ビンボール・ハウス5
〜平行線スパイラル〜

大根メロン


 ――ボランティア・クラブ部室。
 部活用設備以外は他の教室の変わらないその部屋に、部員達は集まっていた。
 ……ただ、2人を除いては。
「皆、今日の部活を始めるよ」
 マナは、一同に言う。
「ちょっと待って。匠哉がいないなんだけど」
「……さすがだね、級長。真もいないのに、匠哉の事だけを気にかけるなんて」
「な……っ!?」
 ギン――と、部屋の温度が下がった。
 要芽は、声にならない悲鳴を上げる。
 ……緋姫が、人間どころか恐竜や化物すら殺せそうな眼で睨み付けていた。
 彼女の心の声が、全員に伝播する。
 ――『古宮さん、死にますか?』。
「ちょ、ちょっと! 誤解を招くような言い方をしないで! 貴方は私を殺したいのっ!?」
「何が誤解なんだか。ま、ここは級長の命のためにそういう事にしておいてあげる」
 マナは備え付けのスクリーンを下ろし、映写機を準備。
「さて。今回の活動は、匠哉の奇怪な行動についての調査だよ」
「……あいつの行動が奇怪なのは、今に始まった事ではないと思うが?」
「うん、そうなんだけどね」
 マナは瀬利花に対してかなり酷い返答をすると、
「その中でも、特に奇怪な行動があるの。匠哉は1週間に1度、バイトを休んでまでどこかに出かけるんだよね。そういう日は、夕飯もコンビニ弁当だし。そして……今日が、その日なの」
 スクリーンに、人ごみの中を歩く匠哉が写し出される。
 どうやら、隠し撮りのようだった。
「匠哉を尾行している真が撮ってる映像だよ。匠哉は尾行の気配に敏感だけど、寝てる人間は気配ゼロだからね」
『こちら田村真。匠哉マル対を尾行中。ぐー……』
「御苦労」
 マナは無線を通して真に言った後、
「これで、もうやる事がなくなったね」
 皆、そう告げた。
「――ってもう終わりなのさ!?」
「だって、後は真に頑張ってもらうしかないじゃん。ここで出来る事は何もないよ」
 マナは迫って来たパックに、デコピンを叩き込む。
 妖精は、部屋の反対側まで吹っ飛んで行った。
「そう言えば……古宮さんッ! さっきのあれは、どういう事なんですか!!?」
 緋姫が、サブマシンガンを抜く。
「返答によっては、この場で貴方の末魔を断ちますッ!!」
「だ、だから誤解だって言ってるでしょう!」
「要芽、るのさ! この小娘に、英国妖精族とその使徒の力を教えてやるのさッ!!」
「あんたは黙ってなさいッ!」
 ――ガヤガヤ、ドカドカ。
 そのどんちゃん騒ぎを、瀬利花は離れた位置から呆れた様子で見守る。
「『英国妖精族とその使徒』……本当に要芽の事を隠すつもりがあるのか?」
「う〜ん、どうだろうね?」
「……いきなり隣に現れるな」
 マナはニカッと笑うと、
「あの小妖精、何を考えてるのかいまいち良く分からないし。そもそもパック=ロビングッドフェロウは、妖精王オベロンと人間の間に生まれた半人半妖精ハイブリッド
「…………」
「ヘラクレスや安倍晴明あべのせいめい――そして、妖精族のルーツであるダーナ神族と、人間との混血である英雄クー・フーリン。人と人外の間に生まれた者は、例外なく強大な力を持つ」
「何が言いたい?」
「油断出来る相手じゃないって事。何しろ、オベロンのドイツでの名はアルベリッヒ。あの大禍の指環ゆびわを造り出した張本人だよ。忌むべきニーベルング族ニーベルンゲンの血は、あの悪魔パックの中にも流れているんだから」
 ふたりは、パックを見る。
 緋姫と要芽の間を楽しそうに飛び回る、その妖精を。
「……フン。油断出来る相手ではないのはお前も同じだろう、マナ」
「え? 私?」
 心底意外そうに、マナは瀬利花を見返す。
