色々あった期末試験も全て終わり、八月にも突入していたある日。
 僕達の大学も、いよいよ約二ヶ月に渡る夏季休業――いわゆる夏休みに突入していた。
 そして僕はそんな夏休みの中、飛月とともに大学の正門前まで来ていた。
「まぁーったく! 何であたし達が家を追い出されるわけよ!!」
 飛月は炎天下の中、汗をたらしながら、不満を大声でこぼした。
「仕方が無いよ。いきなりのことだったんだから……」
 ――そう、事の起こりは唐突だった。


僕と彼女と探偵と
〜暗号ゲーム〜

civil



 朝方、僕はやる事も無く、部屋で扇風機の風を浴びながら、のんびりとミステリ小説を読んでいた。
 そうしたら、いきなり照明が消え、扇風機が止まった。
 ブレーカーが落ちたのか? と思って家の中の配電盤を確かめるもブレーカーは落ちておらず、電気供給が別系統の事務所の方でも停電が起きている事が分かった。
 駿兄がコントローラーを握りながら「セーブ直前だったのに……」とうなだれていたのは見なかったことにする。
 それで何事かと思っていたところ、事務所にビルの管理人がやってきて、ビル全体の電気を統括する変電設備が故障したと汗を拭きながら報告してきたのだ。
 そして、現在修理を頼んでいるが、完全に修復するまでは半日はかかると申し訳なさそうに付け加えた。
 ――半日、停電のまま……。それはつまり、この八月という灼熱地獄期間にも関わらず冷房が一切使えない事を意味していた。
 すると、駿兄は「これじゃ仕事にならないよな!」と何故か嬉しそうな表情となり、嬉々としてインターネット喫茶へと行ってしまった――。
 残された僕と飛月は、結局どこかの冷房の効いた店にずっと居座るのも気まずいから、と冷房設備の整った大学のサークル棟にある我らが“理工ミステリ同好会”の部室に向かうことにしたのだった。

 時を今に戻して、大学構内。
 僕達は、サークル棟内を歩いていた。
 夏休みでもサークル活動はあるため、サークル棟は常時解放されており、時折他の学生とすれ違ったりする。
「でもさぁ〜、部室って開いてるの? 夏休みだけど……」
 サークル棟こそ常時解放だが、その中の部室は当然鍵が閉まっているわけであり、最初に来た人が鍵を管理人室の守衛から受け取る事になっている。
 飛月は、管理人室に寄らなかったことを心配しているのだが、僕はその必要は無いと踏んでいた。
「まぁ、大丈夫じゃない? 先輩の一人や二人、暇そうな人が先にいたりしそうだし」
「暇そうな――って、莞人も言うわね……」
「いや、ウチのサークルってつまりはミステリを読む位しかすることのない暇人が結構入ってるわけだしさ」
「あはは! それは一理あるかも!」
 かく言う僕もそんな暇人の一人だが、飛月は別のサークルと掛け持ちしているらしい。どちらがメインかは聞いていないが……。
 そうこう喋っているうちに、僕は部室のドアの前に着いてしまった。
 すると、とりあえずノブを握ってまわしてみる。
 鍵は――かかっていない。
「ほらね。やっぱりいるんだよ、暇な人ってのは――」
 ドアを開けていくと、もう見慣れた部室の全貌が見えてきた。そして、その“暇人”の姿も……。
 話し合いに使う大きなテーブル。そしてミステリ関連の書籍が多く置かれた本棚。パソコンやテレビ、冷蔵庫といった家電。
 敷地が狭いのによくここまで置けたものだといわんばかりの部室の奥――上座の位置――に、“彼女”はいた。
 銀髪をツインテールにし、黒い服を着ていた彼女は、僕達がドアを開けた事など、意にも留めずに文庫本を片手に持って読んでいた。
「か、香良洲からす先輩……来ていたんですか……」
 僕は、意外な人物がいた事に驚き、思わずその名を口にしてしまった。
 そう、彼女の名前は香良洲結華ゆいか。ここの会員で応用化学科二年の先輩である。
 どうやら、僕の言葉に彼女も気付いたようで、立ち上がるとこちらを振り向いた。
「あら、莞人氏に飛月氏ではありませんか」
 莞人氏――それは僕のことであるが、呼称としては奇抜すぎる気がする。
 奇抜といえば、その服装もかもしれない。
 今日彼女が着ているのは黒を基調としたワンピースもそうだが、彼女は常に黒い服を着ている。
 その理由を以前別の先輩から聞いた事があるのだが、何でも苗字が“香良洲”で“烏”とかけて黒い服を好んで着ているらしい。
 ――理工学部に集まる理系人間は大抵、どこか変わった所を持っているとは言うが、彼女の奇抜さはそれを越えている気がする……。
「結華先輩! お久しぶりです!」
「お久しぶりです飛月氏。相変わらず元気そうね」
 香良洲先輩は穏やかに微笑んでいた。
 しかし、先輩がいたとは……。予想外だったかもしれない……。
 すると、何かに気付いたように先輩は両手を合わせた。
「あぁ、そうだった! 私、ちょっと面白い暗号を作ったんです。丁度いいからお二方に見ていただこうかしら?」
「あ、暗号ってえ? な、何ですか唐突に!?」
 そう言って先輩は、僕達を無理矢理椅子に座らせる。
 い、一体全体、この唐突な展開は何だって言うんだ……。


