【登場人物紹介】
「それじゃ、なっちゃんが正式に参戦したって事で一度状況を整理してみようよ」 「だからなっちゃ――」 「んまー、それが妥当だろうな。今までの話を振り返ることで状況を確認する……俺たちにも読者にも優しい設計だ」 ……読者って誰? 「まー、そこら辺は気にすんな。……んじゃ、まずは事が起きた直後の状況を振り返るとするが……莞人! それはお前に任せる」 「――ふぇ? な、何で!?」 「俺はあの時アルコールが回っていて記憶があやふやだ。よって、お前に説明を一任する。釈明終わり!」 な、なんという無責任。 自分で率先して話を進めておきながら、僕に丸投げとは。 ……でもまぁ、仕方が無いか。確かにあの時の駿兄はずいぶん顔赤かったし。……今も多少赤いけど。 「分かったよ、了解。……とりあえず、あれは昼食を食べている真っ最中だったね。いきなり尚美さんが喉を押さえて苦しみだしたんだ。うめき声を上げてね」 それに最初に気づいたのは、僕と麻希さん、次いで雪絵さんだったはずだ。 ちなみに当時の席順は、僕のいた位置を基準にしてみると右隣に飛月、左隣に駿兄、奈都子さんと続いて座っていて、正面には尚美さん、その右に雪絵さん、左に麻希さん、有栖さん……だった。 (↓つまりは、こんな感じ) 有麻尚雪 □□□□ 奈駿僕飛 要するに、尚美さんの正面と両隣にいた人間が最初に異常に気づいたというわけだ。 そして、僕たちが様子がおかしいなと思っていた矢先、尚美さんは椅子から転げ落ちて倒れた。 そうなってしまうと、飛月や奈都子さん達は勿論、他のお客さんにも異常事態であることは明らかになってしまうわけで。 「なるほどな。……で、その倒れた原因がパラチオンとかいう毒のせいだったってわけか」 「えぇ。パラチオンは摂取すると、あまり時間を掛けずに呼吸困難を誘発するから、あの時の尚美の様子もパラチオンのせいだと思えば納得がいくし……」 パラチオン――昔は農薬として使われていたみたいだけど、単体だとこんな怖い効果があったなんて……。 そりゃ、使用が禁止されるのも判る気がする。……というかすごい納得。 ――と、毒の正体についてはさて置き。 今はもっと重要なことを考えるべきだろう。例えば………… 「……だけどさ、今問題なのはやっぱり“誰がそんな毒を使ったのか”だよね」 そう、飛月の言うとおりだ。 今回分からない事はまだまだたくさんあるけれど、真っ先に考えなくてはいけないのが、今言った“誰が”やったか、という事。 そして―― 「あとは、どうやって毒を盛ったか、ってのも問題だね」 “Who done it(フーダニット)”と“How done it(ハウダニット)” つまり、誰がどのように犯行に及んだのか――それが分からないと、いつまで経っても話が先に進まないのは明らかだった。 「“誰が”“どのように”か。……ま、それが目下の課題だろうな。よっしゃ莞人、それについても整理しようや」 結局、全部僕が説明するわけね……。 「確か中濃刑事が言っていた話だと、毒は尚美さんの周りから検出されたみたいだね。――当たり前って言ったら当たり前だけど」 確かにそれは当然の話だ。 だけど、今回はその当たり前の出来事がかえって事をややこしくしていたのも事実だった。 「毒が検出されたのって、確か焼きそばと割り箸、それと……コップの水だっけ?」 「そうね。検出の程度は詳しく教えてもらえなかったけど、とりあえず毒物反応に引っかかったのはその三つだけみたい」 この三つは、尚美さんが倒れる直前まで彼女の目の前に置かれていたものであると同時に、いずれも口に持っていっても違和感の無いものだ。 ……だからこそ、毒を盛って効果があったわけだけど。 「んで、その三つをそれぞれ用意したのが――」 「麻希と有栖、それに雪絵ってわけなのよね……」 詳しく言えば、焼きそばを麻希さんと尚美さんが、割り箸を有栖さんが、そしてコップを雪絵さんが用意していた。 