「……よし、分かったのだ……」 平日のある日。しぃが電話で、誰かと話している。 「御苦労なのだ。君達の活躍によって、この地を手中に収める日が近付いたのだ」 しかも、何か物騒な話してるし。今に始まった事じゃないけど。 しぃが、電話を切った。 「……どこに電話かけてたんだ?」 恐る恐る、尋ねる。 「アメリカのインスマウスなのだ」 「……って、国際電話かよ! またカネのかかりそうな事をッ!」 「いや、匠哉。それより、出て来た不気味な地名について語り合うべきだと思うんだけど」 はっ、そうだ。マナのツッコミで、正気に戻る俺。 「ふっ、訊かれたら仕方ないのだ。知り合いのよしみで教えてあげるのだ」 別に訊いてないし。心の底から聞きたくないし。 「我が居城ルルイエにて、ダゴンやヒュドラ、そして深きものどもを総動員し、地球征服のための兵器を開発していたのだ。そしてついに、ソレが完成したのだ〜!」 「…………」 うわぁ、何か恐ろしい話してるー。 「その兵器の名は、『Cサーペント』というのだ」 「シィ・サーペント? つーと、海にいるでっかい蛇のUMAだよな? 船を襲ったりする奴」 「名前の由来はそれなのだ。でも、うちの兵器はSEAじゃなくてCなのだ」 日本人には分かり辛い、発音の違いである。 「……で、しぃ。結局それは何なの?」 マナが、しぃに言う。 「潜水艦なのだ」 「……は?」 「だから、潜水艦なのだ。全長1000mを越える、超巨大潜水艦なのだ」 ……でかっ。 「海中のみならず、空中や宇宙の航行も出来るのだ。さらには『シルヴァー・キィ・システム』によって、時空間の移動も可能なのだ」 それはもう潜水艦じゃないだろう。 「……変形は?」 マナが、小さな声で問う。 「勿論出来るのだ」 しぃはニヤっと笑って、それに答えた。 「くっ……でも、武装はどうなのさっ!?」 「MIRVミサイルをいくつも積んでいるのだ。地球上のどこからでも、各国首都に攻撃が可能なのだ」 普通に嫌だな。 「装甲はオリハルコン製。しかも、64層にも及ぶ多重防御結界を展開するのだ。アラート号なんて敵じゃないのだ! もはや地球に、Cサーペントを落とす手段はないのだ〜!」 いあーっと万歳するしぃ。 ……にしても。眷属達がそんな凄いもん造ってた間、大将のこいつは他人んちでゴロゴロしてたんかい。 「で、どうするマナ? 何となく、人類の危機っぽいんだが」 「いやもう、正直どうでもいいよ」 投げやりなマナ。その気持ちは分かるが。 「つーか、いつから造ってたんだ、それ?」 「かなり前からなのだ。元々は、南極侵攻のために開発が始まったモノなのだ」 「……全然、間に合ってないじゃん」 「資材や人員の不足。長引く戦乱による消耗。そういった事情によって、開発がストップしていたのだ」 なるほど。戦争ってのは大変だな。 「でも少し前にふらりとルルイエに現れた、ニャーラという黒人の博士が、資金や様々な技術を提供してくれたのだ。それによって、開発が再開されたのだ」 「…………」 俺とマナは、顔を見合わせる。 とゆーか、『ふらりとルルイエに現れた』って時点で色々とおかしい事に気付け。 「ふふふ、そういう事だよ。全ては私の掌の上さ」 そして、いきなり現れる邪神その2。 「頼むから帰れ」 「いきなり冷たいな。少しは歓迎してもいいと思うんだが」 マスケラは、普通に居間で正座する。 マナはもう、完全無視を決め込んでいた。 「……んー? そう言えばこの神、ニャーラ博士に雰囲気が似てるのだ」 首を傾げるしぃ。 「ふふ、他神の空似さ」 そしてそれを誤魔化す、千の顔を持つ神。 「ところで、御自慢のCサーペントだが……本当に強力なのかな?」 「……む。どういう事なのだ?」 「実戦で使われた事のない兵器など、信用に値しないという事だ。ちゃんと、実戦における成果がなければね」 「……確かに。それもそうなのだ〜」 いや、ちょっと待て。 「さぁ、しぃ。Cサーペントを発進させ……そうだな、まずは適当にアメリカ辺りを火の海に変えるんだ」 「分かったのだ〜ッ!!」 