 瀬利花は、その内心を読ませない態度が気に入らない。
「お前のような神が、一体この街で何をしているのだ?」
 一時だけ、マナは僅かに眼を見開いた。
「……そっか。前鬼と後鬼から、私の忌み名を聞いたんだね?」
 マナが、頬を膨らませる。
「確かに私は元禍津神だけどさー。でもだからって、油断出来る相手ではないってのはちょっと酷くない?」
「何故、お前が力を封じられたのかが分からない。何故、この街に留まり続けているのかも分からない。そしてお前は正体を隠し、その答えを語らない。信用出来るはずがないだろう」
「……む」
 しばらくの間、マナは迷うように難しい顔をしていたが、
「ま、いっか。仲間だからって、イコール仲良し小好しって事もないだろうからね。こうやって腹の黒い部分を読み合うのも、なかなか悪くないよ」
「それ以前に、私は仲間ではないがな」
 瀬利花は面白くなさそうに、スクリーンを見る。
 その中には相変わらず、匠哉の後姿。
「のほほんと生きているのは、あいつだけか」
「それはどうかなぁ? 匠哉は匠哉なりに、着実に駒を進めている気がするけどね。うっかりしてると、王将キングられちゃうかも」
「……何だと?」
 マナは、不信と不審の塊のような瀬利花の視線を受け流すと、
「さ、ブラックトークはもうお終い。ところで瀬利花、訊きたい事があるんだけど」
 一瞬にして緊張を霧散させたマナに瀬利花は呆れ果て、無視を決め込んだが、
「瀬利花ってさ、やっぱり初恋の相手も女の子? と言うか、むしろ緋姫が初恋?」
「――ッ!!? な、なななななななッッ!!?」
 瞬時に、無視出来ない環境に追い込まれた。
「な、何で緋姫の事を――」
「皆、知ってるよ。例外は肝心の緋姫だけどね」
「…………」
 瀬利花は顔を真っ赤にして舌打ちすると、
「……私だって、初恋の相手くらいは異性だ」
「ほう、これは意外な展開。瀬利花も、昔は普通だったんだね」
「今は普通じゃないみたいな言い方をするなッ!」
「はいはい、分かったよ」
 マナはパンパンと両手を打ち、逸れた話を戻す。
「それで、どんな子? そのお相手は」
「……昔、星丘公園でお気に入りのキィホルダーを無くした事があったんだ。それを探すのを、見ず知らずの男の子が手伝ってくれたんだよ」
「へぇ、何ともフィクションじみた話だね。それで、キィホルダーは見つかったの?」
「いいや、2人で夜遅くまで探したが見つからなかった。その男の子は、絶対見つけると私に約束してくれたよ。もっとも、それ以来会ってないがな」
 ふぅと、瀬利花は溜息をつく。普段からは少し考えられない、弱々しい動作だった。
「って言うか、その子は初対面の瀬利花のために、夜遅くまで付き合ったの? うわぁ、優しいのか何なのか……さすがに、ちょっと引くね」
「他人の思い出に対して引くとか言うな!」
「ねぇ、その子の名前は?」
「……知らない。お互いに名乗らなかった」
「ふ〜ん……」
 マナは、腕を組んで考え込む。
「瀬利花、もしその男の子が見つかったら……緋姫とどっちが好き?」
「……は?」
 瀬利花は一瞬だけ硬直し、
「……も、もちろん緋姫に決まってる」
「今迷った。絶対に迷った」
「えぇい、五月蝿い! 何なんだ、その質問はッ!?」
 マナは何故か、スクリーンを見た。
「この星丘市に、女の子の探し物に遅くまで付き合うようなバカでヒマな人間なんて――って、あれ?」
 スクリーンに、匠哉の姿がない。
 どうやら走って探しているらしく、画面が揺れていたが、匠哉の姿が再び現れる事はなかった。
「真、匠哉は!?」
『……振り切られた。どうやら気付かれてたみたい。ぐー……』
「はぁぁ!?」








