邂逅輪廻



 ミューズコーポレーション。ナノディスクの開発、販売で急成長した企業の名である。個人や、企業で用いる記憶媒体の主流となった今尚、その組織力と、品質の高さで業界一位の座を明け渡したことは無い。最近では、科学技術を主体とした多角経営にも乗り出しており、種々の企業が脅威を感じている。ちなみに、この名はギリシャ神話におけるゼウスの娘、学問、芸術を司る神々、ミューズよりきている。
「表向きは新進気鋭の優良企業。誰もがうらやむ成功と地位を、わずか十年足らずで手に入れた。だが、その実態は――」
 影で暗躍する科学を狩る者サイエンス・ハンターあってのものか。ありふれた設定に、苦笑してしまう。
 眼前には、東京本社ビルがそびえ立っていた。階数は四十七。全てガラス張りの外壁や、屋上のヘリポートもまた成功の証と言えるかもしれない。
「さてと」
 結局、一晩考えても、これから自分が何をすべきなのかは導き出せなかった。自分に、禊の心の傷を癒せるわけでもない。全てを割り切って、科学を狩る者サイエンス・ハンターを続けることも当然出来ない。ならば、自分の気が済むことをすればいいと思ったのだ。即ち、社長プレスを二、三発ぶん殴り、ことの真相を問い詰める。逆に言えば、今の諒にはそのくらいのことしか出来ないのだ。
「楽じゃねえだろうけどな」
 東京本社には、幾人もの科学を狩る者サイエンス・ハンターが居るはずである。普段は会社員として働く屯田兵的な者も居れば、研究員を兼任している者も居る。非常勤の諒にしてみれば、接点も少なく、正確な人数や顔など把握していない。その中を掻い潜り、最上階の社長室プレスルームに辿り着くのは、容易ではないであろう。
「ま、何とかなるだろ。どうせ放っときゃ、いつか捕まるんだ」
 拘束命令が出ている今、もはや開き直るしかなかった。流石の最上トップ三村諒でも全国の科学を狩る者サイエンス・ハンターを相手にすることなど、出来ないのだから。
「……」
 無言のまま、ガラスで出来た回転ドアを通り、中に入りこむ。回転ドアは五つ用意されており、大量の人間が出入りするのに都合が良い。周囲は、当然のことながら背広姿のサラリーマンが多く、学生服である諒は、浮いていた。眼前には受付嬢がちょこんと座っている。二人とも青と緑の中間のような色の制服を着ており、一人は先程から来客の接待をしている。尤も、社内のことは大まかに把握しているので、彼女達に用はないのだが。
「あ――お客様」
 と、手が空いていた方の女性が駆け寄ってきた。
「学生の方ですか? 恐れ入りますが、お名前と御用件を――」
 瞬間、彼女は左腕を差し出すと、袖下から太い、針状の物体を取り出した。そしてそれをそのまま諒のお腹に突き付ける。もちろん、周りに気付かれないよう、上手く袖下に隠したまま、だ。
「やれやれ。受付嬢まで科学を狩る者サイエンス・ハンターとは。やっぱ、一筋縄じゃいきそうもねえな」
「ふふふ。あの最上トップ三村諒をこの手でいたぶれるなんて。ふふ。とりあえず、適当な空き部屋にでもいきましょうか」
「しかもSでやんの……」
 はぁ、と大きく溜め息を吐く。早くも疲れがピークに達した気分だった。刹那、諒は袖下から電磁銃ガンを取り出すと、受付嬢の左手に押し当て、ボタンを押す。彼女は、腕をびくつかせ、右手で押さえた。諒は間合いを確保するために飛び退くと、騒然とする周囲を気にすることなく、彼女を見据えた。
「な、なんだ、この騒ぎは!?」
 たまたま通りかかった警備員がこちらに駆け寄ってくる。彼が科学を狩る者サイエンス・ハンターであるかは定かでないが、どちらにせよ捕まるわけにはいかない。
 諒は身を翻すと、その場から逃げ去った。


「はへはぁ、ふぃぃ。なめるなよ。鍛え方も若さも違う、ってんだ」
 息せき切りながらも、何とか言葉を絞り出す。ここは、非常階段の踊り場。あの後、諒はここに逃げ込み、ひたすら駆け上がって振り切ったのだ。一体どれくらいを昇ってきたのかは分からないが、大分前から声さえ聞こえないので、もう大丈夫だろう。腰を下ろすと、上を見上げ、一度、二度大きく息を吸った。
「へえ」
 不意に、声変わりしていない少年特有の軽い声が聞こえた。
最上トップ、三村諒、か。面白い所に居るもんだね」
 声は、階段を降りる音と共に近付いていた。諒は慌てて立ち上がると、電磁銃ガンを手に構えを取る。それは少年であった。年で言うなら十二、三程。身長も諒より頭一つは低いであろう。あどけない顔立ちではあるが、造型はしっかりしており、理知的に見える。身に纏っているものは、長袖の白衣に青いズボン、それに白い手袋である。サイズの合う物が市販されていないのか、白衣は膝まで隠れきっており、袖もかなり余っている。そして、先程から小振りの、拳程度の大きさの水風船を手の上で弄んでいた。色は朱と橙の中間程度で、諒は妙にそれが気になっていた。
 と、少年はその水風船を放り投げた。前方に、諒に向けて。弧を描いてやってくるそれを、受け止めようと手を差し出した。その途端、嫌な予感がした。反射的に飛び退くと、壁際まで寄る。
「ふーん」
 バシャッ。鈍い破裂音を残して、水風船は割れた。その際、中から飛び出し乱れ散ったものは、高温の油であった。耐熱、断熱のゴムを用いれば、この程度のことは容易に出来る。
「勘はいいんだ」
「にゃろう」
 普通、人は物を放られると、反射的に手を出してしまう。逆にこれが、投げつけられたのであれば、避けてしまう。ここが、あの少年の巧みな所なのである。
「まあいいや。液弾バルーンは幾らでもあるしね」
 言って少年は、何処からともなく、水風船を二つ取り出した。色は先程のそれと同じ。もしあれを同時に投げられたら、避けきる自信はない。
「ちっ」
 舌打ちしながら、電磁銃ガンを差し出す。 要は、投げられる前に動きを封じればいいのだ。空気の抜ける音と共に、電磁弾ブリットが少年目掛け突き進む。
「……」
 諒がボタンを押すより、ワンテンポ早く、少年は顔の前に手を翳した。電磁弾ブリットが当たったのはちょうどその部分。異常に白く輝く、手袋に、であった。
「無駄だよ。僕の着ている物は全て絶縁加工されてる。肌の露出している顔さえ防げばいいんだ」
「へ〜、だったら、もう一発食らってみな!」
 言って再び電磁銃ガンを差し出す。今度のそれは、帯電率を抑えての二連発だ。
「無駄だって言ってるのに」
 少年は、ゆっくりと顔の前に手を翳す。しかし、電磁弾ブリットは彼に当たらなかった。不審げに手を退ける少年の前に諒は居ない。中央フロアに続く扉が開いている所を見ると、どうやら逃げ出したらしい。多少汚いかもしれないが、巧妙なやり口だ。
「流石は最上トップかな? でもね、逃がさないよ」
 言って少年は、白い歯を見せ、笑った。