 
「私こと香良洲結華は、先日、面白い暗号を作りました」
「いや……それはさっき言っていましたけど……」
 そんな僕のツッコミを意にも介さず、香良洲先輩はマイペースに続けた。
「それでですね、その暗号にこの部屋に隠した宝のありかを書いておいたんですね」
「た、宝ぁ!?」
「えぇ、宝よ〜♪ この時期には特に!」
 なんとなく、意図が見えてきた気がする……。
 そして予定調和の如く、先輩はその言葉を口にした。
「というわけで、莞人氏と飛月氏にはこの暗号を是非解いてもらいたいの! 勿論分かったときは、隠してある宝はあなた達のものよ♪」
 そう言ってバシンと一枚の紙をテーブルに叩きつけた。
「さあ、これがその暗号よ! 思う存分解読しちゃって頂戴!」
 あまりにも先輩の顔が自信満々だったので、とりあえず紙面の暗号を見ることにした……。


81 42 32
81 73 32 21 74 82 73 32
43 74
43 62
81 42 32
33 73 32 32 94 32 73

81 42 32
53 63 23 52
62 82 61 22 32 73
43 74
32 43 41 42 81
62 43 62 32
81 42 73 32 32

     がんばってね♪
       香良洲結華
              』

 数字の羅列。暗号によくあるパターンだが、種類が多すぎて解読しにくいのもその特徴だ。
 しかも今回は羅列してある数字の量が半端に多いから、解読しようと思ったら厄介だろう。
「あの……これを解くんですか?」
「えぇ! がんばって頂戴ね!」
「いや、これって強制なんですか……ということなんですが……」
 まぁ、結局解かされる運命なのだろうが、とりあえず抵抗してみたりする。
 しかし横にいた飛月は違った。
 表情が生き生きしていたのだ。
「分かりました! 私達、張り切って解いてみたいと思います! 覚悟してくださいよ!」
 挑戦を堂々受ける事を宣言。
 いや、注目すべきは『私“達”』という部分か……?
「よく言ったわ、飛月氏! 私の見込み通りよ! 制限時間は明日の正午まで! さぁ、思う存分悩み苦しんでね!」
「それはこっちの台詞ですよ〜。今日中にも解いて見せますよ!」
 売り言葉に買い言葉。
 竜と虎の絵を二人は各々バックに表示させているような気がする……。
「莞人! あたし達の頭脳でこんな暗号、ちゃちゃっと解読して見せましょ!」
 僕の肩を揺さぶりながら飛月は僕にも参加するように促す。
 ――と、いうか最早強制参加宣告だが。
 こうして午前でも暑い夏のある日。
 僕は、半強制的に暗号解読ゲームに参加することになった……。



