ところで月見……この辺で、でかいライフルケースを背負った女の子を見てないか?」 ハロルドが俺を見る。 「は……? いえ、見ておりませんが」 ライフルケース? 「そっか……ったく、一体どこに行きやがったんだ。方向音痴なのか?」 「いや、アレは何も考えておらぬだけであろう」 「……違いない」 ハロルドは溜息をつき、 「じゃ、オレ達は行くわ。またな」 花音を連れて、歩き去っていった。 「……何なんだ?」 しばらく、俺が呆然としていると。 「……あ」 廊下の向こうに、ライフルケースを背負った女の子が見えた。 ……ハロルド達が捜していたのは、あいつか。 「…………」 ま、一応声をかけておこう。 「あの……私、月見マナという者なのですが」 俺は恐る恐る、話しかける。 「……?」 女の子はこっちを見て、可愛らしく首を傾げる。 つーか、ホントにでかいケースだな。自分の身長よりも長いぞ。 「お連れの花音様とハロルド様が、お捜しになっていましたよ」 ……何か、迷子を相手にしているかのようだ。 「…………」 女の子はコクコクと頷くと、そのまま歩いて行った。 ゴーイングマイウェイ。花音達と合流する気はゼロっぽい。 「……何なんだ?」 さっきと同じ言葉が出る。 ……あのケースにホントにライフルが入ってるなら、あいつはこの前の狙撃手だろうか。 だとしたら、俺と茨木を見逃した理由も見えてくる。 多分……何も考えてないんだろうなぁ。 する事がなかったので、しばらくゲームコーナーで時間を潰す事にした。 とりあえず、UFOキャッチャーでぬいぐるみを獲りまくる。 ……ちなみに。UFOというと宇宙人の乗り物というイメージがあるが、UFOはUnidentified Flying Object――未確認飛行物体。 つまり、宇宙人の乗り物に限らず、空を飛んでる怪しい物体は全てUFOなのだ。 宇宙人の乗り物は、エイリアン・クラフトという。ならばこのゲームは、エイリアンクラフト・キャッチャーとでも呼ぶべきであろう。別に、どっちでもいい気もするが。 「……きゃとるみゅーてぃれいしょん」 俺が魔法の言葉を囁くと、UFOの爪がしっかりと牛のぬいぐるみをキャッチした。 「ははは、解剖だー」 とりあえず、言ってみる。 うぃんうぃんとUFOは牛を運び、投下。取り出し口から出て来た。 その牛を、手に持った袋の中に放り込む。 「……うーむ、思ったより熱中してしまった」 単なる時間潰しのつもりだったが、気付けば袋の中はぬいぐるみだらけ。仕方ない、帰ったら瀬利花にでもやるか。 一旦そのぬいぐるみ袋を部屋に置きに戻り、今度は『青龍の間』という大広間に向かう。時間を潰した甲斐あって、夕食時なのだ。 靴を脱いで襖を開くと――そこには、正座で食事をしているメイドがズラリ。 ……何か、夢に見そうな光景だ。 俺は適当に開いてる席に座り、箸を手に取る。 「……?」 何か、思ったより静かだな? メイド達はそれぞれお喋りをしているが、逆に言えばそれだけだ。 見ると――本来は盛り上げ役のはずの麗衣が、もの凄く疲れた様子で黙々と食べている。あと茨木も。 ……な、何があったんだ? 「…………」 清水さんがアイコンタクトで、何か知らないかと尋ねてくる。即座に知らないと返す俺。 つーか、何故俺に訊く。いやまぁ……麗衣と茨木の殺気が俺に向けられているのは、何となく分かっているのだけど。 「……っ」 俺は、食べるペースを速める。 何が起こってるのか分からないが、早く撤退した方がよさそうだ。 さて。 食事の次は温泉と行きたい所なのだが、俺は特殊な環境にある。 温泉に入るには、どうしても『月見匠哉』に戻るしかない。その過程で、万が一にも麗衣とかに目撃されたら問題だ。 まぁ、偶然にも『月見匠哉』もこの旅館に来ていた事にして、誤魔化す事も出来ない訳ではないだろうが……やはり、危険は減らしておきたい。 よって、風呂は明日の朝――温泉が開いた直後にしよう。 適当な時間になるまで、部屋でテレヴィを見て時間を潰す。 頃合を見計らって、布団に潜った。明日は早いから、それに合わせて早く寝る事にする。 ……お休みなさい。ぐー……。 ――翌日。 「ふぁぁ……」 俺は機械で計ったかのように、時間ピッタリに眼を醒ました。 温泉が開くのは午前4時。現在時刻は、午前3時52分。フッ、我ながら無駄に完璧だぜ。 部屋で『月見マナ』から『月見匠哉』に戻り、温泉へと向かう。 