新宿に建設中の複合商業ビル群『淀橋ガーデンタワーズ』――通称YGT。 その一角にそびえる予定のビル、ウェストガーデンの建設現場。 僕がここに来るのは、これで三度目だった。 一度目は、この場所で起こる奇怪な事件の話を聞くために。 二度目は、その事件についての調査をするために。 そして、三度目である今回。 駿兄は、そこで真実を明らかにするとか言っていたけど……。 「ね、ねぇ、駿兄? 本当に分かったの?」 「まぁ、恐らくは……な」 「お、恐らくって……大丈夫なの?」 「だから、それを確かめに向かってるんだよ、今、俺達は。この俺が考えたとおりの結果なら……あまり悠長なこと言ってられないからな」 駿兄は、いつもに増して真剣な眼差しで車を現場へと向かわせる。 でも、悠長なことを言ってられない……って、一体どういうことなんだろうか……。
目的地である現場に到着する頃には、日はすっかり沈んでしまっていた。 周囲のビルの照明や、現場を照らすライトのおかげで、あたりは真っ暗にはならないが、それでも暗がりであることには変わらない。 僕たちは今、そんな薄明かりに照らされる野外にいた。 「……で、一体何を始めようっていうの? 日も沈んでるってのに」 駿兄は、事務所の中ではなく、事務所にほど近いこの資材置き場のような場所に足を運んだ。 ここに来る前に、暁月さんが事務所に寄って、中に居た関係者に声を掛けていたけれど、その人達も今の飛月同様に、駿兄の行動に少なからず疑問を持ってるようだった。 「別に、真相が分かったってんなら、こんな外じゃなくって中でも……」 「いや、ここだからこそ出来る話なんだ」 「ここだから……出来る?」 駿兄は頷いて、集まる僕たちの方を向いた。 「そうだ。今回の一連の不可思議な事件……その謎は、全てはここにある」 駿兄がそう言うと、僕達は思わず顔を見合わせた。 そして、みんなの顔を見る限り、駿兄の言葉の真意について、誰も理解していないようだった。 勿論、その中には僕も含まれるわけで。 「……その謎について。これからあなたが、きちんと説明してくれるんですよね?」 にっこりと微笑んで、暁月さんが尋ねると、駿兄も同じく笑顔でしっかりと答えた。 「勿論。その為に俺はここに今来たんだからな」 「まず動機だが、言うまでも無く、脅迫状に書かれていたような理由じゃあない」 「……つまり、あの脅迫状は真の動機のカムフラージュだった、と?」 暁月さんの問いに、駿兄は首肯する。 「だいたい、工事はもう最終段階に移行してるんだ。そんな時期に工事無理やり止めて、環境運動起こそうだなんて無謀にもほどがあるだろう?」 「確かに。普通の思考を持ち合せているなら、そんなこと考えないはず。……でも、もし犯人が、そんな理性的な思考とは一線を画したむちゃくちゃな思考の持ち主だとしたら?」 「そんな奴だったら、もっと短絡的な行動を起こすはずさ。少なくとも、ここに出入りするってだけでトラックのタイヤを引き裂いたり、こっそり資材が倒れるようにする仕掛け作ったりなんて面倒でみみっちいことをちまちまするはずがない」 駿兄はそこで言葉を一旦止めると、すぐに言葉を続けた。 「そう、犯人は確かに一連の事件を起こした。ただし、脅迫状に書かれた目的以外で!」 動機――。 僕はそれを「九十九への怨恨」と推理し、駿兄は「作業所の人間への怨恨」と答えた。 それが確か、先週のはじめの頃……。 駿兄は、あの頃のままの変わらない動機を、その場に居る皆に一通り説明した。 「――とまぁ、そんな訳で、怨恨が動機で一連の事件が起こっている、と俺は考えたわけです」 すると、その直後春日さんが悔しげに声を上げた。 「く、狂ってる……! そんな私怨の為に、我々を巻添えにするだなんて……」 「俺もそう思いますよ。怨恨にしてはおかしいってね」 「いや、おかしいと言うか、狂ってるといった方が……」 「えぇ。確かに私怨で他人を巻き込むようなことを実行する神経はどうかと思いますがね。俺が言ってるのは、その実行した時期がおかしいって言ってるんです」 駿兄はそのまま言葉を続けた。 「仮に、このウェストガーデンの作業所で働く特定の誰かが狙われたんだとすれば、犯人が最近になるまで犯行を行わなかったのは不自然でしょう? やろうと思えばいつでも狙えたっていうのに、何故工事も終盤に差し掛かった今になって」 「それは……あれでしょう。きっと犯人は、最近になるまで、その恨みを持つ誰かとやらがここで働いてることに気づかなかったんですよ。ほら、普段は私達、高い壁に囲まれた現場で働いていて、外に顔見せることなんてあまりしないから。だから、犯行のタイミングが遅れたんです」 春日さんの言うことはもっともだ。 現場を外から見る分には、中で誰が働いてるかなんて分かるはずもない。 分かるとしたら、偶然その“誰か”が現場から外に出てきたところを目撃した時くらいだ。 しかし、駿兄はそんな春日さんの提案を否定する。 「それはないですよ。何せ、犯人はここで誰が仕事しているのかを、すぐに把握できる立場にあったんですから」 「どういうことですか? そ、それじゃ、まるで犯人が……」 そう。 駿兄の言い草では、犯人は外部の人間ではなく―― 「その通りですよ、春日さん。……犯人は、この現場……いや、もっと厳密に言うなら、この作業所で働いてる誰かなんです」 はっきりいって予想外だった。 僕はずっと、犯人が外部の人間だとばかり思っていた。 偽の理由とはいえ、あんな脅迫状を出されたからだろうか。 普通、内部の人間がああいったものを出すなんてありえない――僕は心の中で勝手にそう決め付けていたみたいだ。 「とりあえず思い出してみてください。一連の事件で何が被害に遭ったのかを」 「何がと言われても……確か、ここの事務所の壁に落書きされて、ここに出入りする車両がパンクさせられて、大神先輩が通り魔に遭って、それからすぐそこで資材が倒れる仕掛けがされて……」 「そうです。……どれもこれもこの作業所に関係するものばかりが被害に遭っています。この壁に囲われた巨大な現場の中にはいくつも作業所があるというのに、何故かこのウェストガーデンの作業所に関するものだけが」 「あ、当たり前でしょうが! これはこの作業所への脅迫という名目で起こされてるんですから!」 「……では逆に聞きましょう。春日さん、あなたがもし、この現場について無知な外部の人間だったら、全ての事件を起こせますか? この警備が厳重な現場内部に何度も侵入できますか? 現場の外にいる車を、ここに出入りするトラックと断定してパンクさせられますか? ゼネコンの職員というだけでこの作業所の職員と断定して襲えますか!?」 「そ、それは……」 駿兄の剣幕に春日さんは言葉を詰まらせた。 そして、それと同時に僕は駿兄の言わんとしている事がようやく分かった。 「これら一連の事件を確実に起こせるとすれば、それはこの作業所の内情に詳しい人間。つまり、作業所の内部に居る誰かしかありえなんですよ」 「しゅ、駿兄。それじゃ、もしかして、どうやって犯人が厳重な警備の中を掻い潜って犯行が行ったのか、っていうのも……」 「ここで働く人間だったら、警備員に怪しまれず正面から直接入り込めるからだな。