「それにしても、何も三つ全部に毒が移るっていうのはなぁ……偶然にも程があるっての」 確かに駿兄の言う通りだ。 よりにもよって、三人がそれぞれ手を触れたものから、それぞれ毒が検出された――なんて偶然にしては出来すぎた話だ。 ……ま、それが実際に起きているから仕方が無いのだけど。 「……でだ。そこまで分かっていて毒を盛った奴の目星は――」 「ついてないから困ってるんでしょ。……まったく、頭大丈夫?」 「んなこたぁ、分かってるっつーの! ちょっと言ってみただけだろ。……ったく、話の分からねぇ小娘だなぁ……。頭にいく栄養が胸にいってんじゃねーのか?」 「ひゃ――!!!」 ……って、待て待て駿兄。 その指の先が飛月の柔らかいのにあたっているのは気のせいか? ……いや気のせいじゃない。 もしかして、まだ酔いが醒めてないのか……!? 「――ったく、奈都子といいお前といい、どうやったらこんなにデカくなるんだよ。……ったく、気持ちいいぜこの野郎」 嗚呼、飛月は顔を赤くしながらも腕を構えてるし、ついでに奈都子さんも立ち上がって足を振り上げてるし……もう俺は知らないからね――っと。 「「……いい加減にしろぉぉぉ!!!!」」 「かびらっ!!!!!」 こうして、駿兄は本日三度目の砂浜滑りを体験したというわけだ。どれもこれも自業自得なんだけど。 「……と、邪魔者が遠ざかったところで、もうちょっと詳しく検証していきましょ」 「は、はぁ……」 駿兄の飛んでいったほうを見れば、砂浜に顔をうずめて沈黙している阿呆が一人。 ……ま、進めてもいっか。 「えーっと、まずは尚美さんと麻希さんが運んだ焼きそばについてだけど……」 あの時、焼きそばをカウンターに取りに行ったのは麻希さん。 だけど、八人分の皿を一人では運べないということで、一度テーブルに戻り、尚美さんにSOSを出した。 そして、トレイに四皿ずつに分けて二人で運んできたってわけだ。 「――で、麻希さんと尚美さんはそれぞれ、テーブルにくるとそれぞれの前に皿を置いていったと」 「確か、尚美の分の皿は尚美が持ってきたとトレイから選んでたわよね」 それは僕達も見ていたから間違いない。 確かに、彼女は僕から見てテーブルの右半分に座っていた人、つまり僕と飛月、雪絵さん、そして自分の場所に皿を配っていた。もちろん、彼女の意思で。 「えっと、それで皿が置かれ終わると箸を忘れたことに麻希さんが気づいたんだよね。それで、有栖さんがカウンターのほうに割り箸を取りに行って……」 「雪絵はその時、給水機のところで水をコップに汲んでたのよね。人数分」 両者が戻ってきたのはほぼ同時。 すると、麻希さんはくじ引きの紐を引かせるような形で握っていた割り箸を僕たちに取らせ、雪絵さんはトレイを差し出して好きなコップを選ぶように促した。 ……それは尚美さんも例外ではなく。 「やっぱり、どれもこれも尚美さん自身の意志で選ばれたってなんですよね」 「自分の意志……ねぇ、なっちゃん。これってまさか自さ――」 「いんや、そりゃないな」 突如背後からしてきた声に、驚き振り返るとそこには駿兄がいた。顔や髪に大量の砂をつけたまま。 「――しゅ、駿兄!? いつの間に……」 「くっくっく。俺を誰だと思ってやがる? 伊達に攻撃を食らいまくってるわけじゃないって事さ」 いや、そこを自慢されてもなぁ……。 「で、でも馬鹿探偵。どうして自殺じゃないって言い切れるの? 可能性としては否定できないんじゃ……」 「ま、理論的……っていうか知らないが単純に考えたらその可能性だってあるだろうよ。だがな、普通自殺するのに、わざわざ友達囲ってる中でやるか? 彼女がそうやって人を困らすのが好きだって言うんならまぁ話は別だけどよ」 「そんなわけないでしょ! 尚美は……尚美はそんな馬鹿じゃないわよ!」 「……だろ? ってことで、自殺説ってのはまぁ消えたわけだ」 「じゃあ、そんな口叩いているあんたは誰が犯人なのか分かる訳?」 不機嫌な口調で飛月が尋ねると駿兄は肩をすくめる。 「んなのすぐに分かるわけねぇだろ。