「ハッ、ウスノロがぁ! この俺を尾行つけるなんぞ百年早いわッ!!」
 俺は道のド真中で、勝利宣言をする。
 周りの人々がもの凄く不審な眼で見ているが、気にしない、気にしない。
 ……でも真の奴、何で俺を尾行してたんだ? よく考えたら、捕まえて問い質した方がよかった気もする。
「ま、いいや」
 別に、大した理由でもないだろうしな。
 そんな事を考えてる内に、俺は目的地に到着した。
「……さてと、今日も頑張るか」








「むむ、さすがは匠哉。真の尾行に気付くとはね……」
 マナは無線に向かって、大声で指示を出す。
「真、何としてでも匠哉を見つけて! 必要だったら、睡眠解除リミットブレイクも許可するよッ!」
『了解。ぐー……』
 その騒ぎの中、
「……付き合ってられん」
 瀬利花は、教室の出入口に向かって進み出した。
 そして、扉に手をかける。
「瀬利花? どこ行くの?」
「悪いが帰らせてもらう。私は今夜、霧神の仕事があるのだ。その準備をしなければならない」
「……むぅ、そっか。なら仕方ないね」
 扉が開かれる。
 瀬利花は無言で、廊下を歩いて行った。






 ――深夜、星丘公園。
 前鬼と後鬼を従えた瀬利花が、闇の中を疾駆する。
 追われるは……骨女。
 瀬利花は瞬間的に間合いを詰め、骨女を木刀の一撃で粉砕する。
 同時に空から急降下して来た姑獲鳥うぶめを、前鬼が長柄の大斧で斬断した。
「くっ、相変わらず数が多い……!!」
「瀬利花様、七時方向より手長・足長が来ます」
 瀬利花は後鬼が差し出した水瓶を手に取り、中身を飲む。
 ――疲労と傷が、消え失せた。
「信濃霧神流秘伝、第二十八番――」
 足の長い鬼が手の長い鬼を肩車した、異様とも威容ともいえる二鬼が、瀬利花に向かって突っ込んで来る。
「――『修羅掌撃』ッッ!!!」
 手長・足長が粉々に砕かれ、その肉片が宙を舞う。
「瀬利花様! 四時方向からミルメコレオ!」
「ミルメコレオだとッ!? ここは日本のはずなのだがな……!!」
 ライオンの上半身と蟻の下半身を持つ怪物を、瀬利花は木刀で両断した。
「毎夜毎夜、どうしてこうも化物が出る……!?」
 ――その時。
 瀬利花の超視力が、彼方に人影を捉えた。
 巻き込まれた一般人か、と瀬利花は思い、助けに向かおうとしたが――
「あいつは……月見匠哉ッ!?」








