邂逅輪廻



「大切な事は勝利。それ以外は要らない」
 本日の名言:運動会に遅刻した女性。


 季節は巡る。
 太陽が自己主張を抑えて身体をすぼめるように空に短く留まる季節だ。
 網羅大規模戦闘から十日間。負傷していた生徒たちも復帰し、夏休みの宿題の消化に躍起になっていた。
 現在、蓮井学園の校門前には三人の風紀委員が陣取り、遅刻者に警告を言い渡していた。それは新学期の無遅刻キャンペーンである。
 そんな中に一人、黒の制服と黒のチョーカーを纏い、肩甲骨あたりにまで伸びた黒髪を束ねた少女が一人いる。彼女はホイッスル片手に遅刻してきた生徒たちに注意と減点を行い、反抗する生徒は容赦なく殴り飛ばしていた。
 東雲咲哉だ。
「「先輩ー!」」
 校門の向こう側、補助用の松葉杖を付いた女子生徒と左腕に包帯を巻いた男子生徒が東雲の元に歩いてきた。
「犬飼、鉄野? ……二人とももう動いていいのか?」
 薄く赤い長髪をそよ風になびかせるのは犬飼。校則を無視した金髪の男子が鉄野だ。二人は東雲の傍によるとはにかんだ笑みで、
「「結婚してください!」」
「やだよ。それよりお前ら、後一回遅刻で補習追加だぞ?」
 戯言を一蹴してからホイッスルを鳴らす。犬飼も鉄野も完全に遅刻者だ。二人はとぼとぼ「冗談じゃないのに」とボヤキながら校門をくぐって行く。
「サっちゃんがマジメに仕事している……」
 次に校門前を通ろうとしたのは佐々波、和歌月、塩原の三名だ。東雲はすぐにホイッスルを鳴らして対応。
 三人はそれぞれに、
「違うぞ。サっちゃん。俺は遅刻したんじゃない」
「そうだよサっちゃん。別に寝過ごしたんじゃないよ」
「ん。早とちりは駄目だなサっちゃん」
「お前らだけ特別に減点三にしてやる」
 三人を押し出すように手を振り、さよならだ。
「貴女も変わりましたわね」
「うぉ?!」
 気配も無く後ろから声を掛けてきたのは貴族の女だ。
「いきなり現れるな!」
「そういうところは相変わらずですわね。一ヶ月前の事が嘘のよう」
「むしろ嘘であって欲しいんだがな」
「それは無理でしょう。貴女が貴女である限りは……」
「桜の姫君か……」
 そのとき、始業を告げる電子音が校内に鳴り響いた。


 最終話 「桜咲き誇る真夏の夜」


 暮れ空が影を伸ばす時刻、蓮井旧校舎グラウンドに集結したのは四百人を超える生徒集団だった。その黒山の人だかりの中に、東雲咲哉は立っていた。
「ったく、人ごみで気持ち悪いな」
 彼女の服装は黒。それは蓮井高校が指定する黒い制服、そして左腕には風紀上等と書かれた腕章を巻いている。
『――ブツッ』
 しばらくするとマイクの電源を入れた時のぶつ切り音が響いた。
『ガー、ガー、マイクテステス』
 という口調で喋るのはグラウンド前に置かれた簡易ステージの上の女子だ。彼女はマイクの感度や音量を確かめながら、徐々に最適に仕上げていく。
『ガー、ガー、……よしっと』
 終わったのか台の上から降りていく。
 そして代わるように一人の男子が簡易ステージの上に登った。
 その男子こそ蓮井高校生徒会執行部会長だ。
 彼はステージに登りきるなり両腕を大きく開いて、
『俺と付き合ってくれ!!!』
 四百名を超す生徒たちから空き缶やカバンを投げつけられた。
 投擲物にぶつかった生徒会長は鼻血を出しながら、
『いや、痛いって! もうちょっと手加減しようよ!』
 あまりの扱いの酷さに嘆いている。だが、いつもの事なので全員が無視する。
 はあ、と生徒会長はため息を漏らしてマイクに喋る。
『……今から七時間後に季節はずれの運動会が開催される。それも大規模なくせにギャラリーゼロの運動会だ。……いいか! 敵を殴って蹴って締め上げろ!』
 突如として言葉を荒げた生徒会長は壇上で握り拳を作る。
『ここには多くの生徒が居る。……力に溺れたもの、力に狂ったもの、力に自惚れたもの。……それがどうした!? 戦いにおいて力が絶対! 弱ければ抗う事すら出来ない!』
 握り拳を生徒集団に突き出し、
『ならば力に溺れろ! 狂え! そして自惚れろ! どのような形になろうと、それが力であることに変わりは無いのだから!!!』
 そして拳を胸元に引き寄せて、斜めに振り下ろす。
『生徒会執行部生徒会長の権限の下に旧市街攻略対網羅大規模戦闘行為の許可を下す! 総員は第二級戦闘配備にて待機せよ! ……と、こんな感じでおk?』
 またもや投擲物が生徒会長の顔面に直撃した。


