ある日の朝。 「え、え〜と……見付かっちゃった、てへっ♪」 「…………」 ――押し入れを開けたら、中には女の子がいた。
まずは、自己紹介をしよう。 俺の名前は月見匠哉。職業は学生アルバイター。この街唯一の高等学校――星丘高校に通う、2年生だ。 基本的には、普通の一般人である。家が極めて貧乏である事を除けば。 両親はいない。ある日、借金だけを残して蒸発した。俺の脳内では、もう死んだ事になっている。 つまり、俺は1人暮らし……のはずなのだが。 「うんしょ……っと。あー、苦しかった。やっぱり、押し入れは隠れ場所には適さないね」 押し入れから這い出して来る、コレは何なのだろう? まず、性別は女性。年齢は……外見から判断すると、俺と同じくらいだろうか? ……まぁ、そんな事より。 「こらこら、警察に電話しようとするの止めてよ」 「うるさい不審者! 押し入れから見知らぬ者が出て来たら110番するに決まってる! 泥棒か!? お前は泥棒なのかッ!!?」 「何自惚れちゃってるの。このブタ小屋みたいな家に、盗む価値のあるものなんてある訳ないでしょ」 「……あぐ」 そうハッキリ言われると、かなり凹む。 「それに、私はずっとこの家に住んでるんだよ? 匠哉が生まれるより前からね」 「はぁ……? 何言ってるんだ。俺はここで17年暮らしてるが、お前なんぞ1度も見た事がない」 「そりゃそうだよ。見付からないように、ずっと隠れて暮らしてたんだから。さっきみたいにね」 「…………」 ……だとしたら、17年もその存在に気付かなかった俺はそうとうアホだという事にならないだろうか? 「って、そんな話が信じられるか! さっさと出てけ!!」 「あー、喉が渇いた。確か、冷蔵庫の中にジュースがあったよね。貰うよ」 「人の話を聞けぇ!! ……いや、ちょっと待て? ジュース? そういえば、この家では冷蔵庫の中の飲料がいつの間にか減るという怪奇現象が起こるんだが……」 「明かされる驚愕の真実。実は私が飲んでいた」 「ああぁぁあああああああッッ!? テメェ、俺が汗水垂らしながらバイトして獲得した、貴重な栄養源をよくも! コラ、ラッパ呑みすんなぁぁッ!!」 「じゃ、そろそろ私が何者か話そうか」 「……お前、俺と会話する気ないだろ?」 不審者はえっへんと胸を張ると、 「――私の名前はマナ。この家の貧乏神だよ」 などと、のたまいやがった。 ――貧乏神。 その名の通り、人を貧乏にする神の事だ。 なるほど、確かにこの家はド貧乏。貧乏神が住んでいてもおかしくはない―― 「――なんて、言うとでも思うかぁぁ!」 「おっと」 俺の必殺ちゃぶ台返しを、マナとかいう不審者はヒラリと躱す。 「ふざけんな、貧乏神だと!? そんなものが実在してたまるか!!」 「現実を直視しようよ」 「正論っぽいけど実はメチャクチャだぞ、その言葉は!」 俺は疲労により、はぁはぁと息を吐く。 「うわ、何かはぁはぁしてる。もしかして私、ピンチ?」 「…………」 「あ、冗談だよ冗談。だから、その包丁は台所に戻して来て」 落ち着け……落ち着け、俺。 「……よし。もしお前が本当に貧乏神だというのなら、それを証明して見せろ」 ふふふ、これならどうだ。事実でない事を、証明なんて出来ないだろう。 「証明? う〜ん……じゃあ手っ取り早く、この家をもっと貧乏にしてあげる」 「え? いや、ちょっと待――ってうわぁ!? 棚に置いといた皿がいきなり落ちた!? そして割れたぁ!!?」 「14枚損失。全部100円ショップで買ったものだから、1400円が消えたね。それじゃ、次は――」 「わ、分かった! お前が本当に貧乏神だというのは分かったから、もう止めてくれぇ!!」 ――結論。 マナは、紛れもなく貧乏神だった。 「んで、どうしてお前は今まで隠れてたんだよ?」 「だって、私は神だもん。