「で……、実際のところどうなの? 解読できそうなの?」
「う、うっさいわねぇ〜。これからよ! こ・れ・か・ら!」
 あの後、僕達は場所を変えて、暗号について考える事にした。
 こういう時、普通なら学食あたりにいくはずなのだが、現在は学食が改装工事中である為、変わりに大学近くの喫茶店『グスタフ・ドーラ』に行った。
 グスタフ・ドーラ――僕と飛月が出会って初めて沢山喋った場所だ。
 そして、ここは相も変わらずアメリカンコーヒーを売りにしたドイツ風内装の店で、客足は伸びていなかった……。
「と、いうかさ……あんな軽々しく引き受けちゃって大丈夫なの? 確か香良洲先輩って言ったら、大のミステリ好きで、問題を会員の誰かに解かせることで有名だけど……」
 香良洲先輩の困ったところは、誰彼構わず作った推理クイズを出題する事であるが、もっと厄介なのはもし制限時間内に解けなかった場合、何かしらの罰ゲームを実行するところだ。
 確か、以前解答できなかった先輩は、青汁を十倍に濃縮還元したもはや飲料とは呼べない代物を飲まされたらしいし、更にはスウェーデンの名物缶詰『シュールストレミング』の密閉空間での単独開封を命じられた人もいたらしい。
 想像しただけで背筋が凍る……。特に後者は……。
 この調子だと台湾名物の最臭兵器『臭豆腐』が出てきてもおかしくない……。
「大丈夫よ、大丈夫! 所詮素人さんの考えた暗号でしょ? 楽勝だって!」
 そんな状況でも飛月はあくまでポシティヴだ。
 しかし「いや……僕達も素人さんなんですがね」というツッコミは口にしない。
 しかも、こういった数字という汎用性のある記号を用いた暗号というのはむしろ解釈方法が多すぎて、逆に難しい事が多い。
 どちらかというと意味不明な図形や何かの絵だったりする方が解読の糸口が見つけやすいというものだ。
「はぁ〜、本当に大丈夫だといいんだけど……」
「な、何? もう敗北宣言!? ダメよ、そんな調子じゃ!」
「いや……だけど今のところ検討がつかないし……」
 罰ゲームのことが頭を先行していた為か、妙にネガティヴな事しか口に出来ない状況だったが、そんな僕を飛月は小突いた。
「こら! そんな暗い顔しない! 今駄目だったらこの先がんばってみればいいでしょ! 立ち止まらずにとにかく前進あるのみ! そんな心持ちで挑まなきゃ!」
 ……確かに飛月の言う通りかもしれない。
 飛月のポシティヴな考え方は、たまに暴走がちになるが、今はそれが正論のように聞こえる。
「そう……か。確かにそうかもしれないね」
「そうそう! それじゃ、改めて、張り切って解読行ってみよー!」
 大袈裟に拳を突き上げて、気合を入れる飛月。
 僕も今はそれに倣う事にした。