少し考えてみれば分かる単純な話だったわけだ」 なんということだ。 先週あれだけ悩んだ侵入方法の謎が、こんないとも容易く、しかもあっけない理由で解けてしまうなんて。 でも、言われてみれば駿兄の言っている事はほとんどが尤もな話だ。 ただ一つの疑問を残しては。 「……でもさ、駿兄。犯人が内部犯だと、動機は怨恨にはなりえないんだよね?」 「そ、そうよ! 動機が脅迫文通りでも怨恨でもないとするなら、一体何なの? もう動機で思いつくものなんて……」 「それも単純な話だ。理由はさておき、犯人が一連の事件を起こしてまで果たしたかった事、それは恐らく……工事の中断」 工事の中断……それは、脅迫文に書かれていた要求。 確かに、駿兄の言う通り、何の捻りもないごくごく単純な動機だろう。 しかし、それは―― 「谷風探偵? それでは、あなたが最初に説明した『動機は脅迫文通りではない』という前提と矛盾するのでは?」 そう、暁月さんの言う通りだ。 これほどはっきりした矛盾もそうそうないだろう。 「まさか、あなたは何だかんだでやはり犯人は環境保護団体と推理したというのですか? だとしたら、あまりに非現実的です」 「あぁ、確かに工事を中断させる理由が、環境保護なんていうアバウトなもんだったら、どう考えても非現実的でしょうよ」 「……その言い方、もしかして工事を止める理由は他にあるってこと?」 「落書きやパンクならいざ知らず、通り魔事件まで起こしてるんだ。そんな冗談じゃすまない事にまで手を染めてる以上、犯人は、どうしても工事を止めたかったはずさ。恐らく、もし中断に失敗した場合には己の身が破滅する、ってくらい切羽詰ってたんだろう」 「身の破滅……」 「そして、その理由は、今この場所で実際に証明されるはず」 どうやら、わざわざ駿兄がこんな場所で話を始めたのにはそんな理由があったらしい。 ――とはいっても、ここってほとんど何もない空き地みたいな場所なんだけど……。 犯人が身の破滅を感じるほどの理由。 そんなものが、こんな場所のどこに隠れているというのだろうか。 「確か、最初の脅迫状が送られてきたのは、およそ一ヶ月前と言ってましたね、春日さん」 「え、えぇ。何の前触れも無く、急に……」 「何の前触れも無く……本当にそうだったんでしょうかね?」 「へ? そ、それはどういう意味ですか?」 まさか何か脅迫状が送られるような前兆があったとでも言うのだろうか。 だとしたら、普通作業所の中の人が気づかないわけがないはずだけど……。 「脅迫状が届いた少し前、この作業所にはあるイレギュラーな通達が届いたはずです。……そうですよね、石清水所長さん」 駿兄が、おどおどと落ち着きなく視線を動かす石清水所長を目で射抜いた。 すると、所長さんはビクリと驚き、駿兄の方を向く。 「イ、イレギュラーな通達といわれても……そんなものあったようには……」 「いや、あったはずですよ。当初の予定とは違う何かを指示する通達が」 「当初の予定とは違う? それって、まさか……ここの掘削計画のことかい!?」 驚く所長さんに、駿兄は首を縦に振って答える。 ここ、とは所長さんの指が差すとおり、今現在立っているこの場所のことだった。 「えぇ。聞いたところのよれば、その掘削とやらは本来の予定では行うはずではなかった工事。しかし、一ヶ月前に、それは行われることになってしまったとか」 「……つまり、犯人にとってはその掘削工事こそがイレギュラーな事態であり、それが行われれば身の破滅を招いてしまう。だからこそ、それを阻止するために、脅迫状を送りつけ、一連の事件を起こした、と」 暁月さんの推理に、駿兄は大きく首を縦に振る。 「そう。それこそが、事件がわざわざ工事の末期に起こされたことや、脅迫状の送り先がこのウェストガーデンの作業所に限定されていた理由」 「そして、この地を調査すれば、その『身の破滅』が何なのかをはっきりさせることが出来る、ですか。なるほど、事情は分かりました」 顎にその白い手を置き、暁月さんはうんうんと頷く。 この人、もう駿兄と殆ど同じ土俵に立ってしまったようだ。 なんというか、飲み込みが早いというか、場の空気に慣れるのが早いというか……。 「とまぁ、そんなわけで早速、調査をしようと思うんですが……と」 そう言って、駿兄は何やら足元にあった銀色の箱を開ける。 すると中からは、何やら車輪のついた膝下くらいの高さの車のような物体と、モニターのついた装置のようなものが出てきた。 それを見て、すぐに石清水さんが「あっ」と声を上げる。 「そ、そりゃ、埋設物調査に使うレーダ探査機じゃないか!」 「れーだーたんさき?」 聞き慣れない言葉に、飛月が思わず言葉を繰り返して首をかしげた。 かくいう僕も、それが何かは分からないのだが。 「航空機に使うレーダーを地下調査に応用した機械だよ。地中に電磁波を送って、その反射で地中に何が、どれくらいの深さに埋まってるのかを、穴を掘らずに調べるんだ。ほら、あの車輪のついたのが電磁波を送る装置だ」 「へぇ〜、そんなことが出来るんだ」 「施工現場でも、地中の水道管やガス管の位置を調べるのに使ったりしてるのを見たことがあるが……、探偵ってのはそんな大層な装置まで常備してるのかい?」 「いやいや、さすがにこれは借り物ですよ。知り合いの建設会社に頼んだら、快く貸してくれました」 探査機の電源を入れ、調整をしながら、駿兄は答える。 「……さてと。設定も終わったことですし、早速調べるとしますかねぇ。……おい、莞人! この台車を押してくれ」 「えぇ!? ぼ、僕が押すの?」 「お前を何のために連れてきたと思ってるんだ? ほらほら、キリキリ働けぇい!」 その言葉をそのまま、普段の駿兄に言い返してやりたい。 だけど、今は僕が働かざるをえないのだろう。 ……なんか理不尽だ。 キュラキュラと音を立てながら台車は電磁波を地面の真下に送りながら動く。 いや、正確には僕が動かしてるんだけど。 そして、その台車とケーブルで繋がった端末のモニターを見ながら、駿兄はそんな僕の後をついてきていた。 「ねーねー。やっぱ、そんなんで地面の下調べてるって事は、事件に関する何かが埋まってるってことなの?」 「まぁ、そうなるわな」 「も、もしかして、それって埋蔵金みたいなお宝だったりする!? ほら、ここ工事で穴掘られたら、他の誰かにお宝取られちゃうから、それを止めるために工事を中止にさせたかったとか!」 飛月が何やらわくわくしているような口調で駿兄に尋ねていた。 埋蔵金かぁ……。 そんな大それたものじゃなくても、誰かが税金対策とかで現金を埋めていたりする可能性はあるんだよなぁ。 「ははは! なるほど、それなら犯人が焦る理由も分かるな! ……だけど、お前大事なこと忘れてるぞ」 「な、何よ! そんなに声出して笑わなくても……!」 「なはは、悪い悪い。……だがな、よく思い出してみろ? ここはビルの工事現場なんだぞ? もし、そこに宝埋めてたら――と、おっとこいつは……」 突如、駿兄が僕の首根っこをつかみ、台車を止めさせる。 そして、今度は自らの手で台車を前後にキコキコ動かしながら、端末を確認すると、顔をにぃっと笑みを浮かべた。 