 旧市街南西の駅前。かつては人々で賑わっていた蓮井駅は今や電車が一本も通る事が無い。しかし、そのダイヤにはいまなお電鉄の到着時刻と発車時刻が刻まれている。
 だが、其処にかつての賑わいを取り戻すように百五十人弱の生徒たちが集結していた。彼らは談笑したり、自らが駆使する武器の手入れをしたりしていた。
 その中の二人。
「先達か。……どうせなら後発でラクしたかったな」
 話しを振るのはぼさぼさ髪の男子。塩原だ。
 そして話しを受けたのは、
「気にしても仕方がない」
 夜色の忍び装束に着替えた青年、和歌月だ。
「しかし、よく集まったな? 正直、これの半分程度しか来ないと思ってた」
「俺のように夏休みの宿題が嫌なだけだろう。……後で泣きを見るのにな」
 的確に和歌月が答える。
 旧校舎に集った四百名近い人数は四つに分類された。
 本拠地としての旧校舎に百名の本隊、旧市街蓮井駅前に百五十名の第一部隊、大型交差点に百五十名の第二部隊、そして状況に応じて独自行動を行う五十名の遊撃隊員だ。
 部隊構成の選考基準は三つ。
 主に後衛向きの人員は本隊。
 連携が苦手又は戦闘能力の優れた人員は遊撃隊員。
 連携に優れた又は戦闘能力の低い人員は第一、第二部隊。
 そして、塩原と和歌月は第一部隊に配属された。
 塩原はサポート能力が高く、和歌月は連携に優れていたからだ。
「斉藤や川相は遊撃隊員か」
「川相といえば服は見たか? なんというか、あいつが制服着てるの始めてみた」
「それは何か違う。……それより斉藤だ。あいつの刀がまだ出来てないんだろ?」
「ああ、もう少しで完成するらしいが、もしかせずとも間に合わないぜ。……それでも斉藤の事だから戦うんだろうな」
「武器無しで?」
「いや、川相から村雨を借りてる。川相の方は見た事のない長物持ってたよ。たぶんアレが川相本来の武器なんだろ?」


 川相たちは古書店に居た。もちろん廃れた古書店だ。
 十年以上前に店主を失った古書店の中にセミショートの川相と黒髪を結った斉藤が居る。
「はあ、十年前のマンガは面白くないよ」
 詰まらなそうに本棚から漫画を取り出すのは川相だ。服装は黒いシャツと黒いスカート、背には自分の背丈よりも頭一つ分長い、布に包まれた棒状の何かがあった。
「古書店だからもっと古いって」
 川相の愚痴に答えたのは川相と同じく黒いシャツと黒いスカートを纏う斉藤だ。彼女は刀剣を佩刀している。それは川相から借り受けた草薙級二番刀村雨だ。
 遊撃隊員は危険な任務であった。それは単独で事に当たらなければならないからだ。通常の部隊なら仲間と協力して解決する問題を一人でこなす。これほど個人の能力が問われる配属は無い。
 そして二人は遊撃隊員に選ばれた。それだけの能力が認められたからだ。
「紅丸が無い以上、村雨が頼りか……」
 斉藤は村雨の柄を握る。いつもとは違う感触に僅かに躊躇うような表情を見せた。
 手に馴染まなければ実力は発揮できないからだ。
 斉藤のそんな表情に川相が呆れた顔で愚痴る。
「だから、とっとと取りに来れば良かったのに……。紅丸が間に合わないって分かっていたのに頑固に待つからこうなるんだよ」
 う、と斉藤が嫌な顔をする。
「諦めが悪すぎるんだよ。明日香は」
「そ、それよりさっ! 桜丘はどうしたんだろう?」
 斉藤は強引に話題を変える。
 川相としても話題を引っ張ったところで、そこまでの意味が無いので話題変更に応じた。
「……そういえば稲石も見てないよ」
 桜丘と稲石。
 桜丘は貴族の女と呼ばれ校内に知らぬものが居ない実力者、稲石は純粋な身体能力は劣るものの銃火器の扱いには手馴れている。その二人が揃って、この季節はずれの運動会に参加していない。
「なにかあるね? きっとこれと同じくらいかそれ以上に面白い何かが」
 そうでなければ来ない筈が無い。
「そういえば秋村もいないよ」
「いや、秋村は戦闘能力ないって。こんなところに来たら一発で死ぬって」
「それもそっか」
 川相はあっさりと納得した。そして別の疑問をぶつける。
「東雲が遊撃隊員に志願したって本当かな?」
「ん? ……ああ、うん。本当だと思う。さっき見た東雲の表情、今まで見た事が無いぐらい澄んでた。アレ絶対、本当の自分を見つけたんだよ」
「……それって剣姫みたいに?」
「そんな感じ」
 そして、少女たちが話題を終えた。

『みなさん元気ですね?』

 無機質な人の声が響いた。
 音源は電信柱に取り付けられた拡声器だ。そこから言葉が飛んでくる。
『現在時刻を持って、第一級戦闘配備を発令します。いよいよ運動会が開催するにあたり、本日はゲストコメンテーターとして海の女王こと大宮さんに来て頂きました』
『どうも、大宮さ』
 無機質な声の後にハスキーボイスが響いた。
 海の女王といえば四姫妃の一人だ。
『まあコメンテーターというほどでもないけどよろしくさ』
『そして実況はわたくし、東雲文香がお送りします。……さて本日の天候は雲ひとつ無い晴天で戦闘日和らしいですね? わたくしは戦闘には参加しませんが死なないように頑張ってください。――応援はしませんが』
 どういう実況だ。
『ハハッ、相変わらず面白い一年だね? 放送委員なんざ辞めて保険に入らないかい?』
『おっと、コメンテーターまさかのジャブ。しかし、わたくしの心が動く事はありません。残念ですね? しかし、ここで生徒会長よりモールス信号だ!』
 短い電子音と長い電子音が夜空に数回木霊し、
『これはセクハラのお誘いですね? 大宮さんに譲りましょう』
『いやいい。あの馬鹿はいらないさ』
『玉砕! 生徒会長は玉砕、まるで雑魚!』
 当然だ。
『さて、ここで本題です。……現在、大型交差点で網羅と思われる組織と第二部隊が接触、大絶賛戦闘中です。しかも第二部隊は不利な戦況、手の空いている方は第二部隊の援護に回ってください』
 ……………………。
「先にそっちを言えぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!!」
 大型交差点以外から生徒たちの声が反響した。