「水上! この電磁銃ガン、出力だけじゃなく、連射能もあめえぞ!」
 意味も無く、悪態をついてみる。これが八つ当たりであることは、諒自身、理解していた。
「にしても、ここが三十三階とはな。ついてんだか、ついてないんだか」
 このビルの三十三階から三十六階は特殊工学研究所と呼ばれている。平たく言えば、科学を狩る者サイエンス・ハンターのためのフロアである。純粋な一般社員や、社外の人間が立ち寄ることは、まず有り得ないため、多少暴れても問題は無い。もちろん、科学を狩る者サイエンス・ハンターの巣窟であるという事実も見逃せないのだが。
「おう、三村。何やってんだ? こんなとこで?」
 不意に、呼び止められたので、足を止め振り向いてみる。
桜井さくらい?」
 それは諒のクラスメートであった。桜井さくらい雄人ゆうと。彼もまた、科学を狩る者サイエンス・ハンターであり、ちょくちょく学校をさぼっては、こうして本社に居ついている。尤も、彼の階級は劣等レッサーであり、一緒に仕事をしたことは無いのだが。
「いや〜、お前えらいことになってんな〜。何をしでかしたのかは知らないが、そうそう拘束命令なんて出るもんじゃないぜ。ま、と言っても心配すんな。何があろうと、お前は俺の味方だからな」
「今、何か妙なこと言わなかったか?」
「い〜や、間違えてない。頼むから、俺の出世のためにここで捕まってくれ。心配しなくても、殺されやしないだろうからよ」
 諒の肩を叩きながら、自分勝手なことを言い放つ桜井。諒は無言のまま笑顔を造ると、電磁銃ガンを撃ち込んだ。当初は三発で済ますつもりだったが、腹の虫が納得しなかったので、七発に変更した。
「ったく、無駄な時間を過ごしてしまった。さっきのガキが追い付いたらどうしてくれるんだ」
 途端、殺気を感じた。反射的にその場から足を離す。その刹那、諒が立っていた場所に、朱色の水風船、液弾バルーンが着弾した。その中から高温の液体が飛び散り、一部が桜井にも浴びせられる。
「あちゃちゃちょちぇちょ!」
 訳の分からない叫び声を上げて走り去ってしまった。とはいえ、掛かったのはほんの少しなので、大事には至らないであろうが。
「これで二回目、か。分かるのかな、僕が攻撃するの」
 ゆっくりと、少年は歩み寄ってくる。やはり、今の時間の損失は大きかったようだ。
「おい。俺への命令は拘束だぞ。んなもん食らったら、最悪死ぬぞ」
「関係ないね。僕は一度戦ってみたかったんだ。僕より高位の存在であるはずの最上トップと。いい大義名分なんだ、今回の君の行動は」
 感情をまるで表に出さずに呟く。嫌なタイプだ、と心の中で思った。
「さてと。何処まで避け続けられるかな」
 と、少年は再び朱色の液弾バルーンを取り出した。そしてそれを諒に向け、投げつける。
「あのな。この距離で、こんだけスペースあったら簡単に避けられる、っつうねん」
 言って、六分程度の力で床を蹴って横に飛ぶ。もちろん、油が飛び散って掛からない程の距離までだ。その時、諒は一つの事実に気付いた。少年が、水色の液弾バルーンを手にしているという事実に。少年は、諒は着地する前にそれを投げつけた。パシュッ。液弾バルーンが破裂した。諒にしてみれば、かろうじて、顔を手で覆ったものの、直撃は避けられなかった。中から飛び出した粘性の高い液体が、右手や顔にまとわりつく。
「不用意だったね。その液体はいわゆる麻痺薬。即効性ではないけど、君の手の感覚を少しずつ奪っていくよ。電磁銃使いガンマスターにとって、指先の感覚は絶対的なもの。それとも、慣れない左手でも使ってみる?」
 嫌味な口調に、血が昇る。それとは対照的に、手が痺れていくのを自覚する、冷静な自分もいた。
「落ち着けよ。間合いさえ詰めちまえば、奴は何も出来なくなるはずだ」
 距離を詰めれば、投げる前に手を掴むことも可能であるし、彼自身にも被害が及びかねないので使いづらい。問題はそこに至るまでに投げつけられる分だが――。
「気合で避ける!」
 そういう結論に達し、床を蹴った。
「ふうん、まだやる気なんだ。諦めが悪いね」
 言って少年は、緑色の液弾バルーンを二つ取り出した。今度のそれは二回りほど大きく、片手に一つずつしか持てないでいる。
「さて、これはどうするのかな?」
 そう呟くと、二歩ほど飛び退き液弾バルーンを今まで自分が立っていた場所に放った。中の液体が飛び散り、その周囲に広がってゆく。
「気を付けてね、その液体は新開発の特殊溶剤。油なんかより、よっぽど滑るんだ」
 言った側から大ゴケした。受け身をとろうにも、指がもう一つはっきりしないので、顔面を打ちつけてしまう。
「つまらないなぁ。これが最上トップか。やっぱ、大したことないのかなぁ」
「ガキが! ナマ言ってんじゃねぇぞ!」
 半分ほどキレたのか、言葉使いは荒々しい。唯、立ち上がろうとした際にバランスを崩したので、威圧感は半減だが。
「えらい、えらい。やっぱり勝負事は最後までやらないと。結果が伴うとは限らないけど、ね」
 言いながら、水色の液弾バルーンを取り出す。そして再び諒に投げつける。バシュァン。破裂音がした。諒が踵でもって、叩き落としたのだ。いくらか、皮膚の露出している部分にも液が飛ぶが、気にする程の量ではない。
「始めっからこうすりゃ良かったんじゃねえか」
 自分で自分に呆れてしまう。
「ふうん、それはそうする。それじゃこれはどうするのかな?」
 言って、朱色と水色の液弾バルーンを一つずつ投げつけた。諒は冷静に二つの軌跡を見極めると、水色の液弾バルーンだけ蹴り落とした。もう一方の油玉については、身体を捻り、間合いの外に逃げ込む。
「つまるところ、お前の武器はその三種の液弾バルーンだけなんだ。そしてその中で警戒すべきは朱色の油玉だけ。違うか? 違わないってんなら、新しい色でも出してみな!」
 言いながら、再び間合いを詰める。
「偉そうなことを言うのは、この液弾バルーンを何とかしてからにして欲しいね」
 少年は四歩、後退さると、緑色の液弾バルーンを放る。先程と同様、潤滑油にも似た特殊溶剤が一面に広がった。
「こんちくしょう!」
 物体が、横に移動するのにエネルギーは必要でない。普段の生活で物を動かすのに力が要るのは、摩擦が存在するからである。逆に言えば、摩擦が限りなく零に近ければ、エネルギーはほとんど消費しないということである。これらから導き出される最良の攻撃方法は、スライディングタックルである。重心を後方に傾けながらも、進行方向への速度を緩めず、少年の足に狙いをつける。ガコッ。鈍い音と共に少年は弾き飛ばされた。二、三秒宙を舞った後、背中から墜落する。息が詰まったためか、痛みからか、少年はその表情を歪めた。
「はひぃ。て、てこずらせやがって。ま、いいか。勝ったし」
 安堵の息を吐き、天井を仰ぐ。だが、そんなにのんびりしている場合ではない。やれやれと呟きながら立ち上がる。
