邂逅輪廻



「君たちが歌で意思を告げるなら、私たちは剣で言葉を語ります」
 本日の名言:剣道部主将がコーラス部に喧嘩を売る一分前、副将の台詞。


 照明の消された校庭には二つの人影が並んでいる。人影の持ち主には二つの同一特徴があり、一つは年の瀬が十五、六だということ。もう一つは黒い制服を着こなしていること。
 だが、違う特徴も垣間見えた。それは性別と実力。
 少女は少年に言い寄っていた。
「ふふ、なかなかに面白い余興でしたわ。でもそれもこれでお終いですね」
少女は不思議そうに片手で少年の首を締め上げる。その手には青筋が浮かんでいた。
「くっ、お前が……!」
 お前と呼ばれた少女は、ふと思い返したように少年への力を緩めて首を放す。しかし、それは少年の苦痛を和らげる為ではない。
 少女は微笑ましい顔で少年に告げる。
「まあ、このまま一方的というのも理に反するでしょうからね。私の好奇を満たすために貴方に好機を差し上げましょう。それもとびきりの好機を、ね?」
 少女が言い切る前に、少年は表を上げきった。
 不意を突いた少年の渾身の頭突きだった。
 だが、少女はそれを片手で受け止め、片膝で腹を蹴り飛ばした。空へと蹴り上げられた少年の身体は放物線を描きながら、黒土を敷き詰めた運動場に落下する。
 落着の音は骨肉がひしゃげる音に近かった。
 ふっ、という風船の空気が抜けるような息とともに少年に二度目の沈黙が訪れる。
「あら、夜も更けるというのに婦女に袖を濡らせるとは……」
少女は妖艶な笑みとともに、闇夜に紛れて行った。その残り香は桜のそれであった。


第一話 「桜舞い散る真夏の夜」


『先日、科学部の匿名希望さんが襲撃を受けました。被害者の証言と状況証拠から犯人は二年次生徒の貴族の女こと桜丘真紀とのことです。また科学部はこの件に関する情報に賞金を懸けています。今こそ学費から奪われた開発費をむしり取るチャンスです』
 朝の登校とともに全校放送が実施されている。ことによると、科学部が開発していた対悪魔制圧兵器が貴族の女に強奪されたとのことだ。そして貴族の女とは学園でも実力A級の脅威生徒。
「なんで……?」
 A級ともなれば、単体での戦闘能力は封印指定クラスの武装と同等の実力が発揮できる。科学部の作った玩具など不用だろうに。
「だよねだよね。それとも桜丘さんも武器コレクターなのかな?」
 思考の横からしゃしゃり出てきたのはクラスメイトの稲石。整った笑顔は男性の心をわしづかみにし、ミスコンでは準優勝を飾る程だ。不正参加で失格になったが。
「お前と同じにするなよ」
 そんな稲石は武器コレクターだ。東奔西走して掻き集めた武器の類には封印指定級も数多くあるという。
「危険人物は三強や四姫妃だけ間に合っているっていうのに」
「も、し、か、し、て。桜丘さん、三強に挑むつもりだったりして」
「はぁ? そんなこと……」
 ありえるかもしれない。
 桜丘真紀はプライドが高く、好戦的だ。卒業までの野望として三強打破を考えていても不思議ではない。
「そんなことありませんわよ」
「えー、違うの?」
「当然ですわ」
 残念なことに本人に否定された。ということは、別の目的があるのか。問いただそうと桜丘に視線を向けるも、
「あら? そんなに強い視線……、私とひと夏の夢を過ごします? それとも今から?」
「ナイスな提案だが俺は卒業までは独身でいたい。というかそんなことは聞いていない」
 貴族の女こと桜丘はクラスメイトだ。
 彼女はさもありなんといった風体で前の席に座る。ふと、クラスの入り口を見遣れば、風紀委員のスカウターが張っていた。標的は間違いなく桜丘だろう。
「全く、嫌になりますわ。今朝からずっとストーキングされていますのよ?」
「嫌なら強奪したモノ返してあげたら。そしたらストーカーは居なくなるよ? 個人的なの以外は」
「嫌ですわ。せっかく奪ったモノに手もつけず返すなんて、恥さらしもいいとこ。まあ焦らしというのも乙ですけど」
 女二人はそのまま話題を開花させる。話のタネが無い自分は待てを受けたまま飼い主に忘れられた犬の気分だ。
「そういえば、あなたたちはこれからどうしますの? 私は午後にでも取引をしに生徒会室に向かいますけど」
 会話を中断した桜丘は微笑みながら誘っている。どうやら俺たちに一枚噛め、と誘っているらしい。稲石はと机に伏せて寝始めている。この件にそこまでの興味は無いという彼女なりの表現だ。
「俺もパスだ。午後から風紀の仕事がある」
先ほどからケイタイに風紀委員の招集が掛かっている。流石に午後には顔見せぐらいしておかないと不味い。そして行けばそのまま雑務をこなすことになる、つまりは彼女が取引を行う時刻には間に合わない。無駄に待たせても悪い。
「それは残念ですわね。せっかく駄賃にセンキョーのイチゴショートを用意しましたのに」
桜丘は白い紙片に閉じられた箱を机に取り出した。中からは洋菓子特有の甘ったるい香りが漂ってくる。
「付き合おう。午後は何も無い」
 二言で今日の予定を改竄した。


