3年後の僕、そして、カノジョ 8月○○日 (金) PM:6:33 某駅前にて 「おかしいなあ、確かここだと思ったんだけど」 電車からほぼ走りっぱなしだったせいで、僕はへとへとに疲れていた。 待ち合わせ時間が夕方6時だったのに、僕の腕時計は、見事に30分以上の超過。 (誘ったのが僕だけに、これは鉄拳の一つでも覚悟しておかないとだめかな) そう思いながら待ち合わせ場所に着いたものの、肝心の誘った相手が見当たらない。 「はぁはぁ……、もう怒って帰っちゃったのかな」 そう呟いて、携帯電話の電源を入れて、彼女に連絡しようとした矢先だった。 「遅いよ、莞人っ」 急に背後から聞こえたその声で、僕は背筋は一瞬で凍る。 ゆっくり振り返り、その声が、間違いなく僕を待っていた人であることを確認した。 「ご、ごめん。かなり遅れちゃって」 大幅な遅刻を詫びる僕。 浴衣姿の彼女は、その言葉への返事かのように、徐に左手を持ち上げる。 僕はそれが遅刻の制裁だと覚悟して目を瞑る。 しかし、その手の目的先は、僕の顔面ではなく、無防備な僕の右手だった。 「さ、行こうよ莞人」 絡めるように手を繋ぐと、いつもの笑顔を見せながら僕を引っ張る彼女。 「……うん、行こうか、飛月」 そして、その促しのままに、僕も歩きだした。 ―――――――――― 「あの、さ」 少し歩いてから、僕は声をかける。 「ん?」 「あんなに遅れたのに、飛月は怒ってないの?」 僕は、いつもなら鉄拳タイムの所で、それが無かったことを、安心はしつつも気にはなり、恐る恐る尋ねてみた。 「怒ってないわけじゃないよ」 飛月は僕の方を見ると、怒ったような顔を見せ、少し怒気を含めた口調で答える。 「だよね……。30分以上も待たせちゃったんだし」 心中穏やかでは無かったことを確認して、僕は項垂れる。 「……でもさ、何かあったんでしょ? 誰かに何か頼まれたとか」 そして、彼女は続けざまにこう問いかけてきた。 「……うん」 そう答える僕に、飛月は、呆れと諦めが籠ったような表情で呟く。 「やっぱりね。3年も一緒なんだから、何があったかぐらい何となく分かるよ」 「ごめん」 ただ謝る僕に、彼女は、口元を崩して相槌を打った。どうやら、本当に、鉄拳をお見舞いするつもりはないみたいだった。 「それで、何で遅れたの? 言い訳ぐらいなら聞いてあげるよ?」 僕は、その言葉に釣られ、ゆっくりと話し出す。 「僕が学校出ようとしたら、ゼミの教授に捕まっちゃってさ。『谷風君、丁度良かった。今夜、集中講義の特別教授を囲んで、学科の教授も来ての飲み会をすることになっちゃってさ。悪いんだけど、どこか空いてる場所予約しといてくれないかな』って言われたんだ」 「何それ。予約ぐらい自分たちですればいいじゃない」 そう言って少しムッとする飛月に、僕は諦観したかのように尋ねる。 「……飛月、今日は何曜日?」 「ん、金曜日だね」 「あと、僕の今までのいろいろな場での幹事役回数は?」 「んー、回数は分かんないけど、莞人がよく幹事やってたのは覚えてる」 僕の疑問に、ちゃんと答えてくれる飛月を横目に、僕は結論づける。 「金曜日ってことは、飲み会開くのは教授だけじゃない。しかも、幹事回数が結構多い僕は、悲しいけど、大学周辺の居酒屋なら大体把握してる。だから、その辺の事情を知ってるから、教授も切羽詰まった状態で、僕なら何とかしてくれると思って頼んだんだと思う」 「……それで、こんな時間になったってわけね」 頷く僕に対し、飛月は、やれやれといった表情を浮かべる。 「だったら、伝言の一つでもしてくれればよかったのに」 「早く探さないと遅れちゃうと思ってたら、伝言し忘れて……うにっ」 言い終わらないうちに、いろいろな思いが詰まってるであろうデコピンを、少し強めに額にお見舞いされた。普段受ける鉄拳より、痛みがあったような気がする。 「……これぐらいはさせてよ。本当は拳骨飛んでもおかしくないんだから」 話を一通り聞いて、少しむくれる飛月。 でも、そんな表情も可愛いと思ってしまったのは、僕だけの秘密にしておこう。 ―――――――――― 「今更かもだけど」 「?」 ふと、僕は、飛月の浴衣を眺めると、ぼそっと呟いた。 「……浴衣、凄く良く似合ってる」 「え? そ、そう……かな?」 「うん。とっても可愛い」 短く、割と直球な感想に対し、飛月は急に顔を赤くする。 