「じゃあな。せいぜい研究頑張れよ」
 去り際に、何の意味もなくそんなことを呟いてみる。そんなところは諒らしいと言えば諒らしい。と、何かを感じた。慌てて振り返ると、水色の液弾バルーンが、こちらに向かって飛んできている。
「諦めが悪いのはどっちなんだか」
 呆れたように言葉を漏らし、右足を上げようとする。瞬間、悪寒がした。それを何らかの危険信号ととった諒は、その身を捻り、すんでのところで躱した。シュッ。音を立てて割れた液弾バルーンの中から、高温の油が飛び散った。全身から、冷汗が吹き出すのを感じた。
「何で、分かったの?」
「なんとなく、な」
 言って、電磁銃ガンを撃ち込んだ。いくら利き手でなくとも、動いていないものであれば何とか当てられる。動きを封じたことを確認すると、その場から走り去った。


「ったく、右手の感覚が戻りゃしねえ。この先、大丈夫かよ」
 走りながら、手を開いたり閉じたりしてみる。一番ひどかった時に比べれば、いくらかましになったが、まだまだ完調には程遠い。
「それはそうと、そろそろ、だったかな。非常階段は」
 このビルの非常階段は、東西南北に四つある。諒が最初に上ったのは東のそれで、逃げ回っているうちに北の方が近くなったのでそちらに向かっているのだ。
「お願いだから、もうこれ以上、厄介な奴には会いませんように」
 あの少年の後、諒は二人の科学を狩る者サイエンス・ハンターに出会っていた。幸いに、どちらも下位のそれであったので何とか遣り過ごせたが、この先の保証はない。
「ふっ。久し振りですね」
 不意に、声がした。見ていると、扉の内側からこちらを覗いている人物が居る。レンズを小さい眼鏡を掛け、それを得意げに直す様は、如何にもインテリ気障野郎といった印象を与える。
「おう、仁科にしな。悪いが急いでるんでな。失礼するぜ」
 諒はその速度をまるで緩めずに、扉を通過した。
「ちょっと待ちなさい!」
「なんだよ。急いでる、って言ってるだろうに」
 仕方なく足を止める。振り返るのとほぼ同時に彼、仁科にしな昭治しょうじが姿を現した。
「まさか、それで本当にやり過ごせるとでもお思いですか?」
「思ってない」
 さらりと、そう言ってのけた。
「ただ、『ちっ、仁科か。厄介な奴に出会ったぜ』とか言って、お前を図にのらせるのが嫌だっただけ」
「変わりませんね、あなたは」
「お前もな」
 この二人、諒が次善ネクストに昇進した時にコンビを組んだ。しかし性格と相性の不一致で、二ヶ月足らずでコンビ解消したのだ。痩躯で長身。とる行動全てに美学を求め、気障に決めようとする彼は、諒の嫌いなタイプであった。
「そ〜言えば、極々最近最上トップに上がったらしいな〜。いや〜。俺より早く次善ネクストになってた、ってのに、この差は何処から生じたんだろうな〜」
「実力の差とでも言いたいんですか? 違います。あなたは相棒と仕事に恵まれた。唯、それだけのことですよ」
 言って、再び眼鏡を直した。その行動に、諒は少しカチンとくる。
「ほ〜、だったら俺に勝ってみな!」
 言って床を蹴ると、右手を上げ、殴りかかれる体勢をつくる。電磁銃ガンを上手く扱えないことを悟られるわけにはいかない。知られれば、間違いなくそこを突いてくる。諒は彼の性格を把握していた。瞬間、二人の間に何かが飛びこんできた。どうやら、扉の奥にもう一人潜んでいたらしい。ゆっくり立ち上がり、諒を見据える。
「女!?」
 それは女性であった。年は十五、六程。背はかなり低めだが、整った容貌。肩まで伸ばした艶のある黒髪。愛くるしい笑顔。どれをとっても美少女と呼んでいいものであった。
「ちょ、ちょっと待て」
 前述の通り、諒の座右銘は『女に優しく、自分にも甘く』である。電磁銃ガンを一発撃ち込むことくらいは出来るが、殴ることなど出来ない。強引にブレーキを掛け、その身体を止めた。
「ふう。ん? ――あぁ!?」
 不意に、大声を上げた。
木沢きざわゆう!?」
「ほう。御存知ですか、私の相棒を」
「んだとぉ!? な、何でお前と科学を狩る者サイエンス・ハンターナンバーワン美少女と呼び声の高い木沢が――俺だって、何度執行部に組ませてくれと嘆願書を書いたことか。く〜。可愛い子と危険な任務をこなす。そしていつしか二人は――男の夢だよなぁ。いやまあ、禊の奴も可愛い部類には入るんだが、必ずしも俺の好みにはフィットしないわけで。畜生、仁科! この借りはきっちり返させてもらうぜ!」
「これが三村 諒、ですか? イメージと大分違うんですが」
「まあ、性格はご覧の通りだが、腕は科学を狩る者サイエンス・ハンターの中でも有数です。あの新進気鋭の次善ネクスト刹那せつな隼人はやとを倒したのですからね」
「刹那隼人? 誰だ、そりゃ?」
「あなたね――」
 眼鏡を架け直す鉄陣の額に青筋が浮かぶ。それも一、二本ではなく三本だ。
「自分が戦った相手ぐらい把握してください」
「戦った? ああ! あのガキが! や〜。妙に強いと思ったら次善ネクストだったのか〜。あの若さでね〜。うんうん。色々な意味で底上げされてるんだな、本社も」
「もう一度聞きますけど、本当にあれが?」
「言わないで下さい。あれが嫌で別れたんですから」
 視線を合わせるのも嫌だ、と言いたげに顔を伏せる。両目は瞑っており、どうやら冷静さを保つのに精一杯のようだ。
「ま、いいや。何にせよ、倒さなきゃ進ませない、って言うんなら、まとめて相手すんぜ!」
 言って、電磁銃ガンを袖下から取り出す。指の感覚は戻りきっていない。しかし一度も使わないのはあまりに不自然である。まぐれでもなんでもいいから、人のいる方向へ飛んでくれと、諒は願った。
「先程も言いましたが、彼の中で最も厄介なのは、あの電磁銃ガンです。誰にでも扱えるような単純な武器ではありませんが、彼クラスとなると肌の露出した僅かな部分も狙えます。充分に気をつけてくださいね」
「はい」
「はぁ。なんかいい雰囲気でやんの。い〜よなぁ。俺、二年くらい彼女いないもんなぁ。はぁ。と言うわけで八つ当たりの一発!」
 電磁銃ガンを差し出し、ボタンを押す。空気の抜ける音と共と電磁弾ブリットは直撃した。しかし、多少のブレが生じた。仁科の右手を狙ったのに、当たったのは肘裏だ。彼の服もまた、絶縁加工されているらしく、何の変化も見られない。
「いや〜。やっぱ、余計な雑念入ると駄目だわ。集中しなきゃね、うん」
 用意しておいた言い訳である。もちろん、内心ではばれやしないかと心臓の鼓動が早くなっていたのだが。
「と、この様に当たりさえしなければ恐くありません。もちろん油断は禁物ですけどね」
「そう、みたいですね」
「さてと。それではこちらの攻撃といきますか」
