『これだけは教えてやる。俺はお前が大好きだぁぁぁ!!!』 本日の名言。他校でナンパする生徒会長の台詞。 「双子の食尽鬼?」 時刻は昼食時、珍しく屋上で食事していたときにそんな話題が振ってきた。 双子の食尽鬼とは半年前に話題になった殺人鬼のことだ。しかし、その双子は半年前に警察組織によって投獄されたと報じられた。 「僕も最初はそう思って別事件として処理していたけど。被害者の生き残りが双子の食尽鬼に襲われたって五月蝿くてね? これは何か有るんじゃないかと放送委員会の管理データにハッキング仕掛けたところ、どうも投獄というのはでっち上げらしいんだよ」 東雲としてはあまり関心事ではなかった。しかし先日、自分の属する風紀委員数名を保健室送りにした手前、あまり無関心でいるわけにもいかなかった。 そんなこちらの考えを無視して、 「というわけでちょっと退治してきてよ」 「……」 嫌な組織になったものだ。いや、元からか。 「なんで俺にそんなこと頼むんですか? それこそ警察の仕事では?」 こういう危険な仕事をこなすのは国家権力に任せればいい。 「まぁ、本当はそうなんだけど。今回はちょっと事情が違ってね? ――被害に遭っている大半が我が校の生徒だったりするんだよ」 「へぇ」 別におかしくはない。この付近に高校は一つしかなく、それがこの蓮井高等学校だ。ならば確率上、此処の生徒が襲われる可能性は高くなる。 「それに最近、霊歌様が予言していてね? 近いうちに馬鹿みたいに大きい事件が起きるって。たぶん霊歌様自身が前線に出ることになる」 「霊歌様が……?」 「そ、おかげでピクニックの前日の様にはしゃいでる」 それはまぁ、一大事には違いない。だが、それでも警察に任せるべきだろう。こういうときの為に高い税金から給料を貰っているんだし。 「とにかく、任せるから」 「嫌ですよ。自分でやってください。俺、補習で教室漬けになるんですから」 それはそれで嫌だけど。殺人鬼の相手よりかははるかにマシだ。 「補修は夏休みからだろ? まだ、一日あるから大丈夫だって。じゃ任せたから♪」 「一日って、ちょ?!」 笑顔で告げられ去っていった。 追いかけようとしたときに大量の電子音が響き始めた。 昼過ぎの鐘の音が昼休みの終了を告げている。 日の暮れた時刻、放課後の一室の長机には数名の生徒が集っていた。 「というわけで、双子の食尽鬼について色々調べて退治するから協力しろ。いや、協力してくださいこの野郎」 風紀専用会議室に少年少女を呼び出したのは肩口で髪を切りそろえた女子、東雲咲哉だ。 東雲はまず事態の重要性と緊急性を説いて、次に計画を立てて、最後に力ずくで協力させた。 「はい。東雲さん」 長髪を後頭部で一つ結びにした女子が満面の笑みで挙手をする。机上には学生カバンのほかに長さ一メートル程の袱紗が置かれていた。 東雲はどうぞ、と発言許可を出して意見を聞くことに専念。 「双子の食尽鬼、といえば巷で有名だった第一級犯罪者です。そんな化け物と戦ってタダで済むのですか馬鹿女。と言っていいですか?」 「いいよ? あと、タダで済むわけないじゃん。だからこうして作戦会議なんか開いてんだろ阿呆女」 女子の名は斉藤明日香。東雲のクラスメイトの一人で校内でも有名な剣士だ。 斉藤の他、集ったのは六名である。 左端から天文部所属橋見夜空、軽音楽部所属本田空賀、被服部所属川相風花、情報部所属鈴木詩歩、将棋部所属麻生俊哉、剣道部所属斉藤明日香に射撃部所属江浪義孝である。 「とにかく、役割分担すると総合的な指揮、町に出て双子の情報収集、放送委員会から情報強奪、最後に双子と戦う奴の四班。あと単独行動禁止、二人一組が原則な」 「おい」 話しを中断したのはレンズの薄い眼鏡を掛けた男子、将棋部の麻生だ。 麻生は何考えてんだコイツ、という表情で話しかけてくる。 「指揮と情報収集はわかる。情報強奪ってのはなんだ?」 「文字通りの意味だが? 放送室に忍び込んで情報強奪。あいつら情報屋の癖に情報の価値を全然理解してないから、一つの情報買うのにスゲー金がかかんだよ。だから奪う」 「――嫌な組織だ」 麻生はさらに面白味に欠ける、と呟いた。 「とりあえず指揮官は麻生で決定、補佐とか雑用は俺がする。情報収集は鈴木と本田。情報強奪は江浪と橋見。双子との戦闘は斉藤と川相だ。以上、質問は?」 はい、とまた斉藤が手を挙げる。 「戦うこと自体はまあいいとして、どうして風花と一緒なの?」 「そりゃお前、この中で戦闘慣れしているのがお前と川相だから。しかも川相の方は勝負服で戦えば負け無しだし、お前も抜刀すれば余裕で強すぎだろ?」 「抜刀できなかった場合は?」 「余裕でやばいだろうな。そのときは死なないように逃げろ」 まあ、川相に抜刀させないほどの使い手なら逃げ切ることは不可能だろう。だが、そのときはそのときだ。 「ああ、それと最近、街中で怪しい五人組が出没しているそうだから注意してくれ」 「五人組?」 