 生徒会室に行くには三階の左隅に設けられた直通エレベーターを通らなければならない。
 また直通エレベーターは通行許可が下りなければ一般生徒が使うことは赦されず、その許可を取れるのが風紀委員会や保険委員会といった上位委員会だけである。
「なんで私まで連れていくの?」
 稲石の問いに説明するなら、
「この女と二人っきりなど恐ろしくてたまらないから」
 桜丘は貴族の女と呼ばれる癖に雑種的な部分がある。隙を見せたら喰われてしまう可能性が高い。なに、心配は無用だ。いざという時はお前を囮にするから。
「う〜、なんか納得行かないなぁ」
 納得していないと言いつつ先頭を歩くのは稲石だ。よく出来る女である。
「納得しないといえば桜丘、兵器ってのは結局なんだ?」
「え? ああ、そういえば言っていませんでしたね?」
 桜丘はブレザーの内ポケットから小石大の赤いガラス球を取り出した。
「それは?」
「これがラハウン、対悪魔制圧兵器ですわよ」
 あまり兵器という感じはしない。予備知識が無ければ大きめのビー玉にしか見えない。
 もっとよく見せろ、と顔を近づけるが。
「まあ詳しい話は後にしましょう。来ましたわ」
なにが、と問いかける暇は無い。前方を歩いていた稲石が横道に逸れたからだ。それも身体を投げ飛ばすような形で。
 最初に感じたのは音の衝撃だ。
(実働か)
 前方八メートルに二人の生徒が見える。鞘から太刀を抜刀した男子と先ほどから自動小銃で銃撃している女子。冷静に分析しながらも頬を銃弾が掠める。だが、掠めた弾丸に当てる気は感じられない、なら狙いは奪われた兵器か桜丘の懸賞金。
(しかし、襲撃者が二人だけとはうちの人材不足もけっこう深刻だな)
続いて左肩を掠めるが、その頃には身を折り曲げた前傾姿勢は出来上がっている。一歩で最短ルートを割り出し、二歩で躯体の全力を足腰に叩き込んだ。後は身体を前へと押し飛ばすのみ。
 疾走。
 数歩で八メートルの彼我を詰めて、女子と男子の間に割ってはいる。
「ちぃっ!」
 女子は引き金から指を離す。このまま撃ち続ければ仲間の男子に当たるからだ。
(判断は良好、だが思考速度が遅すぎ)
 銃撃を止めるならばこちらが近づいた段階で決断すべきだ。
 女子は脇下のホルダーから短銃を引き抜く為に手を伸ばす。
 本当に遅い。
 一切の迷い無く、女子に当て身を入れる。八メートルを一瞬で詰めた加速の体当たりだ。威力は申し分ない。そして文字通り、女子は吹き飛んだ。
 しかし、それを優雅に眺めている時間は無い。敵は一人ではないのだから。
 返す刀で男子を見る。
 既に予備動作を終わらせ、後は斬撃を落とすだけだった。
 なるほど、と思想してから腰を捻る。
別に無手のこちらは抜刀やら構えやらをせずとも攻撃は出来る。ついでに回避も面倒だったので、左肩におもいっきり刀身が食い込んだが、気にせず攻撃続行。
 肩から流れ出た血飛沫を無視して相手のわき腹に肘鉄を喰らわせた。
「がっ?!」
 男子は対応できずに身を捻る、感触から肋骨をおもいっきり砕いてしまった。
 ほんの数秒で雑魚二人は呆気なく倒れた。
「やれやれ、本格的に人材不足かもしれないな」
 制服の布地を破って左肩に止血を施す。おもったよりも傷口は浅く、これなら数日の治療で完治するはずだ。
 しばらくしてから桜丘と稲石が歩いてきた。
「相変わらず非戦闘員の癖に強すぎですわね?」
 A級指定の貴族の女にそんなこといわれる筋合いは無い。
「ほんと、どうして実働に配属されないんだろ?」
 囮の癖に即座に逃げやがって。後で覚えてろ。
「もういい。とっとと行くぞ、肩が痛くてしょうがない」
 二人を促して先へと進む。見たところ、先のほうにも幾つか気配が点在している。