「さてまぁ、まずは何をしましょうかね?」
 暗号を目の前にしてあっけらかんと言う飛月。
 おいおい……何か策でもあったりしたわけじゃなかったのかい……。
 しかしそう言いたいのを堪えて、とりあえず暗号を読む上での持論を口にしてみる。
「まずさ、これの特徴を見つけていこうよ」
 すると飛月が首を傾げる。
「特徴? 数字で出来ているとか?」
「そうそう、当たり前すぎるけどそういったことを一つ一つ確認していって、その理由を見つけていくと最終的に法則性が見つかったりするんだよね」
「へぇ〜。――じゃあさ、数字で書かれている理由ってのは?」
「う〜ん、それは……第一条件としてはとある文字形態が番号で順序つけられるってことかな。ほら例えば、何かの言葉の八十一番目の文字がこの“81”だったりするとか」
 といって、ペンで冒頭の“81”を差してみる。
「ってことは、この数字暗号には結構決まった法則性があるんじゃないかな? って推測できるんだよ」
「成る程ね……。だけどなんか“94”なんてのもあるんだけど、こんなに文字数がある言語ってあるのかな……」
「まぁ、探せばあるかもしれないけどね。大抵こういった暗号ってのはひらがなか英数字を表しているはずだから、単純な順番を表しているわけではなさそうだってことだと思うよ」
「じゃあ、結局その法則性ってのはどうなのよ!」
 紙をバンバン叩きながら、飛月が不平を言う。
 しかし僕もそれの負けじと紙を叩きながら反論する。
「だから、それを見つける為に他の特徴を挙げていくわけ!」
「……あ、そうだよね。あはは!」
 飛月が誤魔化すように笑い、コーヒーを口にする。
 僕はそんな飛月を横目に暗号の数字を指差した。
「で、他に挙げるべき特徴っていったら――全部二桁の数字で書かれているところかな」
「そういえば……そうだね。これだけ数字があって、“1”とか“100”とか無いのは、二桁だけの数字でしか表せないからってことかな」
「そうそう! それでこういう場合って、大抵は一桁目と二桁目の数字に分けて意味を考えたりするんだよ。ほら“81”なら八番目のグループの一番目の文字、みたいな風に」
「ふぅん……。そういえばさ、一桁目といえばさ何か五以上の数字が書かれていないよね」
「へ? あ、あぁ、よく見るとそうだね」
 確かに下一桁が皆、四以下の数字だ。
 偶然とも考えられるが、もしかしたら――
「もしかして、今回の暗号の法則だと五以上の下一桁がありえないのかも……。これは面白い発見だよ!」
「え? もしかして大発見?」
「うん! 結構いい線いってるかも!」
 これは嘘の無い本当のことだった。この調子でいけば意外と早く解読できるかもしれない……。
 すると、飛月がはっとした表情を見せる。
「あ、も、もしかして!!」
「え? ど、どうしたの!? もう分かったとか!?」
「う、うん……。これってさ、五十音なんじゃない?」
「五十音? それって、あの“あかさたな”の?」
「そうそう! あれってさ、ア行カ行って行の順を二桁目を表していて、二桁目が段を表していたりしない? 例えば“81”ならア行から八番目のヤ行一番目の“や”を表していてさって感じ」
「……あのね、飛月それだと――」
 五十音ってことは、十行あるから三桁の数字も出てくる可能性があるし、段数は五番まであるから下一桁に五がないのは不自然だと言おうとしたが、飛月は法則に従い、ルーズリーフに暗号を解読したものを書いてゆく。
「えぇっと、“42”はタ行四番目だから“て”で……」
 そうして書いていき、一行目、二行目の言葉が出来た。

 やてし やむかしめ(い)むし

「やむかしめい、むし……虫?」
「いや……というより“(い)”って何なの?」
「ほ、ほら! “82”ってさ、ヤ行二番目の文字だから、“い”なんだけど“12”とダブるから一応括弧をつけて区別してるってわ、訳!」
 ……ワ行の旧字体“ゐ”ならともかく、同じ“い”を表すのにわざわざヤ行から出す必要性は感じられない。
 よって、これは――
「五十音にただ当てはめるのは間違いじゃない?」
「や、やっぱり? あ、あはははは……はぁ……」
 飛月は溜息をつく。
「ま、気を落とさずに他の案を考えていこうよ。“立ち止まらずに前進あるのみ”でしょう?」
「さ、最初からそのつもりだって! さ、次いくわよ、次!」
 すると飛月は豪快にカップのコーヒーを一気飲みして、気合を入れた。
 どうやら、解読にはもう少し時間がかかりそうだ……。




81 42 32
81 73 32 21 74 82 73 32   ・数字は二桁で一つ
43 74            ・一桁や三桁の数字は無い可能性大。
43 62            ・二桁の法則性有?
81 42 32           ・下一桁は 1〜4 のみ?
33 73 32 32 94 32 73

81 42 32
53 63 23 52
62 82 61 22 32 73
43 74
32 43 41 42 81
62 43 62 32
81 42 73 32 32