 言って仁科は右手を上げると、手首を返す。すると、その指先から何か糸のようなものが伸びてゆく。これは炭素繊維で出来た糸、通称、縛糸スレッドである。先端に重りをつけることによって、ある程度、動きを制御する。ちょうど、釣り糸を飛ばすような感じである。
「はぁ。お前の芸も変わらねえなぁ」
 少し呆れると、横に飛び退いた。基本的に、相手に絡み付け動きを抑制するための武器である。ある程度であれば、伸ばしている最中でも軌道を左右に修正できるが、糸をエネルギーが伝うのに時間が掛かるので、少々動くだけで当たることはまず有り得無い。と、そこで何かが飛んでくるのを知覚した。黒い円盤状の物体。直径で言うのであれば十センチ程。特に危険なものとは思えなかったので、右手を差し出し、受け止める。ずしりと重い感触が、手を介して伝わってきた。
「なんだ、これ?」
 それは、ドーナツを二回りほど小さくしたような、硬質ゴムの塊であった。かなり重量感があるため、頭に当たったら瘤ぐらい出来るであろう。
「タネはご理解いただけましたか? それが彼女の武器ですよ」
 そう言われ、彼女、木沢優を見遣る。優は重輪リングを二つ、指に掛けて垂らしている。
「何でそんなことを教える? 黙っていてもいいことだろ」
 不審げに問い掛ける諒に、仁科は小さく、嘲るように笑った。
「意味はありません。唯、これからあなたは、私たちに成す術なく負ける。それに対する憐れみかも知れませんね」
「んだと。と〜っても可愛い女の子を盾にしなきゃ、どうにも出来ない男が良く言うぜ。やれるもんならやってみな!」
 言って再び床を蹴った。現在の位置関係は、仁科の後ろに優が居る状態である。仮に優が前に出てくるか、仁科が退いても、その時、優は至近に居ることになる。電磁銃ガンを撃ち込むことくらい容易だ。
 刹那、仁科が右手を返した。縛糸スレッド自体はとても見えにくいが、先の重りは結構大きい。余裕を持ってそれを躱す。と、今度は重輪リングが二つ飛んできた。これも、予想の範囲内である。現在の体勢から避け易い方を判断し、片一方を受け止めた。一度足を止めてしまったが、仁科までは後、少しのところまで来ている。足に力を入れろと、脳から命令を下した。瞬間、仁科が左手首を返した。そこからも又、縛糸スレッドが伸びてくる。
「い!?」
 のけぞるようにして躱すと、軌道を変えられないうちに転がってその場から離れた。
「な、な。お前、いつから左で――」
 言っている間に、重輪リングが飛んでくることに気付く。慌てて身を屈め、頭の上を通りすぎる重輪リングを確認した。が、今度は右の縛糸スレッドである。息もつかせぬ波状攻撃に、諒は一歩として近付くことが出来なくなっていた。いや、むしろ遠ざかっているのかもしれない。何の成果も上げないまま肉体が疲弊していくことに、諒は焦りと苛立ちを覚えていた。そして――。
「ちっ……」
 縛糸スレッドが右手首に絡み付いた。
 人の力のみで、これを断つことは不可能である。逆に、下手な力の籠め方をしようものなら、肉に食い込んでしまう。ある程度、仁科に主導権を握らせなくてはいけないのだ。
「さあ、どうします? 伝説の科学を狩る者サイエンス・ハンター、三村諒」
 仁科の後ろでは、優が重輪リングを構えている。この状況では避けられる可能性は低い。
「受付嬢の時も思ったんだが、俺、そういう趣味はないんだがなぁ」
 呑気なことを呟いてみる。しかし、その間に重輪リングは彼女の手から放たれていた。
「ったく、しつこいコンビだぜ」
 前方に跳び、縛糸スレッドの張りを弱める。これによって、多少動ける範囲が増える、はずであった。しかし、瞬間的にそのことを理解した仁科は、直ぐ様縛糸スレッドを引いた。彼の袖の中にはリールの様なものがあり、出し入れは自在だ。
「てめえって奴は、とことん嫌なタイプだな!」
 言って横に飛び退く。その際の反作用と、仁科の引く力によって、右手首が締め付けられた。皮が数枚裂け、血が滲み出す。
「無茶はしない方がよろしいですよ。あなたの手は二つしかないのですから」
「そりゃそうだ。親戚に千手観音が居るほど立派な家系じゃないからな」
 まだ、減らず口を叩くぐらいの余裕はあった。だが、先には何も見えなかった。右手を封じられている以上、電磁銃ガンは使えない。又、間合いを相手に決められている以上、いずれは重輪リングの餌食になり、じわじわ削られていくことは目に見えている。
「とにかく、こいつを何とかしねえと」
 言って電磁銃ガンを左手で袖下から引き抜く。前述の通り、縛糸スレッドは炭素繊維で出来ている。これを人の腕力で引き千切ることや、並のナイフで断つことは不可能である。可能性があるとすれば、硬度の高い刃物で断ち切るか、高熱で焼き切るか、である。ライターでもあればいいのであろうが、諒は煙草を吸わない。電磁銃ガンで代用するしかないのである。
「内圧3気圧アトム。帯電率最大限マキシマム。頼むから切れてくれ」
 電磁弾ブリットが発射される瞬間、孔付近の温度が上がることを、諒は経験的に知っていた。静電的なエネルギーを、周囲の空気が一部吸収してそうなるのであろうと、勝手に推測しているのだが、真相は不明である。とにかく、その現象を利用するために発射口を縛糸スレッドに押し当てた。
 パシュッ。いつもの音がした。だが、縛糸スレッドは切れていない。それどころか何の変化も見られない。完全な出力不足である。
「何をしでかすと思いきや、そんなことで切れるようなものを、私が使うと思いますか? これはあなたと組んでいた時とは違い、耐熱コートを施してあります。アセチレンバーナーでも用いないと切れません」
「そ〜いうことは戦う前に言ってくれ」
 アセチレンバーナーの炎は温度にして三千度を超える。一般に用いられる炎で、この温度を超えることは容易でない。
「さて」
 瞬間、仁科が右手首を返した。飛んで来る重りを見据え、何とか躱すが、動ける範囲は限られている。軌跡を変えた際の動きに対応しきれず、左脛に絡み付いた。
「これでもう、じたばた出来ないでしょう。このまま人を呼んでもいいのですが、あなたのことです。なんとかしてしまうかも知れませんね。少し痛めつけてからにしますか」
「前々から言おうと思ってたんだが、お前もSか」
 はぁと、溜め息を吐く。仁科の後ろでは優がゆっくりと重輪リングを持ち上げた。先程の少年、新那隼人同様、何処から出しているのかは、全くの謎だ。
 と、そこで諒は気付いた。彼女の表情は仁科のそれとは違い、あまり乗り気に見えない。そういった、冷めたキャラを造る子ではないと、記憶していたが。
「あ、成程。優ちゃ〜ん。君の階級、たしか次善ネクストだったよね〜。そいつの命令でしゃーなしにやってるわけだ。実は俺も最上トップなわけで。出来れば、それ投げないでくれると嬉し〜な〜」
「基本的にコンビ以外の命令は参考程度です。それに、拘束命令の出ているあなたの立場は劣等レッサー以下です」
