僕と彼女と探偵と


 ある日の通話記録より抜粋。

 ――それじゃ、これで本当に大丈夫なんですね?
 ――ああ、これなら、上手く行くはずだ。
 ――でも、やっぱり、アイツがいると不安っていうか……。
 ――なぁに、心配なんざいらないさ。この俺が考えたんだ。心配無用!
 ――は……はい!
 ――流石の奴でも、これなら一溜まりもないだろうよ。


 ――――――――谷風駿太郎なんてチョロいもんさ。



僕と彼女と探偵と
〜踊る大東京捜査網〜 前編

civil


 アル晴レタ日ノコト。
 魔法以上のユカイなぞ起こるはずもない、ごくごく平凡な初秋の朝。
「駿兄! いい加減、事務所でネットサーフィンして遊ぶのは勘弁してよ……」
「いいじゃねーか、これくらい。誰か来るわけでもないんだしよ。……それに、これはネットサーフィンじゃない。動画サイト鑑賞だ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ちょっと静かにしておいてくれ。動画の邪魔だ。朱雀は俺の嫁……と」
 馬耳東風。
 のれんに腕押し。
 ぬかに釘。
 聞く耳持たず。
 今の駿兄を言葉で表すなら、まさにそういった類の言葉が相応しいだろう。
 ……そう。
 今日も今日とて、この谷風探偵事務所。
 いつも通り、閑古鳥の代わりにアニメやらゲームやらの音楽が鳴り響いていた。
「あのねぇ……駿兄がそんなんだから、いつまでたってもお客さんが来ないんだよ?」
「何を言うか。客なら定期的に来てるだろ。尽文社の編集者さんが」
 尽文社の編集者さんというのは、あの来宮恭子さんのことだ。
 来宮さんが原稿回収を担当する未来歳記という作家は、しばしば締め切り直前に失踪するので、その都度、居場所を突き止めるように仕事を依頼してくるのだ。
「……いや、あれは特別な仕事でしょ。それに、来宮さん除外したら、それこそ全然お客さん来てない事になるんだよ?」
「いいじゃねーか。俺みたいのが必要にならないってことは、それだけ世間が平和ってことで――」
「世間はそれでよくてもね……駿兄にとってはよくないでしょ!!」
 デスクを平手で叩き、思わず声を荒げてしまった。
「分かってるの? このままじゃ、いずれ破産だよ? 事務所のテナント料どころか国民年金も払えなくなっちゃうんだよ? 老後の生活に大きな支障をきたすよ? それでも駿兄は――」
「あーあー、分かった分かった! それじゃこんなのはどうだ」
 僕の言葉を遮って、駿兄は一つの提案をしてくる。
「今日一日、いつも通りに過ごしていて客が来なかったら、生活態度を改める。客を集める営業努力もする。どうだ?」
「どうだ……って、言われても……。それじゃ、もし今日お客さんが来たら?」
「当然、従来のスタイルを維持するぜ? それは、俺から何もしなくても客が来るって証明されたようなもんだしな」
「な、何かが違う気がするんだけど……」
 ――とは言うものの、ここには一週間客が入らなかった。
 ということは、今日一日足掻いた所で、客が来る可能性というのはきわめて低いはずだ。
 ……考えるだけで、実に空しい予想だが。
 そして、この予想が的中したとすると、駿兄は無条件で僕の生活改善案を受け入れてくれる。
 つまり、高確率で駿兄を悔い改めさせることが出来るのだ。
 ……なら、この賭けに乗っても、勝てる見込みは……高い!
「ま、まぁ、そこまで言うのなら、その話に乗ってみようかな」
「さすがマイブラザー。話が分かる男よのう」
「その代わり、もしお客さんが本当に来なかったら、生活を――」

 ――ピンポーン!

