――ある日の星丘高校。 「待てこの貧乏人がぁぁぁぁぁ!」 「待てと言われて待つと思うかアホォォォォォッ!!」 ……これだけで、読者に全ての状況を説明出来るのってある意味凄いよな……とか思いながら、俺は瀬利花から必死で逃げる。 「これまで重ねた緋姫へのセクハラ行為、許せるものではない! この霧神瀬利花が、御仏に代わって成敗してくれるッ!」 「いきなり読者に間違った情報を与えるな! 俺がいつどこで緋姫ちゃんにセクハラをしたというんだ!?」 「貴様の存在自体がセクハラだ!」 「畜生、完璧に予想通りの答え……!」 瀬利花は、木刀を構えてニヤリと笑う。 「ふふ……我が新木刀の錆にしてくれる!」 「――新木刀!? って、試し斬りか俺はっ!!?」 「元はと言えば、木刀がなくなったのは匠哉――お前ではないが、とにかく匠哉――のせいだ! よって、半分くらいはお前が悪いッ!!」 「何言ってるのかさっぱり分からねえ!」 その新木刀からは、妖気みたいなのが出てる。何だアレは? 「殺るぞ、『咒怨桜』! たぁぁっぷりと血を吸った樹木子から、一流の仏師によって彫り上げられたお前の力――見せてやれッ!!」 「テメェ、仮にも退魔師のくせに木の妖怪から武器を作るな!! あと、その仏師の人に土下座して謝れッ!!」 まさか、木刀を彫るだなんて夢にも思わなかっただろう。しかも、変な吸血木から。 ……ごめんない。あのバカが迷惑かけました。ホントごめんなさい。 「ふっ飛べぇぇ!!」 「――ッ!?」 瀬利花は、木刀を振り被り―― 「――ってのわぁ!?」 そのまま、すっ転んだ。 「……は?」 えっと、何が起こったんだ? 「いい加減にしてください」 倒れた瀬利花を見下ろしているのは――級長。 どうやら、彼女が瀬利花の足を引っかけたらしい。 「……なっ、要芽!? お前、私の邪魔をする気か!?」 瀬利花はぴょんと起き上がり、級長と対峙する。 「当たり前でしょう。そんな木刀で斬ったら、いくら匠哉でも死にますよ」 「ハッ、笑わせるな。これくらいで死ぬなら、そいつはとっくの昔に川を渡っている」 ……一瞬だけ、瀬利花の言葉に納得してしまった。俺って一体。 「大体、毎回毎回飽きもせず匠哉を追い回して……好きな子を苛める小学生じゃあるまいし」 「……ほほう? 私がその人間スクラップを好きだと? なかなか面白い事を言うな」 「私は、1つの例えとして言っただけなんですけど」 「…………」 「…………」 睨み合う2人。何だ、この冷たい空気は? 「修羅場だねぇ」 「どこから湧いて来た、貧乏神」 「そんな事より、どうするの? この場を抜けるには、それこそ帝釈天でもないと無理だと思うけど」 「ならお前がどうにかするんだ。記紀の禍神のプライドにかけて、仏教の武神に匹敵する働きをしてみせろ」 「面倒くさいから嫌だよ」 「…………」 ……こいつ、本当に何しに現れたんだ。 「ま、諦めるのが1番なのさ。どうせ、匠哉にとってはいつもの事なのさ」 「どこから湧いて来た、小妖精」 「要芽がいるんだからオイラがいるのは当然なのさ」 ま、そりゃそうだな……それより、級長が敵を引き付けてくれている間に、ここから避難しなくては。 俺は、そろりそろりと歩き出す―― 「あ、瀬利花。匠哉がさり気なく逃げようとしてるよ」 ――って貧乏神ぃぃぃぃぃぃッッ!!!? 「な……逃がすか!」 当たり前だが、瀬利花が俺の動向に気付く。 マナ……テメェは何を考えてやがるッ! 「護法――」 瀬利花は軽々と級長を抜き去り、俺の進路を塞ぐと、 「――前鬼、後鬼!」 護法夫婦鬼を、放った。 「く……ッ!」 どうする? ここは退くべきか? いや、それでは同じ事の繰り返しだ。一か八か――突っ込む! 眼前には前鬼と後鬼。そして、瀬利花。 この三者による壁を突破すれば、俺の勝ちだ! 多分ッ!! 「――!?」 俺のこの行動は予想外だったらしく、瀬利花は反応が鈍った。 それは、護法童子達にも影響する。前鬼が振った大斧には――僅かに、キレがなかった。 俺は姿勢を低くし、斬撃の下を潜り抜ける。 ……どうでもいいが、まともに喰らったら人間なんぞ真っ二つだな。 「く……通らせはせんッ!」 今度は、瀬利花自身が突っ込んで来る。 「あっ、あんな所に迷子の子猫が!」 「――何ィ!!?」 ……簡単な奴だ。 「隙あり――ッ!」 「――ぐは!!?」 俺は瀬利花の側頭部に、ハイキックを叩き込んだ。2人目突破。 よし、いける……! 「――行かせません」 最後に、後鬼が立ち塞がった。 だが、ここはどうやってでも進むしかない。何故なら、後ろには前鬼と瀬利花がいるのだ。退く事は出来ない。 幸いにも後鬼は小柄だ。