「迅徒、俺は思う訳だ」
「食べながら喋らないでください、匠哉さん。食物は逃げませんし、貴方は一銭も払っていないのですし」


ビンボール・ハウス24
〜ある日の放課後〜

大根メロン


「俺――即ち月見匠哉と美榊迅徒は、幕怒鳴怒で食事をしている」
「……何故いきなり状況説明を? 地の文で説明すればよいのでは? あと、食べているのは貴方だけです」
「迅徒、俺は思う訳だ」
「さっきも言いましたね、その台詞」
「何か俺、この小説では解説役っぽいよな」
「またミもフタもない話ですね。まぁ、この小説はほとんどが匠哉さんの1人称ですから、匠哉さんの心の中――地の文で色んな解説を入れるのが、1番スムーズに話が進むんでしょう」
「うむ。ぶっちゃけ飽きた」
「…………」
「よって俺は、解説をボイコットする。難しい説明は勿論、景色とか、迅徒や俺の動きとかも一切解説しない」
「そういうのは解説ではなく描写だと思うのですが……ああ、だからさっきから地の文が一行もないんですね、今回の話」
「ふふふ。主人公の俺がどれだけこの小説に影響を与えているか、知らしめてやるのだッ!」
「『◇』マークが入って三人称の神の視点に切り替わったら、それだけでもう匠哉さんの努力は水泡のように消えますが」
「…………」
「…………」
「…………」
「……止めましょう。黙ってばかりだと、どちらの台詞か分からなくなります」
「一理あるな。とにかく会話を続けよう」
「匠哉さん、そんなに食べないでください。今流行の大食いっ娘ですか貴方は」
「迅徒、地の文がないからってウソを言っちゃいけないぞぉ。俺はさっきから、お前に遠慮して全然食べてないじゃないかぁ」
「……ウソを言ってるのはどちらですか」
「大食いっ娘という言葉を聞くと、夏の思い出が甦って鬱になる俺」
「……?」
「話は変わるが、迅徒よ。お前時々、ボラクラの面々と交戦していると聞いたが」
「ええ、今日も街中で会いましたよ。課外活動だとか、マナさんは言っていましたが」
「で、マナ、緋姫ちゃん、瀬利花、級長の4人がかりでボコボコにされたんだな。今回だけではなく、毎回。マナが誇らしげに言ってたぞ」
「……ええ、まぁ。さすがに、4対1では」
「それに関しては、ゴメンナサイとしか言える事はない。俺がその場にいれば、止める事も出来たかも知れないが……バイトが忙しくてね。ただでさえ、あの部活には参加したくないし」
「その心遣いには感謝しますよ」
「しかしマナ、瀬利花、級長はともかく、何で緋姫ちゃんまで? 緋姫ちゃんは、異端審問部と敵対してる訳じゃないだろ?」
「ああ、それに関しては私のミスです。私が貴方にこうして食事を奢っている事を、何気なく口にしてしまったのですよ」
「…………」
「そうしたら、『メインヒロインの私より先にデートイヴェントを消化するなんて……殺スッッ!!!!』という憎悪の言葉と共に襲われまして」
「……?」
「意味が分からないなら気にしないでください。どうせ、貴方は考えても無駄でしょうから」
「さり気なく馬鹿にされてるな、俺」
「気のせいです。……しかし、彼女は恐ろしいですね。クラウンがイースト・エリアを支配したのも、納得出来るというものです」
「クラウン時代の緋姫ちゃんはもっと恐かったぞ。初めて会った時、絶対俺を殺そうとしてた」
「……生きてるじゃないですか」
「そりゃ、俺を殺してもメリットがないからだ。撃ち殺すのは弾が無駄だとか、踏み殺したら靴が汚れるとか、そんな理由で俺を殺さなかったに違いない」
「……毎度毎度大変ですね、貴方は」
「まぁな」
「話はボラクラに戻りますが」
「……ん?」
「ボラクラの部員に、田村真さんという方がいますよね? 匠哉さんのクラスメイトでもあるはずですが」
「あいつがどうした?」
「彼、殺してもいいですか?」
「ああ、どうぞ――って、待て。あまりに自然だから普通に返事してしまったぞ。何でお前があいつを殺さなきゃならないんだ?」
「私の家が皇居陰陽寮に滅ぼされたのは、前に話したと思いますが」
「うん、聞いた事があるな」
「その時、真さんは陰陽師達と共に美榊家へと突入し、私の母を殺したんですよ」
「おいおい、あのネボスケにそんな大それた真似が――って、あー。まさか、寝てなかったのか?」
「はい」
「なるほどな、シンの方か。……あれ? でもお前、何度かボラクラのメンバーと遭遇してるんだろ? 今日も会ったって話だし。真はいなかったのか?」
「いましたが……彼はマコトであって、シンではありませんから」
「……狙いはシンのみ、って事か。でも、あいつは果てしなく強いぞ? 1度見ただけだが……とても、お前が斃せる相手だとは思えん」
「はぁ……匠哉さんまで、マスケラと同じ事を言うんですねぇ」
「……『マスケラと同じ』ってだけで、もの凄く気分が悪くなるな。そう言や迅徒、あいつを何とかしてくれ。最近、よく俺の前に現れるんだ。ウザ過ぎる」
「私と彼女では部署が違いますから。残念ですが、私に出来る事は何もありません」
「……逃げやがった」
「人聞きの悪い。逃げるのは貴方の専売特許でしょう」
「……まぁ、いいけどさ。ところで迅徒、前から気になってるんだが」
「何ですか?」
「もしかして異端審問部って、教皇庁ヴァチカンでは肩身の狭い思いをしてる?」
「……どうしてそう思うんです?」
「1962〜1965年の第二ヴァチカン公会議では、カトリック教会の現代化が議論されたんだよな。現代化って事は、中世から離れるって事だ。異端審問制度をひっそりと護ってる組織としては、色々とキツい事があるんじゃないのか?」
「…………」
「この会議でカトリック教会は、カトリック以外の宗教の価値を認めた。『キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言』――諸宗教宣言ってヤツだな。これも、異教徒を敵とする異端審問部には面倒だろう。まぁ、俺は素晴らしい事だと思うが」
「……匠哉さん」
「何だ?」
「今の台詞、解説っぽいですよ」
「――なぬッッ!!!?」
「まぁ、それはともかく。諸宗教宣言ですが、別に悪いとは言いませんよ。何しろ私は、カトリックを仏教や神道と習合していた宗派の人間ですからね。それに――異端審問部の敵は、異教徒だけではありませんし」
「カトリックが異教に寛大にならなかったら、そんなお前が異端審問部に迎えられる事もなかっただろうしなぁ」
「ですね」
「で、肩身の狭い思いはしてるのか?」
「……してますよ。今の私の任務――皇居陰陽寮からの『蟲鳴之書』の奪取ですが、はっきり言って私にどうしろと言うのですか。組織を相手に、私1人でどうやって戦うのですか。異端審問部は、資金も武器も設備も人員も、何もかもが不足しています」
「大変そうだなぁ」
「匠哉さん、就職しませんか。洗礼受けて」
「遠慮する。……っと、御馳走様。満腹満腹」
「……ファーストフードばかりでは、健康に悪いですよ」
「分かっちゃいるんだが……どうしようもなくて。蛇も蛸もよく食うからなぁ」
「……異端の定義が曖昧になっているとはいえ、やはり十三呪徒の殲滅は必要ですね」
「よろしく頼む。さて、店を出るか」
「はい」
「こうして俺と迅徒は、それぞれの家への帰路に付くのであった」
「……この1話、本当に最後まで地の文がありませんでしたね……」






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