僕と彼女と探偵と


 (問題2)
 6x0 - 2yy = ???
  x5 - 9 = ?
  0x + 4 = ??

 8 3 a
 x 5 b
 c y 2

 ・駅の制約は前回と一緒だよ。
 ・数式の下の数字はa,b,c,x,yにそれぞれ違う数字を一つづついれてね。



僕と彼女と探偵と
〜踊る大東京捜査網〜 中編

civil


「嫌な予感はしてたが……的中したらしたで悔しいな、おい」
「まぁ、問題一つ解いただけでのこのこ顔出すような性格じゃないからね、飛月は」
「えぇ。それは姉の私から見ても、まさしくその通りかと」
 僕たちは、飛月の残した二枚目の問題を見て、一様に頷いた。
 ちなみに今、僕らは駅構内から、路上に停めていた駿兄の車に戻っている。
「んで? 今度は数学の問題ってか?」
「まぁ、数式がある以上、これを解く必要があるんだろうけど……」
 左辺に加減式が、右辺にその答えを書くであろう『?』の列があることからも、それは明白だ。
 そして、更にその下にも、気になるものがある。
「こっちのは何なんだろう?」
「こっちの? あぁ、この九つ並んでる奴か。……どーやら、こっちを先に解かないとxとyに入れる数字が分からないままみたいだな」
「それくらいは、僕にだって分かるさ。問題は、これをどうやって解くかってことであって……」
「魔方陣……」
「え?」
 唐突に、暁月さんがぽつりとそんな言葉をこぼした。
「ほら、魔方陣ですよ、魔方陣。縦・横・斜めのどの列も、数字の和が一緒になるっていう」
「あぁ、あれね……」
「これも三×三の正方形配置ですし、魔方陣なら数字が重複することもないじゃないですか」
「なるほど、魔方陣ねぇ……」
 駿兄は、胸ポケットからボールペンを取り出す。
「えぇっと、まずは最初から完成してる斜め列の和が……十五だから、aに入るのが――」
「aが4、bが9、xが1、yが7、cが6ですね」
「ふむふむ…………って、早っ!!!」
 駿兄が計算を始めた矢先、即座に暁月さんはその答えを言ってしまった。
 言っておくと、駿兄は決して計算が遅れたわけではない。
 僕も駿兄と同時期に計算を始めたけれど、aとbの答えが分かったところでストップしていた。
「け、計算早いんですね……」
「いえ、三×三の魔方陣はパターンが一つしかないのを知っていたので。単純に暗記していただけですわ」
「暗記……だとぉ?」
「なにぶん、あまり役に立たない事をよく覚えてしまう性分なんで……」
 暁月さんは、恥ずかしそうに頬を掻く。
 ……最初の問題の時の共通点を即座に答えたことといい、この人、かなり頭の回転が速いのかも。
「ま、まぁ、何はともあれ、これで暫定的に上の数式にも数字が当てはめられたわけだ。えぇっと、そうなると式は最初が“610-277”だから……」
「333ですね」
「……そ、そんで、次が“15-9”だk――」
「9……ですか」
「ん、んで、最後が“01たs――」
「5ですわね。最初の01というのがやや気になりますが」
 駿兄が問題を読み上げると同時、いや読みきる前に暁月さんは次々と述べていく。
 ……あ、駿兄、頭抱えてる。
「せめて最後まで言わせてくれよ…………」
 ドンマイ、ニーサン。