こんな時間なら、誰にも目撃される心配は―― 「――あら、おはようございます」 って何ぃぃぃぃ!!? 声に振り返ると、そこにはこの旅館の女将さん。 ……あ、そうか。従業員は起きてるよなー。 「おはようございます……」 朝の挨拶を返す。 ……前から思っているのだが、この人は一体何歳なのだろうか。 女将には見えない若々しさ。20代前半くらいだとしか思えぬ。 「今日は、昨日の可愛らしい格好ではないのですね」 「え、ええ、まぁ……」 やっぱりバレてたのか。恐るべし。 「これから温泉ですか?」 「はい」 「それはよいですね。朝食まで、ごゆっくりとしてくださいな」 女将さんは笑顔で頭を下げると、歩き去って行く。 だが、最後に。 「ああ、忘れていました。たまに、露天風呂に蛇が入り込む事がありますので――御注意を」 ――――。 「……あれ?」 気が付くと、俺は1人で廊下に立っていた。 時計を見る。時間は、4時を過ぎた辺り。 「確か、4時前に部屋を出たよな……?」 時間が、合わない気がする。 ……いや、そもそも。 「俺、廊下に突っ立って何やってたんだ?」 何となく、記憶に途切れがあるような―― 「……ま、いいか。思い出せないって事は、思い出す必要がないって事だろうし」 あるいは、思い出してはならない事。 ……うん、そうだな。 コノ廊下ニハ、誰モイナカッタ。 ダカラ、誰カト話ヲシテイタダナンテ事ハ――在リ得ナイ。 「くふぅー……」 俺は露天風呂に浸かりながら、そんな声を漏らした。 朝の涼しい空気も、また気持ちいいぜ。 朝方だが、天気がいいお陰もあって、頭上には月が見える。風流、風流。 ああ、やっぱり温泉はいいなぁ。オヤジ臭いなぁ、俺。 それにしても、まさか2度も温泉に入る機会があるとは思わなかった。俺の人生、選択肢1つ間違えばバットエンド――みたいな感じだし。 と、俺がまったりしていた時。 チャポン、という水音が聞こえた。どうやら誰か入って来たらしい。 一瞬警戒したが、よく考えたらここは男湯だ。渡辺家の関係者はほとんどが女性だから、心配はない。唯一の男性である清水さんは、元から俺の正体を知っている訳だし。 ……だが。俺のそんな愚考は、恐ろしい形で裏切られる事になる。 「む……? 其方は確か、京都で茨木童子と一緒にいた男か」 「なぁぬ――ッ!!!?」 声の正体は、何と――花音。 勿論温泉番組のようにバスタオルなど装備していないから、花音がきっちり肩までお湯に入っていなければ、色々とヤバい事になっていただろう。 「ちょっと待て、ここは男湯じゃ――!!?」 「露天風呂は混浴だ。入り口に書いてあったであろう」 ……全然見ていませんでした。 改めて観察してみると、確かにこの風呂は女湯の方とも繋がっている。何故今まで気付かなかったんだ。 「しかし、前に来た時は違ったが……」 「最近変わったそうだ」 ミもフタもない真実だ。 つーか、この巫女さんは何でこんなに冷静なのか。いや、今は巫女服着てないけど。 なので、俺も冷静になってみる。何となく、逃げるように上がったら敗けな気がするし。 くそっ、そう言えば警告されたじゃないか。露天風呂には蛇が出るって。 ……ん? 誰から警告されたんだっけか? 「思えば、結局其方の名は聞かなかったな。これも何かの縁だ、今聞こう」 う、まずい質問された。 バカ正直に『月見匠哉』と名乗ったら、『月見マナ』との関係を追及されるに決まってる。 かと言って、偽名を名乗るのは論外だ。こいつは、言霊から偽名を見破れる。 となると―― 「……月見匠哉、だ」 本当の名を、言うしかなかった。 「あの侍女――月見マナと同じ姓か」 花音は、眼を細めて笑う。何か追い詰められてるぞ、俺。 「……その月見マナとやらの事は、知らんが」 とりあえず、惚ける。 「知らない、と言う事はあるまい。月見マナとて、渡辺の関係者だぞ?」 「おいおい。渡辺家のメイド、何人いると思ってるんだ。全員の名前を覚えるのは無理がある」 ちょっと苦しいかも知れないが、間違った事は言ってない――と思う。 「ふん、まぁいい。それにしても……正直に本名を名乗るとはな。その名、咒術にでも使われたらどうする気だ?」 確かに咒術には、咒う相手の名を使うモノが多い。藁人形に、咒いたい相手の名前を書いた紙を入れるとか。 しかしなぁ。 「そんな事言ったって、お前は偽名を見破れるだろうが。そうなると、本名を名乗るしかないだろ」 「ほう……?」 花音は、新しい玩具を見付けたような顔。 ……しまった。やっちゃったなぁ……。 「其方の言う通り、某は偽名を見破れる。だが、何故其方がその事を知っている?」 そう。こいつがそれを話したのは、『月見匠哉』にではなく――『月見マナ』にだ。 俺は、頭をフル回転させる。 「それはだな、麗衣から聞いたんだ。きっとその月見マナが、麗衣に教えたんだろうな」 一瞬、『月見マナから聞いたんだ』と言いそうになったが、さっき『その月見マナとやらの事は、知らんが』と言った事を思い出し、修正する。ナイスだ、俺ッ! 「ならば其方は何故、私が月見マナにソレを話した事を知っている?」 うわぁぁ、ダメダメだ俺ぇぇ。 「……っ」 完全に詰まった。もう、言い逃れの術はない。 「つまりは、同一人物。そういう事か」 花音は、楽しそうに笑う。 「しかし、何故侍女の格好などしているのだ? そういう趣味なのか?」 「――違うわ!」 全力でツッコむ。何しろ、俺の尊厳が懸かってる。 仕方なく、これまでの事を簡単に説明してやった。 「――と、いう訳だ。頼むから、麗衣には話すなよ」 「ふむ、なるほど。其方は元々、渡辺家とは何の関係もないのだな」 「まぁ……そうだな」 「なのに、随分と命を懸けている。何だ、あの渡辺の娘にでも惚れたのか?」 「あのなぁ……」 何で、そんな話になるんだ。 「……つまらない反応だな。もう少し、面白おかしく慌てふためいてもいいだろうに」 「お前の心を満たすためだけに愉快なリアクションを提供するほど、俺は優しくないんだ」 他に、好きな人もいる事だし。 「それにしても、『月見』という姓は本名なのだな。やはり、大江山で邪眼を使わなかったのは正しかった」 こいつ、そんな事まで出来るのか。まぁ、蛇度が高いってのは分かってたけど。 「正しかったって……結局敗けたんだから同じ事だろ?」 「……ふむ。それもそうだな」 あっさりと、納得する花音。 「――しかし、某が敗れたのはあの時だけだ」 花音は、空を見る。 「呪徒などと呼ばれ、異端審問部とも争ったが……皆、雑魚ばかりだったな」 ……へ? 「お前、呪徒だったのか?」 「ああ。以前、黙示録四騎士とやらを1人殺したからな。いきなり襲って来たから、迎え撃っただけなのだが」 黙示録四騎士……前に聞いた事があるな。確か、異端審問部の精鋭4人。 ……なるほど。そんなのを殺せば、間違いなく十三呪徒にランクインだ。 「…………」 ……キリスト教では、サタンは蛇の姿で表される。つまり、異端審問官の宗教兵装は全て蛇殺しだ。花音にとっては、かなり相性が悪い相手だろう。 しかし、それでも並の異端審問官など雑魚。トップに位置する四騎士でさえも、斃す事が出来る。 ……やはり、こいつは底知れない。 「そんな某を、其方だけは打ち破った」 「……分かっているとは思うが。俺に出来る闘い方は、使える戦力を全て集め、それを針のように収束させて、相手の急所一点を貫く。そんな、ギリギリのやり方だぞ」 「――だが、其方は強い」 花音は、変わらず空を見上げている。と言うか、どうやら月を見ているようだ。 「月というのは、よく不老不死の象徴とされるな」 いきなり、話が変わった。 「ああ。それがどうかしたか?」 月の兎がついているものは、元は餅ではなく不老不死の薬であるらしい。 あのかぐや姫も、地上に不老不死の薬を残していった。ちなみに、竹――竹林は、竹が枯れても枯れても地下茎から次の竹を誕生させる。これも、一種の不老不死か。 他にも、吸血鬼や狼男と言った不死の魔族。彼等が月齢の影響を受ける事は、説明するまでもあるまい。 「だが、不死の象徴は月だけではない」 「…………」 それはまぁ、今までの体験から嫌というほど分かっている。 「蛇も、月と同じく次々と姿を変える。なら、月と蛇は相性がいいのかも知れぬな」 「……ッ!!?」 嫌だ、それは本当に嫌だッ!! 「……勘弁してくれ。お前はまだしも、絶対的に相性が悪い蛇がいるんだ」 我が家に。 「……今の発言、まるで某の事を嫌っていないようにも思えるが?」 「思えるも何も、事実嫌ってない。別に嫌う理由がない」 「…………」 あ、何か黙った。きっと呆れているんだろう。 確かに、俺は花音と闘った。でもそれは俺と花音が敵対しているからではなく、渡辺家とサンフォールが敵対しているからだ。 俺は、敵味方の認識が薄い。1度は闘った迅徒と、今では一緒にバーガー食ってるし。 ……ずっと1人で生きて来たから、自分以外は皆同じ『他人』なのだ。