うわぁぁぁ、何かヤバい事態が進行してるぅぅぅぅぅッッ!!!? 「流石だなマスケラ! このクサレ神めッ!」 「ははは、そんなに褒められたら照れるじゃないか」 ダメだこいつ、日本語通じねえ。 「マナ、どうにかするぞ!」 「……えー?」 くっ、こっちはやる気がねえ! 「のだ〜!」 しぃが、外に跳び出す。 慌ててそれを追い駆けると、 「ルルイエの館にて、死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり!」 しぃが空に向かって、呪文を唱えていた。 呪文の後に――空を覆うほどの、巨大な質量が具現する。 「のだ〜ッッ!!!!」 見上げた俺の視界を、名状しがたい潜水艦が占領した。 ……だからさ。空に現れるんだったら、潜水艦じゃなくてもいいじゃん。 「これ、文句なしで貧家史上最悪の状況だな……」 それがコメディ話だというのが悲し過ぎる。 その時。潜水艦から、にょーんと光が放たれた。 「え、ちょ、待て……!?」 光に包まれた俺やしぃ、マナやマスケラは、潜水艦の中に吸い込まれて行く。宇宙人の拉致か。 「ここが内部なのだ〜」 艦内は、思ってたより綺麗だった。潜水艦と言うより、ホテルみたいだ。 乗組員は、やっぱり深きものども。でもこの魚人達、見かけによらずテキパキと働いてやがる。 「個室は全てスウィート。他にもレストランやプール、カジノといった施設がたくさんあるのだ〜」 何その一生住みたい仕様。 「レストランがある、と言ったね」 マスケラが、フライパンを取り出す。 「ならば私が――」 「マナ、そいつを捕まえろ。絶対にレストランには近付けるな」 「らじゃー」 マナが、がっしりとマスケラを拘束する。 マスケラは、ちぇーっと舌打ち。 「今からアメリカに行くのだ。一気にワープしたり、ここから攻撃してもいいけど……人間どもをビビらせるために、このまま時間をかけて向かうのだ」 しぃが、ふふんと笑う。 「じゃあ、しぃは艦長として発令所に行かなくてはならないのだ。またなのだ〜」 そう言い残し、しぃは歩き去って行った。 「匠哉、どうするの?」 「……どうしようかなぁ……」 このままだと、世界が大変な事になるだろう。 まずは、とりあえず―― 「……メシでも食うか」 レストランと言っても、どうやらいくつもあるようだ。俺はその1つの、料亭っぽい所に行く。 どうやら、しぃの知り合いの俺はタダで食えるらしい。ホントに永住したい。 「他の御客様との相席となりますが……よろしいでしょうか?」 魚顔の店員が、俺に言う。特に問題はないので、はいと答える。 んで、その相席の相手は。 「やぁ、遅かったじゃないか、匠哉」 マスケラ・ニィアーラだった。 「…………」 いや、もう何も言うまい。 俺は観念して、マスケラと向かい合う。 「……で、マスケラ。お前何考えてんの?」 「ん? それはどういう質問かな? 私がしぃを煽って世界に害を及ぼすのが、そんなにおかしな事かい?」 マスケラが、魚の刺身を皿の上から口へと運ぶ。美味そうだなぁ。 「ああ、おかしいね。害を及ぼしたいんだったら、もっと効果的な方法がいくらでもあるだろうに」 「いや、まぁそうなんだが。何と言うか、カッコいい潜水艦が欲しくて」 何じゃそりゃ。 「そのために、しぃ達にCサーペントを開発させたのか?」 「そうだね」 「でも、コレはしぃの物であって、お前の物ではないだろ? 奪う手段でもあるのか?」 「その辺は後のお楽しみとしよう。で、君はどうするんだい? この世界で、最も牛肉を生産しているのはアメリカだよ?」 「……何故だろう。もの凄く馬鹿にされた気がするのだが」 「気のせいだ」 「……とりあえず、そういう事にしといてやる。でだな、それはまず、お前が何を企んでるかにもよるな」 「だから、私が潜水艦が欲しいだけだよ」 「という事は、お前は潜水艦を奪う。それがアメリカ攻撃の前なら、当然アメリカは被害なし。俺する事なし」 「私が攻撃を仕掛ける可能性もあるだろう」 「潜水艦が欲しいだけなんだろ」 そんな、化かし合いみたいな事をする俺達。 