 (問題2)
 610 - 277 = 333
  15 - 9 = 6
  01 + 4 =  5

 8 3 4
 1 5 9
 6 7 2


 ――まぁ、そんなわけで、数式の答えは出揃った。
 後は、この式の意味を考えるだけとなった。
「……とは言ったものの」
「どういう意味なんでしょう、これは」
 この問題の本番は、ここからといっても過言ではないだろう。
 最初の問題の時と一緒だ。
 文面通りに問題を解いたところで、飛月が指定する駅が見つかるわけではない。
 本当の答えは、更にその向こうに存在するのだ。
「やっぱり、答えが関係するのかなぁ」
「答えというと、333と6と5ですか」
「まぁ、普通はそういうことになるだろうな」
 駿兄も暁月さんも一様に頷く。
「だとしたら、333ってのが特徴的だし、ここを手がかりにするのが手っ取り早いだろうな」
「333かぁ…………単純に考えたら、“三”にちなんだ駅名とか?」
「……あのなぁ、んなの腐るほどあるっての」
 駿兄は呆れ気味に、僕に都内の路線図を見せてきた。
「とりあえず目立つのだけ探しても、私鉄の三軒茶屋に地下鉄の三田、新宿三丁目、都電の三ノ輪橋……都内各地に点在してるんだよ」
「う、うわぁ……本当だ」
「探せばもっと見つかると思うぞ」
 悔しいけれど、その通りだった。
 三越前、本郷三丁目、志村三丁目、三ノ輪…………探せば探すほど見つかってゆく。
 これじゃ、特定なんて出来ないか。
 というか、“三丁目”って付く駅名多すぎな気がする。
 丸の内線なんか、新宿三丁目の隣に四谷三丁目があって、さらに少し進むと本郷三丁目……。
 三つも三丁目が付く駅を通るなんて、紛らわしいことこの上ないって。
「……って、あれ?」
 三丁目の付く駅を三つ通る………………三丁目が三つ……三が三つ…………333!?
 これはもしかすると、もしかしたかもしれない。
「もしかしてこの333って、丸の内線のこと意味してるのかも……」
「丸の内線? 何で333からそんな発想に至るんだ?」
「ほら、だって――」
 僕は路線図を指差しながら、理由を説明した。
 “三”丁目という駅がちょうど三つあるから、という理由を。
「なるほど……。確かにそれはいいアイディアかもしれませんね」
「で、そのついでに見つけたんだけど、大江戸線には新宿“五丁目”って駅があるんだ。他に五丁目ってつく駅はないし、三行目の“5”は、きっと大江戸線を――」
「六本木一丁目、本郷三丁目……大江戸線が通るのは“五”丁目だけじゃないが、そこらへんはどう考えるんだ?」
「え、あ、あれ? 本当だ……」
 もし、丸の内線の時と同じ考えで、大江戸線を示すには式の答えを“513”のような形にする必要がある。
 しかし、示された答えは“333”以外には、“5”と“6”という一桁の数字しかない。
「しかも、“6”は“六丁目”を示すってことになるんだろうが、そんな駅はこの路線図には載ってない」
「え、えっと、それは……そ、そうだ! 別に丁目じゃなくっても、単に漢数字が入ってる駅名なのかも。ほら、六本木なら、“六”の字が――」
「だったら、四谷三丁目に“四”の字が入ってるから、丸の内線が“333”じゃなくなるだろ」
「あー……うー……」
 返す言葉も見つからない。
 どうやら、僕の案は間違っていたようだ。
「そうなると、振り出しに戻るのかぁ……」
「まぁ、そう気を落とすな。所詮はあいつと、あいつと結託したどこかの馬鹿が結託して出した浅知恵。そんなに長考するまでもないだろうしな」
 それって、僕はその浅知恵に翻弄されたってことじゃないか。
 ……余計にヘコむわぁ。
「とりあえずは、もう一度“333”あたりから、思いつくものを考えていけば――」
「333……三三三……三百三十三……あれ? そういえば、この数字って……」
 暁月さんは何かをつぶやいたかと思うと、自らの胸元から携帯情報端末を取り出した。
 そして、それをカチャカチャ操作したかと思うと、その画面を見て顔を明るくした。
「やっぱり……」
「あ、あの、暁月さん? も、もしかして何かが分かったとかそういうことだったり……」
「三三三で何かがひっかかると思ったら、東京タワーの高さがそうだったんです」
「東京タワー………………た、確かに言われてみりゃ、そんなキリのいい高さだったっけな、おい」
「そして更に、今後建設される予定の新東京タワー。その高さは――」
 暁月さんは、携帯端末の画面を僕らに見せる。
 すると、そこには新東京タワーが予定している高さが表示されていた。
 そして、その高さがなんと……
「六一〇メートル……って、この式の!?」