 端的に言えば、その後も複数の風紀委員に襲撃された。結局、一人で全員排除していた。
「納得いかない! どうして俺ばっかりが戦ってる!?」
「それは最初に突っ込むからじゃないかな。ほとんど反射じみた攻撃してるし」
 確かに、敵を見かけるとハイエナ宜しくの俊敏性で動いている。おかげで身体はボロボロ、心はズタズタだ。
「可愛そうね。私が」
「却下だ」
 先が見えたので話題をカットする。どのみち、直通エレベーターは目の前だ。
「あのさぁ、さっきから視線感じない?」
 稲石の感覚は当たっている。
 丁度、最初に襲撃を受けた箇所からストーキングされている。それも、気配には気付けど姿を見せないという、心理的負荷をかける熟練者の手口だ。
「玄人ですわね。あなたのお知り合いに一人か二人はいるんじゃなくて?」
「いねえよ。俺、書記だし。それに気配の出所まで分かってんのに姿が見えねぇほどのスカウターが、なんで俺たちを見張るんだよ」
 見えない気配は後方三メートルから発せられている。だが、背後を見てもあるのは廊下だけ。居るはずなのに居ないというのが現状だった。
 そもそも風紀のスカウターは三つに分類される。人海戦術で標的を確認する素人と全部一人で行う玄人、それに加え戦闘能力まで備わっている兼任だ。
 とりあえず、素人と玄人については何の問題もない。戦えば勝てるからだ。
「戦闘も出来るよな、こいつ……」
 仮に兼任だとして何故、ここにいるのかという疑問が湧く。そこまでの実力者は数が多くは無く、風紀が運用しているのはほんの五、六人だ。
 そして、それほど希少な兼任スカウターは全員任務についている。突発的に行動した桜丘をつけまわすとは考えにくい。
(とするなら、別の団体……、いや、考えても仕方ないか)
 手を出してくるなら戦って、そうでないなら気にするな。
「葛藤中に悪いんだけど、来たよ?」
円形のエレベーターが下りてきた。白い箱型の機械は大口を開けるように自動扉を開く。
「いっち、ばーん」
 稲石が先頭を切って入る。もし、エレベーターに敵が潜んでいたら一番に死ぬだろうな。
「あれ?」
 エレベーターから一人の少女が乗っていた。明らかに生徒会役員ではない女子生徒だ。
「――」
 これは死ぬかもしれない。
 エレベーターから出てきた彼女は翠のネクタイに白いサンダルを履いていた。頭髪には中途半端な茶髪が混じっている。
 見間違えるはずも無く、一年の舞踏王。
「二年生?」
 楽しそうに一年生は声をかけてくる。話しかけられた稲石は硬直しており、後ろの桜丘も動こうとしない。
(ああ、下手に動かなければ攻撃はされないと)
 理屈では分かるが、身体は逃げ出そうと必死だ。
 絡みつく恐怖が一気に迫っており、恐怖に慄くとは正にこのことを指すのだろう。
「どうしたの。乗るんじゃないのかな?」
 舞踏王に促されることによって、自分たちが此処に来た目的を思い出す。いや、今は彼女から離れたい気持ちでいっぱいだ。
「そ、そうでしたわ、早く乗りましょう!」
 桜丘がこちらを促しながら一足先にエレベーターに乗り込む。そして、こちらを待たずに備え付けのコントローラーの開閉ボタンを乱打、扉が自動で閉まり始める。
「ちょ、まて!」
 慌ててエレベーターに入る。既に扉は閉まりかけていたが、身体をねじ込ませて進入する。
 こちらが入るのと同時、白い箱の中に入ると扉は完全に閉まり、それから数秒して床にへたり込む。
「――寿命が縮まりましたわ……」
 桜丘は蒼い顔で呟く。全く同じ意見だったのは癪だがこの際だ。だから、稲石が乗っていないことに気付くのが遅れたことは気にしない。
「まあでも、あいつなら大丈夫だろう。元々、いざという時のために連れてきたんだし」
まさかこんな形のいざとは思わなかったが致し方ない。
 僅かな時間で乱れた呼吸と制服を整える。しかし、
「舞踏王が生徒会に用事……?」
 疑問が湧いてきた。三強の一角が生徒会室に何用でいくという。
「大方、生徒会の勧誘でも受けたんじゃありません?」
「舞踏王を勧誘? そんな奇跡の勇気を持った奴が今期生徒会には居るのか?」
「噂ですけれど、東城という書記が」
「どんな命知らずの阿呆だ。いや、つーか、やっぱありえない。三強スカウトなんてゼッテー無理無謀、命が猫並みにあっても全然足りない」
「うん、命がいくつあっても足りない。どうがんばっても無茶苦茶だね」
「……?」
「――!」
 桜丘が何かに気付いたように、右端を見ている。感覚を研ぎ澄ませば其処には今まで以上に濃厚な気配が漂っていることが分かる。
「誰ですの? 女性の生会話を盗み聞きとは変質極まりない」
 桜丘は詰問する。
「……あくまで出てこないおつもりなら、考えがありますわ」
「ん?」
 桜丘は五十センチほどの棒を片手に構える。それは側面に握りがあり、知っている人間はトンファーと呼ぶ対刃武器の一つだ。桜丘はトンファーを自分の頭上に差し向ける。そして、首に落ちるかもしれないコースで止めた。
「どうしますの?!」
「それはお前だろうが!?」
 トンファーを今にも落としそうになりながら、鼻息荒く興奮気味に桜丘が告げてくる。
 なんでこうすることに繋がるのかが分からない。俺を脅してなんになるという。だが、桜丘の読みが当たったのか、相手のノリが良かったのか効果は意外にもあった。
「……降参です」
 現れたのは青年だった。
 無抵抗ということ強調するようにわざわざ両手を挙げている。
「なんで出てくる!?」
 あらん限りに叫ぶ。当然のことだが青年は十年来の友人でもなければ、仲良しこよしのクラスメイトでもない。
「いや〜、脅迫に負けてつい出てきちゃいました」
 人のよさそうな笑顔を振り撒きながら、青年は懐中から拳銃を取り出す。
「……なんだお前、降参するんじゃなかったのか?」
「いえ? 降参ですよ。セーフティ締めているじゃないですか」
「でしたら、全部のセーフティを掛けて欲しいですわね」
 桜丘に促され、彼はやれやれと言いながら懐中より小銃、長銃、携帯式弾頭と次々に取り出してはセーフティを掛けていく。いや、これではまるで。
「稲石かよ」
「そうですよ」
 青年は笑いながら答えてくれた。