敵も味方もない。 はっきりと俺の敵だと言い切れる存在は、極々少ない。 「……哀れだな」 その辺の事情を、何となく理解したのだろう。花音が呟いた。 「まったくだ」 俺は、適当に答える。 「……世界中で、月や蛇は不老不死の存在とされる訳だが」 お、話が戻った。 「だが、人種や宗教が違う人間が同じような思想を抱くとは、どういう事だ?」 「…………」 「確かに、蛇や月が変容する様は不老不死を連想させる。だが、全ての人間が同じ事を考えるのはおかしいとは思わぬか?」 なるほど。人間は十人十色。ならば、人類全てが共通のイメージを持つのは変、という訳だ。 実際に蛇が不老不死なら、世界中で蛇が不老不死だとされてもおかしくはないだろう。 だが、蛇は死ぬ。そんな事、いくら昔でも分かっていたはず。 しかしどこの国でも、蛇は悪者で不老不死だ。これに関しては、世界最古の物語ですらそういう事になっている。 何故、人は1つの方向性を持った物語を創り上げるのか。 俺は、その答えを―― 「――心理学でも学べ」 実に分かり易い言葉で表現したのであった、まる。 「…………」 花音が睨む。 でも、そうとしか言えないし。いくら十人十色でも、結局は同じ人間という事サ。 人類皆兄弟。うむ、素晴らしい。 「……もうよい。某は上がるぞ」 花音が、立ち上がる。 ……俺はさり気なく、花音を見ないようにした。 しばらくすると、露天風呂から俺以外の気配は消える。 「ふぅ……」 ああ、緊張した。 ……俺はもうしばらく、ここに入っている事にしよう。 朝食の後、俺はまたしてもゲームコーナーでぬいぐるみを狩っていた。 ちなみに、朝食の場に麗衣と茨木は現れなかった。清水さんの話では……昨日の夜、相討ちになったらしい。心の底から意味が分からない。 UFOキャッチャーに、100円を投入する俺。 しかし、娯楽にカネを使うようになるとは、俺も変わったなぁ。経済的にはまったく変わっていないが、精神的に。 ……ただ単に、借金返済を諦めただけなのかも知れないけど。 さすがに飽きたので、ゲームコーナーから離れる。 そう言えば、他のメイドからこの旅館には図書室があると聞いた。次は、そこに向かう事にしよう。つーか、最初っからそうすればよかった。 ぬいぐるみ袋を部屋に置いて来ようかとも思ったが、図書室はゲームコーナーのすぐ近くらしい。迷ったが、直接行く事にした。 図書室の、扉を開ける。 ……で。部屋の中には、明らかに浮いている巫女さん。まぁ、メイドの俺が言える事じゃないけど。 本棚で本を物色し、適当に選ぶ。 次は、席を選ばなければならない訳だが……どこも席は一杯。 ただ1ヶ所、浮いてる巫女さんの傍以外は。 「……はぁ」 図書室の一角に巫女とメイドが向かい合う魔境を生み出す事になるが、背に腹は変えられぬ。 俺は花音の正面に座る。 読んでいる本を見てみると……どうやら、心理学の本のようだ。 露天風呂でそんな事を言ったっけな、俺。 「……別に、其方に言われたから読んでいる訳ではない」 とっくに俺の存在に気付いていたのだろう。不機嫌そうな声が飛んで来る。 「いや、別に訊いてないが」 「……くっ」 あ、不機嫌度が増したっぽい。 「そうだ、お前にコレをやろう」 俺は袋からぬいぐるみを2,3個取り出すと、花音に押し付けた。 「……不要だが、くれると言うなら貰っておこう」 意外と貧乏性だ。 「其方、何を読んでいる?」 花音が尋ねてくる。自分で見ればいいとも思うのだが、手元の本から眼を離すつもりはないらしい。 「……『失楽園』」 「渡辺淳一か?」 「ジョン・ミルトンだ。分かってて言ってないか、お前?」 「さあな」 そのやり取りの後、俺達は黙々と本を読み始める。 「……そうだ」 だが、ふと訊きたい事があったのを思い出した。 「大江山でお前を助けたあのヘリ。何だったんだ?」 「……ん?」 「あれ、MIBとかが乗ってるヤツではあるまいか?」 MIB――メン・イン・ブラック。エイリアン・クラフトが現れた後、現場に出現する黒服の男達。 無音の黒いヘリに乗って来て、目撃者に脅迫じみた口止めをしたり、ラチったりするらしい。映画にもなったっけ。 ……で、どうしてそんな機体をサンフォールが運用しているのか。やっぱり、アメリカ軍と繋がりがあるのか? 「知らん。某としては、何の咒術もなしにあのような鉄塊が空を飛ぶ事が理解出来ん」 「……航空力学でも学べ」 ホントにダメだな、こいつ。 