体当たりでもすれば、吹っ飛ばせるはずッ!! ……が。 「何……!?」 さすがは人外。俺の体当たりを喰らっても、その場に踏み止まっていた。 しかし、やはり童子形では無理があるのだろう。ゆっくりと、後ろに倒れる。 勢いを殺された俺も、慣性という物理法則に従い、その場に倒れてしまった。 「不潔です」 「……待てい」 まぁつまり、俺が後鬼を押し倒したような状態になる訳で。 「おお、匠哉がついに人外ロリ人妻にまで手を出したぁー!」 「――出すかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」 マナの声に、全力を込めてツッコむ。 というか、その『ついに』とか『にまで』っていうのは何だッ!!? 「……そうか。そこまで堕ちていたか、月見匠哉」 いや、瀬利花。今のはどう見ても事故だろ? と言うか、元々はお前が原因だろ? 「匠哉……貴方、そんなに私に殺されたいの?」 あれ、級長? お前は俺の味方じゃなかったのか……? 「――死ね、仏敵」 とうとう仏敵呼ばわりか。 瀬利花の木刀が一閃。俺は何とか躱したが、後鬼はまともに喰らって弾き飛ばされていた。 「……ああ、我が妻は己の役目に殉じたのですね……」 騙されるな前鬼! あれはどう見ても、とばっちりを受けただけだ! 「――逃がさないわよ」 人間離れしたスピードで級長が迫る。そう言えば、変身しなくてもある程度は力を引き出せるんだっけ。 だが―― 「――遅い!」 韋駄天脚に、追い着けるほどではない。 俺は級長の攻撃から逃れると、開いていた窓から飛び降りた。 「……は?」 皆が、眼を丸くする。 フッ、こんな事もあろうかと。 「とりゃあ!」 俺は地面に敷かれていた分厚い――と言うより、巨大なマットの上に着地した。 文化祭等のイヴェントで行われる、紐なしバンジィジャンプ大会で使われるものである。 「サンキュ、真! 助かった!!」 「ぐー……」 俺はマットを用意しておいてくれた親友に礼を言うと、校門に向かって走り出した。 次の瞬間には木刀の斬撃が降って来て、真がマットごと吹っ飛んで行く。 そして、瀬利花と級長が普通に着地。別に、もうそれくらいじゃ驚かないけどな。 とにかく、俺は意地でもあいつ等から逃げ切る……! 「匠哉って、私のお父さんに似てるよねぇ」 ……何故か貧乏神の声が聞こえたが、きっと幻聴だろう。 俺は人々の間を縫うようにして、街中を走る。 後ろからは2人が追って来ているが、その距離は縮まない。人を避けるために、彼女達は僅かにスピードを落としているのだ。 だが、こちらは少しのスピードダウンもない。俺は元々、こういう場での逃走が得意なのだ。借金取りに追われるのは、街中が多いんだし。 ……しかし、この鬼ゴッコが校外で展開されるのは初めてだな。 「クッ……月見匠哉め、少しは考えたな……!」 背後から、瀬利花の悔しそうな声。フッ、勝った。 「……仕方ない。要芽、メイドに変身しろッ!」 ――って何ィ!? 「ちょ、何を言い出すのさ!?」 級長の頭に乗っかっているパックが、声を張り上げる。 「そ、そうです、メイドって何の事――」 「隠しても無駄だ。とにかく、さっさと変身しろ。魔法冥土には飛行能力があるのだから、追跡は容易になるはずだ」 「…………」 級長が、物陰に消えた。 それにしても……魔法冥土の飛行能力か。それは気付かなかった。ヤバいなぁ……。 「――行くわよ、匠哉」 変身した級長が現れる。彼女は障害となる無数の人を飛行によって越えると、俺に向かって突っ込んで来た。 「深き森の真夏の夜、妖精達は踊り歌う!」 ……って、オイ? 「スペシャル御奉仕! 『メイド・ハンマー』ッ!!」 「のわぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」 振り下ろされるハンマー。全力で避ける俺。 ……一瞬前まで俺がいた場所に、クレーターが穿たれる。 「殺す気か級長!? それに、こんな大衆の前で力を使ってもいいのか!? ゴグマゴグが出た訳でもないのにッ!!」 「そ、そうなのさ。カナメ、少し落ち着くのさ!」 だが、俺達の説得も空しく。 「――変態は死になさい」 級長は何の迷いもなく、第二撃を放ってきた。 ――さらに。 「信濃霧神流秘伝、第二十八番――『修羅掌撃』ッ!」 追い着いて来た瀬利花の斬撃が、同時に襲いかかる。 「にょわああああああああああッッ!!!?」 死ぬ、死ぬ! 本気で死ぬぅぅッ!! 俺は2人の攻撃を奇跡的な動きで躱しながら、ギリギリで逃げ続ける。 しかし、級長の変身により地の利はなくなった。 どうする、何か逆転の手は……!? 「……ん?」 