邂逅輪廻



 とある人里離れた山奥。そこにその建物は存在した。
 それは一見すると唯の別荘にしか見えない。瀟洒な造りの西洋風建築。ハイカーが見ても、何の違和も無くその存在を受け止めることが出来る。まさにそんな感じの建築物である。
 その中に二人の男女が居る。何か探し物でもあるのか、戸棚や机、果ては壁や床の継ぎ目まで丹念に調べている。
「おいみそぎ……電気を消してみろ」
「え? これでいいの?」
 言われるがまま、禊と呼ばれた少女は入口付近にあるスイッチを押し、灯りを消す。すると少年は唐突に、床を蹴り付けた。それも一度では無く、何度となく、だ。
「ちょ、りょう。そんな派手な音を立てたら――」
 その叫び声を聞いて、なのかどうかは分からないが、少年――諒はその足を止めた。
 そして床板の少し欠けた部分に指を掛けると、力任せにそれを引き抜いた。
「成程……考えたもんだな」
 見てみると、床板の下には、地下へ続く階段が存在していた。そしてその一番上の段から、何やら工事現場ででも見かけそうな鉤爪が伸びている。
「わざとこの部屋の採光を悪くして、一日中電気を点けたままにする。しかしそのスイッチはこの床板を固定するためのスイッチでもあったわけだ。そりゃ、電気が点いてるのにわざわざ消す泥棒やスパイは居ないわな」
「何かの立ち入り調査があった時の保険でもあるわけね。でも諒。あの蹴りだけは納得してないからね」
 その口調に少しばかりの怒気を含める禊。諒はそれに少し引いた感じになる。
「そう睨むなよ。そんな大事なスイッチなら、動かされた時点で下に伝わるシステムぐらいにはなってるさ。仮に非常脱出口みたいなもんがあっても、証拠品の押収が出来ればいいわけで。とにかく先に進もうぜ。注意を怠るなよ」
「分かってるわよ」
 言って禊は腰に帯びている刀を引き抜いた。その刀身は普通のそれとは違う、独特な鈍い輝きを放っている。
「先に降りるわよ。絶対に階段を踏み外さないでよ」
「はいはい。俺だって、んな物騒なもんに向かって転がり落ちたくはないからな」
 諒はそう言うと、片目を閉じた。禊はそんな諒を敢えて無視する形で、そそくさと階段を降りてゆく。
「ま〜ったく。禊ちゃんってば、本当に素直じゃないんだから」
数秒後。諒はその、誰一人として突っ込みを入れてくれない状況でのボケが、虚しいだけの物だということを再認識した。


