ビンボール・ハウス13
〜月見匠哉の平凡な一日〜

大根メロン


 ――ある日の星丘高校。
「待てこの貧乏人がぁぁぁぁぁ!」
「待てと言われて待つと思うかアホォォォォォッ!!」
 ……これだけで、読者に全ての状況を説明出来るのってある意味凄いよな……とか思いながら、俺は瀬利花から必死で逃げる。
「これまで重ねた緋姫へのセクハラ行為、許せるものではない! この霧神瀬利花が、御仏に代わって成敗してくれるッ!」
「いきなり読者に間違った情報を与えるな! 俺がいつどこで緋姫ちゃんにセクハラをしたというんだ!?」
「貴様の存在自体がセクハラだ!」
「畜生、完璧に予想通りの答え……!」
 瀬利花は、木刀を構えてニヤリと笑う。
「ふふ……我が新木刀の錆にしてくれる!」
「――新木刀!? って、試し斬りか俺はっ!!?」
「元はと言えば、木刀がなくなったのは匠哉――お前ではないが、とにかく匠哉――のせいだ! よって、半分くらいはお前が悪いッ!!」
「何言ってるのかさっぱり分からねえ!」
 その新木刀からは、妖気みたいなのが出てる。何だアレは?
「殺るぞ、『咒怨桜じゅおんざくら』! たぁぁっぷりと血を吸った樹木子じゅぼっこから、一流の仏師によって彫り上げられたお前の力――見せてやれッ!!」
「テメェ、仮にも退魔師のくせに木の妖怪から武器を作るな!! あと、その仏師の人に土下座して謝れッ!!」
 まさか、木刀を彫るだなんて夢にも思わなかっただろう。しかも、変な吸血木から。
 ……ごめんない。あのバカが迷惑かけました。ホントごめんなさい。
「ふっ飛べぇぇ!!」
「――ッ!?」
 瀬利花は、木刀を振り被り――
「――ってのわぁ!?」
 そのまま、すっ転んだ。
「……は?」
 えっと、何が起こったんだ?
「いい加減にしてください」
 倒れた瀬利花を見下ろしているのは――級長。
 どうやら、彼女が瀬利花の足を引っかけたらしい。
「……なっ、要芽!? お前、私の邪魔をする気か!?」
 瀬利花はぴょんと起き上がり、級長と対峙する。
「当たり前でしょう。そんな木刀で斬ったら、いくら匠哉でも死にますよ」
「ハッ、笑わせるな。これくらいで死ぬなら、そいつはとっくの昔に川を渡っている」
 ……一瞬だけ、瀬利花の言葉に納得してしまった。俺って一体。
「大体、毎回毎回飽きもせず匠哉を追い回して……好きな子を苛める小学生じゃあるまいし」
「……ほほう? 私がその人間スクラップを好きだと? なかなか面白い事を言うな」
「私は、1つの例えとして言っただけなんですけど」
「…………」
「…………」
 睨み合う2人。何だ、この冷たい空気は?
「修羅場だねぇ」
「どこから湧いて来た、貧乏神」
「そんな事より、どうするの? この場を抜けるには、それこそ帝釈天たいしゃくてんでもないと無理だと思うけど」
「ならお前がどうにかするんだ。記紀の禍神のプライドにかけて、仏教の武神に匹敵する働きをしてみせろ」
「面倒くさいから嫌だよ」
「…………」
 ……こいつ、本当に何しに現れたんだ。
「ま、諦めるのが1番なのさ。どうせ、匠哉にとってはいつもの事なのさ」
「どこから湧いて来た、小妖精」
「要芽がいるんだからオイラがいるのは当然なのさ」
 ま、そりゃそうだな……それより、級長が敵を引き付けてくれている間に、ここから避難しなくては。
 俺は、そろりそろりと歩き出す――
「あ、瀬利花。匠哉がさり気なく逃げようとしてるよ」
 ――って貧乏神ぃぃぃぃぃぃッッ!!!?