「そう五人組み。なんだかヘンテコな格好しているから見れば一発で判るらしいぜ?」 斉藤が疑問顔をする。だが、事実だ。 「さて、時間が惜しいが、そろそろゲームの時間だ。各自、明日の作戦に失敗しないように備えてろ」 今日はついに大魔王に喧嘩を売る日だ。 蓮井市は戦後の高度経済期に周囲の町村を吸収合併しながら肥大化した都市であり、そこには三つの特色がある。 一つは戦時中異界によって接収され、戦後五十年に返還されるも蓮井市民による異人排斥運動によりゴーストタウンとなった蓮井旧市街。 一つは吸収合併の際に取り壊した学校に属した生徒を一箇所に集める為だけに建設された超弩級蓮井学園。 一つは県知事蓮井健一郎が財力と権力、横領した税金で作り上げた私設研究所の跡地に建てられた蓮井市屈指の巨大テーマパーク。 「あちー。何で夏休みだってのにこんなに暑いんだよ」 蓮井市居住区の路地で騒ぐのはダサい灰色のジャージを着込み、背にギターケースを担いでいる赤髪の男。蓮井高校男子の本田空賀だ。 彼は暑さにやられてやる気という根性を失っていた。 「それが原因よ……」 本田に気力の篭らないツッコミを入れながらケイタイを弄っているのは女子。両端がはねた髪型をしている鈴木詩歩。彼女もまた暑さによって性根が萎えている。 本田たちは朝から蓮井市居住区を歩き回っていた。そして、情報収集のために被害者宅を地道に一軒一軒回っては子供には関係ないと追い出されていた。 「むしろ、俺らが調べる意味なくね? 警察とかに任せればいいじゃん」 「文句いわない。元はと言えば、空賀が経費を使い込んだせいでこうなったんでしょ」 「アレはマジで知らなかったんだって。気付いたら色々騒いだ跡で領収書に税込み二百万とか書かれてて、……最悪だったな」 「最悪なのは知らずに付き合わされたわたし達の方よ」 「だから、謝ったじゃねぇか。床に何度も頭こすりつけながら」 「アレは擦りつけたんじゃなくて、麻生が全力で足蹴にしてたんでしょうが!」 「……ああ、そういやそうだっけ? まぁなんでもいいや」 彼らからやる気は感じられない。だが、彼らのやる気に関係なくとも、歩いている以上は目的地に到着する。 「此処で最後。――うん? 留守ね」 玄関の扉はインターホンを押してもノックをしても反応が無く、鍵もしっかりと締められている。これは無理か。と鈴木が反転して帰路に着こうとしたところ、 「?」 本田が何故か、脚を大きく上げて、掛け声一発。 「こんにちわー!」 扉を蹴り飛ばした。 「――」 扉は蹴りの重圧に一瞬だけたわみ、すぐに後方、本来なら開かない方に開いた。否、これは見事に、 「壊してんじゃないわよ!!」 鈴木が叫んだが最早手遅れ、扉が最後の断末魔をあげながら付け根より剥ぎ落ちる。 「なんだよ詩歩、開いたんだから良いじゃねぇか」 「よくない! これどうするのよ! 居留守だったら通報されるわよ!」 幸いなことに家人は本当に留守らしい。 こうなったからにはいつまでも文句を言っても仕方がないので、家の中に不法侵入する。家の中はよくある和洋折衷でフローリングや畳が部屋ごとに敷かれている。 いくつか部屋を見て回ったが、おそらく階段を上って突き当りの部屋が被害者の自室だろう。そこで本田は下の階で手がかりの捜索、鈴木は被害者の自室で捜索となった。 「なんというか殺風景ね」 部屋の中は六畳ほどで扇風機や勉強机が部屋の隅に設置されており、最近まで人が住んでいたという生活臭まで感じるほどだ。 「家捜しといきますか」 それから一時間ほど掛けて手がかりを捜索したが、何も出てこなかったのは言うまでもない。 「そっちは?」 「なんーも」 本田のほうも何も成果が挙がっていないらしく、居間でテレビを見ながらくつろいでいた。 「まぁ、予想通りってところかしら」 「……」 朝から調べて一切の情報がない。これでは来た意味がない。 「仕方ないか」 「ん?」 ポケットからケイタイを取り出し、文字を打ち込んでいく。それは女子高生として普通の速度であり、一般人としては異常に速く、数秒で返信が来た。 「なにしてんだ?」 本田が頭上から聞いてくる。 「人海戦術、頭数は多いほうが早いわ」 最初からこうしたかったが、情報の見返りに金品を要求する奴が多すぎたために使うことを拒んでいた。そして、彼女の情報網は回転率が早く、すぐに欲しい情報が手に入った。 「旧市街で被害者を見た?」 情報によると、旧市街で被害者の目撃情報が多数あったそうだ。 「また旧市街かよ」 本田は嫌そうな顔をする。旧市街は蓮井市民のただならぬ異人排泄運動で数多くの異人が死んだ場所、普通は好き好んで行くような所ではない。 「旧市街、っと」 鈴木は得た情報を麻生にメールで送る。状況はともかく、次の指示が出るまでは待機になるだろう。 「お前たち何者だ!!」 いきなり玄関の方から声がした。それは中年男性の声であり、玄関のほうを見ると。 