「ま〜ったく、固いんだから」
 ああは言っているが、優は目を合わせようとしなかった。つくところがあるとすれば彼女であると、諒は微かに期待を抱き始めていた。
「とはいえ」
 飛んで来る重輪リングをどうすべきかは分からなかった。右手と左足を縛られている以上、動ける範囲は極端に狭められている。眼前まで飛んできたところで、諒が出した結論は――。
「こなくそぉ!」
 額を差し出し、迎撃した。下手に避けても、縛糸スレッドで身体を動かされてしまう。それならば、まだ頑丈な部分で受けた方がいいと判断したのだ。唯、思いの他、衝撃が大きかった。目の焦点が外れ、世界がぐらついた。
「くっ」
 そのまま、その場に片膝をついてしまう。
「やれやれ無茶をしますね。それは勇気ではなく無謀ですよ。まあいいですか。優。止めをお願いします」
「はい」
 躊躇いながらも、重輪リングを差し出す。そして腕を引き、狙いをつけた。重輪リングは諒に向かって飛んでゆく。このままの軌道でいけば、頭に直撃する。今の諒にこれを避けきる術はない。
 刹那、諒の前に何かが飛びこんだ。見覚えのある白の小袖に白袴、そして尾の長い白鉢巻。何よりも、右手に握られた如月=B神薙禊その人であった。彼女は如月≠上段に構えると、両手でもって振り下ろす。その軌道上に飛びこんできた重輪リングは二つに断たれ、床に転がった。彼女は直ぐ様、刀を返すと、縛糸スレッドを断ち切った。金属置換技術を用いた如月≠ノとって、炭素繊維など糸屑も同然だ。
「まったく。二人掛かりくらいで苦戦するんだったら、始めっからこんなとこ来ないほうが良かったんじゃない」
 悪戯っぽい笑みのままそう語り掛けてくる。諒は、唖然とした面持ちのまま、彼女を見上げた。
「お前、なんで」
「話はあと。とりあえず、あの二人を追っ払うわよ」
 言って、目を細める禊。自然と、刀を握る手に力が入る。
「神薙禊ですか。ちょうどいい機会です。最強のコンビは誰であるかはっきりさせておきましょう。優、行きますよ」
 しかし、優は何も返答しない。
「優? 如何しました?」
「か、か、か、か――」
 優は、顔を引き攣らせたまま、身体を震わせている。
「神薙禊!? な、な、なんであの鬼女$_薙がここに!? こ、この命令は聞けません! と言うより、契約外労働です! そもそも、彼女と目を合わせて生き残れる可能性は、ppm単位です! そこまで命を賭ける気はありません!」
 言って優は全力で走り去った。その様子を見送る仁科は、呆気に取られたまま口をあんぐりと開けていた。
「うーわ、禊ちゃんてば、ゆーめーじん……」
「私って本社の人にああ思われてるの?」
 『たまには本社に顔だそ……』禊の独り言である。
「ふっ」
 何とか立ち直ったのか仁科は手を額に当てながら、こちらを見遣った。顔には未だに幾筋もの冷汗が伝っていたのだが。
「残念ながらコンビ対コンビの戦いは流れてしまいましたね。仕方ありませんので決着は次の機会に」
「何言ってやがる。こうなったら、純粋に武器無しの1on1でやってやる。掛かってきな」
「ふ。な、殴り合いなどという野蛮なものは私の性には合わないわけで。故に」
 仁科の顔を伝う汗が増えていく。縛糸スレッド無き今、純粋な格闘術で、諒に負ける要因は無い。手の痺れもハンデにすらならないであろう。案の定、仁科をのすのに、ものの一分も掛からなかった。


「禊――」
 色々と、聞きたいことはあった。語るべきことも、いくつかあったのかもしれない。だが、言葉にはならなかった。目を見てしまうと、何も言えない自分が居た。何故、そうなってしまうのかは全くもって分からなかったが。
「なんで私がここに居るか聞きたいんでしょうけど、答は簡単よ。あんたが女の子との約束を破るなんて、滅多にあることじゃない。となると、科学を狩る者サイエンス・ハンター絡みで厄介を起こしてる、ってすぐ分かったわ」
「ちょっと待て」
 何か、聞き流してはいけない言葉を聞いたような気がした。
「俺、何かお前と約束したか?」
「昨日、別れ際に『明日学校で』って言ったら、返事したじゃない。それなのに病欠だなんて考えられないわ」
「ああ――」
 言ったような言わなかったような、記憶は実に曖昧なものであった。
「すると何か? お前は俺が、そんな挨拶みたいなもんまで守るほど律義な男と思ってくれてる訳か?」
「うーん。律義っていうか、ほら。諒って女の子との約束なら、例え臨終の際でも果たしそうじゃない。男だったら三秒で反故にするけど」
「そうかよ」
 多少、不貞腐れた感じでそう言った。
「それで本社のメインコンピューターにアクセスして、拘束命令が出てるって分かったらあとは単純。諒の性格からして、じわじわ追いつめられるくらいなら、ここに殴り込んで、一発大逆転みたいなこと考えるんじゃないかって。ビンゴでしょ?」
「いや、もう一回待ってくれ」
 再び、聞き流してはいけない言葉を聞いたような気がした。
「メインコンピューターにアクセスして?」
 本社のコンピューターは外部から情報を入れることは出来ても、取り出すには特殊なパスワードが必要であり、それは末端の科学を狩る者サイエンス・ハンターである諒たちには知りえない。つまり――。
「俗っぽい言い方をするならクラッキングね。二回も失敗しちゃったから、少し時間が掛かったわ」
「お前、二回て」
 『俺がそこに行くのに、何ヵ月掛かったと思ってるんだよ』という語尾は敢えて呑み込んだ。僅かに残ったプライドを護るための、必死の防衛策である。
「にしても、そんだけの情報でそこまで推理するとはな」
 そう言うと、禊は小さく笑った。
「あなたとの付き合いも、もう一年以上になりますから。結構、色々なことを知っているつもりですよ」
 おそらくは、意識して、であろう。彼女の口調は出会った時のそれであった。諒は思わず苦笑してしまう。
「ま、お前もそんな俺に惚れてるってんなら、仕方ない。熱意だけは認めてやるよ」
「なーに、言ってるんだか」
 言って再び小さく笑う禊。諒は、元気が戻っていたことに、少し安心していた。
「それで、これからどうするつもりだったの?」
「ああ最上階に行くつもりなんだが」
 そこで又、言葉に詰まってしまう。そこにあるであろう真実は、恐らく彼女にとって望ましいものではない。だが――。
「なあ、禊。覚悟はあるよな?」
 ここまで来てくれた禊に、強いことは言えなかった。
「当たり前でしょ。そうでなければ、こんなところまで来ないわ」
 そう言う禊の口調は弱々しい。明らかに、決意しているといった感じからは程遠い。
「それにね。私、科学を狩る者サイエンス・ハンター辞めようと思う。ううん。今回のことがあったからじゃない。前からそう思ってた。これは人が成すには重すぎる。悔しいけど進藤啓治が言ってた通りだと思い始めていた。でもね。辞める前に知れることは全て知るべきだと思ったの。私、これからも生きてくんだから」