まぁ、所持品の中から毒を保管するのに使った容器とかが見つかれば万々歳だが、そんなんで見つかったら警察がとっくの昔に……っておい、どこにいくんだよ!」 駿兄の言葉の途中で、飛月は急に立ち上がりどこかへ駆け出してしまった。 ……いや、行き先は分かるんだけどね。なんとなく。 「……もしかして、麻希達のところ……だったりする?」 「十中八九、そんな気がします……」 僕と奈都子さんは溜息をつきながら、飛月を追う事にした。 僕と奈都子さんが飛月の後を追っていくと、その目的地はやはり麻希さん達のいる場所だった。 そして追いついた僕達が、そこで見たのは…… 「何で、教えてくれないのよ〜!」 「ですからねぇ、これは我々の仕事なんですよ。学生さんが興味本位で首を突っ込むようなことじゃないの」 「きょ、興味本位なだけなんかじゃないよ!」 そこには確かに麻希さんらと一緒に飛月もいて…………そして更に中濃刑事がいた。 僕はとりあえず、中濃刑事に食って掛かっている飛月の肩を叩き、状況を確認することに。 「飛月……どうしたの?」 「え? ……あ、莞人ぉ、聞いてよ! このオヤジが話を聞いてくれなくて……」 「話を……ってどんな事を尋ねたん――」 「はぁ。何事かと思えば、あんたの差し金ですか。警視庁の苑部巡査部長……」 中濃刑事は、僕の後ろにいた奈都子さんの姿を見ると、溜息をついた。 「まぁ、捜査に参加したい気持ちは分からないでもないがね、これはウチらの仕事だ。余所者は引っ込んでいてくれんかねぇ」 「この子は一体何を尋ねようとしたんです?」 「何か毒物の入っていた容器は見つからなかったか、とね。こっちがそれも含めて荷物を調べていたって時にまったく迷惑な話だよ」 「迷惑って、それはちょっと――」 反論しようとする飛月を奈都子さんは手で遮り、中濃刑事へと向き合う。 「それは失礼しました。……ですが、いくら部外者とはいえ、民間人に対してその口の利き方は少し度が過ぎるのでは?」 「おやおや、その言い方では天下の警視庁さんのところでは、よほど部外者を甘やかしているようで。そんなので捜査がはかどるのですかな?」 相変わらず中濃刑事は嫌味たっぷりの視線を向けながら、嫌味たっぷりに尋ねる。 ――が、奈都子さんはそれを聞いても、毅然とした態度を崩さなかった。 「私も少し前まではあなたと同じように排他的でした。……確かに部外者とは興味本位に現場を引っ掻きまわしたりして往々にして邪魔ばかりをします。……ですが、熱意あるやる気ある民間協力者も中にはいるんです。私達が気づかないような事にも気づくような人がね。そういう人までもを一括りに排除するのは如何かと思うんです」 「ほう、ではあなたはここにいる娘が、有能な協力者であると?」 「彼女が関わっている事件を私は二つ知っていますが、どちらも我々警察が手を下す前にそれは解決しました」 「……なるほどねぇ。んま、それじゃ期待しないで待ってるとしますよ。民間協力者の活躍とやらをね。……あ、くれぐれも我々の邪魔だけはしないようにね。それじゃ、また」 中濃刑事はそう言って立ち去ると、飛月はその背中に向かっていわゆる一つの“あかんべ”をしてやっていた。 飛月……歳を考えようよ……。 「あー、もう! まったく腹が立つったらありゃしない! しかも何、あの聞くだけで虫唾が走る声は!」 「……まぁ、警察なんて堅苦しい組織だと、ああいう保守的な人だってごまんといるわよ」 奈都子さんが中濃刑事を遠目に見ながら、しみじみと語っていると、飛月がふと何かを思い出したかのような仕草を取った。 「……そういえばさ、さっきなっちゃん、私を庇うみたいな事言ってくれたよね。ありがと」 「……ま、まぁ、一応は事実だからね。あなた達が事件の解決に貢献してくれたのは」 褒められた奈都子さんもまんざらでもないようだったが…… 「――と、茨城県警の守旧派刑事さんの話はともかくとして。……麻希、有栖、雪絵。話いい?」 いつの間にか、奈都子さんの顔は刑事のそれになっていた。 