「な……逃がすか!」
 当たり前だが、瀬利花が俺の動向に気付く。
 マナ……テメェは何を考えてやがるッ!
「護法――」
 瀬利花は軽々と級長を抜き去り、俺の進路を塞ぐと、
「――前鬼、後鬼!」
 護法夫婦鬼を、放った。
「く……ッ!」
 どうする? ここは退くべきか?
 いや、それでは同じ事の繰り返しだ。一か八か――突っ込む!
 眼前には前鬼ショタ後鬼ロリ。そして、瀬利花。
 この三者による壁を突破すれば、俺の勝ちだ! 多分ッ!!
「――!?」
 俺のこの行動は予想外だったらしく、瀬利花は反応が鈍った。
 それは、護法童子達にも影響する。前鬼が振った大斧には――僅かに、キレがなかった。
 俺は姿勢を低くし、斬撃の下を潜り抜ける。
 ……どうでもいいが、まともに喰らったら人間おれなんぞ真っ二つだな。
「く……通らせはせんッ!」
 今度は、瀬利花自身が突っ込んで来る。
「あっ、あんな所に迷子の子猫が!」
「――何ィ!!?」
 ……簡単な奴だ。
「隙あり――ッ!」
「――ぐは!!?」
 俺は瀬利花の側頭部に、ハイキックを叩き込んだ。2人目突破。
 よし、いける……!
「――行かせません」
 最後に、後鬼が立ち塞がった。
 だが、ここはどうやってでも進むしかない。何故なら、後ろには前鬼と瀬利花がいるのだ。退く事は出来ない。
 幸いにも後鬼は小柄だ。体当たりでもすれば、吹っ飛ばせるはずッ!!
 ……が。
「何……!?」
 さすがは人外。俺の体当たりを喰らっても、その場に踏み止まっていた。
 しかし、やはり童子形では無理があるのだろう。ゆっくりと、後ろに倒れる。
 勢いを殺された俺も、慣性という物理法則に従い、その場に倒れてしまった。
「不潔です」
「……待てい」
 まぁつまり、俺が後鬼を押し倒したような状態になる訳で。
「おお、匠哉がついに人外ロリ人妻にまで手を出したぁー!」
「――出すかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
 マナの声に、全力を込めてツッコむ。
 というか、その『ついに』とか『にまで』っていうのは何だッ!!?
「……そうか。そこまで堕ちていたか、月見匠哉」
 いや、瀬利花。今のはどう見ても事故だろ? と言うか、元々はお前が原因だろ?
「匠哉……貴方、そんなに私に殺されたいの?」
 あれ、級長? お前は俺の味方じゃなかったのか……?
「――死ね、仏敵」
 とうとう仏敵呼ばわりか。
 瀬利花の木刀が一閃。俺は何とか躱したが、後鬼はまともに喰らって弾き飛ばされていた。
「……ああ、我が妻は己の役目に殉じたのですね……」
 騙されるな前鬼! あれはどう見ても、とばっちりを受けただけだ!
「――逃がさないわよ」
 人間離れしたスピードで級長が迫る。そう言えば、変身しなくてもある程度は力を引き出せるんだっけ。
 だが――
「――遅い!」
 韋駄天脚ゴッド・スピードに、追い着けるほどではない。
 俺は級長の攻撃から逃れると、開いていた窓から飛び降りた。
「……は?」
 皆が、眼を丸くする。
 フッ、こんな事もあろうかと。
「とりゃあ!」
 俺は地面に敷かれていた分厚い――と言うより、巨大なマットの上に着地した。
 文化祭等のイヴェントで行われる、紐なしバンジィジャンプ大会で使われるものである。
「サンキュ、真! 助かった!!」
「ぐー……」
 俺はマットを用意しておいてくれた親友に礼を言うと、校門に向かって走り出した。
 次の瞬間には木刀の斬撃が降って来て、真がマットごと吹っ飛んで行く。
 そして、瀬利花と級長が普通に着地。別に、もうそれくらいじゃ驚かないけどな。
 とにかく、俺は意地でもあいつ等から逃げ切る……!
