――この日。
「のだ〜……」
 世界は、滅亡の危機に瀕する。
 覚悟せよ人類。アレは、貴様等の手に負えるような相手ではないのだ!
「皆殺しなのだ〜!」
 例え人類の全ての兵力を集結させようと、最も旧き海神を止める事など出来るはずがないッ!!


ビンボール・ハウス20
〜星丘計画〜

大根メロン


 星丘高校、昼休み。
 俺は自分のバックから、弁当箱を取り出す。
 真は、購買に向かって歩いて行った。まぁ、どうでもいい。
 ……前回、この学校は崩壊したような気がしなくもないが……俺達は、いつもと同じ学校生活を送っている。
 星丘高校は、教室が爆破されても、窓ガラスが残らず粉砕されても、学校そのものが瓦礫の山になっても、次の日には何事もなかったかのように元通り。そんな、デ○デ城のような建築物なのである。
 電気・水道・ガスの三大ライフラインもばっちり。
 ……何故だ。周囲の民家は、まったく復旧していないのに。
「いや、よそう。あまり考えるのはよくない」
 世の中、謎は謎のままにしておいた方がよい事だってあるのだ。
 と、俺が弁当箱の蓋を開けようとした時。
「のだ〜」
 どこからか、聞き覚えのある声が。
「……いや、幻聴だ」
 そう、幻聴。幻聴に決まってる。はは、俺も疲れてるなぁ。
「匠哉、今の声ってしぃじゃない?」
 マナが、俺にそんな事を言う。
 ……おや。同じ幻聴を、複数の者が同時に聞くとは。珍しい事もあるものだ。
「ま、そんな訳ないか。しぃが学校に来る訳ないし」
 マナは勝手に完結した。ってか、お前が言うな。第一話読んでみろ。
 ――だが、突然。
「ぎゃああああああああああッッ!!!?」
 前の方の席の佐藤君(仮名)が、この世のモノとは思えぬ悲鳴を上げた。
 ……彼は、美術クラブのエースだったりするのだが。
「あ、あはははは……吐き気をもよおす邪悪なる不定形の塊が……ッ!」
 佐藤君(仮名)は机の上に、見る者を戦慄させるような絵を描き始めた。
 …………。
「……匠哉」
 マナが、俺を見る。
「言うな。絶対に言うな。あの声は幻聴だ。幻聴なんだ」
 しかし。
「ふふふ、ふははは……私、今なら時だって越えられるわ……そして、既知のいかなるモノとも違う冒涜的で抽象的な図形が導くままに、星々の七色に棲む退化した種族に会いに行くのよ……!!」
 音楽クラブのエースである宮山さん(仮名)が、訳の分からない事をブツブツ呟きながら教室から出て行く。
「……ねえ。感受性豊かな人達が、どんどんおかしくなってるんだけど」
「…………」
 ダメだ。これ以上の現実逃避は危険だ。
「……行って来る」
「うん、行ってらっしゃい」
 俺は死地に赴く覚悟で、声のする廊下に向かう。
 1度だけ振り返ると、貧乏神は楽しそうに手を振っていた。
 ……級長の姿はない。クラスメイト(特に俺)を見捨てて、自分だけ逃げやがったな。