「……な、何? なっちゃん?」 「どうしたの、奈都子ちゃん。急に顔を厳しくしちゃって……」 「うん、ちょっと聞きたいことがあってね。……今さっきここに刑事さんいたでしょ。何の話をしたの?」 すると、有栖さんが口を開いた。 「ああ、その事? んーまぁ、さっきも言ってたけど、荷物を調べさせろって言ってきたくらいかなぁ。荷物調べて、これといったものが出てこなかったのを知ると引き上げムードになっていたし」 「それだけ? 他に何か言ってなかった?」 「他に何かって言われても…………あ、そういえば!」 何かを思い出したかのように有栖は両手を合わせる。 「そうそう、あの刑事達さ、私たちの荷物から何も出てこないって分かると何か頭を突き合せてこそこそと言ってたっけ。確か、内容は……」 「自殺の線がどうこうって言ってたね」 思い出そうとする有栖さんよりも早く、麻希さんが答えた。 やはり中濃刑事達も、自殺の可能性を疑いだしていたようだ。 ……更に毒を盛ること自体が難しい上に、容疑者の所持品に毒を密閉する容器が無い。 警察が他殺の線以外の可能性を考えるのは自明の理だろう。 「奈都子ちゃん、もしかして尚美ちゃんは自殺しようとしていたの?」 「じ、自殺なんて尚ちゃんに限って、そんなこと……嘘だよ!!」 「……そうね。自殺はないと私は思う」 友人たちに詰め寄られると奈都子さんは、静かに言い切った。 そう。駿兄が先ほど言っていたように、自殺は恐らくは無い。 だけど、それは即ち―― 「でも自殺じゃないって事は、やっぱり私達の中に……?」 つまりはそういうことだ。 奈都子さんもさすがに麻希さん達を前に、口をつぐんでしまう。 「う、嘘だよね! 私達の中に犯人がいるなんて!!」 有栖さんが悲痛な叫びを僕達に、いや奈都子さんに向ける。 ……奈都子さんがそんな彼女の声にはっきりと答えることは出来なかった。 「――そうか、やっぱ毒の容器は出てこなかったか」 元いた場所へと戻って、そこであったことを説明すると駿兄は、それを始めから分かっていたかのように頷いた。 「ま、普通そんないつまでもそんな証拠になりそうなもん、持っているわけないわな」 「でもさ、それじゃその容器とやらはどこに消えちゃったの? まさか蒸発したわけでもないだろうし……」 「捨てたに決まってるだろ。忘れたのか? ここは海水浴場、プラボトルやビンの容器の一つや二つ、浜辺に転がってても何もおかしくないさ」 「そんな捨てたって滅茶苦茶な…………」 と、呆れる僕だったが、駿兄が指差した方向を見て思わず納得してしまった。 ――指差した方向では、大量のゴミが砂浜に打ち上げられた。その中には当然、ペットボトルやビンもあるわけで。 木を隠すなら森の中。 なるほど、これだったら確かに隙を突いてあの中に容器を投棄すれば、殆どバレなくなるだろう。 「……不法投棄が犯罪を助長するってのも勘弁してほしいなぁ」 「まぁな。……だけど、容器についてはこれでいいだろ。で、問題はやっぱどうやって毒を盛ったかだ」 「んー、それが分かれば苦労しないんだけどね。……そうでしょ、なっちゃ――……って、あれ? おーい、なっちゃーん?」 飛月が声を掛けるが、奈都子さんは上の空といった表情のまま、返事をしない。 ……こっちに戻ってきたときからずっとこうなのだ。 「……ん? おーい、なっちゃん? なっちゃんさーん、もしもーし、聞いてますかー!?」 「…………――!! え、あ、えぇ。ど、どうしたの?」 まぁ、親友と呼べるような人達の前で、自分はあなた達を疑ってますと言ってしまったばかりなのだ。 けろりとしているほうがおかしいかもしれない。 「なっちゃん、大丈夫?」 「だ、大丈夫よ! えぇ。そ、それで何の話だったっけ?」 …………本当に大丈夫なのだろうか。 身内に犯人が居るかもしれないのだとしたら、ここはやっぱり……。 「あの、奈都子さん。