 大型交差点では百五十人の生徒と数百名のものたちが戦闘していた。
「くそッ! 空から降りてきやがるとは聞いてないぞ!」
 予測されていた戦闘は突如として発生した。
 それは空からの奇襲から始まった。
 空中から降り注ぐように敵勢が降ってきた。
 部隊を指揮する隊長は頭上に現れた敵の不意打ちに倒れ、動揺した隊員は一気に倒された。今は倒された隊員を補うように防戦一方となっている。
 そして敵勢には一つの共通特徴があった。
「天使ってのは卑怯だろうが?!」
 彼らには翼が生えていた。それも空を舞う飛翔の為ではなく、行動補助の為の翼だ。
 つまりは翼を用いた速攻と高速回避が天使の戦闘方法だった。
 天使の速度についていけない隊員はすぐに敵を見失い、加速の攻撃に倒れていく。たま速度についていけるものでも攻撃が当てられずに苦戦している。
 加速した天使がまた一人、隊員を倒していく。
 しかし、一気に乱れた統率を立て直すものが居た。
「落ち着けみんな! 奴らには自我がない! 行動パターンが決まっている!」
 その通りだ。
 天使たちはある一定のパターンに従って動いている。
 それは攻撃と回避。その単純な二つの行動しかしていない。
 青年は倒した天使を盾にして攻撃を防ぎ、反撃を繰り出す。
「こいつらの性能は科学部の人形以下だ! 科学部の人形と戦った経験のある奴を軸にして戦え! 攻撃パターンさえ見極めれば防げる!」
 的確な指示で部隊の指揮を高める。
 だが、それでも最初の差が埋まらない。絶対的に戦力が不足してしまったのだ。
「ちぃ! 戦力差を埋めるには援軍が要るが、まだ時間が掛かる……!」
 最短距離を突き進んでも十分以上は掛かる。それまで今の戦力を維持しながら待たなければならない。何故なら、これ以上戦力を削られると援軍が到着しても手遅れになる。
 そのためにも天使どもの攻撃を確実に防がなければならない。天使たちの行動パターンが読めても、実際に防げなければ意味が無い。
 一体の天使が猛攻を仕掛けてくる。その攻撃を紙一重でかわし、後ろの天使へと流した。
 その攻撃、同士討ちになるべき天使の攻撃は天使に当たる前に止まる。
 それも行動パターンの一つだと考え、
「……! 指揮官を探せ!」
 彼は気付いた。指揮官の存在に。
 理由は簡単で今の天使が攻撃を止めた事だ。
 天使には自我が無い。だとしたら味方への攻撃を止める理由が無い。事実、先ほどは盾にした天使に攻撃した。しかし、今はそれをしなかった。
「こいつらの敵味方の判別を切り替えている奴がいるはずだ!」
 同士討ちを避け、しかし、既に戦闘能力の無い天使に攻撃が出来るのはそれが理由だ。
 無論、性能の良い人形ならばそれが出来るだろう。しかし、低性能の天使たちに移り変わる戦場で敵味方の判別を変えるのは難しい。
 青年は駆ける。
 天使たちの行動を読みきった彼にとっては攻撃を避けるのは容易い。
 そして、戦場を駆け抜けたとき、ふと、天使の中に一人だけ毛色の違う奴を見つけた。
 それは天使に似ているようで似ていない。
「おや? 見つかりましたか?」
 それは両目の色素が違うオッドアイを持つ指揮官だった。
「なるほど。思ったよりも優秀ですね」
 指揮官はそれだけを告げて、駆け寄った青年に攻撃を仕掛けてきた。
「!」
 青年は咄嗟にホルダーから拳銃を引き抜き、引き金を二十回引いた。
 全弾連射。
 その言葉どおりの攻撃が銃口より放たれる。
 しかし、
「僕の能力には届かないですよ」
 指揮官は近場の天使を盾に銃撃を回避。二十発の銃弾で穴だらけになった天使を踏み台にして青年に肉薄する。
「さぁ死になさ……」
 その先の言葉は紡がれなかった。一発の銃声が響き渡り、一発の銃弾が指揮官の胸部を貫いたからだ。
「なッ……?!」
 指揮官が驚愕に顔を歪ませる。
 そして肉眼では見えない先にスナイパーがいたことに気付いた。
「俺たちは連携が主体だ。一人で戦うわけじゃない」
 慣れた手つきで拳銃のマガジンを取り替え、とどめの一発を指揮官に撃ち込む。
「チームワークの差だ。素人」
 それが指揮官に抱いた青年の感想だ。
 だが、こいつ一人が全ての天使を操ったとは考えにくい。だとするなら指揮官は他にもいる。
「各員! 指揮官を捜し出して討て!」
 青年は高く空に叫び、次の指揮官を倒しに行く。
 いつの間にか彼が隊長代理となっていた。


 大型交差点の戦場になってから二分後、駅前でも戦闘が始まっていた。
 だが、大型交差点とは違い現れた敵は三体だけだった。そして、その三体に百五十人近くの部隊は押されていた。
「くッ! なんなんだよこの化け物は!!」
 その言葉通りだった。
 部隊の眼前には三体の巨大な化け物がいた。
 それは全長一〇メートルを上回る鎧の巨人だった。
 黒金を纏う巨人はそれに見合う大剣を振り回し、隊員たちをなぎ払う。その攻撃力は一撃で十人の隊員を戦闘不能にしていた。
 まさに巨人の一閃。
 それが三体となればあまりにも不利だった。
「シークエンス! 火遁!」
 叫んだのは塩原だ。彼は三枚の呪符を空へと投げて散らばせる。
「!」
 その呪符を三本の手裏剣が貫いた。
「これでも止まらないか!?」
 手裏剣はそのまま三体の鉄の巨人へと衝突し、衝突した部分を燃焼させる。
 だが、巨人は止まらない。燃焼し続ける胴体など気にせず、鉄の大剣を振り回して群がる生徒たちをなぎ払う。
「シークエンス!」
 今度は和歌月が叫んだ。
 彼は六本の手裏剣を両手で取り出して、鎧の巨人の手甲に投擲する。しかし、鎧の巨人は突き刺さった手裏剣など気にも留めず、大剣を横に薙ぐ。
「雷遁!」
 その言葉に合わせて後衛に居る数人の生徒たちが魔術詠唱、次の瞬間には手甲に刺さった手裏剣目掛けて稲妻が走る。
 感電。
 その単語に相応しく、三体の巨人に電撃が見舞われた。
「……くそッ! 止まれよ馬鹿!!」
 鎧の巨人は止まらなかった。まるで重戦車のように進み続ける。
 その圧倒的な実力に凌がれるものまで出てきた。
「退くな! どの道、何処で戦っても変わらない!」
 彼らに言葉を示したのは部隊長だ。
 彼は機関銃の引き金を引き絞り、鎧の巨人の胴体を射撃する。
 銃撃により鎧の巨人に銃痕は残った。しかし、肝心の攻撃が止まらない。
「だったらこいつだ!!」
 部隊長は携帯小型弾頭を取り出す。それを射出台にセット、標準を合わせてぶっ放す。
 轟音とともに発射された弾頭は鎧の巨人の側頭部にヒット、そして盛大に爆音。爆風と衝撃波を広げた。
「止まった! 今だ!」
 鎧の巨人の動きが止まり、地面に片膝をつけた。
 それを視認した生徒たちが止まった鎧の巨人に群がり、その脚部関節に数十の小箱を仕掛ける。
「退避!」
 その言葉に従い、群がった生徒たちが鎧の巨人より距離を取った。
 そして、
「爆破!」
 隊長が告げた言葉通りに、鎧の巨人の一体が爆破した。それは関節に仕掛けた爆薬が原因の爆撃。
「!」
 無音とすら取れる悲鳴を挙げながら、鎧の巨人が地面に倒れる。
 脚部の完全破壊。
 それにより鎧の巨人の一体は無力化された。
 すなわち敵の一体を撃破したのだ。
「う、うぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!」
 隊員の一人が歓声を響かせて、その大声に他の隊員も続く。
「喜ぶのは残りも倒してからだ!」
 だが、部隊長は冷静に判断。まだ鎧の巨人は二体も残っている。
 それらを倒さなければこの戦いには勝てない。