 廊下は、地獄の如き有様だった。
 そりゃそうだ。人がたくさん集まる所に、あんな発狂的存在が放り込まれれば、大変な事になるに決まっている。
 そこら辺から、狂ったような笑い声。
 その阿鼻叫喚の中を進んで来る、何か怒ってるっぽい邪神様。
「匠哉ぁ〜!」
 しぃは目尻に涙を溜めながら、俺を睨む。
 ……クッ、凄まじいブレッシャーだ……!
 マナ曰く、俺は鈍感だからしぃと一緒に暮らしても狂ったりしないらしい。
 だがその俺でも、今のしぃには魂を打ち砕かれそうだ。
「……ど、どうしたんだ?」
 俺は平和的に解決しようと、交渉に入る。
 しぃは、それに対して、
「匠哉、今日のお昼ごはんはどうしたのだ〜ッ!?」
 と、絶叫した。
「……はい?」
 日中は俺が家にいないので、しぃの昼食は朝に作ったものを家に置いていってる。
 ……今日も、いつも通りそうしたはずなのだが。
「いや、台所に――」
「なかったのだ〜!!」
「ええ!? んなアホなッ!?」
 まさか――
「あ、私は食べてないよー」
 質問を先読みしたマナの声が、教室の中から聞こえた。
 じゃあ、どうして……!?
「うぅ、う〜! この怒りは、人類を滅ぼしたりしないと治まらないのだ〜ッ!!」
 何ィ!? 我が家のトラブルが、人類全体に飛び火しようとしてる!?
 ――と、そこへ。
「先輩、何事ですか!?」
 緋姫ちゃんが、走って来た。
 隣には瀬利花の姿。連れて来られたらしい。
「貴方は――!」
「う、お前は……」
 2人が、しぃの姿を捉える。
「ふ、ふふふ……ようやくチャンスが巡って来ました! あの時の借りを、ここで――」
 しかし。
「『狂気光線』なのだ――ッ!」

 ちゅどーん!!!!

「ひゃあああッ!!?」
 ……しぃが眼からビームを発射し、緋姫ちゃんを吹き飛ばした。
 緋姫ちゃんは窓ガラスを突き破り、外に消える。
「なっ、よくも緋姫をッ!!」
 続いて、瀬利花が突撃。
 勿論――

 ちゅどーん!!!!