やっぱり、今回は奈都子さんは身を退いt――」 「だから、大丈夫だって言ってるでしょう! ……それに、この事件、私がこの手ではっきりとさせなきゃいけないのよ……」 その目からは決意じみたものがひしひしと伝わってくる。 ……奈都子さんは本気のようだ。 駿兄もそんな彼女の様子を見て肩をすくめる。 「お前がそう言うなら俺らは止めないさ。な、お前らもそうだろ?」 僕と飛月は一緒に首肯する。 「ま、あたしもこの事件はあのイヤミ刑事じゃなくって、なっちゃんに是非解決してほしいしね」 微笑みながら言う飛月だったが、ここで彼女は表情を暗くする。 「……だけど実際問題として、この事件、どうやって毒を盛ったかが分からないとどうにもならないんだよね」 それは逆に言えば、それさえ分かれば犯人の特定はすぐに出来るということだ。 ……だが、それが恐らくこの事件最大の難関となっている。 不特定多数の中から、毒入りのそれだけを選ばせる方法……そんなものが本当にあるのだろうか。 「う〜ん、そんな魔法のような方法があるのかなぁ……」 「え? 魔法?」 思わず僕は口にしてしまった言葉を聞いて飛月がなにやら考える仕草をし出す。 おいおい、もしかして……。 「魔法……魔法…………あ! ねぇ、もしかしてあらかじめ尚美さんを催眠術に掛けておいて、毒入りのそれを選ばせていたとか」 「いやそれはないって。僕達、直前まで尚美さんと普通に接してたでしょ。それに、そんな催眠術掛けるなんて言ったら普通怪しまれると思うし」 「でもさ、それくらい強制的に選ばせないと毒入りのものなんて取らせられないって! ただでさえ数が多くて、どれを取ろうか迷うんだし……」 確かにそうかもしれないけど、催眠術は無いだろう。催眠術は。 「催眠術で強制的に……か」 って、あれ? 何か駿兄まで催眠術の話を聞いて考え出した? 「ね、ねぇ、駿兄? もしかして駿兄まで催眠術のせいだとか言い出すんじゃ…………」 「バーカ。んなわけないだろ。こいつと一緒にすんな」 「な、何ですってぇー!」 相変わらず争いの火種を作るのだけは一流なんだよなぁ……というか余計な一言が多すぎだよ、駿兄。 「……だが、お前の言ってることも案外的外れじゃなかったことも確かかもな」 顔を上げると駿兄は飛月の方を向いた。 「……え? それってどういう……」 「強制的にでも選ばせない限り、毒入りの何かは尚美さんのもとには届かない……言ってることは尤もだ。だけどな、強制的に選ばせる方法は何も催眠術だけじゃないってことだよ」 「しゅ、駿兄……もしかして方法が分かった……の?」 「まあ、考えられる方法は一つ思いついたわな。……んで、これが可能なのは恐らく一人だけだから――」 「それ、本当なの!?」 僕が尋ねるより前に、奈都子さんが駿兄の前に食いついた。 奈都子さんは駿兄に顔を近づける。 「……あんた、本当に分かったの? その方法……そしてそれを行った犯人が」 「んー、可能性の一つとして、だけどな。他に思いつかないから、多分こんな感じかなーって」 「…………そう」 顔を駿兄から離し、元の場所に戻る。 「で、俺は言った方がいいのか、その方法について」 「これは私が解決しなくちゃならない問題。……だからもう少し待って」 「ま、そう言うと思ったよ」 肩をすくめ笑みを浮かべると、駿兄は不意に立ち上がる。 「そんじゃ、もうちっと考えていてくれや。俺は席をはずす」 「――え? 駿兄はどこに行くの?」 「ちょっと……な。んじゃ、また」 そう言い残して、駿兄は背を向けて立ち去ってしまった。 残されたのは僕達三人。 ……さて、どうなることやら。 複数ある皿やコップ、箸の中から毒が盛られたものを確実に尚美さんに選ばせる……そんな本当にあるのだろうか。 なにやら分かったような口ぶりの駿兄が席を外してから十数分。 僕達は散々悩んだ末に、 「あぁー、もう! こんなところでうじうじ悩んでても何時まで経っても分かりゃしないわ! こうなったら現場百遍。体を動かしがてら現場まで行くわよ!」 などという飛月の提案により、現場に向かうことになった……のだが、 「――って、まったく! 