 少し驚いた。禊も又、諒と同じことを考えていたのだ。二人とも言い出せないまま、時だけが流れた。どちらかが一歩でも踏み出していたら、今は変わっていたのかもしれない。それが少し残念に思えた。
「そこまで言うんならしょうがないな。連れてってやるよ」
「ありがと」
 言って、悪戯っぽく笑う。諒は、そんな禊に少しだけ照れを感じた。


 そのあとは、やたらと順調であった。何せ、鬼女$_薙がついているのだ。先程の木沢優同様、顔を見ては逃げ出しててしまう。あまりに楽すぎて、何だか拍子抜けしてしまう。
「沖縄のシーサーや、本土の鬼瓦みたいなもんだな」
「私科学を狩る者サイエンス・ハンターけ?」
 自分を指差しながら、顔を引き攣らせる禊。何だか、とてもやるせない表情をしているようにも見える。そんな中――。
「ふっ、女か。心配するな。私には女を斬る趣味はない」
 右手にバラを持ち、金髪に染め上げた青年は、逃げること無く立ち尽くしていた。『一体お前は、何処の貴公子やねん!』と突っ込みを入れたいところだが、一先ず我慢して、足を止める。
「ちょうどいいわ」
 しかし、禊は速度を落とさなかった。そのまま金髪青年に向かって突っ込んでゆく。
「ま、待ちなさい。私は女とは――」
 スッカーン。禊の飛び膝蹴りが顔面に入った。それで意識が飛んでしまったのか、仰向けに倒れ、泡を吹いている。
「あぁ。少しすっきりした」
 さっぱりとした表情で、そう言った。
「にしてもあれよね。ここって変な奴、異常に多いわ」
「そう言えば水上の奴、前に『私には現場で働かなくてはならない理由があるんです』とか言ってたが、只単にこいつらと会いたくないだけなんじゃねえのか」
 多少馬鹿げているが、あながち否定できない仮説が頭を掠めた。
「それで、ここ何階だっけ?」
「四十六だろう。社長室プレスルームに行くには、あのエレベーターだ」
 社長室プレスルームは、機密重視のため特殊な構造になっている。入室する際には、四十六階からのの直通エレベーターを用いるしかない。非常時には、屋上へ上がる階段が使われるが、それは社長室プレスルームの内側からしか開けることが出来ない。ここで問題となるのは。
「どうやってこのエレベーターを使うかだよな」
 これを用いるには、六桁の暗証番号がいる。社長プレスに目通ったことはあるが、その番号はちょくちょく変えられるので、それを入力しても意味は無い。
「よし、禊。こうなったら扉を切ってくれ」
「あんたね。何処かの侍じゃあるまいし、そんなこと出来るわけないでしょ!」
「え〜。できないの〜。禊ちゃんってば、意外に見かけ倒しなんだ〜」
「あなたを斬りたいわ。いや、本気で」
 漫才はさておき。禊は手帳を取り出すと、コードを一本伸ばし、暗証番号の入力機に繋いだ。そして、何度かキーボードを叩く。
「禊、知ってるのか?」
「全然」
「じゃあ何をしてるんだ?」
「とりあえず、入力記録のクラッキング」
 さらりと、とんでもないことを言ってのけた。
「大分絞れたわ。候補としては790928と、786279、314159があるけど、もう少し絞る?」
「いや。二番目の奴が怪しいな」
「根拠は? 勘?」
「禊のスリーサイズが、そんなもんだろうからな」
「はぁ?」
 禊の言葉などお構いなしにコードを入力する。すると、二重の金属扉が音を立てて開いた。
「ほらな」
「なんでもありね……」
 呆れたかのように、禊は呟いた。
「じゃあ行くぞ」
「ええ」
 言って二人はエレベーターに乗りこむ。流石にその面持ちは真剣だ。
「禊。とりあえず俺は社長プレスを二、三発ぶん殴るつもりだが、止めるなよ」
「止めたらやめるの?」
「いや、俺、昔から女のお願いには弱いからな。もしかしたらやめるかも」
「ま、いいわ。やりたいようになさい。それより、社長プレスちゃんと居るんでしょうね?ここまで苦労して、留守でした、なんて笑い話にもならないわよ」
「それは大丈夫だろ。火曜は一日中執務だって、水上の奴言ってたから」
 とは言え、例外が無いとは言い切れない。何だか、急に不安になってきた。
「どうか、ちゃんと居ますように……」
 47という形をしたランプが点灯し、扉が開いた。
 その奥には、四十七階の三分の一以上を使用した、だだっ広い社長室プレスルームが広がっている。薄緑の絨毯が敷き詰められ、右側の壁には趣味の良いインテリアが、いくつか飾られている。左側は窓であり、東京という都市を、かなりの範囲に渡って一望できる。部屋の中央には楕円形の机があり、椅子の数が二十ほどのところを見ると、重役会用の物ではないかと思われる。そして、部屋の一番奥には社長プレスの机がある。聞くところによると、欧州の名のあるデザイナーに発注し、日本の職人に造らせたらしい。言われてみれば、何処となく重厚な趣きがある様な気もする。
 唯、その主はそこに居なかった。それどころか、この部屋には諒と禊以外の人物は見当らない。
社長プレスは何処? まさか、本当に留守?」
「いや。人の声は聞こえる」
 言って、室内に目を走らせる。すぐに気付いたのは、右壁の扉だ。
「応接室か」
 諒はそう言うと、駆け出した。禊もそれに続く形で後を追う。刹那、大きな塊が部屋から飛び出した。その塊は床に当たり、二、三度跳ねると、ぐったりとして動かなくなる。
「な、なに!?」
社長プレス!?」
 それは社長プレスであった。年にして三十五程。肉付きの良い身体に、凛々しい顔。以前、何度か会ったことがあり、間違いはない。
 ミューズコーポレーション、並びに関連企業全てにおける代表取締役。そして同時に科学を狩る者サイエンス・ハンターの最高責任者――社長プレス蘇芳すおう京人けいとその人であった。
「あ〜あ、こんな簡単にやられちゃうなんて。そんなんでよく科学を狩る者サイエンス・ハンターを統率できるねー」
 不意に、幼い声がした。応接室の中からだ。電磁銃ガンを取り出しながら、そちらを見遣る。
「でもまあ、一線退いて大分経つからしょうがないのかな? あたしは楽でいいしね」
 それは少女であった。年で言うなら十一、二程。薄い茶色の髪を肩下辺りまで伸ばし、首の後ろで纏めている。瞳は、子供特有の特徴通り大きいのだが、意志の強さをはっきり読み取れるところはそれらしくない。服装はというと、上は横縞のシャツに緑系のパーカー。下はクリーム色のズボンと、典型的な子供服である。あまり、似合っていないというのが本音だが。
「ん? お客さん? 悪いけど、今見ての通り取り込み中だから、ちょっと待ってて。この人殺しちゃうから」
「な――」
 その少女の言葉に、禊は驚きの声を上げた。