俺は進む先に、どこかで見たような奴を見付けた。 あいつは……いや、まさか。 「――美榊迅徒!?」 俺の声に、相手も気付く。 「――? 貴方は確か、匠哉さんでしたか」 どうやら本当に、以前にイスラエル大使館で対峙した異端審問官――美榊迅徒らしい。 聖職衣――スータンとかカソックとかいう服――じゃなかったから分からなかった。今の迅徒は、普通の格好をしている。 そりゃ、あんな姿で出歩かれたら引くが……何と言うか、夢を壊された気分。 まぁ、とにかく。 「――助けてくれ!」 俺はすぐに、迅徒の背後に隠れた。 「……は!?」 迫る、打撃と斬撃。迅徒はすぐに折り紙を取り出すと、それを受け止めた。 「あの、どういう事です?」 「異端に追われてるんだ。1人は仏教系退魔師、もう1人は妖精魔法を使うメイド。なのでヘルプミー」 「……なるほど。状況は読めました」 うわ、何か呆れられた。 「な、貴方は……!?」 級長が驚く。無理もない、級長は大使館でこいつと闘ってるからな。 「お前は……美榊迅徒!!?」 瀬利花も、級長と同じような顔をしていた。 ……知り合いなのか? 「おや、久し振りですね瀬利花さん」 「…………」 瀬利花は何も答えず、木刀を構える。 「ふぅ、やれやれ。1年振りに会った元クラスメイトに挨拶もなしですか」 「……お前と交わす言葉などない。我々は敵同士だ」 「ですね。とは言え、懐かしいものです。色々と思い出しますね」 迅徒はフフフと笑うと、 「文化祭の時、私達のクラスはブルマ喫茶を――」 木刀の斬撃が飛ぶ。迅徒は、ひらりと身を躱した。 「妙な事を思い出すなぁぁぁぁぁ!!」 「確か、貴方はさらにネコミミ――」 「ああああぁぁぁぁあああああああああッッ!!!!」 瀬利花が、ブンブンと木刀を振り回す。だが、迅徒には当たらない。 「うぅ、えぐ……うぁぁあああああ!」 そして最後には、泣きながら走り去って行った。 「……迅徒。お前ってそういうキャラだったのか」 「世の中、勝てばいいんですよ」 いや、その発言は聖職者としてどうなんだ? 「く……っ!」 状況に付いて行けなくて呆然としていた級長が、復活。迅徒と向かい合う。 「ぶーぶー、異端審問官なんてお呼びじゃないのさー!」 「黙りなさい、ニーベルング族の子」 「…………」 言われた通り、黙るパック。お前はそれでいいのか? 「……久し振りね。私の事、覚えてる?」 「ええ、勿論覚えていますよ。妖精などという異端と手を結んでいる英国気触れは、いずれ処罰しなくてはならないと思っていました」 「そう――貴方に、出来るかしら?」 視線をぶつけ合う、魔法冥土と異端審問官。 次の瞬間には、戦闘が始まりそうな――緊迫した雰囲気だ。 と、そこに。 「開け黄泉比良坂、来たれ八雷神――」 聞き慣れた、声と文句が飛んで来た。 「――っ!!!?」 級長と迅徒はすぐに状況を理解し、逃げようとするが―― 「――『貧乏サンダー』!」 遅かった。 「まったく、真っ昼間から街中で喧嘩しないでよね。人様に迷惑だよ」 「お前も真っ昼間から街中で神鳴落とすんじゃねえ」 目の前には、レア状態で気絶してる人間が2人。 「……大丈夫なんだろうな?」 「うん、手加減したから。迅徒の方は心臓を止めてやりたかったけど、さすがに公衆の面前で殺人をやる訳にはいかないし」 「そうか。ならいいんだが……」 ん? 待てよ? 「パックは?」 「……え?」 「級長の頭の上に乗っかってたパック。あいつも大丈夫なのか?」 「…………」 マナはしばらく腕を組んで考えていたが、 「てへっ♪」 第一話以来の強烈に似合わないセリフと共に、逃げ去って行った。 「…………」 ……まぁ、深く考えない事にしよう。級長の頭に乗ってる炭の正体とか。 「ふい〜、とりあえず助かったな」 学校に戻ってきた俺は、教室に向かって廊下を歩く。 級長の参戦は予想外だったが、こうして逃げ切れた。今日は白星だ。 ……でも、何か忘れてるような……ま、気のせいだろう。 と、その時。 「――死ね」 背後からの攻撃で、俺の身体が華麗に舞った。吹っ飛ばされたとも言う。 (ああ、そうか) 完全に忘れてたな……ネコミミブルマ(仮称)。 俺は廊下を顔面スライディングし、そのまま壁に激突した。 ずどん、という音と共に学校が揺れ、一緒に俺の意識も暗い場所へと沈んで行く。 くっ、一瞬の油断が命取りだったか。 「まぁよい。今日の所は勝ちを譲ってやろう」 俺は最後に不敵に笑い、眼を閉じた。 ……言っておくが、敗け惜しみじゃないぞ。いや、ホントに。
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