「こいつは……来たかもしれないな」 「な、何か見つかったの!? だったら、すぐに掘ってみようよ!」 「い、いや、待ってよ飛月! もしかしたら水道管とかが見つかっただけかもしれないし……ねぇ、駿兄」 「いや、それは無いな」 はっきりと断言された。 「前に暁月さんに頼んで見せてもらったこの現場についての事前調査書によれば、ここらは公園の雑木林に相当する場所だったらしい。そうでしたね、暁月さん」 「えぇ。……だから、確かに谷風探偵の言う通り、埋設管が埋まってるような場所ではないわ。……こういった調査は、安全のために工事前に確実に行うから、間違いないはず」 なるほど。 駿兄が飛月に暁月さんのメールアドレスを聞いていたのは、その調査書とやらを手に入れるためだったんだ。 「……ということは、つまり、ここには水道管みたいなつまらないものじゃない、何か特別なものが埋まってるんだ!」 「ま、恐らくはそうなると思うぜ。このレーダーの感じからして、木の根っこってわけでもないし……」 「よし、掘ろう!! さっそく掘ろう!! 今すぐ掘ろうよ!」 そう言ったものの、飛月はどこに行くでもなく、その場であたりをきょろきょろとするだけだった。 ……どうやら、掘る道具が見つからないらしい。 「あぁ、掘るんなら、そこの資材置き場にスコップが置いてあったはずだよ」 すると、それを見かねた春日さんが、方向を指差しながら保管場所を教えてくれた。 そして、その指差す方向に飛月はダッシュで急行、一分もしないうちにスコップを抱えて持ってきた。 そして、何故か彼女は二つ持っていたうちの片方のスコップを僕に渡してきたわけで。 「さ! 莞人も掘る掘る!」 「あ、やっぱりそういう役回りなのね……」 僕は正直にスコップを受け取った。 そして、飛月とほぼ同時にそれを地面に突き刺し、その大地をえぐり始めた……。 それから僕達は、地面を掘り続けた。 土は思ったよりも硬く、作業は難航したけれど、途中でそんな僕たちを見かねた春日さんが参戦、三人がかりということで穴掘りはなんとか軌道に乗り始めた。 そして、そんな僕らを横目に駿兄はというと。 「所長さん。ここは本来、どうなる予定だったかは知ってますよね?」 「あ、当たり前だろう! そうだな……確か、この辺りはビル間の通路になるからタイル舗装がされる予定だったはずだ」 「そう、本来はここはタイルで敷き詰められるはずだった。表面の土が見えなくなるくらいに。これが何を意味するのか……分かりますか?」 地面を掘りながら、駿兄の声を背中で聞いていた僕は、何が言いたいのか分かった気がした。 「ねぇ、飛月。普通、タイルで敷かれるって分かってる場所に、大事なもの埋めてたらどうする?」 「ど、どうする……って、そりゃ、すぐにでも掘り出すわよ。タイル敷かれたら掘り返せなくなるし」 「うん、僕もそう思う。……でも、実際は犯人は今の今までそれを放置していたんだ。ということはつまり……」 「埋まってる物は、決して掘り返したくないもの……そして、他人に掘り返してもらったら困る何かか!」 春日さんも察してくれたようだ。 つまりは多分、そういうことだろう。 きっと、犯人は最初、その何かを埋めたここがタイル舗装されると聞いて、運がいいと思ったに違いない。 何しろ、一銭も出さないで、誰かが勝手に掘り返せないようにそこに蓋をしてくれるのだから。 「って、ことは犯人は、急にこの場所が掘り返されることになったから慌ててあんな脅迫状を送ったってこと?」 「そういうことだろうな。こういう工事現場は昼は勿論、夜も休日も誰かしら社員が詰めてるし、出入りはカメラや警備員が随時チェックしている。誰にも気づかれずに事を起こすには、工事を止めるしか無かったんだ」 「……でも、普通に考えてさ、あんな脅迫文で工事が止められるかなぁ? ……色々事件起こして脅しもかけてるけど、確実に工事が止まる保証はないわけだし」 それはまさしく飛月の言う通りであり、僕も疑問に思っていたことだ。 脅迫が成功して工事が中断したとしても、それがここの掘削工事開始の前に行われる保証はどこにない。 その埋まっている何かが見つかってしまっては、脅迫した意味は全くなくなるのだ。 「いや、犯人には確実に工事を止められる自信があったんだ。ここの工事が始まる前に止める自信が」 「自信て……。未来を操作できるわけじゃあるまいし――――ん? あれ? 今、何か感触が違ったような……」 スコップの先端が今まで掘っていた土とは違う、何かもっと硬い物を捉えた。 この硬さ、岩か何かだろうか。 「何が埋まってるんだか分からないけど、何か見つかったっぽいなら、さっさとそいつの正体暴きましょ! うりゃりゃりゃ!!」 「あ、おい、待て! そんな乱暴に掘ると――」 「ん〜? なんだろ、何か出てきたけどっ……これ、なんか白くて丸っぽくて…………まるで……………………」 「人骨……ですか」 暁月さんが、僕たちの掘った穴の先を懐中電灯で照らしながら呟いた。 人骨って、確かあれだよね。 人が死んで、焼かれたり腐敗したりすると残るあの……。 「じ、人骨って……。ど、どうせ、動物の骨か何かでしょ。どこかの家で死んだペットをここに埋めたとかで」 「いいえ。この形状、大きさ……個人差は多少あるでしょうが、これは人間の頭部の骨です」 「そ、そんな馬鹿な! 何でこんな場所に人骨が……!」 「今までの谷風探偵の話を纏めると、例の脅迫者が隠したかったものというのが、これなのでしょう……きっと」 冷静に状況を分析する暁月さんと、それを聞いて顔をみるみる真っ青にする石清水所長がとても対照的だ。 「ね、ねぇ。つまり、犯人はもしかして、この骨の人を殺したってこと……?」 「何らかの理由で病気や事故で死んだ人間を隠したって可能性もあるが、まぁ、恐らくは死体を隠して殺人自体の事実を隠蔽しようとしたんだろうな」 「そして、そのことが明るみに出そうになったから、一連の事件を起こした……そういうことなんだよね、駿兄」 「ま、そういうこった」 駿兄の言葉を聞いて、所長さんはその場に膝をつき、頭を抱えた。 「そ、そんなことが……。私の作業所で死体が見つかるなんて……」 「さて、と。とりあえず、何はともあれ、警察に連絡して、死体を引き上げてもらうとしますか」 「け、警察……?」 頭を抱え続ける所長さんであったが、警察という言葉に反応して駿兄に掴みかかった。 「……た、頼む! この事は警察には言わないでくれ……! 上に掛け合えば、この死体だって秘密裏に処理することが出来るはずだ!」 「ちょ、ちょっと石清水所長!? 何を馬鹿なことを!?」 「このまま警察に伝えたら、この作業所……いや、ガーデンタワーズ全体の工事に支障が出てくる! そ、そんなことになったら、死体の見つかったここの責任者である私は、一体どんな処罰が下されるのか……」 「死体が出てるってのに、何言ってるのよ! これはこの前の資材置き場の事故と一緒じゃないのよ? それなのに秘密裏に処理って……無理に決まってるでしょ!」 「し、しかし、このまま世間の明るみに出てしまっては、ここで働く全ての者に迷惑がかかるんだ。事実を隠したほうがいいに決まってるじゃないか!」 そう言って、所長さんはその場に崩れた。 ……どうやら、本気でこの事件を隠蔽したいようだ。 それじゃ、やっていることがこの一件の犯人と同じだっていうのに。 「……って、そうだ、駿兄。まだ肝心の犯人が誰か分かってないよね? ……もう分かってたりするの?」 「事務所を出るときに言っただろ、真相が分かった、って。誰が犯人か分からなきゃ、あんな台詞言わないっての」 「でも、犯人がここの現場の関係者に絞られたって言っても、関係者のはずは結構いたはずだよ」 「まぁな。……だが、そのたくさんの関係者の中でも、工事を確実に中断できる自信のある人間は殆どいないはずだろ?」 そういえば、骨が見つかる直前、そんな事言ってたような……。 すると、暁月さんが考え込むしぐさをしながら、口を開いた。 「工事を確実に止められる……となると、このYGTの建設を依頼した施主に、施工の許認可を下す都や国交省。あとはここの建設を統括している葉島の……」 「分かった! 犯人は所長さんね!」 飛月が意気揚々とうずくまる所長さんを指差した。 「所長って言うくらいだから、ここの工事の全権を握ってるんでしょ? だったら、工事を止めることくらい簡単に――」 「い、いやいや。確かに石清水さんはここの工事を統括してるけど、流石に工事を勝手に中断する権利は無いよ」 春日さんがはりきる飛月を諌める様に説明する。 「仮に所長が工事の中断が妥当だと考えても、会社に報告する必要がある。中断や続行の命令は、それから社の上層がその報告を妥当かどうか判断して下すのが普通なんだ」 「つまり、所長の独断だけじゃ工事を止められないってことね」 「そんなぁ……。いいセン行ってると思ったんだけどなぁ……」 「しかし、そうなると、ここの関係者には誰一人として工事を中断できる権利が無いってことになるんじゃ……」 不安そうな目で春日さんは駿兄を見る。 ……が、駿兄はいつも通りの自信たっぷりの表情を浮かべていた。 「あぁ。確かに、ここの関係者は誰一人として工事を止める権利を持ってない」 「……て、それじゃダメじゃない!」 「お、落ち着け、その拳を下げろ! ……もっと考えを柔軟にしろ。止める権利が無いなら、その権利を持ってる人間を操ればいいだけだろ?」 ツッコミに自慢の拳を使いかけた飛月を駿兄は慌てて宥める。 「止める権利を持ってる人間を操る? あのねぇ、そんな人間をリモコンで遠隔操作するようなこと……」 「別にリモコンなんていらないさ。権利持つ人間に、工事を止めさせるように口で命令すればいいだけなんだから」 「だ〜か〜ら! 工事止めるなんて大それたこと、頼まれても『ハイ、分かりました』なんて言う訳ないでしょ!」 「ところがどっこい。それをイエスって言わせられる奴がいるんだよ。いただろ、ここの関係者の中にもそんな奴が」 ……とは言うものの、そんな人本当にいるのだろうか。 強制的にイエスといわせられる命令が出来るとしたら、それは命令する相手が逆らえないような人物だ。 でも、工事を止めることの出来る人達はどれも、ここで働く人達より遥かに格上な人ばかりだし……。 それこそ、今回みたいな実力行使を伴う脅迫でもしない限り、言う事を聞いてくれなさそうだ。 ――って、脅迫……………………まさか! 僕の脳裏に一つの可能性が思い浮かび、それと同時にその可能性を現実にしてくれる一人の人物を思い出した。 「ねぇ、駿兄。もしかして、工事を中止させるように命令できた人間って……」 「――い、いかん! そ、それこそ、やはりこの件は内密に処理するべきだ!!」 僕が言うよりも先に、うずくまっていた所長さんが起き上がり、改めて駿兄に詰め寄った。 どうやら所長さんも犯人の正体に気づいたようだが、その顔にはさっきよりも焦りが見えた。 「しょ、所長! まだそんなことを言うんですか!?」 「か、春日君には分からないだろうがね、こ、これは本当に繊細な問題なんだ! 勿論、君達九十九にとっても、ね」 「……なるほど。それがあなたの……いいえ、葉島の方針と言うわけですね」 暁月さんが、呆れたような表情で所長さんを見ていた。 ……あんな哀れみと呆れの入り混じった表情、初めて見たかもしれない。 「そ、そんな顔で見ないでくれ! わ、私はただ、会社の……ここで働く作業員皆のことを思って……」 「とか大きな事を言いながら、その実は自分のため、でしょう?」 「う……ち、違う……! 私は……私は……!」 「九十九の嬢ちゃんよぉ、所長を苛めるのはそこらへんでやめたらどうだい? えぇ?」 いきなり背後から聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのある男の声だった。 「所長が、作業員の事考えて言ってくれてるんだ。だったら、それに従うのが筋だと思わないのかい?」 近づく足音。 後ろを振り向くと、確かに薄暗い闇の向こうから何かがやってきていた。 「この声……まさか」 「あなたは…………どうしてここに?」 「ここを出る時にな、そこの所長さんが電話で何だかきな臭いこと言ってた気がしたからな。今になって、嫌な予感がして戻ってきたんだ。ま、虫の知らせってやつかい?」 尚も近づく影は次第に薄明かりに照らされる。 明かりによって分かったのは、相手の服装。 それは、僕が知るその声の主の格好とは異なる、やや着崩したスーツ姿。 「……ま、そんなこといいじゃねーか。とにかく今は、所長に付き従ったほうが身の為だと思うがね」 「ねぇ、莞人……。この声ってまさか……」 「う、うん。間違いないと思うよ」 「……というわけで、皆さん。今日の事は見なかったことにしてくれると嬉しいんだがねぇ」 僕たちの目の前に完全に姿を現した男。 それは、間違いなくここの作業員、平野さんだった。 「……まさか、あんたがここに来るとはね。予想外だったよ、平野さん」 「こっちこそ、あれだけの期間でここに死体埋まってることに気づいちまうなんて想定の範囲外だったよ。さすが探偵を生業にしてるだけあるといったところかい」 駿兄と平野さんが互いに向き合い、言葉を交わす。 そして、それを見るしか出来なかった僕に、横から飛月が声を掛けてきた。 「ね、ねぇ。どういうこと? もしかして平野さんが犯人なわけ?」 「うん。……ほら、駿兄も言ってただろう。犯人は工事を中止する権利を持つ人間を操れたって。暴力団の後ろ盾のある平野さんなら……」 「その暴力団と繋がりのある葉島建設の人を上手く言いくるめられるってことね!」 「そういうこと。弱みを握られていたんじゃ、拒否も出来ないだろうしね」 つまり、平野さんなら、間接的にだけど工事を中止する力があったわけだ。 そして、そんな自信があったからこそ、脅迫を行えた。 ……でも、それって、少し変な気もする。 「ねぇ、駿兄。それなら、どうして平野さんは最初から葉島建設の人を脅迫しないで、この現場に脅迫状を送ったの? こんな回りくどい方法とる意味なんて……」 「今回の工事は、相当大きな事業だ。工事をいざ止めるとなったら、施主や、共同で工事を行ってるゼネコン、もしかしたら役所も納得させなきゃいけない。一連の脅迫紛いの行為は、そういった周囲の連中に説明する時の表向きの理由なのさ」 「なるほど。……だから、実際に現場に関係する人や物に危害を加えたんですね。