「――」 明らかに不審者を見る目つきをした警察官が居た。そういえば、扉を壊したままだっけ。 「詩歩、これってマズくね?」 「マズいわよ……!」 二人はそこで初めて一致団結した。有無を言わせぬ逃亡である。 その会議室は対食尽鬼特別会議と銘打たれたプレートが立て掛けており、その中では一人の生徒が今事件の情報整理に追われていた。 「旧市街がきな臭いとは……」 麻生はパソコンの前で得た情報を整理していた。鈴木からのメールによれば旧市街にて被害者の目撃証言が確認されており、江浪たちが放送委員会から強奪した情報においては当時の旧市街商店街地下において吸血鬼実験が行われていた。という情報がある。 「吸血鬼実験というのは、やはり人体改造のことだろうな」 異人排泄運動の際に行われた人体改造。それは異人の持つ特異な能力を人間に開花させる実験だ。そして吸血鬼とはフランケンシュタインや狼男と並ぶ有名な怪物だ。 もし吸血鬼実験と今回の事件が関わっているなら、 「予想以上に厄介だぞ」 資料とにらめっこしながら、安請け合いしたことを後悔する。しかし、一度引き受けた以上はこなすのが務めだ。やらなければ二百万を自腹という地獄を回避したいためでもあるが。 「ぐは、死んだー!」 隣の席から馬鹿が騒いでいる。それは東雲だ。彼女は携帯ゲーム機を睨みながら、強すぎだろ! とか、一撃かよ?! とか叫んでいる。 「東雲……、仮にも自分が招いた火種だろう? 何かしようとは思わないのか」 「火種は俺じゃねぇよ。本物かもわからない食尽鬼に後れを取った奴のせいだろ?」 「それは……」 東雲の言うとおり、双子の食尽鬼が本物かどうかはまだ判明していない。 「そういうことだ。それよりも、だ。コイツ強すぎじゃねぇか。さっきから一撃でこっちのHPの二倍は持ってかれてるぞ」 先ほどから文句を言っているが、東雲がプレイしているゲームはDTQ(ドラゴンタオセネークエスト)だろう。アレは確か、ラストステージ間際に天空の城を襲撃して、宝玉を強奪しなければイベントフラグが起たず、ラスボスに能力補正が掛かる仕様だったはず。 「まあいい」 麻生にとって東雲がクリアできずとも、大して問題ではなかった。彼は既に三週目に突入しているからだ。 「とりあえず、斉藤たちを旧市街の商店街に向かわせよう」 仮に本物の双子と敵対しても、あの二人なら倒せるだろう。 「また旧市街とはね」 二人の女子が旧市街の入り口、十字の大通りに立っていた。其処から先に人の気配は感じられず、今は住む人の居ないゴーストタウンだと教えてくれる。 女子の一人、肩に袱紗を背負った斉藤は自分の武器を強く感じながら前へと進む。 此処から先、確かに人の気配は感じられない。しかし、人ならざる気配が漂っている。 「なんやおるね。久々に楽しめそうや」 エセ関西弁を話すのはもう一人の女子。巫女の衣装を着用するセミショートの川相は嬉しそうに話している。彼女もまた袱紗を背負っていた。だが、斉藤としてはその川相に不可思議な点を思う。 「ねえ風花、その格好なに? いつものガンメイドでいいじゃない」 「かー、わかっとらんな自分。ええか、こういう洋物な雰囲気には刀が一番や、せやからわざわざ剣巫女にしてん」 どうやら趣味の問題らしい。 此処で騒いでも埒が開かないので報告のあった蓮井商店街にと向かう。 「――」 何処からか、二つの気配がこちらを窺っているのは確かだった。 日光を近くの建物で遮断しても都市部特有のヒートアイランド現象までは止まらず、其処は猛火に見舞われたような暑さが支配していた。 「ゼェゼェ、ハァハァ」 息荒く呼吸を整えるのは鈴木詩歩。その隣にはギターケースを電柱に立てかけて休憩している本田もいる。 「結局、旧市街に逃げ込んじまったな」 「だ、誰の、せいよ……!」 鈴木たちは逃げ回った挙句、旧市街の裏路地に逃げ込んでいた。警察の追っ手を撒くためとはいえ、これでは逆効果になる可能性もある。 旧市街の裏路地は異人排泄運動の最中、異人たちの行動を抑制する為に方向感覚を麻痺させる結界が張られていた。沈静化から十年以上たった現代でもその効果は持続している可能性がある。 「ケイタイの通話機能も衛星捕捉機能も反応してない」 携帯端末の画面には旧市街の地図を出している。しかし、本来なら現在地を示して赤く点滅する筈の場所が一箇所もない。 「詩歩。やっぱさっきから同じ箇所をグルグル回っているぞ」 その言葉通り、鈴木たちは同じ場所を行ったり来たりしていた。 「……やっぱり結界が生きているわね。――はぁ、私は悪くないのになんでこんなことに」 「ん? ああ、昨日は悪いことしたからな。詩歩の生着替え覗いたり、詩歩のケイタイ弄って俺の歌着メロにしたり、詩歩にラブレター送った奴半殺しにしたり」 「死ね」 簡潔に気持ちを述べてから魔界脱出の手段を模索する。 「そもそも、結界を解除すれば出られるだろ?」 「その結界の元は何処にあるのよ?」 