「何がどうなってるのかは知らないが、んなことされちゃ困るんだよ!」
 言って、電磁銃ガンを差し出す。しかし彼女は、動揺する気配さえ見せない。
「ふ〜ん。あなたも電磁銃使いガンマスターなんだ」
 途端、社長プレスが右腕を持ち上げた。小刻みに痙攣しているその手の中には、シルバーメタリックに輝く電磁銃ガンが握られており、銃口は少女に向いている。
「しつっこい性格ね」
 刹那、少女は袖下から漆黒の電磁銃ガンを取り出すと、社長プレスよりも早く、ボタンを押した。空気が抜ける音、というより、空気が破裂したかのような音がした。次の瞬間。社長プレスは大きく身を震わせ、やがて、その動きを止めた。
「あらら。これで死んじゃったかな? まあ、心臓に持病あったみたいだし、しょうがないか」
 抑揚なく、淡々と喋る。諒はそんな少女に、底知れぬ悪寒を感じていた。
「さぁて。それであなた達、何の用? 社長プレスだったら、見ての通り動かないけど」
「そこをどきなさい! まだ、蘇生すれば間に合うかもしれないわ!」
 如月≠抜き、少女に詰め寄る禊。少女は、それでも尚、まるで動かない。
「刀ねえ。ずいぶんレトロな趣味だこと」
 言って少女は電磁銃ガンを差し出し、ボタンを押した。先程と同じ、空気が破裂するような音がする。
「うっ」
 反射的に右手を抑え、その場に膝を付く禊。彼女は、僅かに露出した禊の手を、正確に射抜いたのだ。
「あぁ! あなた達、どっかで見たことあると思ったけど、最上トップの二人だ。たしか神薙禊と三村諒。ふ〜ん、こんなもんなんだぁ」
「なん、ですってぇ!!」
 痛みがまだ取れないのか、禊の表情は、まだ辛そうである。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしはミューズ。社長プレスの娘よ」
「!?」
 素直に驚いた、というのが偽らざる本音であった。社長プレスは未婚ではあるが、年齢から考えれば、たしかにこのくらいの娘が居てもおかしくない。
「あはは」
「?」
 突然笑い声を上げる少女、ミューズに、諒は顔に疑問符を浮かべた。
「ひょっとして信じた? う・そよ。遺伝子的なつながりはあるけど、一親等的な娘じゃないわ」
「何よ、それ? 話が見えないわ」
「まさか」
 自分の心臓が、確実に早く、そして強く鳴り響くのを感じていた。
「超人類研究の――」
「試作ナンバー004。それがあたし、ミューズよ! まあ、とは言っても、ミューズっていうのは、研究品全てに付けられるものであって、あたしだけのものじゃないんだけどね」
 ことも無げに、そう言い放つ。諒の方は緊張と驚きで、筋肉の一つも動かせなくなっていたのだが。
「ちょ、諒。一体何がどうなってるの? 説明してよ!」
「ああ、別に分からなくていいから。あたしの邪魔しないって言うんなら、あなた達と関わる気はないわ」
「何を、する気、なんだ?」
「ちょっとね。殺さなきゃなんない人が何人かいるから。この男はその第一号ってわけ」
「な――」
 理解を超えるミューズの言動に、思わず、声を上げてしまう。
「何のために?」
「うーん、あたしにも色々あってね。ま、復讐ってやつかな? だから、止めないでね」
 ミューズはそう言うと、社長プレスの机に腰掛けた。そして、手持ち無沙汰な感じで電磁銃ガンをペン回しの要領で回す。
「わっけ、分かんないけど。とにかく野放しには出来無さそうね。ミューズ! 勝負なさい」
 言って禊は如月≠正眼の位置に構えた。
「あ〜あ、血の気多いな。言っておくけどね。邪魔するんなら、本気で潰すよ」
 瞬間、ミューズはその目付きを変えた。一言で言うのであれば、血に飢えた、鷹に似た瞳。机から飛び降りると、駆け寄ってくる禊に向け、電磁銃ガンのボタンを押した。
 パンッ、という破裂音と共に、禊は右手を抑え込む。次の瞬間、ミューズは禊の懐に飛び込むと、左手で、払うようにして如月≠叩き落とした。そして、身体を捩るように反転させると、その反動を利用して腹に右肘を叩き込んだ。何かが込み上げてきたのか、禊は口元に手を当て、蹲る。そんな禊に構うことなく、ミューズは右足を上げ、踵をこめかみにぶつけた。今の禊に、それに抗うだけの力はない。衝撃をまともに受け、身体は絨毯を滑ってゆく。
「じょ――」
 冗談じゃないぞ、と声に出来なかった。禊は、こと戦闘技術に関しては、科学を狩る者サイエンス・ハンターの中でもおそらくナンバーワンであろう。それ故に鬼女≠ネどという、あまりありがたくない呼称がついたわけであるが、とにかく、その彼女が手も足も出ずにやられたのである。相応の能力が無いと出来ないことである。
「ケンカ売る時は、相手見ないとね、お姉ちゃん」
 小馬鹿にしたような口調であった。禊は、小さく歯ぎしりをするが、まだ身体を動かせないでいる。
「で、そっちのお兄さんはどうするの? 女の子には優しそうだし、ここ、出してくれるよね?」
「その前に一つ聞いておきたい。その異常な力、筋力特化か?」
「やだなぁ。あんな、身体に悪いことするわけ無いじゃん。知ってるんでしょ? あたしは世間的に優れた能力を結集した存在。筋肉の質が、少し違うだけだよ」
「そうか……」
 小さく呟くと、電磁銃ガンを差し出そうとする。だが、ミューズの方が一瞬だけ早い。
「おぉっと。早撃ちであたしに勝とうなんて無茶だよ。神経伝達系が違うんだから」
 銃口は、既にこちらを向いている。仮に、諒が照準を合わそうと手を動かせば、その瞬間に手か顔を射抜かれる。
「もう一つ聞いていいか? 誰を、何のために殺そうとしてるんだ?」
「う〜ん。色々居るんだけどね。ま、理由に付いては長くなるから、終わってからにしてくんない?」
「そうはいかないな」
 刹那、諒は電磁銃ガンを手放し、右手を引いた。その行動に目を見開いたミューズであったが、慌てた感じで電磁弾ブリットを撃ち放つ。しかし、元々の狙いは右手であったのか、電磁弾ブリットは当たらず、通り過ぎてしまった。諒は一気に間合いを詰めると、左手を持ち上げ、拳を繰り出そうとする。
 バシィ。ミットでボールを受けた時のような音がした。見てみると、ミューズがかろうじて諒の左手を受け止めている。両者共、力を入れあっているので、その顔は紅潮している。
「驚いた。こんな最上トップもいるんだ」
「右手を狙うのは分かってたからな。ミューズ。俺は女には甘いが、子供にはきっちり愛のムチを打つタイプだからな。これ以上の暴走はさせないぜ」
「あは♪」
 途端、ミューズは微笑んだ。次の瞬間。彼女は右手を返すと、諒の腕を捩り上げる。痛みに耐えかね、身体を捻って力を緩和させるが、それはあまりに無防備な体勢であった。ミューズに足払いをくらい、仰向けにされてしまう。
