――この日。 「のだ〜……」 世界は、滅亡の危機に瀕する。 覚悟せよ人類。アレは、貴様等の手に負えるような相手ではないのだ! 「皆殺しなのだ〜!」 例え人類の全ての兵力を集結させようと、最も旧き海神を止める事など出来るはずがないッ!!
星丘高校、昼休み。 俺は自分のバックから、弁当箱を取り出す。 真は、購買に向かって歩いて行った。まぁ、どうでもいい。 ……前回、この学校は崩壊したような気がしなくもないが……俺達は、いつもと同じ学校生活を送っている。 星丘高校は、教室が爆破されても、窓ガラスが残らず粉砕されても、学校そのものが瓦礫の山になっても、次の日には何事もなかったかのように元通り。そんな、デ○デ城のような建築物なのである。 電気・水道・ガスの三大ライフラインもばっちり。 ……何故だ。周囲の民家は、まったく復旧していないのに。 「いや、よそう。あまり考えるのはよくない」 世の中、謎は謎のままにしておいた方がよい事だってあるのだ。 と、俺が弁当箱の蓋を開けようとした時。 「のだ〜」 どこからか、聞き覚えのある声が。 「……いや、幻聴だ」 そう、幻聴。幻聴に決まってる。はは、俺も疲れてるなぁ。 「匠哉、今の声ってしぃじゃない?」 マナが、俺にそんな事を言う。 ……おや。同じ幻聴を、複数の者が同時に聞くとは。珍しい事もあるものだ。 「ま、そんな訳ないか。しぃが学校に来る訳ないし」 マナは勝手に完結した。ってか、お前が言うな。第一話読んでみろ。 ――だが、突然。 「ぎゃああああああああああッッ!!!?」 前の方の席の佐藤君(仮名)が、この世のモノとは思えぬ悲鳴を上げた。 ……彼は、美術クラブのエースだったりするのだが。 「あ、あはははは……吐き気をもよおす邪悪なる不定形の塊が……ッ!」 佐藤君(仮名)は机の上に、見る者を戦慄させるような絵を描き始めた。 …………。 「……匠哉」 マナが、俺を見る。 「言うな。絶対に言うな。あの声は幻聴だ。幻聴なんだ」 しかし。 「ふふふ、ふははは……私、今なら時だって越えられるわ……そして、既知のいかなるモノとも違う冒涜的で抽象的な図形が導くままに、星々の七色に棲む退化した種族に会いに行くのよ……!!」 音楽クラブのエースである宮山さん(仮名)が、訳の分からない事をブツブツ呟きながら教室から出て行く。 「……ねえ。感受性豊かな人達が、どんどんおかしくなってるんだけど」 「…………」 ダメだ。これ以上の現実逃避は危険だ。 「……行って来る」 「うん、行ってらっしゃい」 俺は死地に赴く覚悟で、声のする廊下に向かう。 1度だけ振り返ると、貧乏神は楽しそうに手を振っていた。 ……級長の姿はない。クラスメイト(特に俺)を見捨てて、自分だけ逃げやがったな。 廊下は、地獄の如き有様だった。 そりゃそうだ。人がたくさん集まる所に、あんな発狂的存在が放り込まれれば、大変な事になるに決まっている。 そこら辺から、狂ったような笑い声。 その阿鼻叫喚の中を進んで来る、何か怒ってるっぽい邪神様。 「匠哉ぁ〜!」 しぃは目尻に涙を溜めながら、俺を睨む。 ……クッ、凄まじいブレッシャーだ……! マナ曰く、俺は鈍感だからしぃと一緒に暮らしても狂ったりしないらしい。 だがその俺でも、今のしぃには魂を打ち砕かれそうだ。 「……ど、どうしたんだ?」 俺は平和的に解決しようと、交渉に入る。 しぃは、それに対して、 「匠哉、今日のお昼ごはんはどうしたのだ〜ッ!?」 と、絶叫した。 「……はい?」 日中は俺が家にいないので、しぃの昼食は朝に作ったものを家に置いていってる。 ……今日も、いつも通りそうしたはずなのだが。 「いや、台所に――」 「なかったのだ〜!!」 「ええ!? んなアホなッ!?」 まさか―― 「あ、私は食べてないよー」 質問を先読みしたマナの声が、教室の中から聞こえた。 じゃあ、どうして……!? 「うぅ、う〜! この怒りは、人類を滅ぼしたりしないと治まらないのだ〜ッ!!」 何ィ!? 我が家のトラブルが、人類全体に飛び火しようとしてる!? ――と、そこへ。 「先輩、何事ですか!?」 緋姫ちゃんが、走って来た。 隣には瀬利花の姿。連れて来られたらしい。 「貴方は――!」 「う、お前は……」 2人が、しぃの姿を捉える。 「ふ、ふふふ……ようやくチャンスが巡って来ました! あの時の借りを、ここで――」 しかし。 「『狂気光線』なのだ――ッ!」 ちゅどーん!!!! 「ひゃあああッ!!?」 ……しぃが眼からビームを発射し、緋姫ちゃんを吹き飛ばした。 緋姫ちゃんは窓ガラスを突き破り、外に消える。 「なっ、よくも緋姫をッ!!」 