結界を張るには、札なり石なりといったキーアイテムが必要となる。しかも、結界は裏路地全体、旧市街全域にわたっている。さらには、 「普通のキーならとっくの昔に異人たちが探し出して壊してるはず。てことは異人たちが見つけられないほど巧妙に隠した、あるいは見つけ出しても壊せない状態かのどっちかよ」 面倒なのは後者だろう。気付いても壊せないとは、つまり、 「やっぱ今日はマズい日だな」 本田が立ち上がって周囲を警戒している。 「――あれは……」 見えたのは子供。十歳には到達するというぐらいの年の瀬だが、只の子供ではない。 「翅か」 子供の背にはチョウチョのような翅が生えている。それはステロタイプな妖精の姿、明らかに人体改造の結果だった。 「しかも死んでやがる」 そう、子供の顔に生気はない。着ている服は十年以上前の古さを感じさせることから、これが裏路地迷宮のトラップなのだろう。 「結界で足止めして死人で仕留める、か。――えげつねー」 「言ってる場合? 見なさい」 道の先々から別の死人が出てくる。しかも、一人二人ではなく、その数ざっと五十人。さすがにちょっと洒落にはならない。 「あー、詩歩って戦闘得意じゃねーよな?」 「当たり前よ」 「だよな、やっぱ」 そして二人の意見は再度一致、本日二回目の逃亡を試みる。 旧市街商店街の中央に設置された古風な時計塔の短針は二時、長針は六時を示していていた。 そんな日差しが和らぎ始めた時刻に商店街に着いた斉藤と川相は早くも問題にぶち当たった。 「誰だ?」 とは黒い短髪に黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い革靴とまさに黒尽くめ。唯一、首に着けたチョーカーだけが白い怪しすぎる男。そして、怪しい男の隣には白い長髪に白い日傘、白いサマードレス、白いシューズと男とは真逆の白尽くめの女が一人。彼女もまた、首に白とは逆の黒いチョーカーを着けている。 どう見ても怪しい。けれど双子といった感じはしない。 どうすべきか、と悩み始めた時、白い女が口を開く。 「――双子……」 その単語は明らかに無視できるものではなかった。この怪しい二人は双子となんらかの関係があるのかもしれない。斉藤は情報収集のために質問しようとした。が、 「おい。それは、あの二人組みが双子の食尽鬼ってことか?」 (ハイ?) 「――肯定……」 黒い男の確認に白い女は小さくかぶりを振った。 「だが、写真とちが……、ああ、そうか、ならば試す」 言いつつ、男は懐から黒い指無し手袋を取り出して両手に嵌める。それを眺めてから斉藤は相棒に問いかける。 「ねぇ風花、これってもしかして?」 「そのもしかしてやろな」 (勘違いされてるー!?) 内心で焦り、すぐにも彼らの間違いを訂正しなければならない。このままでは無用な争いへと発展しそうだからだ。 「ちょ、ちょっと待って下さい。私達は双子の食尽鬼じゃありません!」 「そうか」 軽く一蹴された。 「説得は無駄やな」 涼しい顔で川相が告げる。 「見ぃやあの目つき、あれは武人の目つきや。同じ武人の明日香みて血ぃ騒いどる」 川相は鞘に収まった剣柄を掴んで、勢いよく抜刀。刃渡り六十センチの白刃が日差しに晒される。 「――草薙級二番刀村雨、アメノムラクモのデータを流用した神代の再現や」 川相は格好良く口上し、格好良く頭上で村雨を回転させ、格好良く敵となる二人に刃先を向けた。それは本人的に格好良くポーズを決めたつもりだろう。 だが、こちらとしては許容できる行いではない。そもそも、相手は勘違いしているだけだ。これ見よがしに武器など持ったら、本当に双子として認識されてしまう。 斉藤は川相のわき腹を軽く突き、小声で話しかける。 「これ以上ややこしくしないで!」 「あのなぁ。……忘れたん明日香。昨日、東雲が最後に言うとったこと」 「東雲の言ったこと?」 確か東雲は昨日、私たちを集めて役割を分担し、それから、 『街中で怪しい五人組が出没しているそうだから注意してくれ』、『なんだかヘンテコな格好しているから見れば一発で判るらしいぜ?』 と注意を促した。ヘンテコな格好で一発で判断可能と。 斉藤は二人を見る。黒尽くめに白いチョーカーの男と白尽くめに黒いチョーカーの女。 「な? こいつらや」 確かに一目で怪しいと判る。 「でも、あれは五人組のはずじゃ」 「別に五人組だからって、いつも五人で動いとるとは限らへん」 かなり無茶苦茶な屁理屈だが川相のほうは既に信じきっているらしく、闘志を剥き出しにして笑う。さらには二人のほうも臨戦状態。 そんな二人に川相は、さて、と切り出し、 「戦うと決めた以上、名前ぐらいなのろか。うちは被服部の川相風花」 「名前か、――黒鳥だ」 「――白鳥……」 「――」 それは名前じゃないだろう。 とはいえ気にしたところで状況は変わらない。仕方なく斉藤も剣の柄を握る。だが、鞘からは抜かず、鞘に収めたまま下段に構える。 「剣道部副将、斉藤明日香。