で、しばらくすると。 料亭に似合わない、ドタドタという足音。 「お、始まったみたいだね」 マスケラの言葉と共に、俺は魚人に包囲される。 しかも―― 「のだ〜……」 しぃが、魚人達に捕まっていた。 「……?」 こいつ等、しぃの眷属だろ? それがどうして、しぃを捕まえてるんだ? いやそれ以前に、半寝とはいえしぃは旧支配者。深きものどもに遅れを取るなど、在り得ないはずだが。 「ふふ……」 マスケラが笑う。 まさか、こいつ。 「私にかかれば、旧支配者の力を弱める事など簡単な事だ」 ……なるほど。しぃの弱化は、こいつが原因か。 でも、こいつ等はどうしてしぃに叛逆したんだ? ショゴスじゃあるまいし。 「う〜。しぃの奉仕種族に、何をしたのだ〜……?」 俺と同じ疑問を、しぃがマスケラに問う。 「『精神と定まった形を持たぬ外宇宙の冒涜的な存在は、食屍鬼や夜鬼に対する支配力はなくとも、それでもなお必要あらば彼らを支配できるのである』――」 マスケラは問いに対し、『未知なるカダスを夢に求めて』の一部を暗唱する。 「――私に支配出来ぬモノは、この世にはない」 その言葉の後に、 「暗黒のファラオ万歳! ニャルラトテップ万歳!」 深きものどもが、万歳しながら叫ぶ。 ……うぅむ、何か大変な事になって来たなぁ。 「で、匠哉。どうして君は、普通に私の刺身を食べているんだい?」 「え? いや、いきなりシリアスな話になられても、俺の脳は対応出来んのだよ」 おお、この刺身ウマー。 「くっ……これだから、人間は嫌なんだッ!」 マスケラが、テーブルに突っ伏して叫ぶ。刺身、食わんのなら俺が食うぞ。 で、結局。 俺としぃは、仲良く牢屋へと放り込まれた。牢屋と言っても、月見家より広くて快適なんだがね。 「さて、私はアメリカへの攻撃を続けるよ」 鉄柵の向こうから、マスケラが言う。 「何だ、潜水艦が欲しいだけじゃないのか?」 「そうだよ。さっきも言っただろう? 実戦で使われた事のない兵器など、信用出来ないと。この艦の能力、この眼でじっくりと見てみなければね」 「……ああ、なるほど」 「まずは、プロヴィデンス辺りを消し飛ばそうかな」 こいつ、ホントに性根が歪んでやがる。 「アメリカ到達までにはまだ時間があるから、止めたければ精々頑張る事だ」 「…………」 「勿論、その牢屋で大人しくしていてもいい。見ての通りスウィートな牢屋だし、ちゃんと三食は用意する。今日はフレンチだよ」 「むしろここに居させてください」 「……そうか」 マスケラが、牢屋の前から去って行く。 「た、匠哉、どうするのだ〜!?」 「いや、どうしようもないだろ。まずは、フレンチを待とうじゃないか」 「くぅ……牛肉を最も生産しているのがアメリカだと知っていたら、攻撃なんて考えなかったのだ。騙されたのだ〜!」 「でも、アメリカ産牛肉って色々とアレだぞ。まぁ、安けりゃ何でも食うのがうちの流儀だけど。……それはともかく、フレンチまだかなぁ」 んで、しばらくの後。 食事時になると、魚人の守衛が食事を持って来てくれた。マスケラの言葉通り、フレンチだ。 ……ここでマスケラが作ったイカモノ料理とかが出て来たら、俺は迷わずこの守衛を殺していただろう。 「おお……」 「美味しいのだ〜……」 フレンチを食べ、幸せな気分になる俺達。 しぃの話では、食器もオリハルコンで出来ているらしい。折角なので、ナイフ等を2,3本パクっておく。 で、心行くまでフレンチを堪能した後。 「――って、呑気にごはん食べてる場合じゃないのだ〜!」 しぃが、叫んだ。 でもな。全部食ってからソレ言っても、ちっとも説得力なんかないぞ。 「まぁ、もちつけ。そろそろだから」 「……のだ?」 すると。 「匠哉〜、しぃ〜。まだ生きてる〜?」 マナが、牢屋の前に現れた。 「いいからさっさと開けろ」 「はいはい」 マナは鍵を鍵穴に差し込み、牢屋の扉を開く。 鍵は、さっきの守衛から奪ったのだろう。御愁傷様、フレンチ美味しかったよ。 