昔々、月に1つの王国がありました。 王国は魔王によって1度は滅亡の危機を迎えましたが、1人の少年によって救われたのです。 ……でも。 魔王の部下だったエリンというモンスターは、それを認める事が出来ませんでした。 それもそのはず。彼女は月の王国を滅ぼすために、魔王を唆したのですから。 エリンは、期を逃してしまいました。今から別の方法で王国を滅ぼしても、地球の生き物達の変化は止められません。 彼女は腹癒せに、手を回して少年の恋人だった少女――カグヤを、地球に追放しました。 そして、地球が太陽の光を背にする日――満月の夜。 カグヤが故郷である月に、嬉しそうに帰って来る時を見計らって。 エリンは、その喜びを踏み躙るように――『すいそばくだん』という小さな太陽を使って、王国を焼き尽くしてしまいました。
とある日の、バイト帰り。 「初めまして……と言うのもおかしな気がしますから、こんにちは。私の名はエリン。時空企業『ノルニル』の社員です」 突如現れた笑顔の女性は、俺にそう名乗った。 「……はい?」 いきなり発生したイヴェントに、全然付いて行けない俺。 目の前の、俺より少し年上くらいだと思われる謎の女性は――俺を見ながら、ニコニコとしている。 ……でも。この女とは、どこかで、会った事が、あるような。 「えーと、簡単に説明しますとですね。SFとかに、平行世界ってあるじゃないですか。私達は、その全てを相手に仕事を行う企業なんです」 「はぁ……」 「さらには平行世界だけでなく、過去・現在・未来の軸でも動く事が出来ます。とにかく、凄い訳ですよ」 「…………」 まぁ世の中には色んな事があるのは分かっているから、こいつを電波だと決め付ける事は出来ない訳だけど。 「じゃあ、それを証明してみせろ」 ……以前貧乏神に同じような事を言って、酷い目に遭ったような気がしなくもないが……ええい、ままよ! 「証明? うーん、そうですねー……」 エリンは少し考えた後、拳銃を俺に向けた。 ……え? 「ちょっ、待てぇぇぇ!!?」 「えいっ」 引き金が引かれる。 ……超高速の弾が、俺の頭を掠めて行く。 背後で轟音。そして悲鳴。恐くて振り返れない俺。 「――レールガン、です」 「…………」 「ハンドガン・サイズの物は、『ここ』ではまだ実用化されてなかったと思いますが」 とりあえず、こいつが言う事を信じる事にした。本当に信じたと言うより、俺が信じないせいでこれ以上被害が増えるのはさすがに困るのだ。 「で、何の用?」 まず、1番の疑問をぶつけてみる。 「いえ、用と言うほどのものはないんですが、懐かしい人――つまり貴方――に会ったので、つい声をかけてしまいました」 えへへ、と笑うエリン。 こいつ、さっきから笑ってばっかだなぁ。 ……そう。少しも顔の筋肉を動かさず、仮面のように同じ顔だ。 「懐かしい……って、どっかで会った事あるっけ?」 何となく、俺もそんな気はしているのだが。 「ええ、覚えてはいないでしょうけどね。以前、貴方は私の仕事を1つ台無しにしているんですよ」 「台無し……?」 ……まぁ、俺って色々な事をやってるからなぁ。そのどれかが、こいつに関わってたのかも知れない。 「さっき、企業っつったな? 具体的には何やってるんだよ?」 「そうですねぇ……何でもやりますよ。あ、パンフありますけど――」 「いや、いらないから」 えー、と笑顔のまま残念そうな顔をするエリン。器用だ。 「……いろんな世界や時間で仕事をしてるなら、過去とか平行世界の自分に会ったりする事もあるのか?」 ふと、疑問に思った事を訊く。 「ああ、そういう事はないんですけど……うーん、どう説明すればいいでしょうかねぇ」 エリンは悩んだ後、 「そうですね、ここにサイコロが1つ入った箱があるとします」 いきなり、そんな事を言い出した。 「箱は透明ではないので、中は見えません。さて、サイコロはいくつの目を出しているでしょう?」 「いや、そんなの分かる訳ないだろ?」 「勿論そうです。ですから、確率の話でいいんですよ」 「…………」 ……確率。 「1が出ている確率が1/6、2が出ている確率が1/6、3が出ている確率が1/6、4が出ている確率が1/6、5が出ている確率が1/6、6が出ている確率が1/6」 「はい、その通りです。大正解ー!」 何か、バカにされてる気がするのは何故だろう。 「では御開帳。箱のフタを開けてみると、中のサイコロは1を出していました」 「…………」 「箱を開け、中を見る。その観測によって――『1,2,3,4,5,6』という6つの確率が、『1』という1つの結果に収束したんです」 あー、ようやくこの話の意味が分かって来た。 「この私もソレと同じ事。ノルニルの社員となり、時空という概念を超越した私は、1つの結果に収束してたった1人の『私』となったんですよ」 つまりどこの世界や時間を捜しても、こいつは目の前の1人しかいない。故に、過去や平行世界の自分に会う事なんて在り得ないのか。 「ふーん。ま、どうでもいいけど」 「えぇー……? 自分から訊いておいて、そのリアクションはどうかと……」 「…………」 未来は不確定だ。人間の行動は無限に分岐し、同じ数だけ未来がある。サイコロに、6つの可能性があるように。 だが――こいつは、ソレを超越していると言った。 それは、間違ってる気がする。人としてだとか生物としてだとか、そういう事ではなく。もっと――根本的な所で。 「でも、あの時はホントに大変でした」 あの時ってのは、俺が台無しにしたとかいう仕事の事か。 「月の魔王――血色の満月を使って月人を滅ぼそうとしたのに、貴方に見事やられてしまいました。おかげで月人滅亡任務は失敗、私のお給料はまた減らされちゃいましたよ」 エリンは、ふぅと息をつく。 「まったく。あの時に月人を滅ぼせなかったから、地球の生き物は人間へと進化してしまいました。でも、それは早過ぎるんですよ」 「…………」 「人類を誕生させるのは、もう少し地球を整備してからじゃないといけなかったんです。だから、進化の原因となる月人を排除しようとしたのに……」 分からない事だらけだが、今ので1つだけ分かった。 ――こいつは、敵だ。月見匠哉という存在にとって、絶対に認めてはならない類の。 「あ、いつまでも話てちゃダメなんでした。行かないと」 「行くって?」 「この街には、ノルニルの……窓口と言うか何と言うか、とにかくそういう所があるんです」 「窓口……」 こいつ等はノルニル。なら、ソレと繋がる窓口ってのは――……。 「じゃ、また会いましょうね」 「いや、2度と遭いたくないし」 エリンは俺の拒絶をまったく気にせず、 「では、御機嫌よう。『神はサイコロを振らず』――全ては、神々の意のままに」 嫌な言葉を言い残し、歩いて行った。 「あれ? 匠哉、今の人は誰――って言うか、何?」 ちょうどよく、マナがやって来る。 ……『何』って言う辺り、只者じゃないのは一見で理解したようだ。 「正直、俺もよく分からないんだが。そうだな、一言で言うならば――」 どこからか湧いて来た単語を、俺は機械的に口にした。 「――仇敵」
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