彼氏募集中、友達からでも可」 「? 抜刀しないのか?」 黒鳥が問いかける。その眼差しは鞘に納められた刃に集中しており、不意打ちは通じないだろう。 「紅丸は結構年だから、空気に晒しすぎるとナマクラになる。――それに、抜刀すると私自身が困ることになるから」 それは事実。だが、黒鳥はその言葉を別の意味として捉えた。 「そうか、つまり俺たちは舐められているのか」 「――塵芥……」 (あ、やばい?) だが、既に手遅れ。斉藤が言い訳する間もなく、黒鳥が向かってきた。 「!」 川相が背後に走った。それは斉藤を見捨てての退却ではなく、戦場の変更である。 商店街を抜けた先、開けた場所へとたどり着いた。端にはくつろげるようにベンチが幾つか設けられており、中央には噴水もあった。それらが此処を広場だと教えてくれる。 其処に走りこんだのは、日本刀を持ったセミショートの巫女。 川相は噴水前まで来て止まり、僅かな時間で呼吸を整える。 「――」 背後に足音が近づいている。それも高速と重量を兼ね備えた音質だ。 二人のうち、こちらを追いかけてきたのは、 「なんや、てっきり女の方が来ると思ったんやけど」 人影は黒。 闇と夜を混ぜ合わせたダークスーツの男、黒鳥。 彼は追いつくなり、 「!」 さらに加速した。 「くるなら来いや!」 相手の加速に合わせて村雨の切っ先を正面に構えなおす、狙うは相手の胸を刺す平突き。だが、黒鳥は鎬に左拳を当て軌道をずらす。 東鬼を弾かれたことで両の手が柄と一緒に引っ張られ、そこから生じたのは隙。黒鳥はすかさず右の手刀にて胸部を貫こうとする、だから川相は咄嗟に柄から左手を離して手刀を払う。 「!」 払った手刀に左手をホールドされ、腕一本で無理やり上空へと投げ飛ばされた。 (腕力まかせか? 読めヘんなぁ) 腰を捻って両脚から着地。すぐさま両手持ちに戻し正眼へと構え直す。 「アメノムラクモと言ったな?」 しかし、すぐには追撃が来ず代わりに言葉が投げかけられた。それは村雨についてのことだろう。 「水害の化身より奪い取り、神から人に渡ることで自然支配を決定付けたという治水の剣。……基としたデータはオリジナルか?」 「さぁ? 本物しらんから、なんとも言えへん。――それとも本物しっとるん?」 「いいや。――しかし、では、どうやって作れた?」 「そんなの作った科学部に聞いてや」 (十年前の科学部やけど) 会話が幕を閉じ、黒鳥が追撃を始める。 高速でこちらの左へと回り、横跳びからの跳び蹴り。それを刀身で受け止め、相手の足もろとも躯体をなぎ払う。しかし、黒鳥は返された跳び蹴りの反動を利用して紙一重で斬撃を回避、そのまま中空での姿勢制御は行わず流れのままに身体を半回転させて空中回し蹴りを放ってくる。 回避を一瞬で決断した川相は自らの体勢を前のめりに崩した。そうすることで放たれた回し蹴りは無様に倒れた身体の上を通過する。 「力はどうした? 真贋はともかく、アメノムラクモを基にしたなら相応の能力は備わっているだろうが、出し惜しみしている場合か? それとも出せぬ理由でもあるのか?」 崩れた体を起こすには時間が必要だった。無論、黒鳥は敵に対してそんな猶予は与えない。 彼は蹴りが失速する前に両手を地面に押し当て、回避された回し蹴りをさらに回転させる。そうして一回転もするころには、再び攻撃が襲ってきた。 「あるで、村雨にはその名に由来する水の力が宿うとる。でも、あまりに強すぎてなぁ。あんまし使わんことにしとる。優しいやろ?」 (ほんとは扱えんだけやけど) 蹴撃の威力は回転を重ねたことで遠心力が増していた。直撃を受ければ体が悲鳴に苛むだろう。 ゆえに左手を村雨から手離し、左腕を体の盾とした。それもただの盾ではなく、蹴りの逆側より右の拳を打ち込んでいる。 二つの力が左腕に襲い掛かる。 蹴りの威力は申し分なく左腕を容易く砕いた。だが、それ以上の威力は右拳で相殺した。 痛覚が仕事を全うする前に背後に跳躍、稼ぐのは時間と距離だ。 「水か、――まあいい、準備運動はこれぐらいにするか」 黒鳥が待機を止め、更なる戦闘を望むように彼我を詰める。 「準備運動か、せやな、そろそろマジでいこか」 川相もまた右手で構えて彼我を詰めた。 「ゼェゼェッ、もう、駄目、疲れた!」 裏路地にてぶっ倒れているのは二人の少年少女。片方は疲労で死に掛け、もう片方も疲労で死に掛けている。 本田と鈴木だ。 彼らは全力疾走で裏路地を駆け抜け、一時間近く走りっぱなしだった。 「そもそも、無理、がある。このままだと、マジで、捕まるぞ」 呼吸は荒く、それでも無理して立ち上がろうとしている。 「これ、以上、走れ、ないわ。誰か、ヘルプミー」 「ヘルプ、そりゃ無理。それより、囮やれ、そうすりゃ、俺が、助かる」 「死ね」 そんなひと時の休憩も長くは続かない。 「――」 足音だ。 それを聞きつけた二人は汗だくの体を叩き起こし、 「ゾンビーだな。