 僕がそのチャイム音をこの時ほど恨んだ事はない。
 何でこんな時に……。
 何故、タイミングを見計らったようにやって来たんだ……。
「……どうやら、俺の勝ちみたいだな」
 ニヤニヤしながら、駿兄は僕を見てくる。
 この男……どうして、こんなにも運が強いんだ?
「ま、まだ、客って決まったわけじゃないよ。そ、そうだ! もしかしたら道を聞きに来ただけとか……」
「悪足掻きは見苦しいぞ、マイブラザー」
 悪足掻きなことくらい、百も承知だ。
 だけど、少しくらい足掻いたっていいじゃないか。人間だもの。
「――失礼します」
 ――とか思ってる間に、透き通った声が聞こえると同時にドアが開かれた。
 あれ? この声……女の人の声?
「こちら……谷風探偵事務所でよろしいんですよね?」
「…………」
「…………」
 僕らは思わず言葉を失った。

 ――えらい美人がそこにはいたのだ。
 腰近くまで伸びる艶やかな黒髪、透き通るような白い肌、穏やかな笑みを浮かべる瞳。
 身を包む優雅な和服、そしてその上からでも分かるくらい大きな胸部のアレ。
 そして、その全身から醸しだされる何ともいえぬオーラ。
 ……まさに美人としか言いようがなかった。

「あの……どうなされました?」
「あ、い、いや、なんでもないです! そ、そうだよね、駿兄!」
「あ? あ、あぁ! ちょ、ちょっと目に塵が入ってしまって。あ、あはは!」
「はぁ……」
 気まずい沈黙を取り繕うと、駿兄は改めてその女性へと向き直る。
「確かに、ウチは谷風探偵事務所ですよ。ウチに何か御用ですか?」
「えぇ。そうです。少々、お話したいことがありまして……」
 その瞬間、改めて駿兄がにやけた顔を僕に向けてきた。
 分かった、分かったから、もうそんな目で僕を見ないでって!
「つまり、何か調査を依頼したい……そういうことですね?」
「えぇ。それもあります」
「それ“も”? では、本題は別に?」
「…………」
 駿兄の疑問はもっともだと思う。
 だが、お客さんのほうはその問いに目を丸くしていた。
 まるで、何故知らないのか、とでも言いたげなように。
「……あの、ご存知ないのですか?」
「は? 何を、ですか?」
「本日、こちらにこの時間にお伺いして、お話したいことがある、と先日伝えていたはずなのですが……」
「い、いや、そんな電話もメールも貰っていないはずですが……」
 そう言いつつ、駿兄は視線を僕に向けてくる。
 だけど、僕も知らない。一応、スケジュールに関しては目を通してるはずだけど、依頼の予約等は一切入ってなかったはずだ。
 というか、今日お客さんが来ることを知ってたら、あんな賭けに乗るはずもない。
「飛月ちゃん、何も言ってないのかしら……」
「……へ? 飛月……ちゃん?」
「えぇ。先週、飛月ちゃんに手紙を送ったんです。今度、こちらに伺わせてもらうから、その旨をあなた達に伝えておくようにと」
 手紙……。
 そういえば、先週の金曜あたりに、飛月宛に妙に達筆な字で書かれた手紙が届いてたような。
「えっと……失礼ですが、あなたは飛月……じゃなくって、飛月さんとはどういう?」
「あら、すみません。言うのが遅れてましたね。私は、九十九暁月あかつき。こちらでお世話になっている九十九飛月の姉です。よろしくお願いします」
 そう言って、その女性は腰を大きく折り曲げ、お辞儀をする。
 そして、顔を上げると、にこりと穏やかに笑みを浮かべてきた。
 そんな笑顔を見て、僕と駿兄といえば。
 あまりにもいきなりのことに、言葉を失ってしまったわけで。
「……な……な……」