 生徒会室は無人だった。それどころか床に資料がぶちまけられて若干荒れている。
「まあ、舞踏王がさっきまでいたんだから当然か」
 争った形跡が無いことから一目散に逃げ出したんだろう。事実、窓ガラスが外側に割れている。ちなみに此処は六階だ。
「この高さなら打ち所が悪くない限りは死なないでしょう」
「お前らならな」
 俺だったら間違いなく重傷だ。稲石の方とはいうと生徒会室に来るなり、物色をし始めた。
「全く、生徒資料の改竄だなんて、兄妹揃って危険ですわね」
「僕の思想ではありませんよ。……本当はこの手の仕事は請けたくないんですが、僕自身は派遣ですから。あまり強くいえないんですよね」
「いや、だったら辞めちまえよ。そんな仕事」
 そういうわけにはいきませんよ。と稲石は作業を続ける。
 既に散らかっていた室内がさらに荒らされる。
「うう、これじゃ取引になりませんわ」
 手ごろなデスクの上のものを全て床に落として、開いたスペースに座っているのは桜丘だ。彼女としてはさっさと済まして帰りたかったのだろう。しかし、交渉相手が居ないのでは確かに取引は無理としか言いようが無い。
「全く、腹いせに保健委員に流そうかしら? それとも図書委員の方がいいかしら……」
「図書に流したら最後だぞ。勢いだけの保険や人材不足の風紀とは実力も違うし、何より関わるとろくな目にあわん」
「そんなことは知っていますわ」
 桜丘はそっぽを向いて自己を主張する。本気で流す気はなさそうだ。
 そうして二人と一人はそれぞれの行動を再開する。