 ……さて、困った。
 ちょっと作業に熱中していたら、辺りは真っ暗。そして化物だらけ。いつからこの公園はお化け屋敷になったんだ。
 いや、お化け屋敷としては少々不出来か。肝心のお化けが和洋折衷なせいで、恐怖を演出出来ていない。
「とゆーか、誰かどうにかしてくれ、このばね足ジャック!」
 ……俺はたった今、凄まじい跳躍力でぴょんぴょん跳ねる怪人に追われている。
 まさか、俺の逃走スキルでも逃げ切れないとは……!
「チッ、敵ながら天晴れだぜ!!」
 感心してる場合ではないが。
 何か、火をボーボーと吹いてるし。追い着かれたら多分られる。
「うわヘルプ! 本気でヘルプゥゥ!」
 と、その瞬間。
 俺とばね足ジャックと間に跳び込んだ子供が、手に持った斧で怪人を真っ二つにした。
「――ッ!? お前は……前鬼!?」
 前鬼に付き従うように、後鬼も現れる。
 ……どうやら、助けられたらしい。
「あ、えーと。助かった。ありがとう」
「我等は主の命に従い、化生を討ったまで。結果的にそうなったとはいえ、貴方を助けるつもりなどありませんでした」
「……少しは愛想を言え、この人外ロリショタ夫婦」
 ってか、こいつ等がいるって事は。
「匠哉。一体、こんな時間に何をやっているのだ?」
「……瀬利花。やっぱりお前か」
 堂々と、夜闇の中から瀬利花が現れる。
 まるで、闇さえも近付く事を拒むかのようだった。
 ……分かり易く言えば、相変わらず偉そう。
「お前こそ何をしている……って質問はさすがに野暮か」
「ああ、そうだな。この状況を見れば瞭然だろう」
 さっきから、空飛んでる鳥が『イツマデ、イツマデ』って鳴いてるし。
「んで、どうしてこんな和洋折衷ホーンテッド・マンションみたいな事になってるんだ?」
「それが分かれば苦労はしない。IEOが原因を調査しているが、目立った成果は出ていないようだな」
「……なぁ。この現象って、最近始まった事なのか?」
「いや、昔からだ。年々酷くなってはいるが」
「公園以外には?」
「妖物どもが現れるのは、この公園だけだ。ゴグマゴグは別だがな」
 ……ふぅん。
「何だ? それがどうかしたのか?」
「小さかった頃、この公園に遅くまで残ってた事があるんだ。その時は何もなかったからさ」
 まぁ、覚えてないだけで、実はあったのかも知れないが。
「さっきの問いに戻るが、お前はこんな所で何をしている?」
「ん? ああ、捜し物」
「……捜し物?」 
「…………」
 少し、思い出す。あの時の事を。
「キィホルダーだよ。昔から、それをずっと捜してるんだ。ま、俺がなくした訳じゃないんだけどさ」








「二頭身猫の飾りがなかなか可愛らしいキィホルダーでね。毎週、それを捜しに来てるんだが……今日は少し熱中し過ぎてな。そしたらこの有様だ」
「…………」
 瀬利花は、信じられないものを見たかのような表情で話を聞いていた。
 匠哉は、それに気付かない。
「……おい、匠哉」
「ん? 何だ?」
「自分がなくした訳ではない、と言ったな? なら、誰がなくしたんだ?」
 匠哉はむぅと唸って頬をかくと、
「小学生くらいの時だったか。この公園で女の子がそのキィホルダーを捜してたんだよ。ずっと、1人で」
「……!」
 瀬利花の頭の中がグルグルと回り、滅茶苦茶に混乱する。
(いや待て、結論を早まるな。こいつがマナから話を聞いて、私をからかっているだけという可能性も……しかし、ならどうして猫のキィホルダーだと知っている? それは誰にも話していないはずだ。という事は、やっぱりこいつが……そ、それだけは嫌だ! うぁぁあああああああッ!!)
 心の中だけで、七転八倒する瀬利花。
 匠哉は瀬利花に背中を向け、語り続ける。
「きっと、お前みたいな性格だったんだろうな。自分の力だけで、何でもやりたい。それが行き過ぎていて、誰かに助けを求める事が出来ない」
「……ッ」
「あんまりにも大変そうだったから、俺が手伝ってやった。結局、夜中まで捜しても見つからなかったけどな。その時、俺はその子に絶対見つけるって約束したんだ。それで、こうして今も捜してる」
 匠哉は足元の石ころを、軽く蹴飛ばす。
 石は池の中に落ち、見えなくなった。
「あーぁ。まったく、我ながらバカな約束をしたもんだ。そのせいでバイトには行けないし、こんな事に巻き込まれるし。ホントに災難だ」
「……なっ」
 その言葉は、瀬利花の深い部分に突き刺さった。
 だが瀬利花は、その痛みを認めない。認められない。
「なら……なら、捜すのを止めればいい。落とした本人も、どうせ覚えてはいないだろうしな」
「ま、俺もそう思うんだけどさ。でも、守れる約束は出来る限り守る主義なんだよ」
 それに、と匠哉は付け加えて、
「あのキィホルダーを捜してれば、またあの子に会えるような気がしてね。……有り得ない事だと、分かってるんだけどな」
 匠哉が、振り返る。
 その表情には、面倒な約束を背負った苦痛など、一片たりとも存在してはいなかった。
 ――瀬利花は、思わず尋ねる。
「……どうして、その子に会いたいんだ?」
 匠哉は呆れたように笑うと、
「おいおい、マスターセリカン。それこそ野暮だろ。少年の甘酸っぱい思い出に、そんなつまらないツッコミは止めてくれ」
「……人を、20世紀最大のペテン師みたいな名前で呼ぶな」
 瀬利花は、そう言い返すのがやっとだった。