続いて、瀬利花が突撃。 勿論―― ちゅどーん!!!! 「のわぁぁあああッ!!!?」 ビームの直撃を受け、吹っ飛んでいった。 「…………」 ……さて、どうしよう? 「匠哉、覚悟〜!」 「――ッ!?」 しぃが、俺に向かってビーム。 くっ、これで俺もアウトか……! しかし―― 「――のだッ!!?」 ビームは俺に当たって跳ね返り、逆にしぃを襲った。 ……えっと、何事? 「匠哉の言霊は『月』だからね。眼を使った攻撃は反射するんだよ、きっと」 「――マナ」 貧乏神がズンズンと、教室から現れる。 ……そう言えば、前回そんな話があったような、なかったような。 「でも、第六話では普通に喰らってるが?」 「匠哉もレヴェル・アップしてるんだろうねぇ。忌々しい事だけど」 マナは、しぃに向かって行く。 「ふっ、やっぱり私が何とかするしかないようだね。満を持して、真打登場――」 「のだ〜ッ!!!!」 「――ぶっっ!!!?」 ……ビームを喰らって遠くへ吹っ飛んで行く、真打とやら。 さすがのバリアーも、しぃの攻撃は止められなかったようだ。神格に差があり過ぎるのだろう。 俺は貧乏神がお星様になるのを見送ると、眼前の旧支配者と向き合った。 「あー、しぃ? お詫びに、今日の夕飯はお前のリクエストを聞くが?」 「……のだ?」 おお、効果があるようだ。食に反応するとは、さすがはグルメ妖神。 「じゃあ、満漢全席――」 「無理」 即答。 ……どいつもこいつも、同じ事言うな。 「のだ〜、のだ〜!」 ビームを乱射するしぃ。 ……何か、もう交渉すら出来なさそうだ。フルムーン・ナイト。 『ふふふ、私の出番のようだね』 突然、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。 うわぁ……とても嫌な予感。 『ある時は、汚濁図書室の美人シスター!』 ……美人? 『またある時は、異端審問部のショタ神父!』 …………。 『そしてまたある時は、天才イカモノ料理人!』 上下左右前後――どれとも違う狂った『角度』から、ヌッと人影が現れる。 「しかして、その正体は! 貴方の人生に喜悦と絶望をプレゼントする、皆のアイドル――這い寄る混沌ッ!」 マスケラは、その手に持ったフライパンをしぃへと向けた。 「ルルイエの王を満足させる料理は、この私が――」 「止めろマスケラ。誰も付いて来れてない」 「……つまらないなぁ」 フライパンが、忽然と消える。 「……で、何しに来たんだよ?」 「何やら面白――大変な事になっているようだから、助けに来てあげたのさ」 ははっ、信用ならねー。 「……まぁ、いいや。じゃあ何とかしてみろ」 「ふふっ、任せておきなよ」 マスケラは自信満々で、言う。 「しぃを止めるなら、彼女と同程度かそれ以上の力が必要だ。だから、八十禍津日の本体を復活させて――」 「もっと穏便な方法で! そんな怪獣大決戦みたいな状況にしてたまるかッ!!!」 「……えー?」 こいつ、ホントに遊びに来ただけだな。 「ふぅ、なら仕方ないね。穏便に、話し合いで解決しようか」 最初っからそうしろ。 「ふふふ……外なる神の一柱である私に、旧支配者如きが逆らえるはずもない」 マスケラはまたしても自信満々で、しぃに近付いて行く。 しぃは、彼女の姿を視界に収めると。 「……誰なのだ?」 と、一言。 「…………」 マスケラはしばらく硬直した後、くるりとUターンして戻って来る。 「匠哉。突然だが、私は旅に出ようと思う」 「……何だ、意外とガラスのハートだな、お前」 しぃに知られていなかったのは、そんなにショックだったらしい。 「旅って、どこに行くつもりだ?」 「土星とか。あの星の奇妙な種族や神々を、嘲笑ったりしてみる」 無茶苦茶迷惑な話だ。 と言うか近い。せめて太陽系から出ろ。 「ほら、行くな。しぃを何とかするんだろ」 卵形の壁板を開いて、旅立とうとしているマスケラ。俺は奴の頭を掴んで止める。 「止めないでくれ匠哉。私はもう――」 「どうしても行くんだったら、この場で『未知なるカダスを夢に求めて』のラストを大声で暗唱するぞ」 「…………」 あ、止めた。そんなに嫌なのか、アレは。 「……はぁ。頑張るしかないか」 マスケラは、暴れているしぃを見る。 「やるよ、匠哉。邪神打倒作戦、星丘計画――開始だ」 「わぁ、嫌なネーミング」 アーカム計画から取ったんだろうが、アレは失敗するのではなかったか。他ならぬ這い寄る混沌のせいで。 「と言う事で、行くんだ匠哉ッ!」 「――俺かい!!?」 結局、こいつは何もしない気か!? 「ったく……」 俺は1度教室に戻り、あるものを取って来た。 