「ふむ、貴族に桜姫、武器商まで居るとは幅広い」

 響いた声はバスの音程。
 声と共鳴するように窓のガラスが揺れ、歪み、爆ぜた。その破片が室内に降り注ぐ。しかし、桜丘はトンファーすら用いず全てを弾き、稲石とて平然と銃撃で対処する。
(対処できないのは俺だけか)
 二者とは違い、疲労と蓄積ダメージで回避は行えない。仮に体調が万全でも無手ではガラス片を落としきることは出来ないだろう。出来ることがあるとすれば、身を縮めて致命傷を避けるだけだ。
 直撃。
 無数の破片に晒されながらも、身体を押さえて耐える。
「ふむ、そこまで強くはなさそうですな」
 ふぉふぉ、と笑いながら中年が室内に進入してくる。その姿は中肉中背、黒いスーツに白髪を黒色に染めた紳士風の男だ。
「入り口あるんだから其処から入れなおせ馬鹿、あと治療費八千万」
「ふむ、いつから此処は治外法権区域から排除されたのでしょう? それと治療費は組織の方に請求してください」
 随所に止血処置を施すも、出血箇所が多く手間が掛かる。
「……そうか、エリアボスか!」
 稲石はぼけたのだろうか、それとも砕けたガラス片が脳に突き刺さったとか。
「どちらでもないよ。ただ、いい感じに雑魚と戦ったからRPG的にはボスかな、と」
「いい感じに戦ったのは俺だ。しかも、うちの雑魚だ。大体お前は途中まで隠れてただろう。さらに言えばロープレは中ボスの後に大ボス。こいつ倒したらさらに強い奴が出てくるなんて洒落にならん」
 だが、こちらの冗談に対して紳士風の男はガラス片をナイフのように構える。
「おしゃべりはこのくらいにしましょうか? そろそろ、ラハウンを取り戻さなければなりません」
「取り戻す? 科学部にでも雇われたのかよ」
「正確には作られたのですよ」
「……おまえ、人形か!?」
「相変わらず趣味の悪い連中ですわ。私ならもっと若くて……」
「それ以上は犯罪だ。いろんな意味で」
「ははっ、面白いことを!」
 紳士がガラスナイフを投擲する。標的は三名、最初に狙われたのは、
「やっぱ俺かよ!」
 弱っている奴や弱い奴は絶好の的となる。だが、易々と命を差し出すつもりは無い。
 動かない身体に鞭を打って、後ろに倒れこむようにバックステップ。ガラスナイフを回避したなら今度はダッシュのためにクラウチング、回避ステップの反動もろとも前方へと跳躍。一足にて紳士の懐に侵入する。
「ふむ」
 しかし、紳士は上半身を僅かに反らしただけで、
「無粋ですが致し方ありません」
「!?」
 至近からの頭突き。
 頭蓋骨の骨密度と大きさが勝敗を決める技だ。そして、小柄なこちらは押し負ける。
「ゆれた感想をお聞かせください」
 間髪いれずに拳打がくる。ジャブに始まり、腹部へのストレート、フック、アッパーにエルボー。もはや、浴びせるという表現が正しいだろう。
「ぐ……!」
 流石に立っているのもきつくなる。一度、体勢を整える為に距離を取るも、
「これからですぞ」
 一息の間もなく追いつかれた。
 早い。
「加速装置でも仕込んでんのか?!」
「その通りです」
 紳士はそのまま、相対する速度を落とさずに連打の追撃を繰り出す。いよいよ防戦一方となってきた。
「一挙に最高速か、なかなかによく出来た人形だね。でもあのスピードじゃ、攪乱するだけで精一杯かな?」
「そうですわね。でも、そのぐらいではイメージの悪さは拭えませんわ」
 桜岡たちは人形紳士の評価を下していた。癪なことに、どちらも余裕で構えてない。
(あいつら……!)
 不満を抱いたところで紳士の猛攻は止められない。
 四肢を薄く丸めて致命の急所は外すも、全体に溜まっていくダメージまではカバーできない。早々に決着をつけなければ敗北は濃厚となる。
(一撃必殺……!)
 よくある必殺技を思い浮かべながら、反撃の一瞬を待機する。
「ふむ。仕留めるにはいささか威力が浅いですな」
だが、その瞬間は相手のほうに早く訪れた。
「!」
 危険を感じて退避を促すも、時すでに遅すぎた。
「さて、潰れなさい」
 紳士の動きが気配を凌駕する。それはついさっきよりも素早く、力強く、驚愕に値する。
 視線が間に合わず、相手を完全に見失う。
 気付いたときには後頭部に紳士の後ろ蹴りがめり込んでいた。
 死角からの離脱と足蹴。耐え切れずに意識は底辺に沈んでいった。