もしくはグール」 「不死の化け物って性質が悪いわね、英雄でも呼ぶ?」 「一人や二人呼んでも数が足りん」 「それもそうね」 視界の隅から出てくるのは一人や二人ではない、既に追跡者の総数は百人をはるかに超えていた。 「くそっ、このままじゃヤバい」 「そうね」 「ああ、アニメの再放送に間に合わない……!」 「全力で死ね」 疲労もやる気も意識もない不死の追跡者が目前にまで迫っている。 「助けてー。とか叫んだら誰か助けに来ねぇかな?」 「試してみたら?」 「おっしゃ。――キャー、助けてー、変人が来るー」 「わお、すごい棒読み。私なら絶対無視する」 だが、追跡者たちは無視せずに襲い掛かってくる。その彼我二メートル。 「グッバイマイ人生」 「そうね」 彼らが運命を諦めたとき、 「まてぇいっ!!」 「……って、えええぇぇぇ!?」 鈴木が気付いた。設置された電信柱の上に直立する変人に。 「そこまでだ! 悪しき怪人ども!!」 彼らは全身タイツに仮面だった。 「貴様らの極悪非道、見逃しはしない!!」 彼らはカラー分けされていた。 「覚悟するがいい! とうっ!!」 彼らは五人組だった。そして、飛んだ。 五人組は途中で無意味な空中三回転を決めて、赤色、青色、黄色、黒色、桃色の順、怪人の頭上に着地する。 「紅き魂は灼熱の意思! クレイジーレッド!!」 「蒼き心は吹雪の感情! クレイジーブルー!!」 「黄の力は砂漠の竜王! クレイジーイエロー!!」 「黒き鋼は竜巻の波動! クレイジーブラック!!」 「桃の愛は意味不明だ! クレイジーピンクゥ!!」 五人が揃ってヒーローショーで決めるようなポーズを取った。 『五人揃って! 東西南北中央戦隊クレイジーコマンドゥ!!!』 「――」 二人が呆けている。 「二人とも、俺様たちが来たからにはもう大丈夫だ!」 「レッド! 来るぞ!!」 見れば死人どもが群れを成して襲い掛かってくる。しかし、 「舐めるなぁぁぁ!!! テメェらの様な三下愚直怪人がこのパーフェクトな俺様に勝てるとおもってんじゃねぇぇぇぇ!!」 レッドは遠吠え一発、飛び掛ってきた三体を一撃で蹴り飛ばし、死人集団に両手を差し出す構えで叫んだ。 「喰らえ雑魚ども!! 俺様が朝も夜も寝ないで昼寝して編み出した超必殺技……」 言っている間にレッドの両手が輝きだす。 「我流戦闘術が最終奥義ィ!! ハドウコマンドゥ!!!」 直後。 レッドの両手から極太の光弾が射出された。 放たれた光弾は僅かを待たずに死人の集団と激突。眩いばかりの光爆を引き起こし、あたり一帯を白く染める。 「フハハハッッッ!! 見ろ! 怪人がゴミのようだ!!!」 景色が色彩を回復した頃には周囲一帯に溢れていた怪人の半数が消失していた。いや、それどころか裏路地が裏路地ではなく空き地となっている。 「なっ! ずるいぞレッド。必殺技は五人一緒に開発するんじゃなかったのか!?」 「はっ! そんな大昔のことは知らんなぁ! さぁ、俺様の美技に酔いな!」 レッドは空高く跳躍する。いまだ残る死人の群れに回転を決め、 「残りも頂く! 我流戦闘術が最強奥義ィ!」 「させるかぁ!!」 イエローが地面のアスファルトを力任せに引っぺがし、レッドに向かって全力投球。 「ぐはっ!?」 後頭部に鉄塊が直撃したレッドは失墜、そのまま死人の群れの中央に墜落する。 「チャンス! 逝くわよブラック!」 「合点承知!」 叫んだのはピンクとブラック。 「連携必殺!」 「第十四番!」 『クロキハルニアクマガササヤイタ!』 声を合わせた二人は両手に獲物を取り出す。 ピンクは細長いライフル銃と対戦車パンツァーファウスト。ブラックは三つの銃口と砲身を持った携帯型ガトリングガン二丁を平行に構える。 「イヤッホゥ!」 奇声を叫ぶと同時、トリガーが力いっぱい引かれた。 銃撃を越えた爆撃の壁がレッドの落ちた場所目掛けて放たれる。 「お前たちもか?! クソったれ!」 悔し紛れなのか、それとも仲間はずれにされた恨みからか、ブルーが地団駄を踏む。 しかし、悔しさはともかく死人の群れは瞬く間に倒されていった。 「なに?」 会議室でお茶を飲みながら格ゲーをやっていた麻生にそれが報告されたのは自キャラが東雲にKOされた時だった。 「どうかしたのか?」 露西亜キャラでKOした東雲が聞いてくる。 「……旧市街からエネルギー反応があった」 「へぇ、てことは斉藤か川相が本気出したのか、やっぱ双子の食尽鬼は強いねぇ」 「……違う」 神妙な面持ちで麻生は否定。 「検出されたエネルギー反応は全部で五つだ」 「……はい?」 計算する。仮に斉藤と川相の両名が本気を出し、且つ双子もそれ相応の力で戦っても全部で四つのはずだ。 「一つ多くね?」 「しかも、場所が全く違う。一つは裏路地、二つは広場、残りの二つは商店街付近だ。……五つとも全部、A級らしいな」 「へっ? ……おい全部A級って、マジでやばいだろ?!」 