「「なんですとーーーー!!!!!」」



 言われてみれば、確かに似ているかもしれない。
 目の辺りとか、その天然モノにしては反則的に大きいブツとか。
 ……いや、だけどね。
 だけど、まさか今、目の前にいるこの人が飛月のお姉さんだなんて誰か気づくだろうか。
「そうですか……。飛月ちゃん、伝えてなかったんですね」
 このまま立って話を続けるのも、何だからと応接スペースに暁月さんを案内して、すぐに。
 暁月さんは、その顔に陰りを見せながら、溜息をついていた。
「しっかし、どうして、あいつ俺達に話さなかったんだ? 手紙は届いてたんだろ?」
「僕が飛月に渡したのが、暁月さんの手紙だったんなら、確実にね。――っと、どうぞ」
 駿兄の問いに答えながら、僕は淹れたてのコーヒーを暁月さんに差し出す。
「ありがとう。えぇっと、谷風莞人君……だっけ?」
「あ、は、はい。そうです」
「あの子、実家に手紙を送ってくるんだけどね、その中であなたの事をたくさん書くのよ。文面から楽しそうだって伝わるくらいにね」
「そ、そうなんですか?」
「仲が良くて何よりだわ」
 暁月さんは、にっこりと笑みを浮かべ、コーヒーを口にした。
 ……飛月、手紙の中で僕を一体どんな風に書いてるんだろう。
 気になる……。
「……それにしても、当のあいつは何やってんだ? せっかくお姉さんが来てるってのに、顔見せもしないつもりか?」
「そういえば、今日はまだ一度も顔を合わせてないような……」
「まだ寝てるってか? ったく、暢気なもんだ」
 時刻は十時を回ったあたり。
 今日は日曜だし、この時間まで布団やベッドにもぐりこんでる人も多いだろう。
 だけど、飛月はあんまりそういうことする人じゃないはずだ。
 朝は平日だろうと、休日だろうときっちり早起きして、家事の手伝いをしてくれる。
「おい、莞人。とりあえずあいつを起こして来い。あいつから直接理由を聞いたほうが早そうだ」
「えぇ!? で、でも、それって飛月の部屋に勝手に入ることになるんじゃ……」
 同居人とはいえ、飛月は女の子だ。
 しかも、まだ寝ているかもしれないというのに、その中に突撃するなんて……。
「いいからとっとと行って来い! 何、いざって時はいい医者を紹介するからよ」
 殴られること前提!?

 ――でも、せっかくお姉さんが来てるんだし、このまま寝かせたままにしておくわけにはいかないか。

 僕は意を決して、事務所から住居スペースに戻り、飛月の部屋の前に立つ。
「飛月ー? 起きてる? 飛月のお姉さんが今、事務所に来てるんだけど」
 ノックをしながら呼びかけるも応答なし。
 やっぱり、まだ寝ているようだ。
 となると、やっぱり僕からドアを開ける必要があるようで。
「入るよー。飛月ー?」
 ドアを開けると、そこには小綺麗に整頓された空間があった。
 インテリアも、飛月らしくあまり飾りっ気のない、必要最低限のものに留まっている。
 そして、その空間は現在、カーテンによって光を遮断されている状態にあった。
 こんなにも日が昇ったというのに、カーテンが閉まったままということは、とどのつまりまだ起きてないということだ。
 僕はベッドへと視線を移す――が。
「あ、あれ?」
 そこには、いるはずのものがいなかった。
「おっかしいなぁ……。飛月、一体どこに…………ん?」
 飛月の姿を探すように暗いままの室内を見渡すと、ふと机の上にあった白い紙に目がいった。
 近づいてみてみると、それは書置きのようなものらしい。
 暗がりの中でもうっすらと、『莞人へ』とかいう文字が見える。
 そして、更にその内容を確かめるべく、僕は机にあった電気スタンドのスイッチを入れ、書置きの内容をはっきりと照らしてみた。
 すると――

 ――ダメ探偵と莞人へ

 第一回 飛月を探せ!クイズ大会 開催のお知らせ

 本日、私こと九十九飛月は行き先も知らせずに失踪します。
 携帯電話は電源を切ってるので、連絡は出来ません。
 というわけで、私の居場所を突き止める方法はただひとつ。
 それはすなわち、私が出す暗号を解くことです。

 とまぁ、そんなわけでがんばってね〜♪
 (詳細は二枚目にね!)