しばらくの後に、俺は図書室を去った。 帰り際にふと花音の手元を見ると、心理学の本に加え、航空力学の本があった。なかなか意地っ張りだ。 他のメイドに誘われ、昼食を取りに街に出る。1人では街に出る事に抵抗があったが……赤信号、皆で渡れば恐くない。 いつかに飛娘がバカ食いしていた中華料理店で、食事する。 ……まぁ、アレだ。中華とかって、本格であればあるほど日本人の口には合わなくなるんだよ。 旅館に戻り、さてどうしようかと考えてみる。 「そう言えば、ここって遊戯室があったよな」 前回来た時は、貧乏神と邪神の闘いのせいで何も出来なかったが。 「……よし」 今度こそ、卓球をしよう。風呂上がりじゃないのが残念だが。 自販機で買ったパック牛乳をストローでちゅーちゅー飲みながら、遊戯室へと向かう。 そして、遊戯室の扉を開けると。 「レイン、ここまでオレと闘った事は褒めてやる。だが、勝つのはオレだ……ッ!」 「……!」 そこには、サンフォールの方々。 「…………」 思わず、床に手を付いて絶望したくなる。 卓球台の一方にはハロルド。英国人のくせに浴衣姿が似合ってるのが謎だ。 そしてもう一方は、同じく浴衣姿のスナイパー少女。どうやらレインというらしい。 相変わらず、背中にはケースを背負っている。どう考えても邪魔だとしか思えないのだが。 そして奥のベンチには、詰まらなそうに観戦している花音。その手にはパック入りのイチゴがあり、ムシャムシャと食べている。売店で売ってたヤツか。 花音だけは浴衣姿ではなく、相変わらずの巫女服だ。 ……毎度毎度、どうして俺はここに来ると人外卓球を目撃する事になるのか。運命を呪いたい。 「何だ? 入り口に立ってないで、入るんだったら入れ」 やべ、見付かった。 そう言われると、帰り辛い。仕方なくハロルドの言葉に従い、遊戯室に入る。 そして、ベンチに座った。牛乳を横に置く。 「……よく会うな」 隣の花音が言う。 「ええ、そうですね」 ハロルド達がいるので、メイド口調。 「コレで――終わりだ!」 決めゼリフっぽい言葉を吐いて、ハロルドがピンポン球を打つ。 球は、卓球台の端ギリギリで跳ねる。上手い。 「……ッ!!」 レインは何とか打ち返すが、そうなると逆サイドがガラ空きになってしまう。 ハロルドはニヤリと笑い、そこに打ち込もうとする。 だが。 「……ッ!!!」 レインは浴衣の裾を翻すと、太もものホルスターから拳銃を抜く。グロックのサブコンパクト・モデルだろう。 そして――ハロルドのラケットを、撃ち抜いた。 「のぉぉぉぉッ!!!?」 勿論、そんな状態で打ち返せるはずもなく。 ピンポン球は、容赦なくハロルドの後ろへと飛んでいった。 「……!」 勝利を示すかのように、腕を掲げるレイン。 「ちょ、ちょっと待て! 今のはどう考えても反則だろっ!!?」 至極正論だ。 「――審判! どうなんだよ!!?」 ハロルドは花音を見る。 ……こいつ、審判だったのか。 「勿論、レインの勝ちだ。このような草試合に、ルールも反則もあるものか」 花音は、そうジャッジ。 でも、何と言うか……ソレを言っちゃあ、お終いだろう? 「くっ、このフーリガンどもめ……!」 ハロルドは、ラケットをレインに向ける。穴が開いているが。 「いいだろう、次は本気でいく! このオレが、スポーツマン・シップの尊さを教育してやる……ッ!!」 「……スポーツマンだったのは、過去の話であろう」 花音の言霊が、グサリとハロルドを貫く。 「そうですね。一昔前はコートのプリンスなどと呼ばれ、日本にもたくさんのファンがいましたが……今ではサッパリ」 追い討ちをかける俺。 そのショックで、ハロルドは卓球台に倒れそうになる――が。 「ぐっ……敗けねえ、そんな言葉の虐めには屈しねえ……!」 根性で、己の身体を支えた。 「いくぞ! さっきは反則勝ちだったんだから、サーヴはオレが打つッ!」 ピンポン球が、ハロルドの手を離れる。 「うおおおおぉぉぁぁァァァァァッッ!!!!」 気合いの咆哮と共に、ラケットを振り―― 「……あ」 球は見事にラケットの穴を通り抜け、床に落ちた。 ――サーヴ権移動。 「おお……」 凄い。どこまでも皆の期待を裏切らない漢だ。 ついに、ハロルドは眼から出た汗で卓球台を濡らす。つーか、素直にラケットを変えろ。 「……ふと思ったのだが。今ここに渡辺家の連中が現れたら、どうなるかな」 隣で花音が呟く。 ……そんな恐い事を、考えさせないで欲しい。 