説得力を増すために」 暁月さんの言葉に、駿兄は頷く。 「脅迫しているとはいえ、平野さんらにとっても葉島は重要な商売相手だ。一応、そういった配慮はしてやるのが道理……大方、そう考えたんだろうよ」 「……ま、工事中断の件で連中に変な嫌疑がかけられても困るからな。物を頼む側としての礼儀さ」 「弱味を突きつけて命令してる立場の人間が礼儀を語るのも変な話だがな」 「ハッ、違ぇねぇや!」 駿兄の悪態に、怒るでもなく平野さんはカラカラと笑うだけだった。 ……犯人扱いされているというのに、何故こんなに余裕なんだろう、この人は。 「んで? あんたらは結局どうするつもりなんだい?」 「そ、そんな事、決まっているでしょう! あの白骨の件を速やかに警察に通報して、きちんと調べてもらって――」 「だから、春日君! それだけはいけない! 彼らを怒らせたら、私が……社が大変なことに!」 「まだそんなこと言ってるの、あんたは!! もう諦めなさい!」 「あぶっ!」 堪りかねた飛月が、その拳骨を石清水所長の脳天に振り下ろした。 ……ただし、相当弱めにだが。 そして、そんな姿を見て、平野さんは更に愉快そうな顔をする。 「ラハハ!! ここに至って、まだそんな事言えるとはなぁ。大したもんだ!」 「な、何なの……? 何であんた、そんなに余裕なの!?」 「いいかい、お嬢ちゃん。俺らがトラックをパンクさせた件、あるだろ?」 「そ、それがどうしたのよ」 「あれな、よ〜く思い出してみろ。あの事件は確か、どんな状況で起きたんだっけか?」 平野さんに言われて、僕もあの事件について思い出してみる。 確かあれは、その日現場から廃棄物を積んで出てきたトラックと、逆に現場に資材を運んでいたトラックが、同時期にパンクさせられて――。 ……あれ? 同時に二台のトラックがパンク? しかも、現場からトラックが出てきたってことは、その時間って、まだ作業時間中じゃ……。 「ちょ、ちょっと駿兄……。もしかして、この事件って共は――」 「あいつはヤクザな会社のトップだぞ? いくらでも部下を共犯者に使って犯行を行える。……俺がそんなことに気づいてないとでも思ったのか?」 「でも、何で平野さん、いきなりそんなことを?」 「こりゃマズいな……。あいつが現れた時点で嫌な予感はしてたが……」 「え? それって、どういう――」 と、そこまで言ったところで僕は言葉を止めた。 いや、止まってしまったと言った方が正しいだろう。 僕の疑問は、駿兄に尋ねるまでも無く解決した。 ――何せ、目の前の平野さんの周りに、厳つい格好をした男達が続々集まってきたのだから。 数はどれくらいだろう。 見たところ、明らかに二桁はいるみたいだけど、照明が暗いせいで、正確な人数は分からない。 とにかく、僕たちより明らかに多い人数の男達が、それぞれなにやら思い思いに物騒なものを持ったりして、僕達と対峙していた明白だった。 「まさか俺が一人で来てるとでも思ったのかい?」 「もしかしたら……とは思ってたさ。……ただ、ここまで多いというのはちぃと予想外かもな」 「ラハハハハ! 俺は用心深いんでね。数が多いに越したことはないって主義なのさ」 それにしても、この人数は僕達六人に比べて多すぎる。 ……これって、もしかして凄いピンチ? 「さぁて。……これでも心変わりはしないかい?」 「……クソッ! こんなことだったら、最初から奈都子に連絡しとけば良かった……」 「何、お前さん達はただ何も見なかったことにすればいいのさ。そうすれば、何も危害は加えない。それが俺達の世界のルールだ」 人数の圧倒的優位を武器に、平野さんは僕達に高圧的に詰め寄る。 この状況に、流石の駿兄も焦りの表情を見せる。 無論、僕や春日さん、石清水所長なんかは歯がガタガタ震えてるし、あの飛月ですら、顔色を少し悪くしている。 しかし―― 「……笑止千万。私達を、あなた方と同じ世界に引き込まないで下さい」 「な、何ィ!?」 「お、お姉ちゃん!?」「暁月さん!?」「九十九さん!?」 そんな中、一人凛とした声で、暁月さんは反論した。 「目の前でこのような事態を目撃しながら、犯罪者の言う事に従う? ……ハッ! そんな事、許されるものですか!」 「姉ちゃんよぉ……その威勢のよさ、ウチの若いのにも見習わせたいがな、そういう台詞は状況をよく見てだな……」 「舐めるな! 自分の置かれてる状況を判断できないほど私は愚鈍ではない!」 ……あれ? 何だか、妙に口調が荒々しくなったような……。 「だ、だけど、お姉ちゃん。こんなに相手がいたら、いくらなんでも……」 「大丈夫よ、飛月ちゃん。……こいつらくらいの雑魚など、相手として数えるまでもないから」 「ンだと、てめぇ!! ざけンなぁ!!」 「おい! 止めろ!!」 雑魚といわれたのが、気に食わなかったのか、平野さんの取り巻きの一人が、平野さんの制止を聞かず飛び出した。 木刀を持つその人は、手に持つ木刀を振り上げ、一直線に暁月さんへと向かう。 そして―― 「このアマ、覚悟しr――げごぶしゃ!!!!」 木刀が振り下ろされそうになったその刹那。 男は、その腹にスコップによるスイングを受け、大きく吹き飛んだ。 そして、そんなスコップによる大ホームランをやってのけたのは、やはりというかあの暁月さんで……。 「ふむ、少し安物のスコップだったのかしら。一発で軸が歪むなんてだらしないわねぇ」 そう言って、スコップを足元に捨てる。 「まぁ、そんな安物如きに飛ばされる彼は、もっとだらしないですがね」 そして、同じく足元に転がっていた木刀を手に取った。 ……あの男が吹き飛ばされる直前に落としたものだ。 「さぁて。……それで、あなた方はどうするんです?」 にっこりと平野さん達に向かって微笑む暁月さん。 僕は、その笑顔に頼もしさを同時に、底知れぬ恐怖を感じたわけで。 「な、何なんだ、今の…………」 「九十九流剣術“唐竹返し”……」 「え? か、カラタケ?」 飛月はなにやら、ぽつりとつぶやいたのを僕は聞き逃さなかった。 「刀を上段に大きく振り上げた相手のがら空きの胴をすくい上げるように打ち付けて、大きく相手を飛ばす返し技だよ。実家の道場で見たことある」 「道場て……しかも、さっき九十九流って……」 「お姉ちゃんはね、九十九流剣術の師範代なの。……腕前は滅茶苦茶凄いよ」 なんというか……どこからツッコミを入れればいいのか、分からなくなってきた。 九十九流剣術、唐竹返し、師範代……。 僕は何がなにやら分からなくなっていったが、そんなことお構い無しに話は進む。 「お、お姉ちゃん、ほ、本気なわけ? 本気でこいつらを全員……」 「当たり前でしょう。そうでもしないと、あそこにいる犯人さんは納得しなさそうなんだから」 「うぅ、相変わらず無茶言うなぁ……」 あの飛月が、ため息をついて肩を落とす。 「……というわけですので、どうぞかかってきてくださいな。手加減は出来ないかもしれませんが」 「ラ、ラハハハ! よっぽど痛い目に遭いたいみたいだな! 後悔しても俺は知らんぞ!」 「やれやれ……。弱い犬ほどよく吠えるという言葉は本当のようですね」 「黙れ! たとえあんたが強かろうが、所詮戦は兵隊の数! そこのところはっきりと分らせてやるよ! 