「匠哉って、私のお父さんに似てるよねぇ」
 ……何故か貧乏神の声が聞こえたが、きっと幻聴だろう。



 俺は人々の間を縫うようにして、街中を走る。
 後ろからは2人が追って来ているが、その距離は縮まない。人を避けるために、彼女達は僅かにスピードを落としているのだ。
 だが、こちらは少しのスピードダウンもない。俺は元々、こういう場での逃走が得意なのだ。借金取りに追われるのは、街中が多いんだし。
 ……しかし、この鬼ゴッコが校外で展開されるのは初めてだな。
「クッ……月見匠哉め、少しは考えたな……!」
 背後から、瀬利花の悔しそうな声。フッ、勝った。
「……仕方ない。要芽、メイドに変身しろッ!」
 ――って何ィ!?
「ちょ、何を言い出すのさ!?」
 級長の頭に乗っかっているパックが、声を張り上げる。
「そ、そうです、メイドって何の事――」
「隠しても無駄だ。とにかく、さっさと変身しろ。魔法冥土マジカル・メイドには飛行能力があるのだから、追跡は容易になるはずだ」
「…………」
 級長が、物陰に消えた。
 それにしても……魔法冥土マジカル・メイドの飛行能力か。それは気付かなかった。ヤバいなぁ……。
「――行くわよ、匠哉」
 変身した級長が現れる。彼女は障害となる無数の人を飛行によって越えると、俺に向かって突っ込んで来た。
深き森の真夏の夜、妖精達は踊り歌う!Fairies dance and sing in a deep forest on the midsummer night!
 ……って、オイ?
スペシャル御奉仕!Special service! 『メイド・ハンマー』ッ!!"MAID HAMMER"!!
「のわぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
 振り下ろされるハンマー。全力で避ける俺。
 ……一瞬前まで俺がいた場所に、クレーターが穿たれる。
「殺す気か級長!? それに、こんな大衆の前で力を使ってもいいのか!? ゴグマゴグが出た訳でもないのにッ!!」
「そ、そうなのさ。カナメ、少し落ち着くのさ!」
 だが、俺達の説得も空しく。
「――変態ロリコンは死になさい」
 級長は何の迷いもなく、第二撃を放ってきた。
 ――さらに。
「信濃霧神流秘伝、第二十八番――『修羅掌撃』ッ!」
 追い着いて来た瀬利花の斬撃が、同時に襲いかかる。
「にょわああああああああああッッ!!!?」
 死ぬ、死ぬ! 本気で死ぬぅぅッ!!
 俺は2人の攻撃を奇跡的な動きで躱しながら、ギリギリで逃げ続ける。
 しかし、級長の変身により地の利はなくなった。
 どうする、何か逆転の手は……!?
「……ん?」
 俺は進む先に、どこかで見たような奴を見付けた。
 あいつは……いや、まさか。
「――美榊迅徒!?」
 俺の声に、相手も気付く。
「――? 貴方は確か、匠哉さんでしたか」
 どうやら本当に、以前にイスラエル大使館で対峙した異端審問官――美榊迅徒らしい。
 聖職衣――スータンとかカソックとかいう服――じゃなかったから分からなかった。今の迅徒は、普通の格好をしている。
 そりゃ、あんな姿で出歩かれたら引くが……何と言うか、夢を壊された気分。
 まぁ、とにかく。
「――助けてくれ!」
 俺はすぐに、迅徒の背後に隠れた。
「……は!?」
 迫る、打撃と斬撃。迅徒はすぐに折り紙を取り出すと、それを受け止めた。
「あの、どういう事です?」
「異端に追われてるんだ。1人は仏教系退魔師、もう1人は妖精魔法を使うメイド。なのでヘルプミー」
「……なるほど。状況は読めました」
 うわ、何か呆れられた。
「な、貴方は……!?」
 級長が驚く。無理もない、級長は大使館でこいつと闘ってるからな。
「お前は……美榊迅徒!!?」
 瀬利花も、級長と同じような顔をしていた。
 ……知り合いなのか?