「……ありがと。やっぱり、莞人にそう言われると、凄く嬉しい、かな」 そんな顔でそう言われると、僕まで赤くなっちゃうじゃないか。 「あ、あの、それ、やっぱり、自分で着付けしたの?」 「え? う、うん。初めてだったから、いろいろ大変だったんだよ」 半ばしどろもどろになりながらの二人の会話は、多分外から滑稽に見えたかも。 「へえー。浴衣って、ただ纏って帯するだけじゃないんだね」 「そうよ。外からは見えないと思うけど、いろいろ仕掛けがあるんだから」 赤面から復活した飛月は、少し得意げに語った。 「仕掛けって、もしかして、中に暗器が仕込んであるとk……ぶばっ」 そんな僕に、ようやく拳骨が飛んでくる。 いままでよく味わった痛みが、顔面を駆け巡った。 ――――――――――― さて、予定時間に遅れたりして話す暇もなかったので、やっと話せるかな。 実は、8月の第2金曜日には毎年、花火大会が催される。 飛月と来るようになって、今年で3回目。 結構人気の高い花火大会で、僕はそれを見る場所をとるのに、毎年苦労していた。 でも、遅刻の主因だった、居酒屋の会場の獲得の見返りに、教授がこっそりと、その花火を見るいい場所を教えてくれた。 ……とは言っても、人気ある花火大会で、しかも「自称」秘密の場所だ。どうせ、それなりの人数がいるんじゃないかと半分疑ってはいた。でも、毎年の酷い思いを考えれば、更には、唯でさえ30分以上出遅れてる以上、いつもの場所は、もう人でいっぱいだろう。 よって、そこに頼る他はなかった。 そして、到着した飛月の第一声。 「わ〜、すご〜い」 ……そう、本当に、穴場だったんだ。 何しろ見やすくて、人がそんなにいない。長い間住んでいても、結構見落としてる場所ってのはあるものだと、その時は心から思った。それぐらいの場所だった。 「莞人、よくこんな場所知ってたね」 「う、うん。まあね」 真相を言うのはなんだかシャクだったので、僕は適当にはぐらかした。 「毎年、すごーくごった返す場所で、周りの目を気にしながら見てたの考えたらと思うと、凄い差だよ」 「そうそう。『長い間住んでて何でこんな場所しか知らないのよ』って、衆人の目の前で、思いっきりパンチ食らったんだよね」 その話をすると、飛月は頭を掻いた。どうやら、本人にも罪悪感はあったようだ。 まあ、それを行動で示す辺り、いかにも飛月らしいと言えばらしいんだけどね。 「これなら、最後までゆっくり花火見られるね!」 そして、振り向いた飛月が見せた、本当に嬉しそうな笑顔。 ……花火は今からなのに、僕はもう、既に満足感を覚えていた。 教授に、今度、御礼言おうかな。 ――――――――――――――― ヒュー ヒュー ドーン ドーン 「あ、あれすごいー」 ヒュー ヒュー ヒュー ドーン 「今の大きかったなあ」 ドーン 「莞人、きれいだね」 ヒュー ドーン ドーン ヒュー 「うん……」 ドーン 「もう少し、そっち行ってもいい?」 「……うん、おいでよ」 ドーン ヒュー ヒュー ヒュー ヒュー ドーン ヒュー 「……」 ヒュー ドーン ドーン すぐ隣には、凄く楽しそうに花火を見る飛月の顔がある。 「……ひづき」 「ん?」 そう言いながらこちらを向く飛月。 そして僕は、彼女の無防備な口を、出来るだけ自然に塞いだ。 「んんっ……?」 驚きながらも、飛月は、僕の唇を離そうとはしなかった。 10秒ぐらいして、僕は飛月の口を開放する。 「……か、んと……?」 されたことへの整理がつかないのか、凄く慌て顔を見せる飛月。 そんな顔も可愛かったりするんだけど。 「今日遅れたから、お詫びのしるし、なんてね」 僕も、いかにもらしい理由でそう答えた。 ……横顔見てたら急にキスしたくなったなんて、言うのは恥ずかしかったし。 ――――――――――――――――― 帰りの電車の中。 さっきの穴場で、しばらく花火の余韻を楽しんでからだったので、車内はやや空いていた。 僕の隣には、満足そうに転寝をする飛月の姿。 安心したように僕にもたれかかってきている。 その柔らかい感触を受けとめながら、僕はその日の二人だけの時間を、改めて、心の中に仕舞い込んだ。 8月○○日(金) PM10:04 某私鉄内にて
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