何あの刑事の態度! 部外者は入るなですって? こちとら部外者じゃないでしょ、部外者じゃ!」 というように、あっさりと現場に偶然戻っていた中濃刑事に追い返されてしまったわけだった。 現在、飛月はややご立腹中。 僕と奈都子さんは、そんな彼女の後をついていく形で歩いているのであった。 「う〜ん……でも、こうなるといよいよ分かんなくなってきたよ。あのダメ探偵、一体全体何を思いついたって訳?」 「いや、僕に振られても……。ただ――」 ――強制的に選ばせる方法は何も催眠術だけじゃないってことだよ。 ただ、僕にはこの言葉が気に掛かっていた。 催眠術以外で強制的に選ばせる方法……そんな方法が簡単に取れるのだろうか。 「尚美とはあなた達と出会う前からずっと一緒にいたけど、催眠術なんかに掛かってる気配は無かったわ。ま、当たり前だけど」 「正気の人間に強制的に選ばせる方法があるとすれば、直接口頭で事前に頼んでおくことくらいだけど……」 「そんなこと頼んだら、普通疑うでしょ。何のつもりだー、って」 ま、飛月の言うとおりだよなぁ。 「周囲にも本人も感づかれないように毒入りを選ばせる…………まるで手品だね。トランプとかでどのカードを選んだかを言い当てるあれみたいな」 「あぁ、あれね。でも、あれって最初から全部同じカードばっかりの中から選ばせたりするんでしょ? 要はバレないようにそのカードの束と普通の束を入れ替えたりする手の器用さが問われて―― 「同じカード…………そっか、分かった! 犯人は事前に全部のものに毒を盛っておいて、それで尚美さんが選んだ後にそれを無害な奴と入れ替えて――」 「いやいや、無理よ、それは。トランプじゃないんだから、焼きそばの皿も水入りコップも手でしっかり握られた割り箸も、そんなものを入れ替えるのは不可能に近いでしょうに」 「それに、僕や飛月は尚美さんより前に選んだじゃないか、コップも箸も焼きそばも。……僕達無事だよね?」 これがもし現実の世界ならば、の話であるが。 もしかしたら、実は僕達皆、どこか遠い場所に意識が行っていて、この光景も実は三途の川――この場合、三途の海岸かな?――だったりして……。 などと不謹慎なことを考えていると。 「そんなに無下にしなくてもいいじゃない! 莞人の馬鹿ぁー!!!」 「あれんび!!!!」 顔面に鉄拳が飛んできた。 痛い。――やっぱりここは現実の世界のようだ。 「これで勝ったと思うなよーー!!!!」 そして、そんなどこかの三下のような捨て台詞を吐きながら、飛月は走り去ってしまった。 こうして駿兄が去り、飛月が逃げ、そして残るは……。 「あらあら、女の子泣かしちゃって……ダメでしょ、莞人君」 「って、僕が悪いんですか、今の!?」 「過程なんて今更どうでもいいの。要はあなたが飛月さんを泣かせた。これが現実ってこと」 どうでもいいって……って、やっぱり僕が悪いの? 「今なら追いかけて謝れば、まだ大丈夫なはずだけど」 「何か納得行かないような気がしますけど……とにかくそうするしかないみたいで――」 「ひゃああああ!!!!!」 僕が飛月を追いかけようとしたまさにその時。 飛月の叫び声が聞こえてきた。 「な、何だ何だ?」 「とにかく行ってみましょう!」 ――というわけで、僕と奈都子さんが声のするほうへと駆けつけてみるとそこは何の変哲も無い波打ち際で、何故かそこで飛月はへたりこんでいた。 「飛月! ど、どうしたの一体?」 「ひゃ、あ、あああああそこにく、クラゲが…………」 クラゲ? と思いつつ、飛月の指差す先を見てみると確かにそこには半透明のぷよぷよした円形の何かがあった。 いや、何かというよりそれは紛うことないクラゲだったんだけどね。 「あたし……ふ、踏んじゃったよぉ! どどどどどうしよう!」 そんな潤んだ目で言われても、どうしようも――でも、新鮮な表情だからこれはこれで……。 「あなた達……いつまでそうしてる気?」 としばらく僕が飛月の意外な一面を堪能していると、不意に背後から声を掛けられた。 