「さぁ? いずれにしろ、私は全力で逃走させていただきますが」 「……ふん、つまらん男だ。せめて、それに乗じて某等を滅ぼす――とでも言ってみせろ」 「そのような事、私にはとてもとても。それと、この場で男とか言うな機械音痴巫女」 花音は、ケタケタと笑う。 「なら何故、さっきから物入れの中で何か握っている?」 ……う。 そう。俺のポケットの中には、魔法冥土に変身するためのカチューシャがある。 「其方が今、不意討ちを仕掛ければ――気を抜いているハロルドやレインなど、敵ではあるまい。いやはや、某がここに座っていなければどうなっていた事か」 「……あくまで念のためです。自ら火を起こすような愚は犯しません」 まったく心外だ。 と言うか、俺は一般人なのだが。いくら不意討ちでも、こいつ等をどうにか出来るはずがない。 「…………」 花音が、スッと眼を細める。 ――次の瞬間。 「へ……?」 俺の身体はベンチから離れ、床に倒されていた。 そして、花音が馬乗りになる。 ……どうやら、押し倒されたらしい。 「其方がどうして強いのか、教えてやろうか」 今までに見た事もないくらい邪悪に笑いながら、花音が言う。 「――それは、其方に大切なモノがないからだ。心の底から、手放したくないと思うモノがないからだ」 「…………」 「己の命を失う事も、誰かを亡くす事も恐れない。だから、捨て身の闘いが出来る」 ふむ、確かに。 「それは、死人と同じだ。命を捨てたが故に、死を恐れない不死者と」 花音の顔が、俺の顔に近付く。 ……しかしこれって、巫女がメイドを押し倒しているという、とんでもない状態だよな。 「其方の心は――貧しく、乏しい。無様だなぁ、月見」 そして、唇を重ねてきた。 花音の舌が俺の唇を割り、口内に入って来ようとする。 「…………」 やられっぱなしというのは何かアレなので、こっちも攻撃しよう。 「――ぅん!!?」 花音の頭を抱え、逃げられないようにする。 相手の舌が入って来る前に、こちらから舌を入れてみた。 歯茎から両顎まで、舌先でゆっくりと舐め回す。 「んん――!!」 花音が、ジタバタともがく。 その隙にくるんと身体を回し、上下を逆転させる。 そのまま数十秒ほど、徹底的に舐め続けた。 1度、唇を離す。 「……っ!」 花音の眼元に浮かんでいた涙を、舌先で舐め取る。 いつの間にやら、さっきまでは暴れていた花音が静かになっていた。 「…………」 俺は花音が食べていたイチゴパックから1つイチゴを取り、口の中で噛み砕く。 さらに、放置していた牛乳を口内に含む。 それをよく混ぜ合わせて、再び唇を重ねた。 「……んぁ……っ!!?」 イチゴ牛乳を、口移しで花音に飲ませる。 花音は眼を瞑って、それを飲み干した。 「ふぅ……」 今度こそ、俺は唇を離した。 自分と花音の口元に付いていたイチゴ牛乳を小指で拭い取り、乱れた白衣から覗く胸元に塗り付ける。 そして、 「ひゃう……っ!!?」 ペロペロと、舐め取った。 「……おふざけは、このくらいにしますか」 俺は立ち上がる。最後の嫌がらせに、緋袴の結び目を丁寧に解いてやった。 そんな格好になっても、花音は呼吸を荒くしたまま微動だにしない。 ふふ。どうだ、参ったか。 「何だ? 最後までやらないのか?」 見物していたハロルドが、デジカメを手に面白くなさそうな表情で俺に言う。 「せっかく、巫女メイド百合百合ショウが見れると思ったのに」 隣のレインが、コクコクと頷く。ハロルドに同意しているらしい。 「真に失礼ですが、私にも選ぶ権利はありますので」 俺は、そう答える。 「あー……それもそうか。花音はちょっとなぁ」 ハロルドは、俺の答えに納得したようだった。レインも頷く。 そう言いながらも、ハロルドは花音の姿をデジカメで映す。 「しかし、アレだね。半脱ぎとはお前もマニアックだな」 「いえ、私の趣味という訳では。御嬢様が以前、『あの谷川花音、いずれ巫女っぽく半脱ぎにして晒し者にしてやりますわ……!』と仰っていたので」 「ああ、あのお嬢ちゃんの趣味か。ならこの映像、後で渡辺家に送ってやらないと」 俺を見て、ハハハと笑うハロルド。 ハロルドの視線がこっちに向いた、その隙に。 「――へ?」 1本の矢が、デジカメを粉砕した。 「……其方等ァァァァァァァァッッ!!!!」 背後から、恐ろしい声が聞こえる。 一瞬にして表情が凍る、ハロルドとレイン。 振り返ると――そこには、鬼のような顔で弓矢を構えている花音がいた。 