「…………」
 そこまで読んだ所で、僕は頭が痛くなった。
 何でこんな時に限って、こんなことするんだ飛月は…………。



「……なるほど、とっくにこっから消えてたってわけか。道理で静かだったはずだ」
「あらあら、困りましたね……。飛月ちゃんにも立ち会って欲しい用件でしたのに……」
 事務所のほうに戻り、例の書置きを見せると駿兄は呆れたような、暁月さんは困ったような顔を見せた。
「んで? その暗号とやらってのはどんななんだ?」
「いや、僕もまた見てなくて……」
「ま、あいつの考えることだ。たいした暗号なんて出来るはずが……ん?」
 書置きの一枚目をめくり、暗号の書かれているという二枚目に目を通す駿兄。
 すると、その顔が強張る。
「何だこの封筒?」
 どうやら、書置きの二枚目にステープラーで一緒に閉じられた茶封筒に目が行ったようだ。
「あぁ、これなら元からくっついてたみたいだよ。何か入ってるみたい」
「封筒が閉じられてるんだから、それくらい分かるっての。どれどれ…………ん、何だこれ」
「……鍵ですね」
 そう。
 そこにあったのは、紛うことなき鍵。英語で言うならkey。
 鍵に数字の刻印の入ったタグが付いているところを見ると、どこかのコインロッカーのものだろうか。
「何だこの鍵は……。一体どこのだ?」
「僕に聞かれても……」
「待ってください。飛月ちゃんの書置きになにやら書かれてるみたいです」
 暁月さんが書置きを指差す。
 すると、確かにそこには鍵についての情報が記されていた。

 (ルール説明)
 ・同封してある鍵は、とある駅のコインロッカーの鍵だよ。
 ・その鍵で開くロッカーの中に、私の居場所に関する情報を隠しておきました。
 ・ただし! どこの駅かは暗号を解かないと分からないようになってるから要注意! ←ココ重要!
 ・駅は、東京二十三区内に限定してあるからご安心!


「――ったく。七面倒なことしやがって……」
「でも都外逃亡じゃないから、今日中に何とか見つけられそうじゃない?」
「だといいんだがな……」
 あれ?
 さっきまで駿兄、飛月の作る暗号なんて楽勝だ、とか言ってたはずなのに……。
「わざわざコインロッカーを使う回りくどい手口……考えたくないが、誰かが裏で糸引いてる気がしてならねぇ」
「だ、誰か?」
「偶然にも俺は、こういう悪知恵が働く馬鹿を一人知ってる。そしてそいつは、飛月とも面識がある……」
 そう言われて、僕の脳裏にも一人の人物の姿が思い浮かんだ。
 このようなゲーム感覚で何度も姿をくらまし、周囲の人に迷惑をかける困った作家大先生の姿を。
「もし、あいつが何か助言してるんだとしたら、ちょっくら面倒になりそうな気がする」
「た、確かに……」
「――ま、というわけで、ちょっと妹さんを探すのに時間がかかるかもしれませんが、よろしいですか、九十九暁月さん?」
「えぇ。私は構いません。何にせよ飛月ちゃんがいないとどうにもなりませんから」
 暁月さんはにこりと微笑むと、「あの子らしいわ」と呟き、書置きに視線を落とした。
「……でも、これは暗号と言えるのでしょうか?」
「ん? それはどういう……」
「これを見てください。これでは、まるで暗号というよりクイズじゃないですか」
 暁月さんの指差す先に書かれていた文字列。
 それを読むと――

 (問題)
 まず練しゅうがてら腕試し。
 いま挙げます四人の共通点を述べなさい!