     がんばってね♪
       香良洲結華
              』

 で、ここまでで分かった事をルーズリーフに書いていく。
 しかし、これだけではまだ全容が見えてこない。
「他に特徴といえば……、一段落の数字の数がバラついてるなあ」
「うん、それはあたしも思った事だけど、それって意味があるの? ただの先輩の気まぐれかもよ?」 
「偶然や気まぐれを考えたら、法則性なんて見つからないだろ? ここでは全部を疑わなくちゃ」
「まぁ、そうかもしれないけどさ……。じゃあ今回のバラつきは一体何を意味してると思うの?」
「う〜ん……僕が思うに、これって文節だったりするんじゃないかな〜」
 文節――文章を細かく区分していったときに出来る一種の文の単位のようなものだ。
 こうやって分けていくと、文章は名詞や動詞、修飾語や助詞、接続詞といった様々なものに分解されていく。
 “81 42 32”や“43 74”のように同じ数列が見られるが、これも文章においてよく使われる“は”や“が”“の”といった助詞や“しかし”“また”といった接続詞を表していると考えられる。
 僕は、その概要を飛月に説明する。
「へぇ〜、確かにそれは当たってたりするかも。……けどさ、この暗号だとひらがなを表現するのってダメなんじゃなかったっけ?」
「う……それは五十音だったからであって、例えば……そう! いろは歌とか!」
「いろは歌を四つとか五つとかに分けるなんて話聞いた事無いけど……」
「…………」
 た、確かに……。けど、今はそれくらいしか思いつかないんだよ……。
「もしかして、桁で数字を分けちゃダメだったんじゃない?」
「そ、それってどういう――」
「やっぱりさ、これって二桁の纏まった数として捉えるとか」
「二桁で一つの数字で、何かの意味を持つものといえば……」
 番号で順序つけられ文字で、これだけ数があるものといえば……。
 ここで、この暗号の製作者である香良洲先輩のことを思い出す。
「先輩がこの暗号を作ったって事は、先輩にとって身近な何かを暗号に利用したって事も考えられるわけだよね。実際に昔、ドイツ人技師が自国の統計年鑑を使って暗号を作っていたって話もあるし」
 かつて昭和初期、ドイツ人ジャーナリスト、そしてナチス党員の名を騙って日本に潜伏し、政府要人と接触して日本の軍情報を本国に流していたソ連のスパイがいた。――リヒャルト・ゾルゲだ。
 ゾルゲは、自分の調べた情報を仲間であるドイツ人技師マックス・クラウゼンに暗号化させ、無線で本国に送信していた。
 その時、クラウゼンが暗号の為に用いた乱数表というのが、“一九三五年版(ドイツ)帝国統計年鑑”というドイツ人には身近な本だったのだ。
 こういった場合、暗号作成者にとってはこの暗号は簡単に解読できるが、他の人間から見ると意味不明、といった場合が多いので意外と難しい。
 今回もそういう場合を考えてみようというのだ。
「香良洲先輩にとっては身近で、かつ数字と文字が対応している……う〜ん、そんなのが簡単に――」
 ――見つかるわけないか。そう言おうとしたが、そこで口が止まった。
 香良洲先輩が所属している学科、そしてそこで身近な数字と文字が対応しているもの。そんなものが一つだけ思い当たる。
 それは――
「「原子番号!?」」
 香良洲先輩といえば応用“化学”科。化学といえば元素記号。元素記号といえば必ず元素一つ一つについている番号がある。それが原子番号だ。
 これなら、小さい数から大きい数まで揃っている。数字の種類の豊富さではこれは納得いく。
 しかし、それにも問題がある……。
「あ、でもさ、これって……」
「そうと決まれば早速!!」
 僕の言葉も無視して飛月はカバンから化学の教科書を取り出すと、巻頭の周期表を用いて、番号と元素記号を照らし合わせてゆく。
 そうして出来たのが以下の文章だ……。

81 42 32 →Tl Mo Ge
81 73 32 21 74 82 73 32 →Tl Ta Sc Ge W Pb Ta Ge
43 74 →Mo W
43 62 →Mo Sm
81 42 32 →Tl Mo Ge
33 73 32 32 94 32 73 →As Ta Ge Ge Pu Ge Ta