で、俺としぃは牢屋から脱出。 「状況は大体分かってるけど……これからどうするの?」 マナが、俺に言う。 「そうだな……ま、やっぱりこの潜水艦を落とすべきだよな」 えー、としぃ。嫌そうだが、文句は出て来なかった。 「マナ、この潜水艦はどこら辺を飛んでる?」 「海に出た辺りだね」 「なら落っことしても、街が潰されるという事はない訳だな」 今度は、しぃに尋ねる。 「この潜水艦、動力は何なんだ?」 「シルヴァー・キィ・システムによって、様々な平行世界から蒐集されるエネルギィなのだ」 という事は、実質的な永久機関かい。やっぱり凄えなぁ。 「破壊する事は?」 「……無理なのだ。システムは、オリハルコンの殻で覆われているのだ」 「んー……」 まぁ、いいや。 「よし。しぃ、機関部に案内してくれ」 魚人どもを蹴散らし、機関部へと向かう俺達。とは言っても、マナのバリアーを盾にして突っ込んでいるだけだが。 そして見事、動力部に到達。ああ、楽ちんだ。 「これが、この艦の動力源なんだな……」 俺の目の前には巨大な金属の球体があり、球体から伸びたチューブが様々な機械に繋がれている。これが、オリハルコンの殻なのだろう。 「その通り。その殻の中身が、シルヴァー・キィ・システムだ」 声に振り返ると、そこにはたくさんの深きものどもを従えたマスケラ。 「だが惜しかったね。その殻は、どうやっても壊す事は出来ない」 「…………」 「まぁ、いいだろう。3分だけ時間をやるから、精々悪あがきをするがいいさ」 ……ふふ。3分時間をやると、確かに言ったな。 「『ナイアルラトホテップはカーターを愚弄して苦しめる計画をあまりにもよく練りあげるあまり、恐怖の冷風とて完全に消しされぬものをももたらしていたのだった』――」 俺はさっきのマスケラみたく、小説の一部を暗唱する。 「マスケラ、だからお前はダメダメなんだよなぁ」 「……?」 確かに、オリハルコンで護られた動力部を破壊する事は難しいだろう。オリハルコン、硬い超金属の代名詞みたいなもんだし。 でも――この世で最も硬い石であるダイヤモンドだって、商品にするにはカットしなければならない。 この世で最も硬い石を、どうやったらカット出来るのか。簡単な事、ダイヤモンドのカットにはダイアモンドを使えばよいのだ。 つまり―― 「ほれ」 俺はポケットから、さっきパクったオリハルコン製ナイフを放り投げる。 それを、マナがキャッチし―― 「――はぁッ!!」 自身の力を上乗せして、殻に突き刺した。 殻にヒビが奔り――粉々に崩壊する。 「な……っ!!?」 マスケラが、ががーんとショックを受ける。 殻の中身は、シルヴァー・キィ・システムという名の通り、銀色の鍵だった。鍵はまるで籠から出された鳥のように、その姿を消す。 途端、艦内が揺れた。動力を失い、墜落が始まったのだ。 「……ふ、ふん、まぁいい。これだけの質量が着水すれば、星丘市は大津波で消滅する。私は、それを見物するさ」 敗け惜しみの言葉を残し、さっきの鍵みたいに消えるマスケラ。 魚人達が、アタフタし始める。マスケラがいなくなって、洗脳が解けたのだろう。 「マナ、頼んだぞ」 「ほいほい」 「しぃ、マナを外に案内してやれ」 「分かったのだ〜」 潜水艦の外に出たマナは、空から潜水艦を見下ろしていた。 巨体が海に沈むと、その衝撃で海が揺れ――大きな津波となる。 「閉じよ黄泉比良坂、来たれ道反大神――」 マナが、名を呼ぶ。 「――チカッ!」 すると――マナの隣に、着物姿の少女が現れた。 彼女は、地上と黄泉を隔てる者。道反大神のチカである。 「伊邪那岐様との盟約により――チカ、参上仕ったでおじゃる!」 「チカ、津波を止めるよッ!」 「了解でおじゃる!」 ふたりが、潜水艦に向かって力を向ける。 展開される、大防御結界。 「――『災塞祭』ッ!!」 波は、結界によって跳ね返され――陸を襲う事なく、大海へと消えてゆく。 「…………」 銀の鍵が失われた事が関係しているのか、着水した艦内では浸水が起こっていた。 まぁ、いくら浸水しようと乗組員は魚人。