人前にぽんぽん現れてたら、ありがたみが薄くなっちゃうでしょ?」 「日本民族に、貧乏神を祀る文化はない。特に俺は」 朝のニュースを見ながら、マナへの事情聴取を続ける。 「そんな事より、御賽銭頂戴。神だから」 「……お前に賽銭を払って、何を願えと?」 「む。匠哉、御賽銭っていうのは、願い事の代価として払うものじゃないんだよ。日頃の感謝の気持ちを込めて、払うものなの」 「へぇ……でも、お前に感謝する事なんぞ何もないが」 「……私、この家の守護神なんだけど。迫り来る災いを、色々と追い払ったりしてるんだけど」 「外の災いから護られてても、内に貧乏の原因があるんじゃ話にならん」 「仕方ないよ、私はそういう体質なんだから」 「根性で何とかしろ」 「無理♪」 ……もの凄くいい笑顔で言いやがった。 「とにかく、御賽銭プリーズ!」 「本気で殺すぞ」 「……ごめんなさい。調子乗り過ぎました」 俺の眼光にビビり、頭を床に付けるマナ。 ふっ。数多の借金取りを一睨みで追い返した俺の必殺技、まだまだ衰えてはいないようだ。 ……嬉しくも何ともないが。 「うぅ……力を封じられて貧乏神に堕ちたとはいえ、黄泉の穢れより生まれた、禍――それも大禍を司る神だったこの私が、小童の睨みに敗けて頭を下げるなんて。お父さん、お母さん……貴方達の民は、間違った方向に進歩しちゃってます」 ……何か凄い事を言ってる気がするが、とりあえず聞き流す。 「ところで、時間は? 学校行かなきゃいけないんじゃないの?」 「……へ? うわ、やべっ!!」 気が付いてみれば、家を出る時間を15分も過ぎている。 俺は即行で荷物をまとめると、ダッシュで家を跳び出した。 「いってらっしゃ〜い♪」 ……背後から聞こえた貧乏神の声が、妙にムカついた。 「あ、先輩! おはようございます!」 「……ああ。おはよう、緋姫ちゃん」 俺は校門で、後輩の倉元緋姫ちゃんに遭遇した。 可愛らしい――という言葉を体現した容姿と動作を持つ、生粋の美少女である。どこぞの貧乏神とは月とスッポンだ。 ……だだ、背負っているリュックから銃のグリップがいくつも飛び出しているのが、凄まじい違和感を与えているが。 まぁ、そこら辺の解説は後に譲ろう。今の俺には、読者の事を気にしてやれるほどの余裕はない。 「……? 何か、疲れてますね?」 「朝、ちょっとしたトラブルがあってな。15分も家を出るのが遅れたんだ。んで、全力疾走」 「うわぁ、お疲れ様です。それにしても……よく間に合いましたね」 「……よく、借金取りから逃げてるから。足の速さには自信がある」 「そ、そうですか」 和やかな朝の会話を楽しみつつ、学校内を歩く。 俺は緋姫ちゃんと別れると、自分の教室に入った。 椅子を引き、席に座る。 「おはよう、匠哉。ぐー……」 「ああ、おはよう」 後ろから聞こえて来た声に、振り返らずに答える。 振り返っても意味はない。何故なら、後ろの席の男――田村真は、完全に睡眠中だからである。振り返っても振り返らなくても、眼を閉じてるんだから同じ事だ。 真は眠ったまま登校し、眠ったまま生活し、眠ったまま下校する――そんな、奇想天外人間だ。 本当は起きてるんじゃないかと疑われた事もあるが、脳波とかを調べた結果、眠っている事が証明された。スリーピング・ヒューマン(?)である。 親でさえも、こいつが起きている場面を見た事がないらしい。 「ぐー……」 真が眼を醒ました時、何が起こるのか。 一説には、世界が滅亡するらしい。まぁ、在り得ないとは思うが。 ……補足するが、世界滅亡が在り得ないのではない。真の覚醒が在り得ないのだ。 き〜ん こ〜ん か〜ん こ〜ん チャイムが鳴る。 今日も、学校生活が始まった。 ――そして、昼休み。 時間の進み方が早過ぎるとか、そんな文句は聞かない。作者にでも言ってくれ。 それに、今はそのような事を言っている場合ではないのだ。 