 与謝蕪村
 正岡子規
 種田山頭火
 高浜虚子

「……クイズだな」
「クイズだね」
 暁月さんの言うとおり、確かにその出題形式はクイズそのものだった。
 これを暗号と呼ぶには、何か違和感がある。
「共通点挙げろって言われてもなぁ……。確かに聞いたことある名前ばっかだけど……」
「四人とも俳人ということでしょうか」
 駿兄と僕が喉のあたりで答えがつっかえていると、暁月さんが横からさっと答えた。
 ……そうだ。
 この人達、全員歌人――それもどちらかというと俳句で有名な部類の人達――だ。
「あぁ、それだ、それ。いやいや、答えてくれてありがとうございます」
「お役に立てたのなら、光栄ですわ」
 相変わらずのにっこり笑顔で、暁月さんは返答する。
「……でも、この答えが、飛月の居場所とどう関係あるんだろう?」
「そ、それは……」
「……まぁ、そこが問題だわな」
 肝心なのは、クイズの答えではなく、飛月の指定するコインロッカーのある駅だ。
 それを特定しないことには、僕たちは動くことすら出来ない。
「ひょっとして、答えが違うのでしょうか……」
「いや、答えは多分それであってると思いますよ。そうでなきゃ、日本人繋がりだとか人間繋がりだとかアバウトすぎる共通点しか出てこないですし」
「それに、もし仮にそういう答えを導きたいんだったら、こうも都合よく同じ分野の人間の名前を列挙する必要がないと思います」
 ここまで、俳句繋がりで名前を選んで並べてるのだから、そこには確実に意味があるはずなんだ。
 特に、これが飛月に知恵入れするような人間の作成した暗号であるならば。
「となると、やっぱり“俳句”ってのが、キーワードになってくるんだろうな」
「キーワードっていうと?」
「ほら、あれだ、あれ………………そう、例えば『ハイク』『ハイジン』とかいう駅名が――」
「そんな駅名、聞いたことないよ」
 “拝島(ハイジマ)駅”なら、聞いたことがあるけどね。
 ただし、あるのは確か奥多摩だか西多摩のほうで、条件になっている都内二十三区の外だったけど。
「そうなると、やっぱり俳句にゆかりのある場所とかじゃないかな? ほら、俳句で詠われた名所とかさ」
「お言葉ですが、東京ともなると、そういった場所が無数に存在するかと」
 ですよねー。
「でも……飛月ちゃん、この問題作るとき、余程慌てていたんでしょうねぇ」
「え? 慌ててた? ど、どうしてそんなことが……」
「ほら、この問題文の冒頭。練習の“習”の字は平仮名のままでしょう? きっとこんなミスにも気づかないほど余裕がなかったんだと思います。それにほら、この後の“今”の部分も」
 確かに妙だ。
 だけど、手書きならともかく、パソコンのワープロソフトを使って打った文章に、こんなミスが起こるだろうか。
 こんな変換ミス、意図的に間違えたとしか考えられないような……。
 ……ん? 意図的?
「ね、ねぇ、駿兄。この誤字ってもしかして……」
「ヒントは文章の中にあり、ってことだろうな」
 意図的に間違えたっていうことは、つまり、そこには何らかの目的があるということだ。
 そして、今回のそれで、目的といえば、ただ一つ。
 問題を解くための鍵にするため、だろう。
「この文章自体に答えが隠されていて、その隠れた何かを見つけ出す為のヒントっていうのが、つまりは――」
「俳句……ということなんですね?」
 駿兄は頷く。
「……と、タネが分かると暗号もへったくれもないな、こいつ」
「って、も、もしかして、分かっちゃったの? 答えが」
「まぁな。……こんな暗号に少しでも悩んだのが馬鹿みたいに思えるわ」
 僕はまだ、その“こんな暗号”っていうのに悩んでるんですけど……。
 どうやらそれは、隣にいた暁月さんも同じのようで、首をかしげながら駿兄に声をかけていた。
「あの、それで結局、答えは一体どのようにして導き出したのですか?」
「ですから、この文章を読んだら、そのまま出てきたんですよ。……一定の法則を使って読んだら、ね」
「一定の……法則?」
「さっきも言ったでしょう。ほら、答えがこの文に隠されてるなら、そのヒントになるのは――」
 俳句だ。
 それくらいは僕にだって分かる。
 問題はその法則ってやつなわけで。
「俳句を詠む上では、一定の法則がある。季語を入れるとか、文節は三つで、その文字数が――」
「五・七・五でしょ? さすがにそれは――って、え? ちょ、ちょっと待って!」
 俳句を『詠む』のと、暗号を『読む』のを掛けたのだとしたら。
 つまり、暗号を解くためには、この五・七・五の法則を使えばいいってことだろうか。
 僕は改めて、問題文を読む。


 まず練しゅうがてら腕試し。
 いま、挙げます四人の共通点を述べなさい!