 ……何か、喋らなくていい事を喋ってしまった気がする。
 瀬利花は下を向いており、その表情は見えない。笑いを堪えているんだろうか。ケッ、笑いたければ笑え。
(というか、状況はまるで変わってないんだよな――)
 そう思って、俺は周りを見る。こんな時に攻撃されたら厄介だ。
 だが、それは……すぐに現実となった。
「――ッ!?」
 上空から、何かが落下して来る。
 スローモーションのようになった世界で、俺はソレの姿を見た。
 ――人間の上半身と蛇の下半身を持つ、半人半蛇の存在。
(ナーガ、か……ッ!!?)
 そいつは、真っ直ぐに瀬利花を狙っているらしい。
 ……的確だろう。彼女が斃されたら、俺達は最大の戦力を失う事になる。
 瀬利花だけではなく、前鬼・後鬼も気付いた様子はない。術師である瀬利花が、意識を広げていないからだろうか?
「避けろ、瀬利花ぁ!」
「――!?」
 俺はほとんど体当たりのように、瀬利花を突き飛ばす。
 ……ナーガの攻撃は、僅かに俺達から逸れる。
 ようやく敵に気付いた前鬼が、ナーガの首を斬り飛ばした。
「うぐ……っ!?」
 俺は慣性で、ゴロゴロと転がって行く。
 ――そして。
「うおッ!!?」
 そのまま、池に落ちた。
「お、おい!? 大丈夫かっ!?」
 瀬利花が走り寄ってくる。こいつは池ポチャしなかったらしい。不公平だ。
「ああ、大丈夫だ。なかなか深そうだが、別に普通に泳げば問題ない――」
 ……そこまで言って、俺は言葉を切った。切ってしまった。
 誰かが俺の足を掴んで、池の中に引き擦り込もうとしている。
 さらには、水面に現れる無数の手。
 その手は俺の肩や頭を掴み、水の中に沈めようとする。
「今度は船幽霊ふなゆうれいかよ!? ってか、絶対に沈め方がおかしい! 何でこんなにアクティヴなんだぁぁぁッ!!?」
 必死にもがくが、幽霊ゴーストとは思えないほど力が強い。
 あっという間に、俺は池の底まで沈められてしまった。
(クソ、どうする……!?)
 このままじゃ溺死だ。こんな新種の船幽霊に殺されるのはさすがに勘弁したい。
 俺は無駄な足掻きと知りつつ、手足をバタバタ動かそうとする。
 ――すると。
(え……?)
 手が、池底の何かに触れた。
(これ、は……)
 俺がソレを手に取った――瞬間。
「信濃霧神流秘伝、第十七番――」
 そんな声が、聞こえた気がした。
 ……えっと、瀬利花さん。何となく、嫌な予感がするんですが。
 出来れば、俺が無事な方法で船幽霊を斃してほしいな……なんて、思ったりするんだけど。
「――『六道流転万華鏡』ッ!!」
 船幽霊も俺も関係なく、まとめて吹っ飛ばされた。
「やっぱり、こうなる訳かぁぁ!!!」
 空高くに弾き飛ばされた俺は、放物線を描きながら絶叫する。
 ――そして、大地との劇的な抱擁。
 俺の意識は、スムーズに夢の世界へと落ちて行った。