 斉藤は大型交差点に向かう道の中途で止まっていた。
 走りを止めたのには理由がある。
「敵ですか」
「うん、そうだよ」
 見えたのは紅いツーピースの女。その首には青いチョーカーが巻かれている。
「一応、名乗るよ。……異界侵攻軍先行部隊特別攻撃隊員朱姫」
 そして朱姫は腰より一刀を引き抜く。しかし、それは紅い刀身の刀だった。
「これが何か、分かる?」
「紅丸にそっくり。……あなたはさしずめ私か姉さんのコピーね?」
 ええ、と朱姫は頷いて肯定。
「その通りよ」
 そして、朱姫は笑って、
「だから今日、貴女の名前を頂くの。斉藤明日香という名を」
「名前ね。……それは面白そう」
 斉藤は村雨を抜刀した。
 村雨という名の力を斉藤は扱えない。だが、その代わりに斉藤は一つの意地を見せる。
「今の私に不覚は無い」
 かつての油断と浅はかを取り戻すように斉藤は大地を蹴った。
 その標的は朱姫の首と意思。
 首を穿つ一撃を繰り出して攻撃。しかし、
「私は貴女のコピー。簡単に貫けるわけないよ」
 朱姫は刀を押して対応。一撃を刈り取らせずに流して、同じく突きで反撃される。
「!」
 首の皮一枚で回避。
 流された刃先の向きを横にして薙ぐ。だが、その攻撃を朱姫は腰を落として回避した。
 互いに熾烈の攻撃を繰り出しては互いに紙一重で回避する。
「それじゃ私の勝利は見えないよ」
 朱姫が刃の切っ先を前へと押し出す。それを掠めて回避し、反撃に転じる。だが、その反撃も紙一重で回避された。
 どちらも致命の一撃に欠けている。
「身体能力は互角、そして戦いに感じる昂揚も互角、なら……」
「決着は装備の差で決まるよ」
 その通りだった。
 斬撃を返された村雨の刃金が軋んで悲鳴を上げる。それに違和感を覚えた斉藤は気付く。敵が操る武器の正体に。
「この感覚……、違う、紅丸じゃない? ……まさか!!」
 その言葉に朱姫は微笑む。
「うん、その通り。この剣は草薙級一番刀紅丸のコピーじゃないよ。……これこそかつての科学部の集大成! 草薙級三番刀王熱だよ!」
 草薙級三番刀王熱。かつての科学部が苦心の末に作り出した銘刀。しかし、五年前に保管庫から何者かに盗まれたという。
「!」
 本物だと判断した斉藤は距離を稼ぐ。
 王熱の能力は熱。熱を帯びた斬撃の切れ味は紅丸、村雨のそれを上回るという。
「もう遅いよ!」
 朱姫は逃がすまじと接近、連続的な攻撃を繰り出してくる。
 防ぐ為にも攻撃を流す。
「さっきまでとは違うよ」
 だが掠めた斬撃は一つの効果を果たす。服の袖を焼いたのだ。
「あまり紙一重では避けないほうがいい。と」
「うん。僅かな傷でも燃え広がるから」
 斉藤は焼けた袖を引き千切って棄てる。そして浅く笑い。
「知ってる? ……勝利は掴んでこそ価値がある」
「……?」
「私は今から貴女を倒す」
 眼光鋭く村雨を正眼に構える。