「暴走ねえ。あたしにして見れば義務みたいなもんなんだけどな。まあ、いいわ。これで分かったでしょ? あなた達じゃ、あたしに勝てないんだから大人しくしててね」
 そう言い残すと、彼女はエレベーターの方に向かう。諒はかろうじて立ち上がると、電磁銃ガンを拾い上げるが、彼女は神経を外していない。下手な行動をとれば、返り討ちにあうのは目に見えていた。と、エレベーターが音を立てた。ミューズが操作したのではない。
 彼女も又、少し驚いた表情で、開くドアを見遣った。中から出てきたのは、水上津雲であった。左手に、何やら鉱石ラジオを小さくしたような機械を持っており、呆れた様な表情でミューズを見遣る。
「ミューズ。やはりここでしたか」
「水上、津雲ぉ!」
 足を止め、全身を強張らせる。緊張の面持ちのまま、電磁銃ガンを持つ手に力が入ってゆく。
「ちょうどいいわ! ここで死になさい!」
 言って、右手を差し出した。途端、ミューズは両耳を抑え、蹲った。周囲の何かが変わったわけではない。強いて言うのであれば、水上が鉱石ラジオもどきを操作しているのだが、何かが発せられているというわけでもない。
「う、やあ、はぁ!」
「一体どうしたっていうの?」
「おや? 神薙君。こんなところで何をしているんです? いや、三村君も一緒ですか。でしたら聞かなくてもいいですね」
「なんで諒と一緒だと聞かなくてもいいの?」
「んなことより、だ。その鉱石ラジオもどき、超音波だな? 聞こえはしないが、感じる」
「分かりましたか。そうです。ミューズは普通の人より耳がいい。いや、この表現は適切ではありませんね。可聴域が少々高いのでね。少し利用させてもらいました」
 通常、人間が聞くことができる音の周波数は、二十Hzから、二万Hzと言われている。この範囲より低いものを、超低周波音。高いものを超音波と呼び、後者はコウモリが障害物を察知したり、イルカが会話する際に用いられることでも知られている。唯、超音波、即ち、人が聞くことの出来ない高周波音に絶対的な周波数定義は出来ない。個人差があるのだ。ミューズという存在は、人と比べ、異質である。即ち、通常の人間より可聴域が高くても不思議ではなく、水上はそこをついてきたのだ。が、諒の可聴域も、標準から見ると多少高い。ミューズの様に、はっきり聞き取り悶えることは無いが、感覚的に理解することは出来る。
「みな、かみ、つくも。あたしの祖たるものの一人。それが、たちはだかるの」
「水上! ミューズにはお前の染色体が?」
「否定はしませんよ。や、だからこそ、と言った方がいいのですかね。彼女は、私が葬ります」
 言いながら、つまみの一つを回転させる。どうやら、音量を上げたらしい。ミューズの絶叫は、先程と比べ物にならないほど大きくなり、窓ガラスが大きく振動し、音を立てている。
「ち、く、しょう。このままじゃ無理か――」
「ミューズ、大人しくなさい。産みの親として、そして育ての親としての責任です。私も一緒に死んであげますよ」
「そうか! だったらあんたは後回しにしてあげるよ!」
 瞬間、ミューズは電磁銃ガンを差し出すと、そのボタンを押した。他の三人に向けてではなく、窓に向けて、だ。パンッ。という破裂音と共に、ガラスが砕け散る。
「な」
「水上! お前はあたしがいずれ殺す! 今日は見逃してあげるわ!」
「逃がすつもりはありませんよ」
 言って再びつまみを回そうとする。瞬間、電磁弾ブリットが鉱石ラジオもどきに直撃した。一時的な過負荷により、電気系がショートしてしまう。
「はぁ、はぁ」
 超音波による、体力的な消耗はかなり大きかったらしい。俯いたまま、肩で息を続けている。
「この状態で、三人は、ちょっと、無理ね」
 刹那、ミューズは諒に電磁銃ガンを向けた。反射的に身構え、顔の前に腕を交錯させる。だが、特に何かが起こったわけではない。只の牽制だったらしい。彼女は、この隙を利用して、窓際に寄っている。そして、一度三人を見遣ると、桟に飛び乗った。
「ちょ、ここ四十七階よ!? そんなとこ乗って、どうしようと――」
 瞬間、けたたましい音がした。聞き覚えのあるエンジン音。ドップラー効果により、それが近付いていることが分かる。
「しまった! 無人操作のヘリコプターか!」
 このビルの屋上にはヘリポートがある。時間を節約することが主たる目的だが、緊急時には無人でも動かせるようなっているのだ。その途端、暴風が部屋に舞い込んだ。ヘリが、窓のところまで降りてきたのだ。ホバリングでその位置に静止し、手を触れることなく扉が開く。
「逃がす、もんですかぁ!」
 如月≠拾い、投げつけようとする禊。だが、腕を差し出したところで止まってしまう。おそらくは気付いたのであろう。この状態で刀が当たれば、十中八、九は死んでしまうことに。076とミューズが、生々しく重なったに違いない。
「水上津雲! あんたはちゃんと殺してあげる! 社長プレスと同じ様にね!」
「何ですって?」
 それを聞き、慌てた感じで部屋の奥を見遣る。そこで始めて気付いたのであろう。社長プレスが、もはやこの世の住人ではなくなっていることに。表情を凍り付かせ、その場に立ち尽くしている。
「……」
 無言のまま、ヘリに飛び乗るミューズ。すると、電磁銃ガンを無差別に乱射した。ほとんど全ての窓が砕け、内側にガラス片が飛びこんでくる。
「ののわ!?」
 驚き、その場に身を伏せる。音がやんだのを確認し、ゆっくり顔を上げる。幸いにも、三人とも大した怪我は負っていなかった。その場に、唯、呆然と立ち尽くしたままの水上が、頬を少し切ったようだが、大して深いものではない。当然、この隙にミューズの乗ったヘリコプターは、遥か遠くに飛び去ってしまっていたが。
「アクション映画だな、こりゃ」
 無残に横たわるガラスの残骸を見て、そんなことを呟いてみる。たしかに、この様な演出をする映画は少なくない。
「水上! なんなんだよ、あの電磁銃ガンは。空気の圧力でガラスを割るなんて、俺のじゃ出来ねえぞ」
「あれはあなたや社長プレスが用いているものの、最強化版です。あまりに反動や衝撃が強すぎて、社長プレスでも使いこなせませんでした」
 その言葉に力はなく、何とか絞り出している、といった感じだ。
社長プレス……」
 冷たくなった社長プレスの横に膝をつき、全身をわななかせる。泣いているのかどうかは、諒の位置からでは分からない。
社長プレスの死は、私が誤魔化します。あの子を、捕まえるまでは――」
 諒も禊も、何も言葉を返さなかった。いや、返せなかった、というのが正しいのだろう。彼にとって、社長プレスという存在がどのようなものなのかを知っているからだ。視線を合わさず、窓の彼方を見遣っている。ミューズが消え入った先を。


 >>第四章『悲しみの矛先』




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