 …………。何だろう、これ?
「とるもげ、とるたすくげうぷぶたげ…………って、あぁっ、もう! 意味わかんない!」
「こんな英単語どこにも無いよ。日本語風に読んでも意味通じないし……」
「も、もしかして、頭文字だけ読むとか、一個抜かしに読むとか、かも!」
 ――結局飛月は色々試すも、失敗だったようだ。
 しばらくして、頭を抱えて飛月はうなだれた。
「な、何故!? 先輩といえば化学。化学といえば原子番号……のはずなのに!」
「いやあのね、確かに原子番号ってのは面白いけど、それだと下一桁が一から四ってのが分からないし、それに一桁の番号だってあるじゃん……」
「……それを先に言ってよ……」
 言おうとしたんだけどね……。
「ね〜、他に案は無いの〜?」
 最早だれてきたらしく、テーブルに突っ伏しながら飛月は僕の方を見た。 
「ま、まぁ、数字で暗号といえば現代風に言えばコンピューターに解析させるとか……あとは専用の乱数表から無差別に抽出した数字を文字に置き換えているとか……」
「それじゃあ、私たちが解けるわけ無いじゃない! もっと分かりやすく作ってるはずでしょ、ミステリ風に!」 
 飛月の言うとおりだ。
 僕も半分投げやりに、そしていい加減に答えてみただけだったのだ……。
 しかし、このままでは埒があかないし、罰ゲームへと刻一刻と近づくだけだ。罰ゲームはまずい……。精神的にも肉体的にも不味い……。
 そこで僕は一つの手を思いついた。
「こうなったら、駿兄にメールでこの暗号送ってみて、一緒に考えてもらおうか。どうせ向こうも暇そうだし……」
 そう言って、僕はポケットから携帯を取り出し、メール作成画面を出す。
 すると、そこへ飛月の手が伸びて、僕の携帯をひったくっていった。
「だ、駄目! あたし達だけで解かなくちゃ意味が無いでしょ!」
「いや……だけどこのままじゃ罰ゲームが……」
「その時はその時! 正々堂々罰ゲームを受け……入れ…………って、あぁぁ!!」
 突如、飛月は大声を上げた為、他の客や店員がこちらを向いた。
 飛月は僕の携帯を奪い取ったまま、驚いた表情をしていた。
「わ、分かった……」
「分かった、って……もしかして暗号が?」
「うんうん! これなら納得がいくし、文章も……よ、読めるよ!」
 飛月は手元にあったルーズリーフに小さくメモしていくとはっとした。
 僕はそのメモを読もうとしたが、飛月はそのメモをくしゃくしゃに丸め、カバンにしまう。
「そうと分かれば、早速戻るわよ、莞人!」
「い、いや、だから一体なんて書いてあんの……?」
「そんなの後々! ささ、部室へゴー!」
 嬉々として飛月は店を飛び出していった。僕と伝票を残して――



 〜出題〜
 さて、毎度お馴染みの出題の時間です。
 今回はこの後すぐに解答編があるので、解読する人はここで一時休止をば。

 Q:以下の暗号を解読せよ

81 42 32
81 73 32 21 74 82 73 32
43 74
43 62
81 42 32
33 73 32 32 94 32 73

81 42 32
53 63 23 52
62 82 61 22 32 73
43 74
32 43 41 42 81
62 43 62 32
81 42 73 32 32

     がんばってね♪
       香良洲結華
              』

 今回は、結構難易度低めです(毎度低めだと言われるとそこまでですが orz)。
 皆さんお気軽に推理に参加してみてはいかがでしょうか?

 では、引き続き、解答編をどうぞ〜。



↓↓↓

この下、解答編注意!