 眼前には敵がいた。
 二メートルを超す巨躯はその身に更にでかい大槍を抱いている。
「あたしの踊り手はアンタね?」
「そうだ。言霊の女」
 二メートルの巨漢は大槍を振り回し、
「我が名は蒼玉。……相手をしてもらおう、川相風花」
 それだけで蒼玉は大槍で突貫してくる。
 その威圧はまさに鬼神。
 だが、川相は引かずに背負った布袋を手に取り取り、布を払って一つの武器を構える。
 それはスリムな槍に似たフォルムの鉄の棒状。
「長銃か」
 その一般名称を告げて蒼玉は突貫を果たす。しかし、その突撃を川相は横に構えた長銃で受け止めた。
 馬鹿な。と蒼玉は驚きを隠さずに叫ぶ。
「ただの長銃ではないのか?!」
「もちろん。これはちょっと特殊な材料とかなり特殊な作り方をしているから」
 川相はバックステップ。距離を取って銃撃を放つ為の引き金を三度引く。
 銃口から銃弾が放たれた。
 それを蒼玉は身体を捻って回避、したはずだった。
「ぬッ?!」
 銃弾は蒼玉の胴体にヒットした。それも後ろと横から。
「これは?!」
「今のが、このガングニールの能力だよ」
 距離を保ちながらさらに引き金を引き絞る。引き絞った数だけ銃弾が飛び、飛び出した銃弾の数だけ相手の胴体にヒットした。
「くッ!? 自立軌道する弾丸だと?!」
 それがガングニールの能力。
 追尾能力を兼ね備えた神代の武器であり、他にも能力が二つある。
すなわち士気の高揚と弾切れが起きない。だが、その事を川相は伏せた。ばらす理由が無いからだ。
「おのれッ!」
「!」
 蒼玉は抵抗、避けられぬならばと全弾をその身に受けつつ突進、一瞬で彼我を詰めた。
 隙は無かった。ただ想定していなかった。大槍を棄てるという行動を。
 しかし、それが相手の攻撃を着弾させる要因となる。
「ぬンッ!」
 長銃を縦に蒼玉の拳を防ぐも、
「がッ?!」
 一撃で体が殴り飛ばされた。だが、その飛距離は一メートルにも満たない。
 それは蒼玉が殴り飛ばしと同時に逆の手でホールドしたからだ。
 蒼玉は掴んだ手を離し、決め手とばかりに腹部を蹴り飛ばした。
「ぐッ!!」
 蹴り飛ばされた体は地面へと叩きつけられ、そのまま地面を横滑りして不時着する。その際に血を吐き、体に鈍い痛みが走る。しかし、この程度で敵の攻撃が止まるはずがない。
 ゆえに川相は銃撃を乱射して時間を稼ぎ、倒れた身体を無理やりにたたき起こす。
 蛇腹の銃弾は胴体を的確に相手を撃ち貫いた。だが、そのダメージすらも蒼玉は無視。
「痛みに耐えるときではない! 攻撃こそ優先!」
 大槍を蹴り上げて拾い、川相目掛けて投擲した。
「!」
 川相は間一髪避ける。だが、それは正しくも間違いだった。
「ガングニールに死角あり!」
 その言葉を吐いてから蒼玉は走り出す。だが、先ほどまでとは違い、その姿勢は腹部に腕を回していた。
 ガングニールの弱点とは何かを蒼玉は叫ぶ。
「その長銃! 標的はすべて人体胴部であろう?! それゆえに胴体さえ守れば貴様の攻撃は全て防ぎきれる!」
 その言葉通り、銃弾の全ては吸い付けられるように蒼玉の胴体に集中する。その理由すらも蒼玉は言い当てた。
「標的に確実に命中させる為に誤差が出ても構わない箇所、それが胴体! 人体で最も面積が多い箇所であり、主要な内臓器官が集中する箇所だ!」
「くッ!」
 言い当てられた事で動揺はしない。だが、戦術の練り直しは迫られた。
 川相は疾走する。
 蒼玉から距離を取りつつ、引き金を指に掛けて射撃。
 まだだ。まだチャンスはいくらでもある。取り逃さない限り。


 蓮井旧校舎大講義室。
 本隊が陣取るそこでも戦闘が始まっていた。
 それは情報処理という名の戦闘だ。
「交差点で敵勢力の五割を撃破! ですが部隊の残存戦力が五割を切っています!」
「駅前で二体目の巨人を撃破!」
「各地にて遊撃隊員が戦闘を開始しております!」
 その中央、全ての情報を統括する女性が一人。
「交差点に向かわせた小隊と連絡! 第二部隊に負傷者の治療専念の指示! それから遊撃隊員たちには撃破が無理なら敵を足止めさせるように!」
「鈴木隊長!」
 鈴木に声を掛けたのは一人の少年だ。彼は急ぎ様に用件を伝える。
「科学部から入電! 新型装備と新型人形が仕上がり、佐々波部隊がこちらに運んでいます!」
 それを聞いた鈴木はすぐに指示を飛ばす。
「今すぐに各地の士気を高揚させるように伝えて!」
「た、大変です!」
 それは少女の声だ。彼女は慌てて事の次第を話す。
「第一部隊の援護に向かわせた小隊が網羅の白鳥と遭遇、現在戦闘中です!」
「!!!」
 一瞬だけだが周囲の空気が冷えた。だが。すぐに鈴木が指示を下す。
「第二部隊の動ける隊員を戦闘ポイントに向かわせなさい!」
 距離的には第一部隊のほうが近いが、今は回せるだけの戦力がない。


『みなさんこんにちは。今日も元気な東雲文香です。本隊から士気を高めろとか言われました。でも嫌です』
 電柱に取り付けられた拡声器から響いたのはやはり無機質な音声。
『現在、旧市街各地で派手な戦闘が展開中。手の空いた人は助けに行くと、異性にモテモテかもしれません。なお先ほど科学部からの入電があり、新調した装備などが運ばれてくるそうです。面白いですね? ……ではコメンテーターの大宮さん一言』
『そうだね。……保健室のベッドには十分空きがあるから、みんな安心して戦いな』
『だそうです。良かったですね? じゃんじゃん怪我しましょう! ……ちなみに本日の対網羅戦闘生放送のスポンサーは蓮井高校図書委員会です。途中、彼らのCMが入りますが、あしからず』
 ………………………。
「やる気なんぞ出るかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 それが生徒たちの本音だ。