「しぃ、これを見ろ!」 しぃの注意を引き付けるように、叫ぶ。 「――のだ!? そ、それは!?」 俺の手にあるのは――俺の弁当。 食のトラブルは、食で解決するのが道理だろう。 「大人しくするなら、こいつをお前にやるぞ〜?」 「の、のだ……」 心揺らいでいるようだ。 「うぅ……1食の欠乏を、1食で補っても――……!」 ふふ、そう言うだろうと思った。 「今なら、こっちの弁当も付けよう」 「のだ――!!?」 俺が取り出したのは、マナの弁当。 「どうだしぃ、2食分だぞ? これでもダメか?」 「の、のだ〜……」 しぃは、しばらく迷った後に―― 2つの弁当箱を持って、帰って行くしぃ。 俺とマスケラは、それを見送る。 「邪神を餌付けしてるね、匠哉」 「うっさい黙れ。餌付けとか言うな」 マスケラは、 「さながら、可愛い妹か娘といった所かな?」 ニヤニヤとしながら、そう言った。 「あのな。何で、この歳で父親にならねばならんのだ」 「じゃあ妹か。義妹というヤツだね――フフフ、危険だなぁ」 「…………」 こいつ、凄まじいアホだ。 「……そりゃあ、しぃは娘より妹の方がしっくり来るだろうけど」 「しかし君は、真の妹を理解しているのか? 君の知り合いに、妹属性はいるのかな?」 「属性って、お前……」 だが、考えてみると。 緋姫ちゃんは、妹どころか肉親全てと縁がないだろう。俺も似たようなものだ。 瀬利花は……大きな家だから、妹の1人や2人くらいはいるかも知れないな。まぁ、俺が知らない事に変わりはないが。 他もそんな感じだな。いるかも知れないが、俺は知らない。 「バイト先の美香さんは……いないか。この前、『兄弟姉妹がいたら、私の代わりに働かせるのにー』とか言ってたし」 ……ダメ人間の言葉だなぁ。 「ほら、やはり君は妹を知らない――あるいは忘却している。なのに、しぃを妹などとは……片腹痛いよ」 「うん、言わせたのはお前だけどな?」 ハハハ、そろそろキレてもいいかなぁ。 「つーか、最後まで役立たずだったなお前! 帰れ! ローマだろうがカダスだろうが、好きな世界に帰れッ!!」 「ふふ、役立たずだったのは謝罪しよう。お詫びに私のコレクションの1冊を、プレゼントとして君の家に送っておくよ」 「……プレゼント?」 「そうだな――『黄衣の王』にしよう」 「なっ、止めろ! 読んだら死ぬような本を送って来るな!!」 「フフフフフ……」 嫌がらせだ。酷い嫌がらせだ。 「……でも、何でしぃの昼食が消えたんだ?」 俺の疑問にマスケラは笑い、 「そんなの、私が食べたからに決まってるじゃないか」 と、ほざきやがった。 「おや、あまり驚いてないね?」 「……お前が嬉々として出て来た時点で、そんな事だろうとは思っていたからな」 いつの世も、黒幕は這い寄る混沌だと相場は決まっているのである。 ――その時。 「マスケラぁ!?」 ボロボロになったマナが、戻って来た。 「やぁ、マナ。しぃならもう帰ったよ。この私の活躍によってね」 「真顔でウソを言うな」 ホントこいつ最悪。 「ここで会ったが百年目だよ! 貴方には、色々と恨みがあるからね……八十禍津日のアホに草薙剣を渡した事とかッ!」 ってオイ、大昔に国民を殺された事よりもそっちなのか。 「何を言う。折れた草薙剣をさり気なく回収し、金屋子神に直してもらおうとしているのはどこの誰かな?」 「う……ッ!!?」 ……何やってんだ貧乏神。 どいつもこいつも……神族にまともな奴はいないのだろうか。 「くっ、問答無用だよ!」 マナは、マスケラに向かって雷を放った。 マスケラはそれを、ヒラリと躱す。 そして、 「ははは、さらばだ明智君!」 窓ガラスを破り、怪神千面相は去って行った。 「……何だったんだ、一体」 割られたガラスから下を見下ろしても、マスケラの姿はない。 「……匠哉、しぃは?」 ぜーぜーと荒い呼吸で、マナは俺に問う。ここまで、走って帰って来たんだろうか。 「さっきマスケラが言った通り、帰ったぞ。勿論、あいつの活躍なんぞカケラもなかったけどな」 生徒の混乱も、次第に治まりつつあるようだ。 「それならいいけど。そう言えば私、ごはんを食べようとしてたんだよね」 ……あ。 マナが教室に入る。それと同時に、ダッシュで逃げ出す俺。 少しの後に、 「匠哉ぁぁぁッッ!!!!」 貧乏神の怒号が聞こえたが、多分俺は悪くない。恨むのなら、あのブラック・シスターを恨め。 こうして星丘高校再建後の第一の事件は、終わりを告げたのだった。そういう事にしとけ。 ――後日談。 ローマから、黄色い表紙の本が送られて来た。 ……マジでどうしよう。
|