↓↓↓



「ふぅん。それじゃあ、もう分かってしまったと?」
「えぇ! これは確実に当たりですよ!」
 場所は移って部室。
 飛月と香良洲先輩は向き合って、対峙していた。
 ちなみに僕はまだ、暗号について飛月から聞いていない。
「では、論より証拠ということで、とりあえず解読結果を示してもらいましょうか」
「ふふん! 望むところですよ!」
 そう言うと、飛月はポケットをまさぐり、そこから何かを取り出した。
「これが暗号を解く鍵です!!」
 鍵――といって取り出したそれは……
「って、僕の携帯! あ! そういえば取られたままだった!」
 そう、それは僕の携帯電話だった。
「携帯電話ねぇ。で、それをどうするつもり?」
 先輩は、少し口元に笑みを浮かべながら飛月に尋ねる。
 飛月は意気揚々と説明を始める。
「携帯電話には当然ながらメール機能がついてますよね? メール機能では携帯についているボタンを利用して文字を入力しますが、そこがミソなんです」
 確かにそうだ。例えば“し”を打ちたければ“3”のキーを二回押してやればいいし、“び”を打ちたければ“6”のキーを二回押して、それからそれぞれの携帯についている濁音のキーを押してやればいい。
 成る程。だとすると“32”なら“し”と表せ、“62+α”で“び”と表せる。
 ――しかし、この方法だと問題が一つだけある。
「だけどさ飛月。この方法だとさ、やっぱりやっぱり五十音に対応しているから下一桁に“5”が一つも無いのは不自然だよ。それに濁音のキーは携帯のメーカーによってまちまちだったりするし……」
 これは五十音でも指摘した点と一致する。
 よって、これも間違いだと思ったのだが……飛月は笑っていた。
「誰が平仮名入力だなんて言った?」
「……へ?」
「下一桁が一から四までしかないのはやっぱり四回まで入力しないからだよね? ってことで、キーを押すのが四回までで済む他の入力形態があるでしょ?」
 飛月は僕に携帯を返し、キーを見るように促した。
 すると、キーには数字と“あ”や“か”といった平仮名の他にもう一つ書かれている文字があることに気付いた……。
「――あ、もしかして、それってつまり……」
 そう、もう一つの入力形態とは……。



「アルファベット入力?」
 飛月は、僕の答えに満足げに頷く。
「そうそう。これなら、アルファベットが対応しているのが二から九までだから二桁だし、押せるのも四回までだから条件を満たしているんだよ」
「ってことは、例えば冒頭の“81”だったら“8”を一回押せばいいわけだから……“T”か!」
「そ、そういうこと。で、これを全部入力していくと……」
 飛月は、かなり早い打ち込みで自分の携帯に文字を入力していく。
 そして、打ち込んだ結果を僕と先輩に見せる。
「これが答えよ!」

『Treasure is in the freezer. The lock number is eight nine three. 』

 和訳すると“宝は冷凍庫にある。ロックナンバーは八、九、三。”
「た、確かに文章にな、なってる……。それじゃあこれが……答え……」
 思わず呆気に取られてつぶやいてしまうと、飛月はここぞとばかりに微笑んで首を縦に振った。
 そして、その携帯の画面を見せたまま、先輩の方を向いた。
「後半のロックナンバーってのは実際見てみないと分からないけど、要するに先輩はここの冷凍庫に何かを隠したってことですよね?」
「…………」
「まあ、いいです。まずは見てみますから」
 無言の先輩を横目に、飛月は部室の隅にあった小型冷蔵庫の上の扉、つまりは冷凍室を開けた。
 すると、何かを見つけたらしく、それを取り出してテーブルに置いた。
 テーブルに置かれたのは白いプラスチック製の箱。箱の蓋には三つの番号であけるタイプの南京錠。
 きっとこの中に、先輩の隠した宝とやらは入っているのだろう。
「あぁ、ロックナンバーの八九三って、これの番号の事か……」
「そうみたいね。それにしても語呂合わせで“やくざ”とは……。何と悪しゅ――いや、凝ったことを……。あ、開いた」
 飛月が南京錠の番号をあわせると案の定、錠は開き、ようやく箱の中身を見ることが出来た。
「さぁーって中身は、と……。……おぉっ!」
「どうしたの? ってあぁっ!」
 飛月が中を見て驚くので、僕も中を覗き込む。
 すると中に入っていたのは――
「こ、これは! 銀座文宗堂ぶんそうどうの特製アイスクリーム!」
「し、しかも、これは一日二十個限定の文宗堂オリジナル!」
 そう、それは東京でも大人気のカップアイスで、普通に並んでいても中々買えない代物だった。
 まさに、今のような猛暑の続く日々の中では、この上ない品かもしれない。
「ふふふ……。二人ともよくぞ解いてくれました! さぁ、これは私からの褒賞です! たんとお食べなさい!」
 今まで黙っていた先輩が急に笑って、僕達を称えてくれた。
 ……いや、僕が称えられる資格は無いだろう。最終的に解いたのは飛月なのだから……。
「あのさ……飛月。今回は飛月が全部解いたわけだからさ、アイスは二つとも飛月が――」
「はい! これが莞人の分ね!」
 飛月は僕の掌にカップを一つ乗せてくれる。掌が心地よく冷たくなる――。
「いや〜、莞人が色々言ってくれなかったら分からなかったわ〜。いや、本当にありがとね」
「え? あ、あぁ……」
 飛月は満面の笑みで僕を見てくれる。
 う〜ん。まぁ、そういうことで貰ってもいいのかな?
 僕は、そう思いつつカップの蓋を開けようとした――が!
「あ、でもまだ昼食まだだったよね? 先にどっかで食事してから、後でデザートとして食べましょうよ!」 
 いきなり横からカップを奪われ、元の白い箱へと戻される。
 あぁ、やっぱり飛月は飛月なのだなぁ……。
 僕はつくづく実感してしまう……。