 その場所は大型交差点へと続く高架線の一つだった。
 今そこには数十人の生徒たちが留まっていた。その理由は二つ、軽傷のものから重傷のもの、虫の息という表現が似合う状態のものたちまで居たからだ。二つ目の理由はそうなった原因。
 それは目の前に立つ一人の女性。
 大型交差点に向かう途中で彼女に襲撃を受けた小隊は壊滅しかけていた。だが、彼女は小隊に止めを刺していなかった。いや、正確には止めが刺される寸前に一人の遊撃隊員が間に割って入ったからだ。
「――桜姫……」
 遊撃隊員の称号を女性が言い放った。
「ああ、俺が桜の姫君だ」
 その言葉に答えるのは肩まで伸ばした黒髪に黒いシャツと黒いスカートの黒いツーピース。そして左腕に風紀上等の腕章を巻いた少女。
 相対する女性はしかし、全てが真っ白だった。
 それはチョーカー。
 かつての戦いで首に巻かれていた黒いチョーカーはそこに無く、代わりに白いチョーカーを巻いていた。すなわち今の女性は完全な白。
「遺品か、あの男の。ならお前の目的は復讐か?」
 その問いに女性は瞼を閉じて瞑想。
「……我が名は白鳥。敵を射ち、敵を撃ち、敵を討つもの。与えられたのは復讐ではなく絶対の攻撃とその栄光、ならば討ち果たすは勝利のみ」
 白き女性は言い放ち、両の瞼を開いて白き瞳孔を見せる。
 その白き眼差しが戦いへの強い意志を物語っている。
「俺は、俺の名は東雲咲哉」
 それだけを告げて少女は前に進む。
「他人に本性を押し付けて俺を偽り、今は偽る事を止めたものだ」
 少女の目に見えぬ覇気が空気を通して周囲に散漫する。それは領域全てを威圧していた。
「覚悟はいいよな? ……聞くまでもないか」
 少女は走った。
 正面からの攻撃である。
 それに対して女性は構える。腕を振り上げ、脚を曲げ伸ばし、踊るようにアスファルトの地面にステップを踏む。本当のダンスのように感じ、すぐにその判断は覆された。
 女性の足元で赤い光の線が陣形を描いた。それは攻撃の始まりを告げる魔方陣。
「――攻撃魔術レベル3……」
 その言葉が三角形の魔法陣を象り、すぐに女性の宣言した攻撃を具体化する。
 即ち、赤い光による魔術攻撃だ。
 光の線は三つ、すべてが蛇足に動いて標的の少女に殺到する。
「っ!」
 少女は呼吸一つ。
 その場で止まり、光の線を引き付けてから再加速した。
 一瞬で三つの攻撃を躱した少女はさらに加速、自らの攻撃対象である女性に接近した。
 刹那の後、少女の後方で光が地面に衝突し、鉄の地面を穿った。
「――攻撃魔術レベル2……」
 すぐに女性は魔術を宣言、攻撃対象に向かって二本の光が走る。それを少女は止まらずに回避、攻撃をその身に掠めて走り抜ける。
「!」
 少女は攻撃の瞬間を悟り、躊躇わずに攻撃する。
 それは走りきっての右フック。
 それを女性の胸部に叩き込むも、
「!」
 女性は腕を回して防御に成功。ならば、と姿勢を低くして左手を地面に着き、そのまま女性に右の水面蹴りを繰り出す。
 繰り出した蹴りを女性は後退して回避。だが、追撃はまだ届く。
 少女は弾かれた右手も地面につけて左脚を上げて身体を回転、開脚しながらの左回し蹴りを女性のわき腹目掛けて放つ。
 女性はそれに肘を当てて防御。しかし、少女の蹴りは重く、防御した肘ごと横に飛ばされた。
 それでも女性はアスファルトで受身を取り、次の瞬間には二の足で立ち上がり、魔術攻撃の為の予備動作を行った。
「――魔術攻撃レベル4……」
 光の線が四方形を描き、直後をもって射撃される。
 その数は四つ。
 攻め撃つ光は迷う事無く、少女の身体を捉えて空中を走る。
 少女は地面に伏した身体を転がして二つの光撃を回避。両手で逆立ち腕をバネにして左へと跳躍、残る二つの光撃を間一髪で回避した。
 立ち上がった少女は一息、
「おしッ!」
 そして、闇夜が刻時を経過した。