 610 - 277 = 333

 つまり、一番上の数式は、新東京タワーと既存の東京タワーの高さの差を表しているというわけか。
「まぁ、あくまで私の推測ですけどね」
「これが東京タワーを意味してるとなると、やっぱりタワーの近くの駅ってことなのかな?」
「まぁ、残り二つの式の意味も分からないとなんともいえないがな……と」
 駿兄はそう言いながら、グローブボックスから道路地図を取り出す。
「東京タワーに近いとなると浜松町のほうか」
 地図のページをめくり、該当するエリアの載っているページを見つける。
「結構、最寄り駅になりそうなのがあるな、こりゃ」
 地図を見ながら駿兄がうなった。
 浜松町、大門、御成門、芝公園、赤羽橋、神谷町――確かに、該当しそうな最寄り駅は、それなりにたくさんあった。
「これだけ最寄り駅があるとなると、やはり東京タワーという考えは間違い……なのでしょうか?」
「ヒントに使うだろう数式は後二つ残ってるんだ。諦めるのはまだ早いさ」
 不安そうにする暁月さんをフォローしながら、駿兄は改めて問題の書かれた紙を取り出す。

 610 - 277 = 333
  15 - 9 = 6
  01 + 4 =  5

 そう、式はあと二つ残ってる。
 これが分からない以上、東京タワーがミスリードかどうかも分からないままだ。
 ……とは言うものの、この二つの式はやたら単純すぎる気がする。
 333のように、その数字だけで何か特定のものを思い出せるような数字があるならまだしも、15や9、6から何かを思いつくなんてこと…………あれ?
 そういえば、さっきどこかで15って数字を見たような……。
 僕は必死に自分の記憶を掘り返す。

 ――その数字を見たのは、ほんのついさっきだ。
 そう、それこそ駿兄が地図を出したあたりのはずで…………地図?
 そうか、地図だ!

「駿兄、ちょっとそれ貸して!」
 と、駿兄の返答を待たずに道路地図をひったくると、開きっ放しだったそのページを凝視する。
 ……そして、ページを隅まで目を皿のようにして探していると、僕はようやく見つけた。
 15の数字の、そして二段目の数式自体の意味を。



「……増上寺だ」
「へ? 何だって?」
「増上寺だよ、増上寺! 二段目の“15 - 9 = 6”は増上寺を意味してるんだよ!」
「な、なんだってー!!!」
 テンプレート的な反応をありがとう、駿兄。
「……増上寺というと、東京タワーのそばにある……」
「そうです。今さっき、この地図を見てたら、こんなことが書いてあったんです」
 僕はそう言って、道路地図の隅に書かれた小さな観光ガイドの欄を指差した。
「増上寺は徳川家の菩提寺であり、合計六人の歴代将軍が埋葬されて…………なるほど、そういうことだったんですね」
 暁月さんがうなずいたのを見て、僕も頷く。
「徳川といえば十五代将軍。そして、この増上寺に眠っているのは別の場所に埋葬されてる九人を除いた六人だから、15 - 9 = 6 ってことなんだと思う」
「なるほどなぁ。確かに東京タワーと合わせて考えても納得がいくわな」
 増上寺はまさに東京タワーのすぐそばにある寺院であり、この暗号が駅の位置する大体の場所を意味してるのなら、エリアはほぼ確定できたということになる。
「そうなると、やはり次の駅はこの周辺に……」
 とはいうものの、さっきも挙げたとおり、増上寺や東京タワーの最寄り駅と呼べそうな駅は、複数個ある。
 きっと、その複数個あるうちの一つを特定するのが最後の数式である