 で、再び所変わって大学構内。
 僕と飛月、そして香良洲先輩は、昼食を一緒に食べようと学校の外に出ようとしていた。
 今、歩いているのはキャンパスで一番高い一号棟――通称理工タワーの傍で、高い建物に日差しが遮られて心地よい風が吹いている。
「しかし、よく解けましたね、飛月氏」
「いやぁ、ちょっと莞人の携帯を横取りしたんですけどね、その時番号と一緒にアルファベットが書かれたキーを見てふと思いついたんですよ〜。これも探偵の勘ってヤツですかね〜?」
「うむうむ! 飛月氏には名探偵の素質があるみたいですね」
「あはは! ってことは莞人はさしづめ、八兵衛ってとこかな?」
「いや、そこは普通ワトソンって言うんじゃないの?」
 飛月達とそんな少し下らない話をしつつ、歩いているときだった。
 ふと、耳に聞きなれない声が聞こえてきた。

「――うあぁぁああぁ!!」

 男の低い叫び声。
 そんな風に僕には聞こえた。
 そして、直感で声のした方向を見たがその方向には一号棟があった。そして、背広姿で頭から落ちる人の姿も視界に!!

 ドシャッ!!

 そして、落ちる人はそのまま鈍い音を立てて堅いアスファルト舗装の地面に激突。音は……何とも表現しにくい音だったような気がする。
 墜落現場には赤黒い液体が飛び散ったが、僕達は比較的一号棟を遠巻きに見る位置にいた為、幸い液体を服につけることは無かった。
 幸い? ……一体何を言っているんだ僕は。
 人が落ちたんだぞ、人が。
 そんなときに、“幸せ”という字を使う“幸い”なんて言葉をつかったら不謹慎だろうが……。
 いや、でも服にあの赤い物体が飛び散らなかっただけ幸い……だから幸いってのは不謹慎だろうが!
 そういえばあの赤黒い液体は何だ? 見ていてぞっとする……。
 何を言っている。あれは血だ。
 血だ。怪我をしたりすると出てくるアレだ。
 怪我? いやあれは怪我なんてものじゃない。あれは……そう……。
 何で? 落ちたから? どこから? 一号棟から落ちた? 何階?
 僕は落ちた“それ”に目がいってしまい、頭は混乱している。
 隣にいた二人もそれは同じのようで、飛月は口元を押さえながら震え、そして香良洲先輩はただ呆然と突っ立っていた。
 暗号も解けて、滅多に食べれないようなアイスをゲットして、そして気分もいいところで昼食をとろうとしていたのに、これは何というざまだ……。
 あぁ今日はついていない……。いや、そもそも停電した事自体――

「キャアァァアアアア!!!!」

 そんな僕の頭に次に響いたのは、飛月の口から出たとは思えないほどの叫び声。
 その叫びによって僕はやっとのことで目を覚ます。
 そして、僕が次にしたことといえば携帯を取り出す事だった……。
 勿論携帯を使う目的はただ一つ。
「……あ、もしもし! 警察ですか!? ひ、人が落ちたんです! ば、場所は……」
 暑い夏のとある日。
 それは、朝の停電をきっかけに始まった……。



 <暗号ゲーム 完>



 そして、事件は次回に続く……。



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