野郎共、女だからって油断するなよ? 気合入れてけ!」 「「「ウッス!!!!」」」 平野さんの一喝に、取り巻きの男達は気合のこもった返事をする。 そして、男達はなだれ込むように一気に僕たちに向かい、走ってきて―― 「う、うわっ! ほ、本当に一斉に来た!?」 「あなた達は私の後ろにいて! ……邪魔になるから」 「て、暁月さん! 前、前!!」 僕達に指示している隙に、一人の男が先陣を切って暁月さんに飛びかかってきた。 ――が、次の瞬間、その男は先ほどの男同様に大きく吹き飛ばされ。 「……谷風探偵! 今のうちに通報をお願いします!」 「お、おう!」 その一瞬の出来事に呆けていた駿兄が、我に返り携帯を取り出す。 そして、その間にも暁月さんは近づく男たちを次から次へとなぎ払ったり、吹きとばしたり、地面にたたきつけたりと、まさに一騎当千の活躍を見せていた。 「暁月さん、昔からあんな感じだったの……?」 「元々すごく強いのは知ってたけど……試合とかじゃない実戦を見るのはあたしだって、初めてだよ」 「……そ、そりゃ、そうか」 「気のせいかもしれないけど、今のお姉ちゃん、道場で練習してる時より生き生きしてる気がする……」 水を得た魚。 ――僕の脳裏にはそんな言葉が思い浮かんだ。 「……私も九十九さんに頼ってばかりではいられないな」 そんな言葉と共に、春日さんが唐突に僕達の前に出た。 その手にスコップを持って。 「か、春日さん? どうしたんです?」 「どうしたもこうしたもあるかい! 女性一人に頼りっぱなしなんて情けないだろう? だから私も九十九さんに加勢してくるんだ」 「え、ええええええ!? き、危険ですよ!」 「大丈夫! 私はね、こう見えても高校時代は野球部で強打者として通ってたんだ。このスイングを使えば、連中も少しはひるんでくれ――」 「あの女さえ邪魔しなきゃ」「てめえらなんざ!」 「――って、言ってるそばから来たああああああああ!!」 暁月さんの阻止を受けなかったのか、二人の男が僕たちの前に飛び出してきた。 スコップを持って意気揚々としていた春日さんも、さすがに不意を突かれたとあってか驚き硬直している。 対する男達は、戦闘態勢を維持したままでしかも、手にはヌンチャクやらナイフやら危険な代物が。 ……こ、これって、かなりヤバいんじゃ……。 「さぁ、お前らにはあの女を抑えるための人質に――ぐへぁ!!」 「サブ!? よくもてm――へぇあ!!」 ――と思ったら、そうでもなかった。 男達は、僕たちの目の前で瞬く間に地に伏してしまった。 ……一人の女の子の手、もとい鉄拳によって。 「……ふぅ。さすがにあの人数は無理だけど、二人くらいだったら、あたしにだって……ね」 二人でも十分すごいです、飛月さん。 「……飛月ちゃん、流石ね! そっちに飛んで行った虫はあなたに任せるわ!」 「りょーかい! でも、あんまり多くはこっちに送らないでね!」 目の前で何人もの男を相手にしているというのに、どうやら暁月さんはこっちの様子も見ているようだ。 というか、この姉妹何者だ……。 「……で、春日さん。さっき野球部がどうこう言ってたけど、どうしたんですか? さっき話の途中であいつらが出てきたから、あたし聞いてなかったんですけど……」 「イエ、ナンデモナイデス」 呆気にとられたまま、春日さんはスコップを地面に落した。 ……いや、あなたは悪くないんです。 なんというか……相手が悪かったんです、はい。 それからも、暁月さんは、まさに鬼神のごとき強さを見せつけながら応戦した。 時々こちらにやってくる男達も、飛月の鉄拳により沈んでいった。 ――そして。 「ば、馬鹿な!」 「王手、ですわね」 気づけば、平野さんの周りには死屍累々――別に死んではいない、はずだ――の男達しかいなかった。 まともに立っている男は平野さん以外一人もいない。 「あ、ありえん……。たった一人の、それも女にここまでやられるなんて……」 「しかし現実は目の前に広がる光景の通りです。あなた方は、ただの建設会社の女社員一人に負けたのです」 「クッ……! なんてザマだ。この俺がついていながらこんな事態になるとはな……」 すると、どこからともなくパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。 ……どうやら、こっちに近づいてきているようだ。 「どーやら、警察連中が来たみたいだな。……もう終わりだぜ、平野さんよぉ」 「終わり、か。……ラハハ、ラハハハハ!」 乾いた笑いを木霊させたかと思うと、平野さんは地面に膝をついた。 ついに観念したのか――。 そう思ったのもつかの間だった。 平野さんは地面に落ちていた木刀を拾い、再び立ち上がった。 その木刀を構えて。 「ここで諦めたら、倒れてった若い連中に示しがつかねぇだろうが!! 俺は諦めないぜ! 俺があんたを潰す!」 「そういうのは、往生際が悪いと言うと思うのですが」 「往生際が悪い? ラハハ、それは違うな! こいつはな……」 その瞬間、平野さんは木刀を横に構え、一気に暁月さんとの距離を詰める。 「こいつは男の意地ってもんなんだよ!!!」 そう叫びながら、平野さんは木刀を薙いで――――それから瞬間的な突風が吹いた。 「うわっ!! な、何これ!?」 「おいおい、まさか剣圧とか、そういうのじゃねぇだろうなぁ!?」 あまりの風の強さに砂埃が舞い、僕達は目の前の光景を見ることができずにいた。 そして、砂埃が晴れると、そこには暁月さんと平野さんが木刀を交差させたまま立っており。 「……ど、どうなってるんだ?」 「二人とも動いてないけど……」 「お、お姉、ちゃん?」 心配そうにその光景を見詰める僕達。 すると。 「……やる、じゃ、……ねぇか。姉ちゃん……」 「あなたの太刀筋もなかなかのものでした。惜しむらくは、それほどの腕を持ちながら犯罪に手を染めたこと」 「ラハハ、言ってくれる……じゃ、ねぇ……か」 そう言って平野さんは倒れた。 ……どうやら、暁月さんの勝利のようだ。 「……今度こそ終わった、のか」 「そう……みたいだね」 目の前で起きた出来事は、まるで夢でも見てるかのようなものだった。 しかし、それは現実に今まさに起きていたわけで。 「……あ、なっちゃん達来たよ!!」 飛月に言われて振り向けば、そこにはこちらに向かって駆けてくる奈都子さんの姿がった。 そして、その背後にはヘルメットと盾で武装した機動隊の姿が。 ……ああ、これでようやくこの事件にも蹴りがついたんだなぁ、とそれを見ながら僕はしみじみと思った。 あれから数日後。 ニュースや新聞では、まだあの現場で起きた事件について、死体の件には一切触れず、単なる「暴力団の暴動」としてしか報道をしなかった。 しかも、工事現場と暴力団の関係については一切報道されていないという始末。 僕はそこに、明らかな「情報統制」の力を感じた。 ――このまま世間の明るみに出てしまっては、ここで働く全ての者に迷惑がかかるんだ。事実を隠したほうがいいに決まってるじゃないか! どうやら、あの所長さんの言葉は、所長さんだけの本心ではなかったようだ。 きっと、この件について情報を封印しているのはおそらくは、所長さんの親玉でもあるあの企業……。 