 夜。まるで漆黒が世界を飲み込むような深い闇が世界を覆っている。
 そんな夜に混じるように黒い制服の少女が高架線に居た。それは闇色のシャツと夜色のスカートを着用し、左腕に風紀上等と書かれた腕章を巻いた東雲咲哉だ。そして東雲の前方には黒とは真逆の女性が立っている。
 白い長髪に白いワンピース、首には白いチョーカーを巻いた女性。網羅の白鳥だ。
 二人は互いに間合いを計りながら、互いをけん制しながら、互いに死力を尽くしていた。
「長丁場はきついな?」
 東雲が自問する。
 黒いシャツの袖から露出した柔肌には何かで削り取ったような裂傷の傷痕がまざまざと出来ていた。それは白鳥の繰り出した攻撃の結果だ。しかし、東雲は退かずに戦っていた。
「やっぱぶっとばさねーと気がすまねーよ」
 自答してからアスファルトの地面に靴底を押し付けて、渾身の脚力で疾走。
 引き分けも敗北も要らない。欲しいのは勝利だ。
 それを自覚して二歩目で全力疾走する。
 急激に白鳥との距離を詰めて、相手の出方を見る前に決着に持ち込む。
「――攻撃魔術レベル5……」
 白鳥は踵を打ち鳴らして、地面に星型の魔法陣を出現させる。白鳥が二度目の踵を打ち鳴らすと魔法陣から赤い光が漏れ出して、それらが獲物を求めるように実体化する。
「!」
 瞬く間に光の線が東雲に走る。その軌道はバラバラで、東雲を標的に与えられた歯牙を揮う。
「防ぐ暇があるか!」
 東雲は防御を選ばなかった。
 頬、左腕、わき腹、太股、脛と五つの光撃を全てを身体に掠らせてでも白鳥へと肉薄する。防御しなかった事で攻撃に転ずる隙は生まれない。
 白鳥の鳩尾に右のアッパーカットを叩き込む。
「!」
 白鳥もまた攻撃を防がない。あえて殴り飛ばされる事でこちらの動きを制限した。
「――攻撃魔術レベル1……」
 東雲の足元から光の線が湧き上がった。それは不可避の一撃だろう。
「!」
 顎を直撃。しかし、致命には程遠い。だが、白鳥がそれを承知して用いたのには理由がある。
(前がゆれる?!)
 顎からの衝撃が脳に伝わり、一時的に東雲の五感が乱れた。それは致命に繋がる乱れだ。
 白鳥は一足で上空に飛ぶ。それは一人の少女を圧倒した攻撃手段。無論、その事を東雲は知らない。
 高く、絶対に攻撃が及ばないようにより高く飛んでいく。
 東雲の意識が復帰したときには既に白鳥ははるかな上空、人の身では飛べぬ果てにいる。
「――攻撃魔術レベル6……」
 宣言と同時に白鳥の足元に赤い光の羅列が浮かぶ。それは白鳥を中枢に添えて脈動するように躍り、空に巨大な魔法陣を描いていく。
 空に広がる闇を押し退けて紅色が己を主張した。
 刹那。
 紅い光撃が空に降り注いだ。それは高速の爆撃だ。
 狙われた東雲は降り注ぐ紅い光景を見ながらに、
「予測してたぜ」
 後方に背走。
 そうやって距離を稼いでも紅い光の斜線は標的を違えない。
「いいか? 俺の本気はこれからなんだよ!!」
 東雲が右腕を引いて、全力で正拳を突き出した。それは紅い光に直撃し、光爆を引き起こす。そして連鎖するように他の光撃も東雲の居た場所に爆撃した。
 紅の迫撃は一瞬にして完了する。
 それまで東雲が居た空間を根こそぎ奪い取り、大地に大きな孔が生まれた。
 まさかの自殺行為。それに若干の驚きを感じながら白鳥はその場をあとに、
「……え?」
 出来なかった。
 白鳥は驚愕する。
「なん、で?」
 東雲は立っていた。まるで面白くないという表情を浮かべて立っていた。だが、白鳥の視線に気付くなり、にぃ、と笑顔で告げる。
「面白くないだろ?」
 東雲は無傷。先の光撃を直撃しながらかすり傷も負っていない。それはあまりに理不尽な光景だ。
「どう、して……?」
「俺も不思議だ。どうしてだろうな? ……馬鹿みたいだ」
 自嘲しながら東雲は空を見据える。空の上辺に白鳥は二本足で立ち、その足元には未だ発光する魔法陣が確かに残っている。しかし、魔法陣とは違い、白鳥の心根は穏やかではなかった。
「どうして?!」
 白鳥は咆哮。必殺の一撃が無効化されたことに対する憤りだ。そして憤怒はより強い攻撃を生み出す原動力へと変わる。
「攻撃魔術レベル7!」
 白鳥は無いはずの地面に踵を打ち付けて足音を響かせ、紅い魔法陣を書き換える。それは七角形となり、その角の七つの点に紅い光を灯す。
「穿て!」
 白鳥がはっきりと攻撃を指示したのはそれが初めてだ。
 そして主人の命令を遵守する紅い光撃が七つ。獲物の命を刈り取る為に鋼鉄の大地に再び降り注いだ。その迫力は恐怖すら忘れさせてくれる。
「ハッ! もう遅いんだよ!!」
 怒気を滲ませて東雲が空に叫ぶ。
 そして前傾の姿勢を構え、一目散に駆け出した。
 何処に、と言われれば一つしかない。
 敵のいる場所だ。
 光が降り注ぐ戦場を東雲は走り続ける。
「どうしてかは聞くなよ! 俺にだってよく分からないんだ! 今、分かるのはお前が俺の敵で俺がお前の敵だって事だけだ! そんで俺がお前をぶったおす!!」
 限界ギリギリの行動で光撃を避けながら、空に浮かぶ標的を見定める。
「知ってか! ここは高速道路だ! けど開発着工してから完成目前に、いや、完成してから蓮井の馬鹿どもが暴れまくった! その結果、この高速は一台の車を走らせる事無く終わったんだ!」
 落ち来る紅い光をときに殴り飛ばして花咲かすように散らせる。
「いいか?! いいよな!! 俺が走ってんのに喧嘩を売ってんだからいいに決まってやがる!!」
 東雲は止まらずに疾走。
「教えてやるよ! 俺の力! お前の一騎当千とは違って一直線の馬鹿げた力だ!」
 喋り続けて、話し続けて、それでも息を切らす事無く駆け足の全力で動き続け、ついに白鳥の真下へと到着した。だが東雲は空を飛ぶことは出来ない。
 東雲はあらん限りに叫びを挙げる。
「なーんてな!!」
 その言葉が響いたと同時、白鳥の身体が下から雨に晒された。銃撃という名の雨だ。
「?!」
 白鳥が慌てて避けようとするも間に合わずに身体を穿たれる。
「白鳥、最初からお前を一人で倒せると思っちゃいない。……友達はいいもんだな?」
 白鳥は気付く。東雲を中心として円を描くように黒い生徒たちが配置されている事に。そして生徒たちが一様に銃火器を頭上、空浮かぶ白鳥に向けている事に。
「数集めて工夫すりゃ倒せるに決まってる。お前は三強じゃないんだからな」
 その台詞は実現する。
「ッ……!」
 銃弾に晒された白鳥はその足場である魔法陣を崩れて空中に浮遊する能力を失った。
 それは墜落である。
 白き女性が一直線に堕ちて来る。
 東雲咲哉の下にと。
「終わりだな白鳥。言い残す事はあるか?」
 落ち来る白鳥に東雲は問う。
「――攻撃魔術レベル9……」
 僅かな呟きを口にして白鳥の身体が紅い光に包まれる。白鳥は勝利を諦めていない。
「……おい?」
 その光景を見た東雲は目を見開く。
 白鳥の身体には紅い線が走り、侵食されるように紅くなっていく。
 そして白鳥は紅が雑じった白い眼差しを東雲に向け、叫んだ。
「――九頭竜……!!!」
 叫びきった時、白鳥の身体は内より砕け散った。その内より紅い光が落ちて来る。
「?! 嘘だろ!!」
 降り注ぐ紅い光は今までとは違い、明らかに威力が増している。それは殺意を持つものが放てる最悪の一撃で、白鳥の最後の攻撃だ。
「逃げろ!!」
 周りの生徒たちを退避の指示を下す。しかし、どう考えても自分自身は間に合わない。
 受けるわけにもいかず、避けることも出来ない。
(ならどうしろと?!)
 答えは一瞬、地面にある。
 瞬かで両の掌を高架線に押し当てて、
「!!!」
 紅い光はもう手を伸ばせば届く位置にある。
 コンクリートであるはずの地面は一瞬で灰色から黄ばみ、
「いっけッ……!!!」
 歪んでひび割れ、そして砕けた。
 それだけでは留まらない腐敗の侵食は高架線の基部にまで届き、そのまま高架線の命である鉄柱すらも腐らせた。
「崩れろ!!!」
 その言葉は言霊へと昇華され、その意味を果たす。
 作られてから十数年。結局、高架線がその役目を全うする事は一度も無く、一人の少女の手によって灰と化して崩れ落ちた。
「!」
 紅い光が崩れ逝く高架線に重なり光爆。そのまま光と爆風と衝撃波を旧市街に散らせた。
 それが終焉の合図だ。