 01 + 4 =  5

 の答えなんだろうけれど、今のところその検討はさっぱり――
「この式が増上寺なら答えは早い。次の目的地は芝公園駅だ」
「って、え? えええええ!? な、何? 何で特定してるの?」
「……いや、何でって、式の意味が分かったからに決まってるだろ」
 いつもそうだ。
 駿兄は唐突に答えをぽっと言ってしまう。
 クイズ番組の時だって、ミステリアニメを見てるときだって。
「……理由を聞かせてもらってもいいですか? 何故芝公園駅と特定できたのか」
「ん? そんな難しい話じゃないさ。ほら、これを見れば一目で分かる」
 そう言って駿兄が僕と暁月さんに見せたのは、東京の地下鉄の路線図。
 今更ながら、カラフルな線が縦横無尽に走っていて、まさにカオスの一言である。
「東京の地下鉄は最近になってナンバリングされるようになったんだ。路線ごとに」
 それは知ってる。
 確か、始発駅から、順番に数字を割り振ってるんだ。
 そして、路線ごとに宛がわれたアルファベット一文字(銀座線ならGINZAのG、千代田線ならCHIYODAでCというように)と組み合わせることで、駅を日本語ではなく英語と数字の『駅番号』という形で表記できるようにし、外国人にも分かりやすいようにしたんだとか。
 ……まぁ、複数の路線を持つ駅は、路線ごとにその駅番号を持つわけで、本当に分かりやすいかどうかは分からないけどね。
「そして、このタワーと増上寺周辺で、5の数字を持つ駅といえば……」
 指差す先にあるのは、都営三田線の芝公園駅。
 その駅番号は――――I-05。
「最初からおかしいと思ったんだ。式を解くと答えは一桁なのに、答えの欄には“??”って二桁で表示されてたから」
 確かに、他の問題は答えの桁数だけ、“?”が表示されている。
「だが、ようやく意味が分かった。これは、起点になる三田線の目黒駅I-“01”から“4”駅先にあるI-“05”のことを意味して立ってことがな」
 つまり、この数式の本当の答えは

 01 + 4 =  5

 ではなく、

 01 + 4 = 05

 だったということだ。
「……これだけ、都合よく数式三つが芝公園を意味してんだ。行ってみる価値はあるだろ」
「まぁ、ここにずっと留まってても何も始まらないしね」
「もし違ったら、また改めて考えればいいですし」
 そうだ。
 このまま動かずにいたら、それこそ日が暮れて飛月の勝ちになってしまう。
 いや、別に飛月に負けるのが悔しいわけじゃないんだ。
 そう、これは暁月さんのためなんだ。
 そこのところ、勘違いしないように。
「そうと決まったら、さっそく出発だ。どれ、芝公園駅までのルートは…………げぇっ!」
 ルートを検索すべくカーナビを操作していた駿兄は、いきなり蛙を潰したかのような声を上げた。
「どうしたの駿兄? そんな天才軍師と鉢合わせになったみたいな声出し……うわ」
 そして、僕にもその声の理由がすぐに分かった。
 僕と駿兄の視線の先にあるカーナビの画面。
 そこには、この湯島から目的地である芝公園までの推奨ルートが示されていたのだが、そのルートの現在の状況を示す欄には同時に――

 ――事故渋滞発生。所要時間×〇分程度。

 と、通り抜けるのにありえないほど時間が掛かることが示されていたのだ。
 もちろん、ナビは他の主要な抜け道も教えてくれていたが、メインとなるルートがふさがれているためか、どこもかしこも連鎖的に渋滞しているようだ。
「抜け道案内も、皆が皆ナビで教えてもらってたんじゃ、意味ないじゃねぇか……」
「……これだと、車で行くより電車で行ったほうが早そうですね」
「――かといって、ここに車置いてくわけにもいかんしなぁ……。……仕方ねぇ。おい、莞人」
「……ん。言いたいことは大体分かったよ」
 ――車降りて、先に電車で目的地に向かえ。
 これから駿兄が言おうとしていることは、十中八九そんな感じだろう。
「それじゃ、ロッカーの鍵は僕が持っていったほうがいいよね?」
「そうだな。……んじゃ、任せたぞ」
 僕はうなずくと、車を降り、再び目の前にあった湯島駅の階段を下っていった。
 後ろに、もう一つの足音を伴って。
「あ、あの〜。別に暁月さんまでわざわざ降りる必要はないんd――」
「だって、こちらのほうが面白そうじゃないですか」
 ……さいですか。
 この人が一度言ったら譲らないのは、事務所を出る時に思い知らされたし、今更とやかく言うことはしない。
 だけど、あれだね。
 僕はつくづく感じたよ。
 嗚呼、この人はやっぱり飛月と血の繋がったお姉さんなんだな、って。