「ああ、本田たちは警察から逃亡する為に旧市街に入ったということだし、橋見たちは放送委員会に捕らえられたままだ。非常にまずい。――よし次だ」 麻生が選んだのは待ち戦法に定評のある軍人キャラだった。 「む? だったら俺は――」 東雲は美脚が売りの秘密警察官を選択する。 「ところで会議室はゲーム禁止じゃなかったか?」 「硬いこと言うなって、いつもCPUばっかで退屈だったんだし」 『ラウンド1、ファイトッ!』 こうして二人の戦場は再開した。 「へぇ、やるじゃん」 商店街の入り口付近では今、一人の女子が赤刃の日本刀を構えていた。 「おねーさんこそ驚いたよ。さっきまで弱っちかったのに。どうなってんの?」 言葉を返すのは男の子、女子の背丈よりも低い身長から小学生と判断できる。 女子の名は斉藤、少年の名は翔。 「けっ、寸足らずな餓鬼に教えるわけねーだろ!」 「まっ、仕組みはなんとなく予想できるけどさ」 「だったら訊いてんじゃねーよっ!!」 斉藤は上段に大きく構えて、勢いをつけて振り落とす。だが、彼我がありすぎる。その攻撃は何の意味も果たさない。はずだった。 「!」 しかし、翔は斉藤が上段に構えた段階で左に身を投げていた。そうしなければ、少年の体が真っ二つになるからだ。 近場、おもちゃ屋に掲げられた看板『玩具一徹』が破砕する。否、破砕するのはそれだけではない。 剣を振りぬいた直線状の物質全てに亀裂が入り、いやおう無く破砕。その余波に耐え切れずにおもちゃ屋の建物が瓦解していく。 「これってイジメじゃないかな?! おねーさん!」 「今更ほざいてんじゃねーよ餓鬼! それに再生能力あんだろーが!!」 斉藤は剣を腰の位置に構えなおす。 「覚悟はいいな?! 言っておくが、この草薙級一番刀紅丸に断てぬものは無ぇ!!」 歪な笑顔を浮かべた斉藤は全力で紅丸を横薙ぎした。 一時、その間を持って商店街入り口にある建物の全てが根元から瓦解した。 商店街から離れた広場はその一面を濃霧に包まれていた。視界確保の難しいその霧闇の中には二つの気配が存在している。 「化けたか……!」 広場にて戦闘していた黒鳥は相手の意外な行動に驚愕を覚えていた。 「どうしたね? 私を殺すんじゃなかったね? まさか諦めたね? なら死ぬよろし」 巫女服を身に着け左腕が血塗れの女子川相は心底楽しいという様に嗤っていた。そして彼女が右手で構える村雨の刀身は水霧に濡れている。 「口調の変化による変心……、なるほど言葉を言霊に昇華させていたのか」 「そうね。でもそれだけじゃ不完全ね。本来なら口調と一緒に服装も変えるね」 川相はその名が示すとおりとなった村雨を掲げる。すると、広がっていた濃霧が村雨に吸収されていく。程なくして広場一帯を覆っていた濃霧は消え去った。 「さぁ、喰らうがいいね! 天叢雲剣術! 水害龍、ヤマタノオロチィィィ!!!」 言葉を放つと同時、村雨の刀身から霧が爆ぜた。 それは雨雲の解放、村雨によって収束されていた濃霧が四対の水竜となり八方に解き放たれる。そして、八つ首の水竜は捧げられた生贄となった標的、黒鳥へと殺到する。だが、 「――舐めるなよ。小娘」 黒鳥の足元に陣形が浮かぶ。それは緑の光を放ちつつ黒鳥の足元から八方に向かって伸びていく。光線は途中で鮮やかに色彩を変えつつ、すぐさまに黒鳥の足元へと舞い戻る。 「防御魔術レベル3」 黒鳥が腕を振るうと同時、三匹の水竜が掻き消された。だが、残りの五匹は止まらず、その歯牙にて黒鳥を食い荒らそうとする。しかし、黒鳥は左の踵を打ち鳴らし、 「反撃魔術レベル5」 宣言と同時、五つの蛇は目標を切り替える。すなわち、自らを作り出した川相へと。 「はっ」 だが川相は慌てることなく村雨を一閃、主人を見失った堕竜どもを切り伏せる。そして切り伏せられた水竜たちは盛大な水しぶきを上げ、その形を崩すも、 「蛇の如く蘇えるね」 八匹全てが散った水分を取り込んで再生した。 「随分と面白い力ね。魔術、それも現代とも前時代の遺物とも型がかなり違う。さっきの言葉といいその面白魔術といい、お前、私の知らぬ世界の奴ね?」 川相は嬉しそうに嗤い、悲鳴とも取れる飛沫を上げ続ける水竜に再度命令を下す。 招かれざる黒き異人を穿て、と。 「でも今度はさっきのような子供だましとは少し違うね」 水竜たちの半数を黒鳥へと向かわせ、残りの半数は地面に縦穴を穿つ。 「なにを……?」 四匹の水竜を迎撃しながら黒鳥は見る。 「そう見るが良いね! これこそ大地を腐らす水害の本質!」 突如、黒鳥が立つ地面が陥没した。 「!?」 「ハハっ! 落ちるがいいね! 深く、深く、ただ深く!」 旧市街の広場が地図上から陥没した。 一人の女の子がぼろぼろになっていた。 「翔君の反応も薄い。再生が間に合わないのかも」 先ほどから商店街の入り口や広場の方から地震のような音が響き、振り返れば建造物が倒壊していた。そして、相方ともいえる翔にはそのような実力は備わっていない。 「――余所見……」 建物の屋上、その上にある空から女性の呟き声が降ってくる。