 ――翌日。
「さて、遺言は残したか? 月見匠哉」
「そもそも、残すような相手がいねぇ」
 俺は相変わらず、瀬利花と対峙していた。
「って言うかそれより、昨日のアレはさすがに酷いと思うぞ」
 眼を醒ました時、俺は家に運ばれていた。どうやら、瀬利花が運んでくれたらしい。
 とはいえ、元々の原因はこいつなのだが。
「フン。勝手に首を突っ込んで、勝手に痛い目に遭っただけだろう。命が助かっただけでもありがたいと思え」
 ……それを言われると、反論し辛かったりする。
「霧神瀬利花――参る」
 ったく、仕方ないな。
 俺はいつも通り、逃走を始めようとするが――
「……あっ」
 ポケットからアレが落ち、チャリンと音を立てた。
 俺は思わず、足を止める。
「それ、は……ッ!?」
 落ちた物を見た瀬利花が、死人にでも会ったかのように驚いてる。
 ……何で?
「ああ、例のキィホルダーだよ。昨日池の底で見つけたんだ」
 クリクリとした瞳の猫が、俺と瀬利花を見つめる。
「さすがにボロボロだったからな。錆を落として、欠けてた部分をパテで埋めて、記憶を頼りに塗装し直してみた。完璧とは言い難いが、そこそこの出来だろう」
 キィホルダーを拾い、自分の目線まで持っていく。
 ……俺は今、どんな表情をしてるんだろうか? 多分、幸せそうな顔をしてるんだろう。
 こうしてキィホルダーが見つかったんだ。いつか、これの落とし主と――あの子ともう1度会えるかも知れない。それを考えると、やっぱり楽しい気分になった。
「あ、う……」
「……?」
 ふと見てみると、瀬利花の様子がおかしかった。顔を真っ赤にして、俯いている。
 ……ついに、頭のネジでも吹っ飛んだんだろうか?
「う……うわぁぁぁッ! お前なんて、大っ嫌いだぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「お、おい!?」
 分かり切った事を叫びながら、突進して来る瀬利花。
 ……何か、もの凄い殺気を感じる。
「信濃霧神流禁法、第三十四番――『六地蔵首落とし』ッッ!!!!」
「な……っ!? ぎ、ぎゃあああああああっ!!?」



「あ、匠哉。今日も御苦労様」
 どうにか教室に逃げ込んだ俺を、マナが笑う。
「ぐはぁ……今日のあいつ、攻撃に本格的な殺意が込もってたぞ」
 俺は自分の席に座り、息をついた。
 ……あー、あちこちが痛い。
「匠哉がいると、瀬利花は緋姫との恋に集中出来ないからね。もう本気で死んでもらわないと困るんだよ、きっと」
「……はぁ? 瀬利花にとって俺がお邪魔虫なのは、今日に限った事じゃないだろ」
「そういう意味じゃないんだけどねぇ。初めての恋よりも、今の恋を大事にしたいオトメゴコロ。ま、そう簡単に折り合いはつかないだろうけど」
 貧乏神はウシシと笑うと、自分の席へと戻っていった。
 ……何なんだ、一体?
「どうして、こうも邪魔者が多いのよ……!?」
「ちょっ、要芽、オイラに八つ当たりは――ぐぎゃあッ!!?」
 それと、さっきから級長がパックを握り締めているのも謎だ。級長、それ以上力入れたらそいつ死ぬぞ。
 俺は、ポツリと呟く。
「……世の中分からない事だらけ。若いって大変だね」
 出て来た言葉は、自分でも意味不明だった。





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