 湯島駅から千代田線で南下、そして日比谷駅で都営三田線に乗り換えた後。
 芝公園駅に向かう途中で、不意に暁月さんが声をかけてきた。
「そういえば、莞人君。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」
「? な、何ですか、急に」
「あのね、飛月ちゃんのことなんだけど……正直かなり迷惑かけてると思うの」
「迷惑……ですか」
「赤の他人がいきなり居候しちゃっているでしょう? 生活費を出してるとはいえ、やっぱり、そういうのって迷惑なんじゃないかなぁ、と思ったんだけど……どうかな?」
 ごうごうというトンネル内の走行音が響いているにもかかわらず。
 僕の耳には、その言葉だけが際立って聞こえた。
 確かに、言われてみれば、まぁ飛月のおかげで僕もいろいろな目に遭っていたりする。
 鉄拳とか鉄拳とか鉄拳とか鉄拳とか。
 ――だけど。
「別に、僕はそんなこと思ってませんよ? 飛月が迷惑だなんて」
「……本当に? 気を使う必要は――」
「本当ですって。だって、飛月が来てくれたおかげで、美味しい料理が食べられるようになったし、駿兄のサボりを諌めてくれる人も増えたし……それに何より、賑やかになりましたからね。感謝こそすれ、迷惑だなんてとても……」
「そう……ですか」
 まぁ、実際のところはいろいろ大変なこともあったし、これからも起こる可能性は大いにある。
 だけど、それ以上に、飛月のあの明るさと積極性は、僕らにとってもプラスに働いている気がする。
 ……少なくとも、僕はそう思った。
「そう言ってもらえると、姉としても安心しちゃいました。……ありがとう、莞人君」
「いや、別に暁月さんが礼を言う必要は――」

『まもなく芝公園、芝公園です。お出口は――』

「……と。もう到着するみたい」
「え、いや、あの……」
「さぁて。今度こそ、飛月ちゃんは見つかるかしらねぇ」
 暁月さんはドアの前に立つと、穏やかな笑みを浮かべる。
「……この話の続きは、飛月ちゃんが見つかってから、ってことでいいかしら?」
 その言葉に、僕はうなずくしかなかった。
 ……そして、列車は徐々に減速すると、目的地である芝公園駅のホームに滑り込み――――



 結果から言うと、芝公園駅という答えはビンゴだった。
 改札を出てすぐの場所にあったコインロッカー、そこの鍵穴と、飛月が残したキーが見事に一致したのだ。
 しかし、問題はそこからであり。
「……またか」
「案の定、といったところですねぇ」
 またもロッカーの中には、新たなコインロッカーの鍵と、問題を記した印刷用紙が入っていた。
 すなわち、飛月からの挑戦状はまだまだ続いているということだ。
 そして、その問題の内容はといえば――


(問題3)

 五の刻印を背負う少年のために鐘は鳴る


「……これだけなのかしら? 問題って」
「た、他に紙が入ってるわけじゃないし……そうかと」
 これまた、ひどくこざっぱりしたものだ。
 今までのように、名前や数式が並んでいるわけでもなく、問題文として書かれていたのは、このたった十八文字の文章のみ。
 最初の問題の時の“俳句”や、さっきの“333”のように問題を解くヒントになりそうなものも用意されていない。
 シンプルすぎて、逆に厄介なものに感じてしまう。
「五の刻印……っていうのがキーワードになのでしょうか?」
「多分、そうだと思いますけど……」
 それが意味するところは今のところ分からない。
 五とは、文字通り数字の五を指しているのか。
 もしくは、何かの暗喩なのか。
 先ほどの問題で出てきた数字は、まさに数字がそのまま何かを指していたわけだけど。
「とりあえず、駿兄がこっちに来るまでの間は、僕たちで何とか考えないと」
「そうですね。私たちでなんとかしないと……」
 連絡が来ないところを見ると、駿兄はまだ渋滞に巻き込まれているようだ。
 ということは、駿兄がこっちに来るまでは、僕と暁月さんだけで考えざるを得ないというわけだ。
 ――だけど、僕たちだけで、この暗号を解くことが出来るのだろうか…………。