 白煙と砂塵を纏った瓦礫の山と化した元高架線に一人の女子が埋まっていた。
 ボロボロだが息はある。
「た、助かった……!」
 だが、身動きは取れない。コンクリートの破片が左脚を直撃し、骨が折れているからだ。
 それでも生きているのだから悪運が強いのだろう。
「おーい。だれかー」
 叫んでみるも反応は無い。さすがにこの状況じゃ危険すぎて下手に近寄れないのだろう。
「――頭悪い……」
 だからそれは純粋な驚きだった。
 その呟きは瓦礫の下方、麓のほうから聞こえた。脚は動かないが、首は回るので下を見てみる。そうすると見えるのは一人の女性だ。
「おまッ、生きてたのか?」
 それは確かに生きている。だが四肢は粉々に砕け散り、残っているのは胴体と頭部だけ。それを視認してから「無事じゃなさそうだな」と声を掛けて、自分はああならないで良かった。と感じる。
「――腐敗……」
 首だけで白鳥は会話、その話題は先ほどの行動だ。
「ん? ……ああ。腐敗が俺の力、桜の姫君の力だよ」
 桜の姫君というよりも超悪魔素子の能力と言った方が正しいのだろう。殺意が極まったときに発動し、全てを腐らせるという特殊すぎる能力。万能には程遠い一点張りの能力だ。
「使いにくい上に威力が強すぎると自分にも影響がある。馬鹿げた能力だ。どうせなら、もっと使い勝手のいい能力にしろっての」
 とはいえ、全てを腐らせるという異常能力でもある。事実、白鳥の光撃を腐らせて無効化した。早い話しが耐久性を無視して攻撃ができる能力と言っていい。
「――ずるい……」
「……不意を突けば一個師団潰せる奴がなに言ってやがる」
 それだけの戦闘能力が白鳥には備わっている。
「桜姫」
「ん?」
「ポケットの中に私の証がある。……受け取って」
「証?」
 なんだそれ、という問いの答えは無い。
 白鳥が事切れたからだ。
「なんだよおい。死んだのか? もう少し話そうぜ」
 それだけ言って東雲も沈黙。
(疲れたな)
 少し、本当に少しだけ頑張りすぎた。
 だから東雲は瞼を閉じる。脚が動かない以上、戦線への復帰は出来ない。
(あとは他の奴らが何とかする)
 そういう奴らだ。
 きっと勝手になんとかする。
 それが蓮井の馬鹿生徒の特徴だ。


『えー。皆様生きていますか? ……本隊では網羅の主力と網羅部隊の大多数の撃破を確認し、現時刻を持ちまして網羅大規模戦闘行為の終了宣言を行いたいらしいです。まだ暴れたり無い人は近くの人でも殴っていてください。それでは終了宣言にあたり、ゲストコメンテーターらしく面白味の無い一言をどうぞ』
『まあ残念さね。……それはそうと西山、あとで覚えてろ』
『どうやら喧嘩腰のようです。……ところで新学期にあたりまして教頭先生から電信です。宿題を忘れた奴は吊るす。との事です』
『それは大変さね。まあ宿題終わったから関係ないけど』
『……さよなら姉さん。吊るされても笑いません。たぶん』
『それは暗に笑うと言っているようなものさね』
『何のことでしょうか? 私にそのような嗜好は、……あるかもしれませんね?』
『否定しろ』
『嫌です。……本日の放送は東雲文香とゲストコメンテーター大宮がお送りしました。皆様、新学期にまた会いましょう。生きていれば!』

 そして暗闇が明ける。


 教室へと続く廊下には二人の生徒しかいない。それは東雲と桜丘だ。
「そういえば桜丘、お前何してたんだ?」
 隣を歩く桜丘に詰問する。桜丘は結局、運動会に出席し無かったからだ。
「ふふふ、参加しなかったのはそれより面白い事をしていましたからですわ」
「面白い事?」
「そう面白い事ですわ。……内容を話すつもりはありませんが」
 それだけで桜丘は話題を終える。
 教室に着けば多くの生徒が、
「その宿題を寄越せ!!!」
 夏休みの宿題の争奪戦が行われていた。
 宿題というのは名前の欄を書き換えれば案外分からないもので、それを利用しようとした生徒たちが数多くでた。
「東雲さん! 宿題寄越せ!」
「俺はやってねぇよ」
「みんな最初はそう言うんだよ!」
「じゃあ宿題はやってある」
「寄越せー!!」
「どっちも同じじゃねぇか!!」
 殴りかかってきた稲石を殴り飛ばして、次々に襲い来る生徒を殴り飛ばす。既に乱戦模様が展開されており奪われたものやそれをさらに奪われたものまで居る。
「全くどいつもこいつも。……いいか? 宿題は俺のものだ! テメェら寄越せ!」
 当然の如く東雲も火中の栗を拾いに行った。




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