「おや、久し振りですね瀬利花さん」
「…………」
 瀬利花は何も答えず、木刀を構える。
「ふぅ、やれやれ。1年振りに会った元クラスメイトに挨拶もなしですか」
「……お前と交わす言葉などない。我々は敵同士だ」
「ですね。とは言え、懐かしいものです。色々と思い出しますね」
 迅徒はフフフと笑うと、
「文化祭の時、私達のクラスはブルマ喫茶を――」
 木刀の斬撃が飛ぶ。迅徒は、ひらりと身を躱した。
「妙な事を思い出すなぁぁぁぁぁ!!」
「確か、貴方はさらにネコミミ――」
「ああああぁぁぁぁあああああああああッッ!!!!」
 瀬利花が、ブンブンと木刀を振り回す。だが、迅徒には当たらない。
「うぅ、えぐ……うぁぁあああああ!」
 そして最後には、泣きながら走り去って行った。
「……迅徒。お前ってそういうキャラだったのか」
「世の中、勝てばいいんですよ」
 いや、その発言は聖職者としてどうなんだ?
「く……っ!」
 状況に付いて行けなくて呆然としていた級長が、復活。迅徒と向かい合う。
「ぶーぶー、異端審問官なんてお呼びじゃないのさー!」
「黙りなさい、ニーベルング族ニーベルンゲンの子」
「…………」
 言われた通り、黙るパック。お前はそれでいいのか?
「……久し振りね。私の事、覚えてる?」
「ええ、勿論覚えていますよ。妖精などという異端と手を結んでいる英国気触かぶれは、いずれ処罰しなくてはならないと思っていました」
「そう――貴方に、出来るかしら?」
 視線をぶつけ合う、魔法冥土マジカル・メイド異端審問官インクイジター
 次の瞬間には、戦闘が始まりそうな――緊迫した雰囲気だ。
 と、そこに。
「開け黄泉比良坂、来たれ八雷神――」
 聞き慣れた、声と文句が飛んで来た。
「――っ!!!?」
 級長と迅徒はすぐに状況を理解し、逃げようとするが――
「――『貧乏サンダー』!」
 遅かった。



「まったく、真っ昼間から街中で喧嘩しないでよね。人様に迷惑だよ」
「お前も真っ昼間から街中で神鳴かみなり落とすんじゃねえ」
 目の前には、レア状態で気絶してる人間が2人。
「……大丈夫なんだろうな?」
「うん、手加減したから。迅徒の方は心臓を止めてやりたかったけど、さすがに公衆の面前で殺人コロシをやる訳にはいかないし」
「そうか。ならいいんだが……」
 ん? 待てよ?
「パックは?」
「……え?」
「級長の頭の上に乗っかってたパック。あいつも大丈夫なのか?」
「…………」
 マナはしばらく腕を組んで考えていたが、
「てへっ♪」
 第一話以来の強烈に似合わないセリフと共に、逃げ去って行った。
「…………」
 ……まぁ、深く考えない事にしよう。級長の頭に乗ってる炭の正体とか。



「ふい〜、とりあえず助かったな」
 学校に戻ってきた俺は、教室に向かって廊下を歩く。
 級長の参戦は予想外だったが、こうして逃げ切れた。今日は白星だ。
 ……でも、何か忘れてるような……ま、気のせいだろう。
 と、その時。
「――死ね」
 背後からの攻撃で、俺の身体が華麗に舞った。吹っ飛ばされたとも言う。
(ああ、そうか)
 完全に忘れてたな……ネコミミブルマ(仮称)。
 俺は廊下を顔面スライディングし、そのまま壁に激突した。
 ずどん、という音と共に学校が揺れ、一緒に俺の意識も暗い場所へと沈んで行く。
 くっ、一瞬の油断が命取りだったか。
「まぁよい。今日の所は勝ちを譲ってやろう」
 俺は最後に不敵に笑い、眼を閉じた。
 ……言っておくが、敗け惜しみじゃないぞ。いや、ホントに。





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