「うぁ……」
 次に意識に光が溢れたときには、紳士は地べたにうつ伏せていた。
「なんだ……?」
 俺はといえば、立っているのが不思議なくらいに立っていた。しかも、肩の切り傷や各部の裂傷が完治している。
 状況が上手く呑み込めない。
「これは、……桜丘か?」
 傍では桜丘が両手にトンファーを構えている。こちらの表情を眺めた彼女はただ呆れたように構えを解き、会話を促す。
「違いますわよ。というより覚えていませんの?」
「記憶が曖昧なのも自衛の一つかもね。しかし、あれが噂の桜姫か」
 姿は見えないが、いまのは稲石だろう。彼もまた何かを構えていたらしく、気配に緊張が感じ取れる。
「とりあえず、僕はこれで失礼するよ。仕事も果たしたし。……それにしても、これは応急処置だけじゃ間に合わないかな。保険料がー」
傷も負っているらしく、稲石の気配はそそくさとエレベーターへと消えていった。
「――」
 納得がいかない。
「桜丘」
「私のほうは何も。むしろ、あなたのおかげで取引材料が木っ端微塵ですし」
 彼女は嫌そうに床の一部を指差す。示された床には赤い絵の具でもぶちまけたのか、赤い色が残っている。
「エネルギーを拡散させると液状に戻るなんて、試作から進まないわけですわ」
 つまらなそうに言い残して、彼女もエレベーターに向かう。
 納得しないとはいえ、いつまでも生徒会室に居るわけにもいかず、自らもエレベーターへと向かった。


『昨日、生徒会室に三強の一人が攻め込みました。残念な、いえ、幸いなことに生徒会役員の半数は出払っており、無事だとのことです。また科学部の人形が一体発見されましたが、動力部と計算回路が砕かれており、事後の検証から三強の仕業では無いとのことです』
 今朝も早くから放送委員の声が校内を駆け巡っている。
 あのあと、三階エレベーター付近に放置していた稲石を回収してから教室に戻った。だが、体のほうは異常なほど疲労しており、午後の授業は泥沼に浸かるように熟睡した。
『ITさんからの情報提供によるとから四姫妃の一人、桜の姫君が現れたらしく……』
「桜の姫君ねぇ」
 四姫妃とは三強を除いて校内準最強と謳われる四人の女子のことである。
『桜の姫君は四姫妃の中でも謎だらけであり、専門家の中には覚醒説を唱えるものまでいるぐらいです。なお、当方は桜の姫君に関する情報に賞金を懸けております』
「東雲さん。おはよっ!」
 後ろから声を掛けてきたのは稲石だ。彼女は所々に絆創膏を貼っており、本人談では兄妹喧嘩の余波だそうだ。
「おう」
 そして、今朝も授業が始まる。桜丘は例によって自由行動だ。




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