「ねえ……妙、じゃない? あれだけの音を立てたのに誰も上がってこないどころか、ざわついている気配さえない。防音設備が完備されてるの?」
「その可能性が高いと言えば高いんだが、だったら尚のこと、スイッチを消したことはばれてそうなもんだが、まあいい。そんときゃそん時だ!」
 言って諒は眼前の扉を蹴飛ばし、強引に抉じ開けた。一瞬、室内の明るさに目が眩むが、気にすること無く部屋へと走り込む。
 カチャ――二人はその、日本人にはあまり馴染みの無い音を聞き、足を止めた。
 見てみると、室内に居る男の一人が小型の拳銃を二人に向けている。その年齢は三十前後か。他の男達と同様に白衣を着込んでおり、又、室内に置かれている器具や薬品類などから、ここが何らかの研究所であることが推察できる。
「珍しい客ですね。一体何の用でここに――」
「は〜っくしょい! う〜。今年の風邪はしつこいな……四日経つってのにまだ完治しねえぞ……」
「風邪だと思って甘く見てるからよ。これが終わったら大人しく寝てなさい」
 その禊の忠告を受け、諒は何かを考えているのか数拍、間をとった。そして何やら流し目にも似た、気味の悪い目付きで禊のことを見詰める。
「なんだか人肌があるとすっごく治りが良くなる気がする」
「あ、だったらうち家の猫貸そうか? 三匹くらい」
「あなた達、いい度胸してますね……」
 自分、という存在を完全に無視され、男はかなり顔を引き攣らせた。しかしまあ、引き金を引いてしまわなかった所を見ると、多少は人間が出来ているようだ。
「にしても物騒な話だよな。この日本で一研究者が拳銃を所持してるなんて。さすが流石は政府お抱えの秘密研究所ってとこか」
 途端、室内がざわめいた。拳銃を握っている男も又、驚きのためか表情を変えている。
「それを知っているということは、迷ってここに来た、というわけでは無いようですね。とりあえず両手を挙げて下さい。そちらのお嬢さんは武器を捨てることもお忘れなく」
「……」
 そう言われ、諒は無言のまま禊に視線を送った。そして、ゆっくり、その両腕を持ち上げる。
 刹那、諒は右腕を振り下ろすと、袖の中から棒状の物体を取り出した。そしてそれを前方に差し出すと、男が引き金を引くより早く、それについているボタンを押す。
 パシュッ、何やら空気が弾き出されたかのような音がしたのとほぼ同時に、男がその腕を押え込んだ。次の瞬間――禊が男の元へと駆け寄ると、刀を振り下ろし、銃を真ん中から断ち切った。
 カラン、銃身が渇いた音を立てて、床に落ちる。禊はそれを横目で確認すると、刀を返して男の首筋に突き付けた。男は驚きで声が出ないのか、表情を強張らせたまま二人を見遣る。
「ひゅ〜。禊ちゃん、今日も如月≠ヘ絶好調だね♪」
「ふざけたこと言ってないで、早く用件を済ませましょう。一番いいのは全部壊しちゃうことだけど、面倒ね。後は係の人に任せましょう」
「へいへい」
 諒は左袖の中から小型の手帳を取り出すと、二つ三つボタンを押した。そしてそれを元の位置に戻すと、手持ち無沙汰な感じで先程の棒を弄ぶ。
「さて、ここを出てってもらおうか。そうそう、黒幕の松本政調会長にはよろしく言っといてくれ」
「あなた達……一体何者です? 何の目的でこんなことを――」
科学を狩る者サイエンス・ハンター、って言やあ分かるだろ?」
「何ですか? それ――」
「はい?」
 折角気障に決め、自分に酔っていた所なのに、一瞬にして素に戻ってしまう。
「いや、だから科学を狩る者サイエンス・ハンター……最近、一部の科学者の所に出没して、その研究を無茶苦茶にするから、連中の間では恐れられてるはずなんだが、本当に知らないのか?」
「知りません」
「そっか〜。俺ら結構頑張って、知名度上がってきてると思ってたけど、勝手な思い込みだったのか〜。いや、きっと、世間のことなんぞ全然理解してないくせに知識人、気取ってる科学者がいけないんだよな。うん、そうだ」
「あんたね……」
 いきなりその場に座り込み、訳の分からない自己完結をし始めた諒。それを見た禊は、呆れた様な声を上げる。
「ま、そうだよな! これは別に有名になるためにやってる訳じゃないんだ! でもなあ……何かこう、肩書きと名前を言っただけで相手を威嚇できる、ってのは男の夢だからなぁ。やっぱヘコむなぁ」
「とりあえずあれは放っといて……皆さんにはここを出ていって頂きます。不審な行動をとらなければ簡単な着替えくらいしても構いません」
「ふざけるなぁ!」
 不意に、研究員の一人が激昂し、壁を殴り付けた。
「さっきから黙って聞いてりゃ俺らの研究をお釈迦にするだと!? いいか、よく聞け! 俺らの研究は別に悪いことじゃ――」
「魚の遺伝子改竄による繁殖力増強……食用魚の遺伝子を書き換え、爆発的な繁殖力と強靭な生命力を持たせ、食糧不足に対応する。これがあなた達の研究でしょ?」
「そ、そうだ。たしかに秘密裏に行なわれていたのは事実だが、いきなりぶっ壊さなけりゃなんない理由は無いぞ」
「たしかに、世の中の食糧事情は良いとは言えない。でもこの研究がもたらすのは生態系の破壊と異常畸形の増加。これは人間にとって過ぎた科学≠ネのよ……」
 一言で言うのであれば、実にさみしげな、冷めた目付きである。その雰囲気に気圧されたのか、全ての研究員が黙りこくってしまう。
「だ・か・ら・この件は綺麗さっぱり忘れてちょ・う・だ・い♪」
「……」
 その突然の変化に、研究員達は唖然とした面持ちのまま目をパチクリさせた。それを見た禊は、照れくさそうに頭を掻く。
「ま〜ったく男って奴は、こういう女の子が好きなくせに、この場面では何の反応もしないなんて、我が儘にも程があるわよ」
「いや……今のは流石にお前が悪いと思うぞ」
 その諒の呟きに、禊は八つ当たり気味に言葉を返す。よせばいいのに、諒も又、向きになって安っぽい言葉を返してしまう。
 そして、その程度の低い言い争いは処理班が到着するまで続いたとか、そうでないとか。

 三村みむらりょう神薙かんなぎみそぎ。数多い科学を狩る者サイエンス・ハンターの中でも最上トップのコンビチームではあるのだが――その姿に、あまり威厳というものはない。


 >>第一章『心無き者への賛歌』



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