 この文を頭から順に五文字目、七文字目、五文字目と取っていくと……


 まず練し「」うがてら腕試「」。
 いま、挙げ「」す四人の共通点を述べなさい!


 ゅしま……ゆしま……
「そうか、湯島だ!」
「湯島というと、あの湯島聖堂や天神様が有名なあの湯島……ですよね?」
「ま、そういうこった」
 駿兄は笑顔を見せながら、東京の地下鉄の路線図をテーブルに広げた。
「地下鉄千代田線。この緑のラインの路線に、確かに湯島駅ってのがある」
「うわぁ、上野の方かぁ……。ここから正反対の場所じゃん」
「ま、車を飛ばせば、そんなに掛かんないさ」
 と、駿兄は車のキーを取り出すと、立ち上がった。
「……んじゃ、とっとと行くとすっか。そんで、あいつをとっとと連れ戻さないとな」
「行く……って、それまで暁月さんはどうするの。このままここに残す気?」
「さすがに依頼人連れ回すわけにはいかんだろ。それに、事務所にはお前もいるんだし、何とか場を繋いで――」
「私もご一緒させてもらえませんか?」
「ほら、暁月さんもこう言ってる事だし、連れて行くのはやっぱり……って、うぇ?」
 気づけば、ソファに腰掛けていた暁月さんも立ち上がっていた。
「飛月ちゃんがこんな風にあなた方に迷惑を掛けてるのに、私がここで何もせずに待ってるなんて、道理に合いませんもの」
「いや、でも、ついて来てもつまらないと思いますが……」
「いいえ。私、探偵さんのお仕事にも興味を持っているので、構いませんわ。それに、道中いろいろと聞きたいことがありますし」
「き、聞きたいこと……?」
 穏やかな笑みを浮かべながらの言葉に、駿兄はいっそうの不安を感じたのだろう。
 暁月さんを向き合いながらも、少し後ずさりしていた。
「さぁ、さぁさぁさぁ! そうと決まりましたので、早急に出発しましょう。善は急げと言いますしね」
「あ、は、はい。それじゃ、行ってくるわ。留守番頼む」
 そう言うと、駿兄と暁月さんは事務所から外へと出て行ってしまった。
 残されたのは僕一人。
「…………」
 な、何だろう。
 この切ない気持ちは。
 べ、別に置いてけぼり食らったわけじゃ……ないんだけど…………。
「ま、待ってよ!! 僕もついてく!!」



 というわけで、ぎりぎり追いついた僕は、駿兄の車に飛び乗ったわけで。
「……ったく! お前がついてきたんじゃ、事務所スッカラカンになっちまうじゃねーか」
「別にいいでしょ。どうせ、誰も来ないんだし」
「お前……朝言ってることと真逆だぞ」
 そんな事言っても事実だし仕方ない。
 というか、どうせ僕一人でも依頼を受けたりすることなんて出来ないんだ。
 そう、ここは僕も一緒についていって、まったく問題ないんだ、うん。
「ふふ……」
 と、駿兄とそんなくだらない会話をしていると、後部座席に座っていた暁月さんがいきなり笑みを浮かべた。
「お二人とも仲がいいのですね」
「仲がいい? よしてくださいよ、莞人はともかく俺にはそっちのケはないですって」
「仲がいいって言葉だけで、そこまで話を持っていくのもどうかと思うけど……」
 言っておくけど、当然のごとく、僕と駿兄に兄弟以上の関係はない。
 これだけは、閻魔様にも誓って言える。
 え? 強調してるあたり怪しい?
 だから、ないんだってば!
「飛月ちゃんからの手紙に書いてあったけれど、両親は今は離れた場所に住んでいるとか」
「え、えぇ。元々こっちに住んでたんですけど、仕事の都合で北海道に……」
「んで、俺が東京の大学に通うって言うこいつを引き取ったってわけですわ」
「引き取った……って、人を犬か猫みたいに……」
「似たようなもんだろ。両親に東京離れられて、行くアテもなかったんだから」
 まぁ、確かに、両親が東京に持ってたマンションを引払った以上、住む場所も――――
「――って、ちょっと待った! 確か、あの時、僕が一人でどこかに部屋借りようとしたのを引き止めたの駿兄でしょ!」
「……そ、そうだっけか」
「そうだよ! 部屋の掃除とか毎日の食事とか作る係が欲しかったとかいって強引に誘ったんじゃないか」
「ご、強引にとは失礼な! あれは、部屋代や新しく揃える家財道具代を浮かそうという俺の暖かな親思いの心が産んだ――」
「どっちみち、引き取ったっていう表現は不適切だよ! 明らかにムジュンしています!」
 人差し指を駿兄に突き指して、僕は指摘をした。
 しかし、駿兄はそれでもヘラヘラした表情を浮かべたままだ。
「ンマー、どっちでもいいじゃねーか。そんなのたいした問題じゃないし」
「そ、そりゃあ、そうかもしれないけど……」
 だけど、何か妙に悔しい。
 これじゃ、まるで僕が駿兄の温情のおかげで今の生活を送ってるみたいじゃないか。
「ふふふ。仲が良さそうで何よりですわ。やはり、兄弟姉妹は仲がいいことに越したことはありません」
「姉妹っていえば、暁月さんは飛月とはよく話したりするんですか、電話とかで?」
「えぇ。私も本家を離れて仕事をしている身。直接会うのは難しいですが、電話や手紙で近況報告は行ったりしています」
「ほ、本家?」
「あぁ、申し訳ありません。本家というのは私や飛月ちゃんの生まれ――――」
「おっと、どうやら着いたみたいですぜ、お二人さん」
 駿兄がそう暁月さんの言葉を遮って、車を止めた。
 窓の外を見ると、確かにそこには『湯島駅』という表示がなされた地下への入り口があったわけで。