「のわぁぁあああッ!!!?」
 ビームの直撃を受け、吹っ飛んでいった。
「…………」
 ……さて、どうしよう?
「匠哉、覚悟〜!」
「――ッ!?」
 しぃが、俺に向かってビーム。
 くっ、これで俺もアウトか……!
 しかし――
「――のだッ!!?」
 ビームは俺に当たって跳ね返り、逆にしぃを襲った。
 ……えっと、何事?
「匠哉の言霊は『月』だからね。眼を使った攻撃は反射するんだよ、きっと」
「――マナ」
 貧乏神がズンズンと、教室から現れる。
 ……そう言えば、前回そんな話があったような、なかったような。
「でも、第六話では普通に喰らってるが?」
「匠哉もレヴェル・アップしてるんだろうねぇ。忌々しい事だけど」
 マナは、しぃに向かって行く。
「ふっ、やっぱり私が何とかするしかないようだね。満を持して、真打登場――」
「のだ〜ッ!!!!」
「――ぶっっ!!!?」
 ……ビームを喰らって遠くへ吹っ飛んで行く、真打とやら。
 さすがのバリアーも、しぃの攻撃は止められなかったようだ。神格に差があり過ぎるのだろう。
 俺は貧乏神がお星様になるのを見送ると、眼前の旧支配者と向き合った。
「あー、しぃ? お詫びに、今日の夕飯はお前のリクエストを聞くが?」
「……のだ?」
 おお、効果があるようだ。食に反応するとは、さすがはグルメ妖神。
「じゃあ、満漢全席――」
「無理」
 即答。
 ……どいつもこいつも、同じ事言うな。
「のだ〜、のだ〜!」
 ビームを乱射するしぃ。
 ……何か、もう交渉すら出来なさそうだ。フルムーン・ナイト。
『ふふふ、私の出番のようだね』
 突然、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
 うわぁ……とても嫌な予感。
『ある時は、汚濁図書室の美人シスター!』
 ……美人?
『またある時は、異端審問部のショタ神父!』
 …………。
『そしてまたある時は、天才イカモノ料理人!』
 上下左右前後――どれとも違う狂った『角度』から、ヌッと人影が現れる。
「しかして、その正体は! 貴方の人生に喜悦と絶望をプレゼントする、皆のアイドル――這い寄る混沌ッ!」
 マスケラは、その手に持ったフライパンをしぃへと向けた。
「ルルイエの王を満足させる料理グルメは、この私が――」
「止めろマスケラ。誰も付いて来れてない」
「……つまらないなぁ」
 フライパンが、忽然と消える。
「……で、何しに来たんだよ?」
「何やら面白――大変な事になっているようだから、助けに来てあげたのさ」
 ははっ、信用ならねー。
「……まぁ、いいや。じゃあ何とかしてみろ」
「ふふっ、任せておきなよ」
 マスケラは自信満々で、言う。
「しぃを止めるなら、彼女と同程度かそれ以上の力が必要だ。だから、八十禍津日の本体を復活させて――」
「もっと穏便な方法で! そんな怪獣大決戦みたいな状況にしてたまるかッ!!!」
「……えー?」
 こいつ、ホントに遊びに来ただけだな。
「ふぅ、なら仕方ないね。穏便に、話し合いで解決しようか」
 最初っからそうしろ。
「ふふふ……外なる神の一柱である私に、旧支配者如きが逆らえるはずもない」
 マスケラはまたしても自信満々で、しぃに近付いて行く。
 しぃは、彼女の姿を視界に収めると。
「……誰なのだ?」
 と、一言。
「…………」
 マスケラはしばらく硬直した後、くるりとUターンして戻って来る。
「匠哉。突然だが、私は旅に出ようと思う」
「……何だ、意外とガラスのハートだな、お前」
 しぃに知られていなかったのは、そんなにショックだったらしい。
「旅って、どこに行くつもりだ?」
土星サイクラノーシュとか。あの星の奇妙な種族や神々を、嘲笑ったりしてみる」
 無茶苦茶迷惑な話だ。
 と言うか近い。せめて太陽系から出ろ。
「ほら、行くな。しぃを何とかするんだろ」
 卵形の壁板を開いて、旅立とうとしているマスケラ。俺は奴の頭を掴んで止める。
「止めないでくれ匠哉。私はもう――」
「どうしても行くんだったら、この場で『未知なるカダスを夢に求めて』のラストを大声で暗唱するぞ」
「…………」
 あ、止めた。そんなに嫌なのか、アレは。
「……はぁ。頑張るしかないか」
 マスケラは、暴れているしぃを見る。
「やるよ、匠哉。邪神打倒作戦、星丘計画――開始だ」
「わぁ、嫌なネーミング」
 アーカム計画から取ったんだろうが、アレは失敗するのではなかったか。他ならぬ這い寄る混沌のせいで。
「と言う事で、行くんだ匠哉ッ!」
「――俺かい!!?」
 結局、こいつは何もしない気か!?
「ったく……」
 俺は1度教室に戻り、あるものを取って来た。
「しぃ、これを見ろ!」
 しぃの注意を引き付けるように、叫ぶ。
「――のだ!? そ、それは!?」
 俺の手にあるのは――俺の弁当。
 食のトラブルは、食で解決するのが道理だろう。
「大人しくするなら、こいつをお前にやるぞ〜?」
「の、のだ……」
 心揺らいでいるようだ。
「うぅ……1食の欠乏を、1食で補っても――……!」
 ふふ、そう言うだろうと思った。
「今なら、こっちの弁当も付けよう」
「のだ――!!?」
 俺が取り出したのは、マナの弁当。
「どうだしぃ、2食分だぞ? これでもダメか?」
「の、のだ〜……」
 しぃは、しばらく迷った後に――