皆が昼食を取り始める中、俺は―― 「しまった……弁当を忘れた」 ……昼食がなかった。 朝のドタバタのせいで、鞄に入れ忘れたのだろう。 「なら、一緒に購買行こう。ぐー……」 真が、眠そうな声が言う。いや、実際眠っているのだが。 「……そうだな。仕方ない」 俺は溜息をつくと、席を立つ。 ――だが、その時。 「話は聞きましたッ!」 そんな声と共に、教室のドアが勢いよく開かれた。 「ひ、緋姫ちゃん……?」 「せ、先輩! わ、私、今日は何故かお弁当を2つ作って来ちゃったんです。よかったら、1つ食べませんか?」 進路上にいた真を弾き飛ばしながら、緋姫ちゃんが近付いて来る。 何故か顔が真っ赤なのだが……熱でもあるんだろうか。その割には元気そうだが。 彼女は相変わらず銃でいっぱいのリュックから、弁当箱を1つ取り出す。 「……いいのか? 本当に貰っちゃって?」 銃と一緒にされてたと考えると微妙だが、それでも女の子の手料理。これを逃す手はない。 「はい! あ、あと、それと……せっかくですから、一緒に食べません?」 「ん? ああ……そうだな。そういうのもいいだろ」 ぱぁっと、緋姫ちゃんが顔が明るくなる。 ……さっきから何故かクラスの男ども(睡眠中の1名は除く)が殺気立った眼で睨んでいるが、気にしない事にしよう。 「じゃあ、中庭に行きましょう。お日様の下で食べるのって、気持ちいいですよ」 緋姫ちゃんが笑顔で、俺を見る。 俺はその言葉に答えようとした――が。 「匠哉ー。忘れてたお弁当、届けに来たよー」 ……その声が、俺の思考を完全に殺した。 教室の空気を凍らせながら、てくてくと入ってくる者。 「まったく、おっちょこちょいなんだから。もうちょっと、朝は余裕持った方がいいよ?」 言うまでもなく、貧乏神のマナである。 「……そもそも、朝の余裕がなくなったのは誰のせいだと思ってる?」 「はぁ? そんなの、匠哉自身のせいに決まってるじゃない」 マナが、机の上に弁当箱を置く。 「……あ、あのう」 緋姫ちゃんがおどおどとした様子で、マナに話し掛ける。未知とのファースト・コンタクトだ。 「えっと……貴方は? 先輩――月見さんのお知り合いですか?」 「ん? 私?」 マナはきょとんとした表情で、それに答える。 「私はマナ。匠哉と同じ家に棲んでるの」 ――教室に、稲妻が走った。 「な、何ぃぃぃぃぃっっ!!!?」 男どもが、絶叫する。 「…………」 停止する緋姫ちゃん。 「お、おい! お前、そういう誤解を招くような言葉を――」 「『同』じ家に『棲』んでる。即ち『同棲』。ぐー……」 「――ッ!!? 真ォォ!! いきなり状況を悪化させるような事を言うなぁぁぁッ!!!」 「ぐー……」 睡眠男の一言で、教室は混乱の坩堝と化した。 「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「月見ィィ!! てめぇはァァッッ!!!!」 吼える男子達。 「……ヒソヒソ」 「……コソコソ」 こちらを見ながら、何かを囁き合う女子達。 ……もう、生きていけない気さえしてきた。 「待て、皆! これは――」 それでも何とかしようと、俺は必死で声を出す。 ――だが。 「先輩と同棲……」 緋姫ちゃんの小さな、それでいて絶対零度を思わせる声が、皆を黙らせた。 ……やばい。この展開はやばい。 「私の先輩と同棲なんて許せない……じゃなくて、同棲などという風紀の乱れは許せません」 奇術師が操るコインやトランプのように、緋姫ちゃんの両手にそれぞれ拳銃が現れる。 ……さて、さすがにそろそろ解説が必要か。 緋姫ちゃんは、風紀委員会に所属している風紀委員である。だが、ただの風紀委員ではない。 ――武装風紀委員。それが、緋姫ちゃんの役職だ。 その発足は、数十年前に遡るらしい。 