溺死する事も、水圧に潰される事もないはずだ。 そうなると、問題は俺。 俺は普通の人間だから、溺死もするし水圧に潰されもする。脱出用の潜水艇とかがあればいいんだが……前述の通り、乗組員は自力で脱出出来る。ならば、そんな物は用意されていないだろう。 「こりゃ、さすがに終わったかな……」 親に捨てられた俺が海で死ぬのは、運命っぽい感じがするが。 ――しかし。 「匠哉、早く脱出するのだ〜!」 戻って来たしぃが、俺に言った。 「……脱出って、どうやって?」 「潜水艇があるのだ。付いて来るのだ〜」 俺はしぃの後を追って、走り出す。 ……ああ、そうか。しぃって、水が苦手なんだっけ。 で、数日後。 俺は何とか生還し、いつも通りの生活に戻っていた。 「ふぅ〜……」 テレヴィを見ながら、茶を啜る。 が。 「平和だねぇ、匠哉」 平和をブチ壊す声が、すぐ傍から聞こえた。 見ると、いつの間に現れたのか――マスケラが、俺と同じように茶を飲んでいる。 「……何の用?」 俺は嫌そうな顔を隠さずに、マスケラに言う。ぶぶ漬け出すか。 「この前の恨み事でも言おうと思ってね」 「恨み事ねぇ。俺は美味いもんをたくさん食べれて、万々歳だった訳だが」 「そうだよ。結局、1番美味しい思いをしたのは君じゃないか」 まぁ、最後は死にかけたがな。 「とにかく残念なのは、搭載されていたMIRVを1基も発射出来なかった事だ」 「待てい」 「ハワイ諸島を、ドカンと吹き飛ばしてみたかったのだが」 「……そのネタ分かる人、どれくらいいるんだ?」 俺は、呆れた眼でマスケラを見る。 「……ところで。海に沈んだはずのCサーペントが、何故か忽然と姿を消したらしいんだが」 「私が回収したからね」 フフンと笑う、マスケラ。 「どこぞの時空企業にでも持ち込むかな。どう使われるか、楽しみにしていよう」 「…………」 またタチの悪い事考えてるし。 「そういやさ、前から訊きたかったんだけど」 「ん? 何だい?」 「しぃって、どうしてあんなんなんだ? 暗黒の神々ってのは、知性のない力の塊みたいな存在なんじゃないのか?」 例外が目の前で茶菓子食ってるが。 「以前、同じような問いをしたマノン・ディアブルに『ただのお遊びなのだ』とか答えていたね。まぁ、君はその奇跡に感謝する事だ」 「…………」 ……うーむ。 「じゃあさ、お前はどうしてそんなんなんだ? しぃと違って、生まれた時から知性を持ってたんだろ?」 「そう訊かれてもね。私は、私自身が1番の謎だ。その答えを求めて本を蒐集しているが、未だ悟りには至っていない」 「じゃあ素直に図書室に篭って本読んでろよ。他人に迷惑かけんなよ」 「匠哉、君は呼吸をしなければ生きてゆけないだろう? それと同じ事さ」 困った話だ。 「……答えを求めて、か。何かソレ、人間みたいで下らないな」 「まったくだ」 「いっそ悔い改めて、真面目にシスターやったらどうだ?」 「それは無理だよ。私は神を嘲笑う事はあっても、祈る事はない。君も分かっているだろうが、この世にはカトリック教徒が想像も出来ぬような神々が跳梁跋扈しており――いずれ、奴等が人類を滅ぼす。その瞬間は、1秒後に訪れるかも知れないんだよ?」 「ああ、そうだな。でも――ラヴクラフトは、最後までその瞬間を書かなかった」 「…………」 マスケラは、口元だけで笑う。 「……つーか、お前。本当に帰れ。俺は忙しいんだ」 「今の君の姿からは、どうやっても『忙しい』という言葉は連想出来ないんだが」 「これから忙しくなるんだよ。しぃが散歩から帰って来るまでに、おやつのピザトーストを焼かねばならんのだ」 「……ほう」 マスケラが、ニヤソと笑みを浮かべる。 う、嫌な予感。 「ならそのピザトースト、私も頂こうか。私の刺身をあれだけ食べたんだから、それくらいは構わないだろう?」 「……はぁ」 俺は、台所に向かう。 ……仕方ない。1枚多く、焼くとするか。
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