昔々、月に1つの王国がありました。
 王国は魔王によって1度は滅亡の危機を迎えましたが、1人の少年によって救われたのです。
 ……でも。
 魔王の部下だったエリンというモンスターは、それを認める事が出来ませんでした。
 それもそのはず。彼女は月の王国を滅ぼすために、魔王を唆したのですから。
 エリンは、期を逃してしまいました。今から別の方法で王国を滅ぼしても、地球の生き物達の変化は止められません。
 彼女は腹癒せに、手を回して少年の恋人だった少女――カグヤを、地球に追放しました。
 そして、地球が太陽の光を背にする日――満月の夜。
 カグヤが故郷である月に、嬉しそうに帰って来る時を見計らって。
 エリンは、その喜びを踏み躙るように――『すいそばくだん』という小さな太陽を使って、王国を焼き尽くしてしまいました。


ビンボール・ハウス22
〜フロム・ザ・ムーン〜

大根メロン


 とある日の、バイト帰り。
「初めまして……と言うのもおかしな気がしますから、こんにちは。私の名はエリン。時空企業『ノルニル』の社員です」
 突如現れた笑顔の女性は、俺にそう名乗った。
「……はい?」
 いきなり発生したイヴェントに、全然付いて行けない俺。
 目の前の、俺より少し年上くらいだと思われる謎の女性は――俺を見ながら、ニコニコとしている。
 ……でも。この女とは、どこかで、会った事が、あるような。
「えーと、簡単に説明しますとですね。SFとかに、平行世界ってあるじゃないですか。私達は、その全てを相手に仕事を行う企業なんです」
「はぁ……」
「さらには平行世界だけでなく、過去・現在・未来の軸でも動く事が出来ます。とにかく、凄い訳ですよ」
「…………」
 まぁ世の中には色んな事があるのは分かっているから、こいつを電波だと決め付ける事は出来ない訳だけど。
「じゃあ、それを証明してみせろ」
 ……以前貧乏神に同じような事を言って、酷い目に遭ったような気がしなくもないが……ええい、ままよ!
「証明? うーん、そうですねー……」
 エリンは少し考えた後、拳銃を俺に向けた。
 ……え?
「ちょっ、待てぇぇぇ!!?」
「えいっ」
 引き金が引かれる。
 ……超高速の弾が、俺の頭を掠めて行く。
 背後で轟音。そして悲鳴。恐くて振り返れない俺。
「――レールガン、です」
「…………」
「ハンドガン・サイズの物は、『ここ』ではまだ実用化されてなかったと思いますが」
 とりあえず、こいつが言う事を信じる事にした。本当に信じたと言うより、俺が信じないせいでこれ以上被害が増えるのはさすがに困るのだ。
「で、何の用?」
 まず、1番の疑問をぶつけてみる。
「いえ、用と言うほどのものはないんですが、懐かしい人――つまり貴方――に会ったので、つい声をかけてしまいました」
 えへへ、と笑うエリン。
 こいつ、さっきから笑ってばっかだなぁ。
 ……そう。少しも顔の筋肉を動かさず、仮面のように同じ顔だ。
「懐かしい……って、どっかで会った事あるっけ?」
 何となく、俺もそんな気はしているのだが。
「ええ、覚えてはいないでしょうけどね。以前、貴方は私の仕事を1つ台無しにしているんですよ」
「台無し……?」
 ……まぁ、俺って色々な事をやってるからなぁ。そのどれかが、こいつに関わってたのかも知れない。
「さっき、企業っつったな? 具体的には何やってるんだよ?」
「そうですねぇ……何でもやりますよ。あ、パンフありますけど――」
「いや、いらないから」
 えー、と笑顔のまま残念そうな顔をするエリン。器用だ。
「……いろんな世界や時間で仕事をしてるなら、過去とか平行世界の自分に会ったりする事もあるのか?」
 ふと、疑問に思った事を訊く。
「ああ、そういう事はないんですけど……うーん、どう説明すればいいでしょうかねぇ」
 エリンは悩んだ後、
「そうですね、ここにサイコロが1つ入った箱があるとします」
 いきなり、そんな事を言い出した。
「箱は透明ではないので、中は見えません。さて、サイコロはいくつの目を出しているでしょう?」
「いや、そんなの分かる訳ないだろ?」
「勿論そうです。ですから、確率の話でいいんですよ」
「…………」
 ……確率。
「1が出ている確率が1/6、2が出ている確率が1/6、3が出ている確率が1/6、4が出ている確率が1/6、5が出ている確率が1/6、6が出ている確率が1/6」
「はい、その通りです。大正解ー!」
 何か、バカにされてる気がするのは何故だろう。
「では御開帳。箱のフタを開けてみると、中のサイコロは1を出していました」
「…………」
「箱を開け、中を見る。その観測によって――『1,2,3,4,5,6』という6つの確率が、『1』という1つの結果に収束したんです」
 あー、ようやくこの話の意味が分かって来た。
「この私もソレと同じ事。ノルニルの社員となり、時空という概念を超越した私は、1つの結果に収束してたった1人の『私』となったんですよ」
 つまりどこの世界や時間を捜しても、こいつは目の前の1人しかいない。故に、過去や平行世界の自分に会う事なんて在り得ないのか。
「ふーん。ま、どうでもいいけど」
「えぇー……? 自分から訊いておいて、そのリアクションはどうかと……」
「…………」
 未来は不確定だ。人間の行動は無限に分岐し、同じ数だけ未来がある。サイコロに、6つの可能性があるように。
 だが――こいつは、ソレを超越していると言った。
 それは、間違ってる気がする。人としてだとか生物としてだとか、そういう事ではなく。もっと――根本的な所で。
「でも、あの時はホントに大変でした」
 あの時ってのは、俺が台無しにしたとかいう仕事の事か。
「月の魔王――血色の満月を使って月人を滅ぼそうとしたのに、貴方に見事やられてしまいました。おかげで月人滅亡任務は失敗、私のお給料はまた減らされちゃいましたよ」
 エリンは、ふぅと息をつく。
「まったく。あの時に月人を滅ぼせなかったから、地球の生き物は人間へと進化してしまいました。でも、それは早過ぎるんですよ」
「…………」
「人類を誕生させるのは、もう少し地球を整備してからじゃないといけなかったんです。だから、進化の原因となる月人を排除しようとしたのに……」
 分からない事だらけだが、今ので1つだけ分かった。
 ――こいつは、敵だ。月見匠哉という存在にとって、絶対に認めてはならない類の。
「あ、いつまでも話てちゃダメなんでした。行かないと」
「行くって?」
「この街には、ノルニルの……窓口と言うか何と言うか、とにかくそういう所があるんです」
「窓口……」
 こいつ等はノルニル。なら、ソレと繋がる窓口ってのは――……。
「じゃ、また会いましょうね」
「いや、2度と遭いたくないし」
 エリンは俺の拒絶をまったく気にせず、
「では、御機嫌よう。『神はサイコロを振らずGod does not play dice』――全ては、神々ノルニルの意のままに」
 嫌な言葉を言い残し、歩いて行った。



「あれ? 匠哉、今の人は誰――って言うか、何?」
 ちょうどよく、マナがやって来る。
 ……『何』って言う辺り、只者じゃないのは一見で理解したようだ。
「正直、俺もよく分からないんだが。そうだな、一言で言うならば――」
 どこからか湧いて来た単語を、俺は機械的に口にした。
「――仇敵」






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