上空に白い日傘を差した女性が立っており、その足元には光跡が輝いている。 白鳥だ。 白鳥はサマードレスの裾をなびかせながら、赤い光の線を空いっぱいに広げていく。 「――攻撃魔術レベル4……」 赤い光線は方陣を成して広がり四角形となる。角の四部分がひときわ強く光彩を放ち、光の収束線が四つ落下してくる。それは途中で蛇のような蛇腹の方向転換をしながら、翼を標的に落ちてきた。 来る。 「!」 翼は回避を選ぶ。放たれた怪光線が触れた物質を溶かしながら進んでくるからだ。 一つを避けて、二つを避けて、 「痛っ!」 三つを左腕に掠めながらも避けて、踊るように四つを避けた。 白鳥と交戦を始めてから防戦一方が続き体力と気力を使い果たした今、翼はカンと反射のみで戦っているようなものだった。 尋常ではない。 「私たちは、もう過去の化け物ですか」 それは認めざるをえなかった。 はるか空の上、こちらがどう足掻いても届かない領域から白鳥は攻撃を仕掛けてくる。 それだけの実力差があるのだ。 「――攻撃魔術レベル9……」 それは最終通告、もはや手加減はしないという意思の表れだ。 翼が見る間もなく、蒼空の赤い陣形はその複雑さを増していく。これこそが白鳥にとって躊躇いのありえない、全力の攻撃なのだろう。 「まぁ、再生できるから全然オッケーなんですけど」 翼もまた躊躇わなかった。 そして、赤で彩られた九角形が完成した。 「――九頭竜……」 その台詞の下、大量の赤い光が地上へと降り注いだ。瞬く間に翼の目の前は赤へと包まれる。 (赤、……スイカ食べたいな) 子供の微かな思いは真っ赤な光の雨に埋もれていく。 商店街の設置されていた時計塔は半壊して尚、その職務を全うしていた。そして今の時刻を六時半だと伝えてくれる。 「半端じゃないなコレ」 東雲たちが現場に到着した時、商店街の半分が消失していた。 「軽く異常な攻撃だ。たぶん封印クラスの魔術を使用したんだろ。そこかしこに魔力の残滓が漂っている」 目には見えない異質が触れて感じ取れる。それほどまでの何かがあったのだ。 「にしても斉藤は心身衰弱でボロボロ、川相のほうも相当無茶したらしく体がガタガタだ。事後の形跡からどっちも全力出したのは間違いないんだが、その相手が何処にもいない」 「いや、それよりも当面の問題はこっちだろ。何だよこれ?」 東雲の足元、商店街があった場所の下、巨大な施設が夕暮れの光りを浴びている。そこには年代を重ねて黄ばんだ研究資料や錆びた鉄機具などが転がっていた。 ふと、一人の風紀委員がこちらへと近づいてくる。 「東雲書記、警察と連動しての区域一帯の封鎖が完了。あと光爆現象のあった裏路地付近で本田、鈴木の両名を発見、保護しました。どちらとも無傷です」 東雲は現場指揮官として派遣されていた。 「あっそ、保護した二人は事情聴取したら自宅に搬送してくれ」 「了解」 近況報告を終えた風紀委員は地下施設にて作業するものたちに激を飛ばしながら、自分の任務へと戻っていく。 「麻生、これからどうする」 「そうだな、斉藤の話だと戦闘に乱入してきた子供二人がおそらく双子の食尽鬼とみて間違いないだろう。状況から考えても無傷では済んでないだろうから、暫くは放置していても問題はない。面倒なのはその前に接触した白黒コンビの方だ」 「川相が言ってたな。魔術攻撃の類を無効化されたり跳ね返されたりしたって」 川相の話では魔道具を必要とせずに直接扱い、しかも発動速度があまりにも速く大掛かりな魔術をほぼ一瞬で行使したとのこと。 「魔術師組合にも確認したが白鳥も黒鳥という名も登録されていない。――まぁ、封印クラスの魔術が扱える魔術師の情報を表には流さないだろうが」 「肥大化した組織はこれだから嫌だな。明日当たりにでも三強が滅ぼしてくれねぇかなー」 まあ、滅ぼしたら滅ぼしたで行き場の無くなった魔術師たちが暴動を起こしそうだが。 「愚痴るな。とりあえず、当初の目的は達したんだ。後は橋見たちだけだ」 「あー、あいつらか」 忘れていた。放送委員会に捕まってから半日ほど経つが、まだ解放されていない。 「ほっといていいんじゃないか? 二、三日で解放されるだろ」 それよりも、と東雲は空を見上げながら笑みを零し。 「色々と面倒だったが、明日から夏休みを満喫できるぜ。――そうだ麻生、明日にでもゲーセン行こうぜ、ゲーセン。新しい格ゲーが入ったんだってよ!」 「それは良いことを聞いた。だが東雲、お前は明日から補習だろうが」 「え? ……あっ、あー!!!」 東雲の声は夕焼け空に木霊した。 「吸血鬼の血清は?」 「――半分……」 「そうか。まあ半分だけでもギリギリ間に合うだろ」 「――設計図……」 「ああ、次はフランケンシュタインの設計図だ」 《桜咲き誇る真夏の夜まで残り二十六日》
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