「――しっかし、世間てのはめまぐるしく変わるもんだねぇ。もう、あの事件のことなんてほとんど報じなくなってら」 駿兄が椅子に寝そべりテレビを見ながら、呟く。 駿兄の言うとおりだ。 事件から数日経った今、既に報道の関心は別の事件や出来事に移っていた。 きっと、あと一か月もすれば、あの現場であんな事件が起きたことなんて、関係者以外はすっかり忘れてしまうのだろう。 「せっかく巨悪の犯罪を明るみに出したってのに、これじゃ俺の功績も埋もれたままって感じだな」 「な〜に、一人で威張ってるの! あの事件を解決できたのは、あんただけのおかげじゃないでしょうに。ね、お姉ちゃん!」 今いる事務所の応接スペースには、暁月さんと春日さんが来ていた。 なんでも、事件解決の礼を言いに来たらしい。 「あら、でも、事件自体を解決したのは、谷風探偵なのですし、やはりこれは谷風探偵の功績になるのでは?」 「えぇ。私も九十九さんと同意見です。やはり、谷風探偵にこの件を一任して良かったです」 「ほら見ろ! やっぱり俺のおかげなんだよ。それなのに世間は冷てぇよなぁ!」 「はいはいはい、分かったから。……でも、お姉ちゃんがいなかったら、今頃私達、揃ってお陀仏だったかもしれないんだから、お姉ちゃんにも感謝しておいてよね」 確かに、事件の謎が解けた後に限って言えば、暁月さんのおかげというところは大きい。 あれだけの大人数相手に、本当によく勝ったものだと今でも思ってしまうくらいだ。 「ま、まぁ、それは分かってるさ。だ、だがな、そもそもあいつらを犯人と言い当てたのは俺であって――」 「まったく! いつまでも自己顕示欲旺盛なのね、あなたは」 そんな声と共に、突然事務所のドアが開き、その向こうから奈都子さんが現れた。 スーツを着ているところを見ると、単にプライベートで来たわけではないようだ。 「ゲゲッ、奈都子! お前、なんでいきなり……」 「あら、失礼ね。人がせっかくあの事件についてわかったことを教えてあげようっていうのに」 「あの事件……って、やっぱこの前の工事現場のか?」 「えぇ。……あなた達以外にも関係者がいるみたいだし、ちょうどいいでしょう?」 そう言って、奈都子さんは暁月さん達をちらりと一瞥した。 「えぇ、私達も身内が起こした事件ですし、知っておきたいです」 「わ、私もです! ……所長は今でもなかったことにしたがってるけど」 それを聞いて、奈都子さんはうなずき、事のあらましを喋りだした。 「先に言うと、あそこに埋まっていた白骨死体、あれは指定暴力団 「魁光組って、あの日本でもかなり大きな組織だよね……」 「そうね。で、ついでに言うと、あの平野って男も死蛭会の構成員で幹部だったみたい」 「……って、それじゃ、仲間内で殺人したってこと!?」 驚いて問いかける飛月に、奈都子さんは頷く。 「きっかけは、伏見が組織の資金を着服して、私腹を肥やしていたことにあったみたい」 「……てことは、平野は、そのことに気づいて伏見を?」 「えぇ。どうやら平野は、組織に相当な恩義を感じてるみたいでね。そんな組織の金を勝手に私的なことに使ってるってことが許せなかったそうよ」 「義理堅いてやつかね。――ったく。なんで、そんな奴が暴力団なんて組織にいるんだか」 言われてみれば、平野さんは暁月さんと対峙した時に、 『倒れてった若い連中に示しがつかねぇだろうが!!』とか言ってた気がする。 あれもおそらくは、彼の義理堅さを表していたのだろう。 「いくら義理堅くても、殺人は犯罪。その事実を隠蔽しようと、脅迫を行ったり、人を襲うなんてもってのほかよ!」 「おまえは本当に正義感の塊みたいな奴だな、おい」 「当たり前でしょう! 私は正義を司る警察の一員なのよ? あんたみたいな中途半端な心持ちで仕事してるわけじゃ――」 「だが、その正義を司る警察とやらも、あの平野達同様に事実の隠蔽をしたわけだ。……違うか?」 駿兄の言葉に、奈都子さんは言葉を詰まらせる。 「しゅ、駿兄。でも、それは奈都子さんのせいってわけじゃないし……」 「だが、こいつも事件を扱った当事者だ。真実を目の当たりにしながら、それを世間一般に隠してるのは事実だろ」 「……そうね。上からの命令とはいえ、あんたの言ってることは尤もよ。……でもね!」 奈都子さんは、そこで言葉を切ると、声高らかに宣言した。 「私だって、このままの体制を許すわけじゃない! いつか必ず……必ず、変えてみせる! 私達警察が本当に公明正大な組織になれるように!」 「おぉ、おぉ、言うねぇ言うねぇ。それでこそ奈都子だな」 「ま、そういうわけだから。きちんと、話すことは話したからね。それじゃ、私も忙しいから、そろそろ失礼するわ」 「おう。今度は土産でも持ってきな」 「何であんたなんかに!」 そんな掛け合いをした後、奈都子さんは帰っていった。 すると、その直後、暁月さんが口を開いた。 「……いい刑事さんですね」 「んぁ? 奈都子のことか? ……まぁ、性格はともかく、あいつもあの歳で頑張ってるわな、うん」 「彼女が日本の警察を変えようと言ってるんです。私達も、この業界をもっと綺麗にしなければ」 「ハハ、違ぇねぇ。あんた達の業界ほど黒い場所なんて、それこそアングラな――」 「しゅ、駿兄!!」 目の前に当事者たちがいるというのに、この兄はとてつもなく失礼なことを言い出しそうだったので、僕は慌てて止める。 「いいんですよ、莞人君。……事実ですから」 「あ、暁月さん……」 「とにもかくにも、私達は何かしら隠しながら仕事をしがちです。……いえ、何かを隠すことは別にすべてが悪いわけではありません。しかし、隠す必要のない、むしろ公開するべき事実まで隠しがちなのが私達の世界です。……ですが、そんなことを続けていれば、いずれ私達は自滅してしまうはずです」 「だからこそ、まずは我々、九十九組から、もっと明るい透明な業界を作っていく! そういうことですね、九十九さん」 春日さんが意気揚々と立ち上がった。 それを見て、暁月さんもたおやかに微笑みながら、頷く。 「えぇ。それは、きっと私達の為にもなるはずですから。……と、もうこんな時間ですか」 「あれ? お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」 「仕事があるからね。それでは、谷風探偵。この度は本当にありがとうございました」 暁月さんと春日さんが深々と頭を下げる。 「莞人君も飛月ちゃんも、元気でね。それじゃ」 「うん! またね、お姉ちゃん!」 こうして、暁月さんと春日さんも事務所を去っていった。 残るのは、僕と飛月、それに駿兄といういつものメンツのみ。 「……公明正大かぁ。確かに、いろいろと考えさせられるねぇ」 「組織がある以上、避けては通れない問題だよね」 「……ま、個人経営の俺には何の関係もない話だがな! ふはは」 そう言って、駿兄はテレビの入力を切り替え、すぐさまゲームのコントローラーを握った。 ……なんという切り替えの早さだ。 飛月は、そんな駿兄を見て、呆れたように溜息をつく。 「はぁ……。この探偵はこの探偵で、こういうぐうたらなところを隠さずにいるのが問題だと思うんだけどねぇ」 「ふはは、この俺こそ情報公開時代の申し子よ!」 