 いつまでも駅構内に突っ立っているわけに行かないので、あれから僕達は駅近くの喫茶店に移動した。
 今はランチタイムも過ぎたためか、店内のお客さんの数もまばらで落ち着いている。
 何かを考えるにはもってこいというわけだ。
 ――てなわけで、知恵を絞って暗号の意味を考えていったわけだけど……。
「えーっと……何か分かりました?」
「……ごめんなさい」
 僕も暁月さんも、どん詰まりにぶち当たっていた。
 この文章は、全体的に目立ったフレーズがないのが辛い。
 最初は“鐘”というフレーズから寺や教会の類と関係しているのかと思ったけれど、刻印や少年といった言葉と結び付けられなかった。
 また、とりあえず五の付く駅名を探すこともしてみたけれど、同様に以下の文章に繋げることは出来なかった。
「アプローチの仕方が間違ってるんでしょうか……」
「……そうでしょうか? さっきの数式ならともかく、今度の問題は文章一つしかないわけで、その文章の読み解き方というと、やっぱりそこに書かれてる単語の意味をうまい具合に解釈する、という方法しかないと思うけれど」
「でも、これだけ考えて出てこないっていうのは……」
 僕の頭の中ではネガティブな考えしか浮かんでこない。
 きっと、僕なんかじゃ、この問題を解くことは出来ないんだ――という、ネガティブな考えが。
 ――と、そんな時だった。
 そんな僕の悩みを誰かが聞き届けてくれたかのように、携帯のバイブレーションが震えだした。
 着信の相手は……駿兄だ。
「も、もしもし!? 駿兄、今どこにいるの?」
『おいおい、いきなりそれかよ。……いや、俺もたまたまひどい渋滞に捕まって身動き取れないから、電話してるだけなんだが……』
 どうやら、まだ到着は出来ないようだ。
 ……というか、車を動かしてないとはいえ、堂々と車内で携帯使って大丈夫なんだろうか……。
『あぁ、そこらへんは大丈夫さ。ネズミ捕りの位置も警察の巡回ルートも大体把握してるしな』
 さいでっか。
 もう、この際深く突っ込むのは止めにしよう。
『んで、結果はどうだったんだ? 当たってたのか?』
「う、うん。だけど、また新しい問題が出てきて……」
 僕はその問題を読み上げた。
 すると、さすがの駿兄も問題の短さに驚いているようだった。
『短文たぁ、これまた中途半端に厄介だな、おい』
「いやいや、中途半端どころじゃないよ。どこからとっついていいかわからないし……」
『んー、そうだな……こういう時はあれだ、アレ』
「あれ?」
 当然のように、僕にはアレが何を指すのか分からない。
『だから、アレだよ。物事を難しく考えすぎないってやつ』
「そんなの初耳だよ……」
『ま、まぁ、それはともかく、だ。とりあえず問題文の内容を単純にとらえてみたらどうだ?』
「単純にって言われても、これ以上、どう単純にとらえろって言うわけ?」
『ほら、刻印とか鐘とか無駄に難しい言葉使ってたろ? そういうのを一度分かりやすい言葉に置き換えるんだ。いっそのこと、スルーしても構わないかもな』
 いいのかなぁ、勝手にそんなことしちゃって……。
『俺も今、それやってぱっと思いついた事が一つあるんだが――って』
「な、何!? それは何!?」
『悪ィ! なんか白バイがこっちに近づいてきたから、一端切るわ』
「ちょ、ちょっと! 切るなら、その前に思いついたことってのを――」
『とりあえず、お前も暁月さんと、もうちっと粘ってくれ。んじゃな!』
 そう言って、電話は切れた。
 ――結局、収穫はほとんどなしのままで。
「……お兄さん、まだ来れなさそうと?」
「えぇ。まだ渋滞に巻き込まれてるみたいで」
「あらあら。困りましたねぇ……」
 暁月さんは頬に手を添え、眉を僅かにひそめた。
「それで、お兄さんは暗号について、何て言っていたのかしら?」
「う〜ん……それが、文章をもっと単純化して考えろとしか言われなくて……」
 僕は、暁月さんに駿兄の言っていた旨を伝える。
 すると、暁月さんは考える仕草を取り出した。
「文を単純にする……ですか。例えば、“刻印”なら“印”……いいえ、“文字”?」
「“鐘”なら後に続く“鳴る”っていうところも含めて、“音が鳴る”ってことでしょうか」
 つまり、まとめるなら