声の主は勿論、彼女だ。 「あ、奈都子さん……。――って、あれ? そこに打ち上げられてたクラゲは……」 「とっくに海に戻してあげたわ。……で、いつまでそうしてるの?」 「「……あ」」 気付けば、僕と飛月は見つめ合うように顔を接近させていた。 ――こんな日中から何やってんだよ、僕達……。 こうして、大した成果も得られないまま、僕達の散歩は終わりを迎えようとしていた。 今は、パラソルの場所まで戻る途中だ。 「うぅ〜……まだ足に変な感覚がするよ〜」 飛月は未だにあのクラゲ踏みを後悔しているらしい。 何度も立ち止まっては足を持ち上げて、足の裏をごしごしと拭っている。 「何もそんなに神経質にならなくても……。それに踏んだのだってサンダル越しでしょ?」 「それでも嫌なものは嫌なんだって! あ〜もう、あの砂浜、クラゲがいるかもしれないから歩けないよ」 「そんな一度クラゲがいたからって……それじゃまんま柳の下のドジョウじゃ……」 「海でも浜辺でもクラゲがいるこんな海水浴場、もう二度と来ないことにしよ! ね!」 二度と……って、また僕達とどこか海に行くつもりなのか? ってか、飛月のクラゲ嫌いもここまでとはなぁ……。 これだけ苦手意識持ってるってことは、もしかしてくらげと名前がつく木くらげとか山くらげとかも苦手だったりして。 今度、うっかり冷蔵庫の中にでも入れておいてみようかな……。 「……何か悪いこと考えていない?」 読心術!? 「い、いや、そんな事は決して……あは、あははは」 「本当に? 何か顔がどうにも怪しいような……」 こんな事、ばれたらどうなるかなんて一目瞭然だろう。 だったら取る道は唯一つ。 それは即ち、話題の転換! 「と、ところで奈都子さん――って、あ、あれ?」 振り向けば、そこでは奈都子さんが呆然と僕達の方を見ていたかと思えば、いきなりさっきの駿兄よろしく考え込む仕草を始めた。 「……そうか、あいつ、こういう事言ってたんだ……」 そして―― 「ちょっとゴメン。先戻っててくれる? 私、確認することができたみたいだから」 「それってもしかして……」 「まだ確証はないけど……多分ね」 「ね、ねぇっ! それじゃ、犯人も分かっちゃっていたり……」 奈都子さんが黙って首肯すると、飛月は再度不安げな顔で問う。 「……なっちゃんはそれでいいんだね? 犯人が誰かを暴いちゃって」 「何度も言ってるでしょ? 事実から眼を背けてても何も始まらないって。それに間違った道を行こうとしてるなら、私がそれを正さないと」 そう言う奈都子さんの目にもう迷いは無かった。 【第三回 出題ミニコント】 莞人:莞 飛月:飛 奈都子:奈 莞:――というわけで、今回も出題の時間がやってきたわけです、はい。 飛:さ、モニターの前の皆はもう分かったかな!? 奈:な、何なの、そのテンション……? 飛:これくらい元気じゃないとダメなんだって! さ、莞人もなっちゃんももっとテンション上げて上げて! それじゃ、早速出題行くよ! Q: 佐東尚美にパラジオン毒を盛ったのは誰でしょうか? その毒を盛った方法を挙げながら、述べなさい。 飛:注意と補足はいつも通りだからね。ちゃんと考えてよ! 奈:解答は感想ともどもBBSかメールで待っているらしいから、気が向いたらお願いします。 莞:てなわけで、今回はここまで……かな? 飛:あ、もう終わり? それじゃ、最後に三人でさよならの挨拶を元気よくやろっか! 奈:え? わ、私も? 飛:当たり前だよ! ほら、莞人もこっち来て! 莞:あ、う、わわ! 飛:それじゃいくよ! せーの! ――以下、余りに恥ずかしさに削除を訴えてきた奈都子刑事の顔に免じて削除いたしました―― <後編へ続く!> この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。
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