この学校は、一定の人数が集まれば顧問がいなくても自由にクラブを作る事が出来る。そしてある時、こんなクラブが生まれた。 ――『テロリズム・クラブ』。 その名の通り、テロを部活動として行う、危険極まりないクラブである。 テロリズム・クラブ――略してテロクラ――によって頻発する、学校内でのテロ行為。だが、誰もそれを止める事は出来なかった。 本来ならば職員達により速やかに廃部にするべきなのだろうが、この学校の校則は必要以上に生徒の自由を尊重する。例えそれが、テロリストであっても。 しかもテロクラの影響により、他のクラブも活動を過激化させ始めていた。もう、皆が暴力への抵抗を諦めていた。 ――しかし。 風紀委員会は――風紀委員達は、それでもテロと戦い続けた。 だが、所詮はただの生徒。テロリストなどに勝てるはずもない。 それでも、それでも彼等は戦い続けた。他の生徒から呆れられ、嘲笑されても。 ……風紀委員会はどれだけ傷付いても、決して諦める事はなかった。 そしてついに、国が動いた。風紀委員会に、武器の携帯を許可したのだ。 星丘高校の秩序と平和の象徴――武装風紀委員の誕生である。 ……以上、解説終わり。 「恨まないでください。風紀のために、私は貴方を斃します」 緋姫ちゃんが、マナに2挺の拳銃を向ける。 ……緋姫ちゃんは本気だ。教室に満ちるプレッシャーが、それを証明している。 「お、おいマナ! 悪い事は言わないから逃げろッ!!」 武装風紀委員は、元SAS隊員から指導を受け、訓練された戦闘のスペシャリストだ。貧乏神なんぞ、3秒で殺されてしまうだろう。 ――だが。 「はんっ」 マナは、鼻で笑った。 「私を斃す? 新旧教両教会から、サタンの化身だと恐れられているこの私を?」 ……はい? 「月見家に近付く福之神を1人残らず半殺しにし、さらには七福神さえも退け、『福之神殺し』と呼ばれたこの私を?」 うわぁ、こいつ殺してぇ。 「ふん、笑わせないでよね。オムツも取れてない赤子は、帰ってオネンネでもしなよ」 こ、このバカ貧乏神! 意味の分からん挑発すんなぁぁぁぁッ!! 「……ブチリ」 うお、緋姫ちゃんからキレた音がした! ってか、口で言ったぞ今! 「星丘高校風紀委員会、武装風紀委員一年生部隊隊長――倉元緋姫ッ!! 校則特例第十二条により、敵を殲滅するッッ!!!」 ――銃声。 教室の窓ガラスに、次々と穴が穿たれてゆく。 ちなみに、他の生徒はもう皆避難している。なかなか迅速な避難だ。日頃の避難訓練のおかげだろう。 ……俺も避難したいなぁ。でも、ダメなんだろうなぁ。何か、原因の一端は俺にあるっぽいし。 「まぁ、そんなに落ち込むな。ぐー……」 「ありがとう。そう言ってくれるのはお前だけだ」 「それと、手を放してほしい。ぐー……」 「お前だけは絶対に避難させねぇ。道連れにしてやる」 「ぐー……」 俺は親友と共に、闘いの行方を見守る。 「ふん、ヌルいヌルい。そんな銃撃が当たると思ってるの?」 マナは狭い教室の中を縦横無尽に動き回り、銃弾を躱してゆく。 「チィ……! ならばッ!!」 緋姫ちゃんの手から、出た時と同じように拳銃が消える。 そして、その手を背中のリュックに伸ばした。 ……緋姫ちゃんはリュックから出ているグリップを握り、2挺のサブマシンガンを引き抜く。 「死――んでくださいッ!」 ばら撒かれる銃弾。砕け散る窓ガラス。まさに地獄絵図。 マナに、無数の弾丸が迫る……が。 「『貧乏バリアー』ッ!」 不愉快な技名が叫ばれると同時に、マナの前に光の障壁が現れる。 マナに放たれた弾丸は、尽くそれに弾き飛ばされた。 「な――ッ!?」 「これが神の力だよ!」 「……神?」 「そう。私、匠哉の貧乏神だもん」 「貧乏神……って、先輩が貧乏なのは貴方のせいですかッッ!!」 銃弾が、俺の頭のすぐ上を通り抜ける。 