「……南無」 遊戯室から離脱した俺は、中に残して来たハロルドとレインに向けて合掌した。まぁ、俺が盾にしたのだが。 ああ、やっぱり俺は戦闘よりも逃走だよなぁ。 すると。 「――月見さんッ!」 俺を呼ぶ大声が、聞こえて来た。 見ると――そこには、怒った顔の麗衣と茨木。 な、何だ!? や、やや、やましい事は何もないぞッ!!! 「月見さん、今までどこにいたんですの!?」 「……え?」 え、え〜っと……。 「ゲームコーナーや図書室、遊戯室などですが」 「くっ……どうりで、捜しても見付からなかった訳ですわ……!」 「まぁ、遊戯室にはこれから行くつもりでしたけどねぇ」 遊戯室に行こうとしていたのか。 ……もし、麗衣と茨木が遊戯室に行っていたら――考えるだけで背筋が凍る。色んな意味で。 「私を捜していたと仰りましたが……何か御用でしょうか?」 と言うかこのふたり、旅館を回ってたのにサンフォールの信徒達とは会わなかったんだろーか。俺はすでに、ハロルドとレインに2回ずつ、花音とは4回も会ってるのに。 ……何か、御都合主義的な神の手を感じる。 「ええ、用があるんですわよ……! これから、一緒に回ってもらいますわッ!!」 「え? え、え?」 「さぁ、付き合ってもらいますよぉッ!!」 「え、え? ええええ?」 両脇を固められ、ズルズルと引き摺られてゆく俺。 あれ? 俺、ふたりに何か悪い事した? その日、日が暮れるまでに俺がどんな目に遭ったかは……割愛する。ガクガクブルブル。 次の日。 今日は、屋敷へと帰る日である。早朝、前日と同じく温泉へと向かっていた。 「…………」 廊下の真ん中で、立ち止まる。 当然、周りに人影はない。 そうだな。こんな時間に動いてるのは、従業員くらいだ。 ……でも。俺は一体、誰を探しているんだろう? 今回は何事もなく温泉を楽しみ、部屋に戻って帰る仕度をする。 「皆さん、忘れ物はありませんわね!?」 麗衣の声に、全員が頷く。小学生の遠足のようだ。 「では、またの御利用をお待ちしております」 女将さんに見送られ、俺達は旅館から出る。 その時―― 「――え?」 俺は、1人の男と擦れ違った。 背の高い西洋人。それはいいんだが……。 「月見さん? どうかしましたの?」 「…………」 あの男、どこかで見た事がある。つい最近、どこかで。 男を、眼で追うと―― 「……あ」 そこには、女将さんの笑顔があった。 「月見さん?」 再度、麗衣が声をかけて来る。 「あ、いえ……何でもございません」 俺は、歩みを進める。 ……はて? 俺は今、何で足を止めたんだっけ? ユズリハ旅館――『麒麟の間』。 そこに、サンフォールの信徒達が集まっていた。 勿論、レインやハロルド、花音といった者の姿もある。 レインは眼の前に並べられた料理を、親の仇のように食べまくっていた。味覚はなくても、満腹になる事には意味があるらしい。 「……で、お前はいつまで不機嫌なんだ?」 ハロルドが、花音に言う。 「……あのような恥辱を受けて、すぐに機嫌がよくなるはずなかろう」 「でも、最初に押し倒してキスしたのはお前だろうが。よくは知らんが、この国には『据え膳食わぬは男の恥』っつー諺があるんだろ?」 「月見は男ではないッ!!」 「いや、それは分かってるけどさ」 しかし、叫んだ後に花音は思う。実は男だった。 「それにお前、前に『自分より強い者が好き』なんていうマンガみたいな事言ってただろうが。お前は大江山で月見に敗けてる訳だから、実は――」 「だぁぁあああああああッッ!!!!」 ハロルドの言葉を、絶叫で掻き消す花音。 「ま、いいけどな。お前がいらないんなら、月見はオレがもらうぞ」 「……は?」 「いや、何つーか。お前相手にあそこまでやれる辺り、度胸のあるいい女だなぁって……何だ? その哀れなモノを見る眼は?」 「……世の中、知らない方が幸せな事もある。精々、その温い夢に浸かっていろ」 「ど、どういう意味だッ!!?」 花音はテレヴィに眼を向ける。そこではニュースをやっており、大統領演説が映されていた。 「……で、『こいつ』はいつ来るのだ?」 「ん? ああ……今日辺りに来るって話だが。でもどうせ忙しいだろうから、実際にはどうなるか――」 その時。 「――もう来ているよ、ハロルド」 襖が開く。 麒麟の間に入って来たのは、月見マナと擦れ違ったあの男。 その顔は――テレヴィの中の大統領の顔と、まったく同じだった。 しかし、同じなのは顔だけではない。