 2つの弁当箱を持って、帰って行くしぃ。
 俺とマスケラは、それを見送る。
「邪神を餌付けしてるね、匠哉」
「うっさい黙れ。餌付けとか言うな」
 マスケラは、
「さながら、可愛い妹か娘といった所かな?」
 ニヤニヤとしながら、そう言った。
「あのな。何で、この歳で父親にならねばならんのだ」
「じゃあ妹か。義妹というヤツだね――フフフ、危険だなぁ」
「…………」
 こいつ、凄まじいアホだ。
「……そりゃあ、しぃは娘より妹の方がしっくり来るだろうけど」
「しかし君は、真の妹を理解しているのか? 君の知り合いに、妹属性はいるのかな?」
「属性って、お前……」
 だが、考えてみると。
 緋姫ちゃんは、妹どころか肉親全てと縁がないだろう。俺も似たようなものだ。
 瀬利花は……大きな家だから、妹の1人や2人くらいはいるかも知れないな。まぁ、俺が知らない事に変わりはないが。
 他もそんな感じだな。いるかも知れないが、俺は知らない。
バイト先ノルンの美香さんは……いないか。この前、『兄弟姉妹がいたら、私の代わりに働かせるのにー』とか言ってたし」
 ……ダメ人間の言葉だなぁ。
「ほら、やはり君は妹を知らない――あるいは忘却している。なのに、しぃを妹などとは……片腹痛いよ」
「うん、言わせたのはお前だけどな?」
 ハハハ、そろそろキレてもいいかなぁ。
「つーか、最後まで役立たずだったなお前! 帰れ! ローマだろうがカダスだろうが、好きな世界に帰れッ!!」
「ふふ、役立たずだったのは謝罪しよう。お詫びに私のコレクションの1冊を、プレゼントとして君の家に送っておくよ」
「……プレゼント?」
「そうだな――『黄衣の王』にしよう」
「なっ、止めろ! 読んだら死ぬような本を送って来るな!!」
「フフフフフ……」
 嫌がらせだ。酷い嫌がらせだ。
「……でも、何でしぃの昼食が消えたんだ?」
 俺の疑問にマスケラは笑い、
「そんなの、私が食べたからに決まってるじゃないか」
 と、ほざきやがった。
「おや、あまり驚いてないね?」
「……お前が嬉々として出て来た時点で、そんな事だろうとは思っていたからな」
 いつの世も、黒幕は這い寄る混沌だと相場は決まっているのである。
 ――その時。
「マスケラぁ!?」
 ボロボロになったマナが、戻って来た。
「やぁ、マナ。しぃならもう帰ったよ。この私の活躍によってね」
「真顔でウソを言うな」
 ホントこいつ最悪。
「ここで会ったが百年目だよ! 貴方には、色々と恨みがあるからね……八十禍津日のアホに草薙剣を渡した事とかッ!」
 ってオイ、大昔に国民を殺された事よりもそっちなのか。
「何を言う。折れた草薙剣をさり気なく回収し、金屋子神かなやこのかみに直してもらおうとしているのはどこの誰かな?」
「う……ッ!!?」
 ……何やってんだ貧乏神。
 どいつもこいつも……神族にまともな奴はいないのだろうか。
「くっ、問答無用だよ!」
 マナは、マスケラに向かって雷を放った。
 マスケラはそれを、ヒラリと躱す。
 そして、
「ははは、さらばだ明智君!」
 窓ガラスを破り、怪神千面相は去って行った。
「……何だったんだ、一体」
 割られたガラスから下を見下ろしても、マスケラの姿はない。
「……匠哉、しぃは?」
 ぜーぜーと荒い呼吸で、マナは俺に問う。ここまで、走って帰って来たんだろうか。
「さっきマスケラが言った通り、帰ったぞ。勿論、あいつの活躍なんぞカケラもなかったけどな」
 生徒の混乱も、次第に治まりつつあるようだ。
「それならいいけど。そう言えば私、ごはんを食べようとしてたんだよね」
 ……あ。
 マナが教室に入る。それと同時に、ダッシュで逃げ出す俺。
 少しの後に、
「匠哉ぁぁぁッッ!!!!」
 貧乏神の怒号が聞こえたが、多分俺は悪くない。恨むのなら、あのブラック・シスターを恨め。
 こうして星丘高校再建後の第一の事件は、終わりを告げたのだった。そういう事にしとけ。






 ――後日談。
 ローマから、黄色い表紙の本が送られて来た。
 ……マジでどうしよう。






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