緋姫ちゃん、俺のために怒ってくれるのは嬉しいんだが……ここに俺がいる事を配慮しつつ、引金を引いてくれ。 「この……ッ! バラバラ死体にしてあげます!」 緋姫ちゃんが、何かを放り投げた。一見すると、スプレー缶のようにも見える。 しかし、缶の表面には『B』の文字。 ……緋姫ちゃんの、手製爆弾だった。 「って何ィィィィッ!!!?」 爆弾なんて使われたら、俺は確実に死ぬぅ!!! どうにか逃げ――ダメだ、時間がない! 「うわわぁぁぁ、死んだぁぁぁぁッ!!!?」 俺は絶望の叫びを上げたが、 「ぐー……」 真は俺の身体を抱えると、窓から飛び降りた。 「――へ?」 ……あの、真さん。ここ、3階なんですけど。 「おい、いくら何でも――!」 「ぐー……」 「睡眠中にこういう危険行為をするなぁぁぁ!!」 ぐんぐんと近付いて来る地面。 学校の外に避難していた生徒達が、眼を丸くしたのが見えた。 ……と言うか、もしかして生徒達に向かって落下してる? 「――ッ!!? おい真、まさかお前!!?」 答えが返ってくる前に、俺達は地面に到達した。 ――グシャリ。 真は生徒達を人間クッションにし、見事着地。 クッションにされた何人かの生徒は、手足や首がどこか芸術性を感じさせるような、本来は在り得ないはずのカタチに曲がっていた。 ……まぁ、見なかった事にする。 「そうだ、緋姫ちゃん達はっ!?」 俺が見上げると、同時に。 さっきまでいた教室から、爆炎が噴き出した。 そして、俺達と同じように飛び降りて来る影。 ――まずは、マナ。 「よ――っと」 貧乏神は、クッションも何も使わずに着地した。まぁ……人外なのだから、そんなに驚くような事でもないのかも知れないが。 それを追うように、何かが飛来して来る。 マナが跳んで逃げた瞬間、その何かは地面に着弾し……爆発。 その衝撃で、大勢の人間が紙のように吹き飛ばされた。 「――榴弾ッ!!?」 いつからうちの学校は戦場になったんだぁぁッ!? そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか――まぁ、知らないだろうが――緋姫ちゃんが、グレネードランチャーを構えたまま着地する。 ……凄いよ、緋姫ちゃん。人外でもないのに、クッションを使わずに着地するなんて。もう、本当に凄いなぁ……ははは。 「チィ、逃れましたか……!」 緋姫ちゃんはランチャーに装弾し、2発目を発射。 だがそれはマナではなく、逃げ惑う数人の生徒をふっ飛ばした。 「もうちょっとちゃんと狙いなよー。このままだと、死人が出るんじゃない?」 ……いや、もう出てるんじゃないか? 「ま、貴方の腕じゃ難しいのかも知れないけどね」 マナは不敵な笑顔で、緋姫ちゃんを挑発する。……また、そういう余計な事を。 「くっ、どこまでも私をバカにして……もう、本気で殺しますッ!」 緋姫ちゃんはランチャーをリュックに入れ、替わりにアサルトライフルを取り出す。 そして、銃口をマナに向けた。 「むぅ、まだ分かんないのかなぁ? 銃弾なんて、このバリアーには通じな――」 ――その瞬間。 数多の弾丸が障壁を貫き、マナの身体に突き刺さった。 マナは衝撃で後方に飛ばされ、仰向きに倒れる。 ……死んだ。あれは絶対に死んだぞ。 「ああ……やりました、やりましたよ。最高の気分です。やはり、狩猟仮説は正しいんですね……人間に宿る闘争本能と、この勝利の愉悦こそが何よりの証拠です。はははははは……ッ!」 ……緋姫ちゃんが、トリップし始める。 だが、それを邪魔するかのように――マナの死体が動いた。 「いったいなぁ、もう……」 ――生きてやがる。 「な……ッ!? 嘘、ライフル弾をまともに受けたのにッ!!?」 「ほら、私は神だし。そう簡単には死なないよ」 「だからって、何でもありな訳じゃないでしょう!?」 