 湯島駅は地下鉄千代田線の一路線のみが乗り入れる至ってシンプルな地下鉄駅だ。
 そしてシンプル故か、都心の真っ只中にあるにも関わらず、ターミナル駅にあるような混雑もなかった。
「コインロッカーは……っと、あったあった。あれだ!」
 混雑が無かったため、目的のコインロッカーも、すぐに見つけ出すことが出来た。
 はやる気持ちを抑えつつも、僕たちはロッカーに近づき、正面に立つ。
 飛月が残していった鍵につけられた番号の扉は、しっかりと施錠されたままだ。
「……ふむ、カギもぴったり符合っと」
 ガチャリという音の後に駿兄が扉を開くと、その中には何やら一枚の紙のようなものが入っていた。
 その横には怪しげに膨らむ封筒も添えられた状態で。
「何だこの封筒。……って、げっ! こ、この手触りは…………」
「どうしたの、駿兄? ――って、うわっ! こ、これって……!」
 駿兄が先に封筒を手に取り、露骨な嫌な声を出すのと同時に。
 僕は紙の方を手にとり、そこに何が書かれているかを読み、驚いた。
 きっとこの時、僕と駿兄は同じような顔をしていたと思う。
「どうかしましたか、一体何が…………って、あらあら」
 駿兄から袋から取り出したブツ、そして僕の手に取った紙に書かれていた文面を見て、暁月さんは困ったように微笑んだ。
「ま、まだ続くのかよ……」
「どうやら、一回戦で終わらせるつもりは毛頭無かったみたいだね」
「あらあら。飛月ちゃんも困ったものねぇ」
 暁月さんがあまり困ってないかのようにそう言っているそばで、僕と駿兄は肩を落とした。

 駿兄の手には新たなコインロッカーの鍵。
 そして、僕の手にする紙には――――


 <まだまだ続く二回戦!>
 部屋にあった問題だけで終わったと思った?
 だったら、そんなの大きな間違いだよ!
 というわけで、引き続き私探しツアーをゆっくり続けていってね!

 (問題2)
 6x0 - 2yy = ???
  x5 - 9 = ?
  0x + 4 = ??

 8 3 a
 x 5 b
 c y 2

 ・駅の制約は前回と一緒だよ。
 ・数式の下の数字はa,b,c,x,yにそれぞれ違う数字を一つずついれてね。



 さてさて、次はどこに行かせるというのやら……。


 <中編に続く!>


この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。 




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