 五の文字を背負う少年のために音は鳴る

 となる。

 ――が、それでも、文が示す状況が理解できない。
 五っていう文字を背負った少年に、何か音を捧げているという事?
 そもそも、五の文字っていうのは、“五”っていう文字そのもの?
 それとも、“五つの文字”ってこと?
 ……さっぱり分からん。

 ……というように、僕が思考を燻らせていると。
「もしかして……」
 などという、この状況ではもっとも希望に満ち溢れた言葉が聞こえてきた。
 声を発したのが僕でないとすると、その言葉の主は勿論――
「暁月さん……何か分かったんですか!?」
 暁月さんは顔を上げると、あいまいな笑みを浮かべて答える。
「余り自信はないけれど……少し思いついたことがあります」
 そういえば、駿兄もさっきそんな事言ってたような……。
「構いませんよ。今は、どんなことでも思いついたことをどんどん言っていったほうがいいと思いますし」
「そう、ですね」
 出し惜しみしている暇があるなら、どんどん案を出したほうがいい。
 これは、思考の壁が立ちふさがった殆どの場合で言える事だ。
 もしかしたら、その思いつきが壁を乗り越える、もしくは打ち砕く重大な鍵になるのかもしれないから。
「それで、一体何を思いついたんですか?」
「えぇ。それは――」



 【九十九飛月からの挑戦状】

 やっほ〜、元気してた?
 今回は本編ではまだ一回も喋ってない九十九飛月だよ!
 莞人たちも、三問目までたどり着いたみたいだけど、どうなることやら。
 本当にあたしの作った暗号が解けるのかな?
 ……え? あたしが全部考えて作ったわけじゃないんだろう、って?
 あはは、そんなの気にしない気にしない!
 そんじゃ、早速これを読んでる皆にも問題行くよ!


 Q:
 以下の問題から推測される駅名を答えよ。

 五の刻印を背負う少年のために鐘は鳴る

 【ルール】
 ・駅は東京二十三区内の駅に限定する。

 
 さ〜て、分かるかな?
 多分、首都圏に住んでる人に有利になっちゃうけど、そこらへんの文句は問題作った人に言ってね。
 え? 私が問題作ったんだろう、って?
 あはは、そんなの気にしな(ry

 いつも通り、答えが分かったらメールなり掲示板なりにドシドシ報告しておkだよ。
 ただし、掲示板に報告する場合は、白文字投稿でお願いね!
 あと、作者のメールアドレスは、掲示板に出てると思うから。

 それじゃ、解答編で会おうね、ばいばい! 


 <後編に続く!>


この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。 




 Newvelさんにて僕と彼女と探偵とを登録しています。御投票頂ければ幸いです(※一作品につき月一回有効。複数作品投票可能)。
 ネット小説ランキングさん(探偵・ミステリー部門)にて僕と彼女と探偵とを登録しています。御投票頂ければ幸いです(※一作品につき月一回有効。複数作品投票可能)。

ネット小説ランキング:「僕と彼女と探偵と」に投票


サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書置場  リンク