「さぁ、それはどうかな……と」 気楽に笑う駿兄を尻目に、僕はファイルや本の詰まった棚の中から一つの帳簿を取り出した。 その表紙に書かれていたのは、“探偵事務所会計”という文字。 僕はその帳簿のページをめくっていく。 「……さて、ここにあります収支一覧。明らかに支出で不明な点が多いのです」 「ギクリ!!」 「経費としか書いていない領収書、それも何故か大型カメラ店のものが沢山。……毎月、何枚か出てるよね、駿兄」 「え、えっと、それはその……」 「僕が、その詳細を聞いても、駿兄は『経費は経費だ!』って頑なに教えてくれなかったよね。……これって、事実の隠蔽じゃない?」 「だから、それは……」 戸惑う駿兄を尻目に、僕は駿兄の遊んでいたゲームのソフトのパッケージを手に取った。 「確かこれ、この前発売したゲームだよね? 確か、イタバシカメラのチラシに八千円くらいで発売とか書いてあったよ」 「そ、そーなのかー……」 「……で、その発売日の日付でさ、丁度イタバシカメラの領収書が出てるんだよね。金額も八千円くらいで」 「………………」 「そろそろ、情報公開してよ、駿兄。申し子なんでしょ?」 そこまで言うと、駿兄は、コントローラーを落として硬直する。 まさか、こんな身近に姑息な隠蔽をしている人がいたなんて……。 と、ここはショックに思うべきなのだろうが、これが日常化している今では、あまり僕も衝撃を受けないわけで。 今追い詰めてるのも、なんというかその場のノリというか。 別に、情報公開の申し子とか豪語してたから、カチンと来たわけじゃないですよ、えぇ。 「で、駿兄。本当のところは一体――」 「俺は知らん! 何も知らんぞおおおおおおお!!!」 「あ、逃げた!!!」 まさに一瞬の出来事。 駿兄はまさに韋駄天の如く、椅子に座っていた姿勢から飛び上がると、事務所のドアに向って一直線に飛んでいった。 そして、気づけばすでに姿はなく。 「……はぁ。やっぱり教えてくれないのね」 こうなることはなんとなく分かってた。 でも、駿兄といえど、まさかずっとここに戻ってこないわけがあるまい。 つまり、駿兄がここに戻ってきた時に聞けばいいだけの話なんだ。 だから、僕は別にそんなに焦る必要もないわけで……。 「って、何ボサっとしてるの!? さっさとあの探偵を追いかけよ!」 「え、で、でも別にそんな急がなくても……」 「ゴチャゴチャ言わない! そんなことしてる間に、あいつどんどん逃げちゃうんだから!」 「うわっ! う、腕を無理やり引っ張らな――ひゃあ!!」 圧倒的な力で大根でも抜くかのように引っ張られ、僕は外に飛び出して行ってしまった。 こうなったら、もうどうしようもない。 あとはなるようになれだ。 ……そして、僕はふと思った。 もし、世界に飛月みたいな人がたくさんいたら、世の中はもっと透明になるんだろうなぁ、と。 ……まぁ、その分、色々とたいへんなんだろうけど。無論、鉄拳的な意味で。 ★★★
うん、うん。 ほら、言ったとおりでしょう。何も焦る必要なんてなかったんだって。 あなたと今回のあの脅迫もどきは一切関係無かったんだから。 相変わらず心配性ねぇ、ふふふ。 えぇ、うん……うん。 そうよ、あなたは今まで通り、私の言うとおりにいろいろ流してくれるだけでいいの。 そうしていれば、あなたには何も問題なんて起こらないの。 う〜ん、それにしてもタニカゼねぇ。 これもまた、偶然ってやつなのかしら。 ……え? いいえ、何でもないわ。ただの独り言。 ……それじゃ、もう何も問題はないんだから、しっかりお願いね。 はいはい、それじゃ。 ―― プツッ!ツーツーツー……。 電話は一方的に切られた。 しかし電話を持つ男は、顔を青白くし、棒立ちになったままだ。 ……まさかこんなことになるなんて。 男は改めて自身の不幸を呪った。 真面目に、堅実に生きてきて四十数年。 会社のために尽くし、家族のために尽くしてきた自分がなぜこんなに不幸な目に遭うのかと。 きっかけは、ビルの建設事業が始まって間もなくのある日。 かかってきた見知らぬ女からの一本の電話が、自分が関わったとある入札に関する談合について語りだした。 もちろん、語るだけではない。 電話の向こうの女は、それをネタに自分を脅迫してきたのだ。 ――この事実を公表されたくなければ、ビルに関する情報を流せるだけ流せ。 と。 もちろん、建設中のビルの詳細な情報を見ず知らずの人間に教えることはできない。 しかし、ここで要求に応じなければ、自分は破滅する。 談合には会社のためを思って参加したが、おそらく事実が公表されれば、会社は確実に自分を蜥蜴の尻尾切りに利用する。 そうなれば――考えただけで身の毛がよだつ。 もちろん端から警察など当てには出来ない。 何せ、警察に通報したところで、事実を公表されれば、自身が真っ先に捕まるのだから。 だからこそ、男はその要求をのみ、情報を流すことにした。 幸い、自分の立場上、ビルに関する情報は常に最新のものが与えられる。 これで脅迫者の要望には答えられるはずだった。 ……しかし、そんな最中にあの平野による脅迫騒動が起き、探偵はやってきた。 探偵などに周囲を嗅ぎまわれ、万が一こちらの脅迫に感づかれたら……。 しかし、そのような心配は無用だったようだ。 こちらの件には一切触れずに事件は終わりを迎えた。 警察も、会社上層が早急な幕引きを要求したのか、一通り捜査を終えるとそれ以上は何もしなかった。 これで、彼は一応の安寧を得ることができた――ように見えるが、実際は違う。 何せ、こちらの事件にかたがついても、彼が女に脅迫されている事実は揺るがないのだから。 だからこそ、先ほど女から電話がかかってきた時も焦った。顔を青くした。 「私はいつまでこんなことをしなくてはならんのだ……」 恨めしげに男は呟く。 すると、そんな彼の背中を見たのか、偶然そばを通りかかった若い男が彼に声をかけた。 「あれ? 何やってるんですか、石清水所長!」 「……! な、なんだ春日君か……」 「新しく入ってきた業者さんが顔合わせたいって言ってるんで、お願いします」 「わ、分かった。今行く……」 事件は終わった。 しかし、その裏にはまだ終わらぬ闇が一つ残り。 そして、その闇が後々、大きく広がっていくことを知る者は、殆どいなかった。 <摩天楼ダークサイド 完> 【解答&あとがき】 A: 脅迫状を送り付けた犯人は、平野満津夫。 理由は、過去に埋めたものを掘り返されるのを阻止するため。 というわけで終わりましたよ、暁月編! いやはや、終わってみれば、どちらもミステリとしては考える部分が少なかったかも……。 そこに不満を抱く人がいたなら、まずすいません。 でも、個人的には書いてて楽しかったです。 暁月さんの破天荒なチートぶりとか(ぇ じゃあ、なんでこんなに投稿するのが遅かったのかと聞くのは禁句の方向で。 一応、伏線みたいのが最後にありますが、いったいこれはどうなるのでしょうか。 そのあたりにも注目して、次回以降も楽しみにしていただければ幸いです。 それでは! この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。
|