「そんな事言われても」 マナの身体から、パラパラと弾丸が落ちた。どうやら、全て皮膚で受け止めたらしい。 ……もう無茶苦茶だ。 「でもまさか、私のバリアーが破られるなんてね……一体、何をしたの?」 「……このライフルに装弾されているのは、教皇庁が闇ルートで販売している防御結界貫通弾です」 「ああ、なるほど。一神教の対異神武器か。宗教弾圧も、こうやって近代化してゆくんだねぇ」 「私には関係のない事ですよ」 緋姫ちゃんは、再びマナにライフルを向ける。 そして、引金に力を込めた――が。 「――『貧乏パンチ』」 銃撃よりも早く、マナの拳が緋姫ちゃんを殴り飛ばした。 緋姫ちゃんが、ボールのように地面をバウンドする。 「続いて、『貧乏キック』」 マナの追撃。 緋姫ちゃんは体勢を立て直す間もなく、2撃目を喰らう。 「か、は……ッ!?」 「最後に、トドメの1発――」 マナが、拳を振るう。 「――『貧乏サンダー』ッ!」 拳から放たれた雷が、緋姫ちゃんに直撃した。 「ふん、人間風情が。100年早いんだよっ!」 マナが胸を張りながら、勝ち台詞を吐く。 「……っておい!? 緋姫ちゃんは大丈夫なのか!!?」 地面に倒れている彼女からは、ブスブスと煙が上がっている。……絶対にヤバい。 「あ、心配いらないと思うよ。そりゃ普通の人間なら即死だけど、その緋姫とかいうのは普通の人間じゃないし」 「待て、緋姫ちゃんは普通の人間……だと思うぞ。多分……きっと」 ……あれを見た後では、断言出来ない俺。 「ま、そんな事はどうでもいいや。お弁当、確かに届けたよ」 「……そう言えば、お前は弁当を届けに来たんだっけ」 色々ありすぎて完全に忘れていたが、始まりはそんな事だったよなぁ。 ……どうして、こんな事態に発展したんだ。 「じゃ、私は帰るから。さよなら」 マナが、歩き去って行く。 き〜ん こ〜ん か〜ん こ〜ん ……昼休みの終わりを告げるチャイムが、虚しく響いた。 「匠哉、授業が始まる。教室に戻ろう。ぐー……」 「……お前、いい神経してるよな」 「ただいま……」 俺が学校を終え、さらにバイトと買い物を終えて家に帰ると、居間では貧乏神がゴロゴロしながら煎餅をかじっていた。 ……湧き上がってきた烈火の如き殺意を、どうにか押さえ込む。 「あ、おかえりー」 マナは1度だけこちらを見て笑うと、見ていたテレヴィに視線を戻す。 ……もう、完全に居座っていた。 「ま、いいけどな……」 昔から住んでたってのもホントっぽいし、これくらいの事で目くじらを立てるのは止めよう。 ……と言うか、もう諦めよう。 俺は後ろ向きな決意を胸に、台所へと向かう。バイトのおかげで、時刻はもう夕食時なのだ。 「おーい、マナ」 「ん? 何?」 マナが、台所にひょっこりと顔を出す。 「お前、何か食えないものとかあるか? ピーマンが嫌いだとか、貧乏神はネギを食べるとアレルギィが出るとか」 「……え? ううん、別にないけど……」 マナが、不思議そうな顔で俺を見る。 「もしかして、私の分もごはん作るの?」 「……はぁ? あのな、さすがに俺だって同居人にメシを作ってやらないほど冷たくはないぞ」 「でも、私は食べなくても生きていけるよ?」 「食べる事は出来るんだろ? せっかく2人いるのに、俺1人で食べてどうする」 「……食費が、増えると思うんだけど」 「カネってのは、貯めるためにあるんじゃない。使うためにあるんだ」 俺はスーパーの袋から、2人分の食材を取り出す。 マナはじっと俺の姿を見ていたが、 「……そっか。じゃ、楽しみにしてるよ」 しばらくすると、笑いながらそう言った。 「おう、楽しみにしてろよ――」 「メニューは満漢全席ね」 「やっぱお前どっか行け」 ……前途は、多難そうである。
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