何もかもが同じなのだ。何故なら、同一人物なのだから。 ――ダニエル・ヴィンセント。アメリカ合衆国大統領にして、サンフォールを支える不死の祭司の一角。 「おお、ヴィンセント。相変わらず、意味もなく格好付けた登場だな」 「そういう君も相変わらず、貧相な犬の如き様子で何より。同情で涙が出る」 「同情するならカネをくれ」 「……毎度毎度思うのだが、其方等は莫迦か?」 花音の一言で不毛な争いが終わり、ヴィンセントは適当な席についた。 「それで、我等が教祖はまだなのか?」 ヴィンセントの言葉に、レインが頷く。 「まったく、主役が来なきゃ始まらんよな」 「……主役と言っても、この旅館では奉仕する立場だがな」 ハロルドと花音が言う。 その言葉に、呼ばれたように―― 「皆さん、お待たせしました」 部屋に、旅館の女将が入って来た。 「――遅いぞ、舞緒」 花音の言葉に、女将――舞緒は頭を下げる。 「申し訳ありません。別の宴会場の準備をしなければならなかったので――ああ、レインさん。そんなに急いで食べなくても、料理は逃げたりしませんよ」 ――倉橋舞緒。ユズリハ旅館の女将として働く、サンフォールの教祖。 「皆さん、温泉はどうでしたか?」 「おお、よかったぞー」 ハロルドが、笑って言う。 「知っての通り、私は来たばかりだがね」 「ではヴィンセントさん、この宴会が終わった後、よければ行ってみてくださいな」 「そうさせてもらおう」 「ところで。もう2,3台、例のヘリが欲しいのですが」 「断る。MIBのヘリを、たった1台でもサンフォールに使わせている事がすでに特別なのだ。これ以上、国民の血税を注ぐ訳にはいかないのでね」 「ささ、ビールをどうぞ」 「……酔っても、答えは変わらんよ」 舞緒はヴィンセントのコップにビールを注いだ後、テレヴィに歩み寄る。 「さて、皆さん。ここで、面白いモノを見ましょうか」 「面白いモノ?」 聞き返す花音に、舞緒は笑顔で言った。 「ええ。遊戯室に設置されていた、監視カメラの映像――」 即座に無数の矢が飛び、テレヴィを粉々に粉砕する。 「次、似たような事を言い出したら……殺す」 花音は赤い顔で、舞緒を威嚇する。 「……宴の肴にしようと思いましたが、やはりダメですか。仕方ありませんね……まぁ、テープはこちらの手にありますし」 「くぅ……っ!!」 そんな様子で、宴会は続く。 「そういやさ。首塚から回収した、新皇の首を蘇生させる計画――どうなってるんだ?」 ハロルドが、口に料理を溜めながら呟く。 「進んではいない。首だけでは完全な蘇生が出来ない事は、酒呑童子で証明されているからな」 ヴィンセントが、それに答えた。 「ああ、皆さん。それについて、少し考えてみたのですけど」 全員の視線が、舞緒に集まる。 「要は、身体の霊格が首の霊格と比べて低過ぎるために、蘇生が不完全になるのです」 舞緒は、手を口元に当てて笑う。 「なら――何らかの咒物を埋め込んで身体の霊格を高めれば、首の霊格とも釣り合いが取れ、完全な蘇生が可能になるのではないかと思うのですが」 「なるほど……」 ヴィンセントが頷く。 「でもよ、その咒物はどうするんだ? オレ達が持ってた1番いいモノは、あの如意宝珠だが――」 「ええ。アレは、私の式神の鈴蘭が壊された時に、奪われてしまいましたね」 ハロルドの鋭い指摘。だが、舞緒は笑顔を崩さない。 「しかし、奪われたのなら取り返せばよいだけの事」 「――へ? 誰が奪ったのか、分かってんのか?」 「ええ、見当は付いていますよ」 舞緒は、視線をハロルドから離し―― 「――花音さん」 花音へと、向けた。 「何だ?」 「如意宝珠の奪還は、花音さんに任せます。たとえ、相手が何者であっても――如意宝珠を奪った犯人を殺し、我等の秘宝を取り戻してくださいね」 「別に構わんが……何故、某ひとりなのだ? 何か、理由があるのか?」 「……ふふ。きっと、その方が楽しいですから」 私が、ですけどね――という言葉を、舞緒は心の中で付け加える。 「まぁ、今はそういう事は忘れて、楽しみましょう。いずれ――とても、忙しくなるでしょうから」 ・蛇足 キャラが多くていい加減訳が分からなくなって来たので、試しに十三呪徒のリストを作ってみる。
……思ってたよりも埋まってる。と言うか、ほとんどが星丘市に住んでる気が。
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